第051話 決着と貸し借り
ズシュ…… ドサッ。
ヴァイオレット様が腕を引くとランスの切先が首から引き抜かれ、緑オーガーの体が地面に落下した。
位階の高い魔物は総じてしぶといのか、奴は喉笛を押さえながらビクビクと地面の上で痙攣している。
しかし、腹と喉笛からは止めどなく血が流れているので、流石にもうすぐ死ぬだろう。
僕が這いずるようにヴァイオレット様の元に辿り着いた頃、緑オーガーは動かなくなっていた。
「--動けますか?」
僕は隣で膝をつくヴァイオレット様に囁くように問いかけた。
「いや…… 意識を保つのがやっとだ。先ほどの一撃で力を使い果たしたらしい。身体強化すらできないので、もう魔力も空のようだ」
「僕も似たようたものですが、魔力だけはあと一撃分くらいはあります」
二人でこそこそ話していると、ボスが死んで呆けていたオーガーの群れが我に返り始めた。
「ゴルァッ」
「グガガッ」
「「ゴガァァァァ!!」」
オーガーの群れが憎しみに満ちた咆哮を上げ、僕らの元へ殺到する。
くそっ、あと一発しか打てないってのに……!
僕は一歩前に出ると持っていた槍を地面に刺し、オーガー達の目の前の地面に向けて雷撃を放った。
『雷よ!』
バンッ!!
強烈な光と音、そして目の前の地面が弾けたことに驚いて群れが停止した。
先ほどは気づかなかったけど、周りの血の匂いに混じって、プールの消毒液のような独特な匂いも感じる。
これがオゾン臭ってやつか。さておき。
「止まれぇ! それ以上近づいたら次は当てるぞ!」
言葉は分からずとも雰囲気は伝わるはず。
そう思って激しい口調と表情で警告を発してみた。
オーガー達は立ち止まったままなので効果はあるみたいだけど、こちらがもう魔法を撃てないと悟られたらおしまいだ。
今の一撃で本当に魔力切れになったのか、すぐにも意識を失いそうだ。
ヴァイオレット様を背中に庇いながらオーガーの群れと睨み合う。
すると、群れを割って立派な体格のホブゴブリンが前に進み出た。
あ、忘れてた。こいつがいたんだった。
周りオーガーの様子を見るに、どうやらこいつが緑オーガーの副官のようだ。同じく緑色だし。
こいつも緑オーガーと同じ緑鋼級だったら多分ハッタリは効かない…… やばいかも。
改めて目の前のホブゴブリンを観察する。
オーガーは身長2.5m程はありそうな筋骨隆々の体型だけど、このホブゴブリンはそれに迫るほど体格に恵まれている。
僕が古代遺跡の洞窟で倒したボスゴブリンも異常なほど恵体だったけど、こいつはそれ以上だ。
そして手には粗末な槍を握っている。佇まいからはなんとなく知性というか、武術の香りのようなものを感じた。
するとホブゴブリンが、すっと槍を構えた。
その堂に入った構えに僕は驚愕した。同じだ。
多少オリジナルが入っているけど、半身になって脱力しながらも隙なく槍を構えるその様子は、まさに僕の実家の流派の構えだ……!
僕は慌てて魔法の構えを解き、地面に刺してあった槍を引き抜いて右腕一本で構えた。
なぜ、一体どうして。混乱しながら相対すること数秒。ホブゴブリンが明確に驚いたような表情をした。
奴はゆっくり構えを解くと、親指を立てて、ゆっくりと自分の腹と、その後左頬のあたりを指した。
よく見ると腹にはうっすらとした刺し傷、そして左の頬には刀傷のような傷跡があった。
……あっ。
「もしかして、君はあの時のゴブリンか……!?」
そうだ。あの傷跡、間違いない。僕がこの世界に来て最初に戦ったゴブリンだ。
確か古代遺跡の洞窟で遭遇して、彼は僕から腹を突かれて死にかけだった。
僕もその時負傷したので、自分に使う前の実験として、遺跡で見つけた治療薬を彼に使ったのだ。
結果彼は一命を取り留め、なんとなく戦う雰囲気じゃなくなってそのまま別れたんだった。
僕が気づいたことに彼も気づいたのか、明確にニヤリと笑うと踵を返した。
そしてオーガー達に叫ぶ。
「ゲギャギャ、ゴギャー!」
「ゴルルァ!?」
「グゴガッ」
「グギャギャ、ゲギャー!」
「……ゴルルル」
するとなんと、オーガー達が渋々といった感じで大森林の方に向かって歩き始めた。
彼らが来た方向とは違う方向だけど、明確に村から離れようとしている。
彼らのやり取りの内容は全く分からなかったけど、どうやら顔見知りだったらしいホブゴブリンが説得してくれたようだ。
そして彼もオーガーの群れの跡を追って去ろうとしている。
「……待ってくれ! その、僕の名前はタツヒト、タツヒトだ。君の名前は?」
思わず引き止めて、できる限りのボディーランゲージも添えて聞いてみた。
伝わることは期待していなかったけど、どうしても自分の名前を伝え、相手の名前を知りたかったのだ。
「ダ、ヅ、ヒ、ド……」
しかし、なんと意図が伝わったのか、彼は立ち止まってこちらを振り返ると、ひどい発音ながら僕の名前を口にした。
「……! そう、タツヒトだ! 君の名前は?」
僕の言葉に彼は一瞬考え、口を開いた。
「……傷」
「傷か。 --その名前、よく似合ってるよ」
僕ななんだか嬉しくなってしまい、思わず満面の笑みで答えた。
すると彼も僕にニヤリと笑い返し、今度こそ振り返らずに大森林の方へ歩いていいってしまった。
そのまま小さくなる彼とオーガー達の背中を眺める。
傷君か…… なんか賢そうだったから聞いてみたけど、まさか人語を解する魔物がいるとはなぁ。
一度しか見てないであろう僕の槍の構えとかも習得してるっぽいし、ちょっと怖いくらいだ。
「……交友関係に口を出すのは憚られるが、付き合う友人は選んだ方が良いと思うぞ?」
勝手に感慨に耽っていると、後ろからヴァイオレット様の声がかかった。
振り向くと、今にも意識を失いそうな様子だった。
「ヴァイオレット様! すぐに村に戻って治療を受けましょう」
「あぁ。しかし、いつの間に魔物の友人を作ったのだ? なぜか群れを退いてくれたようだが……」
あ、端から見てたらあのやり取り全く意味がわからないよね。
「友人というほど親しく無いですよ。ちょっと以前に殺し合っただけです。古代遺跡の洞窟で遭遇して、僕が彼に致命傷を与え僕も傷を負いました。それで、手元に合った効果の分からない治癒薬を彼に試させてもらって、そのあとはなんとなく戦わずに別れたんです」
「なるほど、それで見逃してくれたのか…… 魔物の身で、賢く義理堅い奴だな」
「ええ、僕もそう思います」
「ふふっ。今回はタツヒトに助けられてしまったな。背中に庇われたのは初めての体験だ」
なんだか嬉しそうに微笑むヴァイオレット様。
「何をおっしゃるんですか。助けられたのは僕らの方です。来てくれて、本当にありがとうございました」
「あぁ、構わんよ…… だが、やはり私の方からも礼を言いたい。ありがとうタツヒト、君は、大したやつだ……」
最後にそういって、ヴァイオレット様は僕の方へ倒れ込んでしまった。
慌てて彼女の体を支えつつ呼吸を確認すると、弱々しいけど安定している。疲労と魔力切れで気絶されただけのようだ。
いつも頼りになるお姉さんの体は、抱えてみると意外なほど細く感じられた。
「……それこそ僕の台詞ですよ。お疲れ様でした、ヴァイオレット様」
その言葉を言った直後、意識が遠のき始める。
あ、そういえば僕の方も割と限界だった。
ヴァイオレット様を抱えたまま仰向けに倒れる。
遠くで村の門が開く音と、村の人達の声を聞いたのを最後に、僕は意識を失った。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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