第050話 風神雷神
「ヴァイオレット様! 起きて下さいヴァイオレット様!」
必死にヴァイオレット様を揺すってみたけど、全く目覚める気配がない。
それどころか揺すったことで若干出血量が増えた気がしてしまい、思わず手を引っ込める。
ソフィ司祭に今すぐこの場に来てもらうか? いや、治療中の彼女を守り切れる人が居ない。無駄死にさせてしまうだけだ。
「親父、タツヒト、ヴァイオレット様! くそ、離せよ!」
「馬鹿野郎リゼット! お前が行ってもオーガーの餌になるのがオチだ!」
「うるせぇ! ここで何もしねぇで指咥えてるよりなんぼかましだぁ!」
「姉さん落ち着いて!」
物見台の上でリゼットさん達が騒いでいる。
リゼットさん。気持ちはありがたいけど、そっちの止めに入っている人の言うとおりだ。
今村に残っているのみんな橙銀級以下の人達だ。黄金級以上しかいないこの場では、あっという間にやられてしまうだろう。
緑オーガーが指示したのか、他のオーガー達は手出しをせずに様子を見守っている。
当の本人は自分の手でヴァイオレット様を始末するためか、一人でこちらに近づいてくる。
しかし、心なしか奴の放射光も少し弱まっていて、浮いてる高さも低くなっているように見える。
あれだけ傷を受けたり魔法を撃ちまくったんだ。流石に奴も疲弊しているようだ。
「それでも、僕に取ってははるかに格上の相手だけどね……」
手元にはイネスさんの杖と愛用の槍、僕は左腕が潰れてしまっていて、出血と疲労でヘロヘロだ。
格上相手にこの状態…… それでもやるしかない。
確かイネスさんの杖には、他に『風刃』と『放炎』の魔法が込められているはず。
けど、風使いに風魔法は効かないだろう。同じく火炎放射は吹き散らされてしまいそうだし、あれは魔力消費が大きかったはずだ。
そうするとやはり……
『石弾!』
僕はバカの一つ覚えのように石弾を放った。
しかし、緑オーガーが本当に軽く手を掲げただけで石弾は明後日の方向に弾かれてしまった。
くそっ、わかっていたけど風魔法、防御性能高すぎでしょ。
でも本当にこれしかできることが無い……!
『石弾!』 『石弾!』
緑オーガーは、鬱陶しそうに僕の魔法を弾きながら近づいてくる。
数を打ってもだめか……なら!
『……風刃』
僕は浮遊する奴の足元のあたりを狙って魔法を打ち込んだ。
すると狙い通り風の刃が地面にあたり、土煙を巻き起こした。
僕はすぐに杖から槍に獲物を持ち替え、今できる全力で緑オーガーに肉薄した。
魔法を連発した脱力感と出血によるふらつき。
笑えるほど速度が出ていない突進の後、土煙が晴れると同時に僕は奴の首めがけて槍を突き込んだ。
「……ヤァァッ!」
しかし、ヴァイオレット様の一撃ですら逸らした風の衝撃は、僕の右腕だけの突きをいとも簡単に止めていた。
そして。
「ゴアッ!」
まるで邪魔だとでもいうかのように。
緑オーガーの虫を払うかのような裏拳が僕の側頭部に命中し、僕の意識を刈り取った。
「くそっ、どけ、俺が行く!」
「馬鹿野郎、お前が行っても無駄だ!」
「ヴァイオレット様ー!!」
はっと飛び起きる。僕は結構な距離を殴り飛ばされて一瞬意識を失っていたらしい。
村の人達の声に意識が覚醒した時、まさに緑オーガーの爪がヴァイオレット様に振り下ろされる瞬間だった。
呼吸が止まり、瞳孔が収縮し、時間が圧縮される。
引き伸ばされた時間の中、僕はヴァイオレット様を助けるための方策を必死に考えた。
今からじゃ走っても絶対間に合わない。
槍を投擲しても風で吹き飛ばされて終わりだし、手元に杖がないから石弾すら撃てない。
何か、何かないか……!
その時、僕の脳裏にイネスさんとの魔法講義が思い起こされた。
太古の昔、最初に魔法を発見した人達は、みんな極限環境で魔法を発現した。
凍えそうな寒さの中で火を欲した人は、暖かな焚き火を幻視してしまうほどに乞い願い、さらに適性があったことで火魔法に目覚めた。
そして、得意属性には種族によるある程度の偏りがあるという話だった。
これは、住んでいる環境にも依るのではないだろうか。
思い出せ。僕が十五年生きてきた現代日本では、常にあの力が側にあって社会を動かしてきたはずだ。
あの力なら奴を打倒しうる。そして自分の得意属性としての異様な確信を感じる。
意を決して奴に向かって手を掲げ、体内の魔素が掌に集まることを想像する。すると僕の体が黄色い放射光を発し始めた。
イメージするのは、魔素が電子に変化して掌に蓄積され、同様にプラスのイオンが緑オーガに蓄積される様子。
そして僕と奴とを結ぶ、最もそれが進みやすいジグザグの経路を夢想しながらその言葉を唱えた。
『雷よ!』
雷よあれ。今こそそれが欲しい。いや、もうすでに目の前にある。
それほど強く乞い願い、幻視するほどに信じ、言葉を発することで魔法は完成した。
バンッ!!
あまりに近くで生じた水平方向の落雷は、ジグザグに伸びる雷光と激しい雷鳴とが殆ど同時に感じられた。
そして雷光は、緑オーガーに致命的なダメージを与えた。
「ガッ、グガガッ……!?」
何が起こったのか分からない。
そんな様子で痙攣しながら膝をつく緑オーガーの胴体には、稲妻状の火傷ができていた。
今なら僕でも……!
そう思って立ちあがろうとしたけど、魔力消費が大きかったのか、強烈な疲労感に足腰が言うことを聞かない。
「……ヴァイオレット様、そいつにトドメを!!」
今できるのは声を上げることだけだったので、喉が張り裂けそうなほど叫んだ。
緑オーガーは段々と痙攣から立ち直りつつあった。
「ヴァイオレット様! 頼む…… 立ち上がってくれ!!」
すると落雷の音か、それとも僕の声によるものか、ヴァイオレット様がガバリと起き上がった。
同時に緑オーガーも痙攣から立ち直り、彼女に襲いかかった。
彼女は瞬時に状況を把握したのか、緑オーガーの爪を避けると、下からかち上げるような槍の一撃を放った。
「……ゼアッ!!」
一瞬強く発された緑色の放射光と共に、彼女の渾身のランスが緑オーガーの喉笛を深々と貫いた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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