第489話 天空都市を造ろう
年末の復活祭をお妃さん達とゆっくり過ごした翌日、つまりは元旦。僕は非情にも宮廷会議を招集した。
年明け早々に呼び出されたラビシュ宰相達は、最初は一体何事だと流石に怪訝そうな顔をしていた。けれどナノさんの報告を耳にすると、揃って盛大に表情を引き攣らせた。
臣下の中で最も有力な二公爵による叛乱の可能性あり。この情報には、それほどのインパクトがあったのだ。
しかし一方で、この話はまだ疑惑の域を出ないもので、対策を議論するにも情報が足らない状況だった。
なので、まずは宝石公周辺への集中的な追加調査と、南の豊穣公との連携強化、それから僕やお妃さん達の暗殺に対する警備体制の厳重化を行う事が決定された。
ちなみに紫宝級に至った僕でも、睡眠中などにはあっさりと殺されてしまう可能性がある。
寝ている時は、普段無意識に使用している身体強化が解除されてしまうからだ。
加えて、会議中難しい表情で考え込んでいたティルヒルさんから、一つ画期的な提案があった。
宝石公達を牽制しつつ、竜王残党の捜索を効率化させるその方策は即座に可決され、その日の会議は終了した。
元旦の宮廷会議以降も、僕らの忙しい日々は続いた。
臣従の儀式を終え、港も開通した事で、多くの人々が新年の挨拶に訪れてくれたのだ。
そのお客さん達との謁見や歓迎の宴、それから数ヶ月後に控えた大きなイベントの準備などで、時間は瞬く間に過ぎていった。
そして年が明けて二ヶ月ほどが過ぎ、春の気配が感じられるようになった頃、ティルヒルさん発案の計画がようやく形になったとの報せがあった。
早速視察に向かうべく、僕とシャム、それからプルーナさんは、王城の最上階付近にある展望台へと向かった。
するとそこには、既にティルヒルさん達蒼穹士団の面々が集まっていた。
「あ! みんなー、待ってたよー!」
僕らに気付いたティルヒルさんが、ブンブン翼を振って出迎えてくれる。あんなに嬉しそうにされると、思わずこっちも笑顔になってしまう。
「うむ。寒い中すまないな、ティルヒル妃。蒼穹士団の皆もご苦労」
「あはは、あーしら結構寒いの平気だからだいじょーぶだよ! じゃ、早速行こっか。へーかはあーしが運ぶね!」
「ああ、よろしく頼む。おっと、しばし待つのだ。今安全帯をつける」
視察先は王城からかなり離れた場所にあるのだけれど、彼女達アツァー族の翼なら全力を出せば一時間ほどで到着できるのだ。
まぁ、ティルヒルさんはそれよりもさらに早く飛べるのだけれど、彼女はちょっと飛び抜けているので……
「プルーナ、早く飛びたいでありますね! 空を飛翔するのは、何度体験しても超楽しいであります!」
「シャムちゃん、いつも嬉しそうだよね…… 僕は何度体験しても慣れないよ……」
ワクワクが止まらない! という感じのシャムに対し、プルーナさんは見るからにげんなりしている。
二人は今回の視察先の開発に深く関わっていて、これまでも幾度となくアツァー族による空輸を体験している。
僕もシャムと同じく空を飛ぶが好きな方なので、ちょっと羨ましい。
「プルプル、いつもごめんねー…… 目をつぶってたら結構すぐだからさ、頑張って!」
「ティルヒルさん…… 一時間はすぐじゃないですよぉ……」
プルーナさんが震える中、無常にも出発の準備は整った。
「それじゃあみんな、しゅっぱーつ!」
「「応!」」
僕らが装着した安全帯を脚で掴み、蒼穹士団が一斉に展望台から離陸した。
ティルヒルさんの羽ばたきに僕の体が強く引っ張られ、風音が増し、足元にあった王都の景色があっという間に後ろに流れていく。
うん、やっぱり良いなぁ…… 見渡す限り遮るものがない大空を、一直線に高速で飛翔する。しがらみの多い王様業の事を忘れられる一時だ。
加速が落ち着いた所でふと上を見ると、同じようにこちらを見たティルヒルさんと目が合った。タイミングの良さに二人して笑い合う。
「んふふふっ、タツヒト君とこうして二人で飛ぶのって、結構久々じゃない? あーし、今日すっごく楽しみだったんだー」
「あはっ、僕もです。最近バタバタしていて、一緒に空の散歩も出来て無かったですからね。 --あれ。ティルヒルさん、爪飾り変えました?」
僕の安全帯を握っている彼女の美しい鳥脚。その指先から生えた鋭い爪には、はっとするほど綺麗なネイルアートが施されていた。
ここ最近の彼女の趣味である。僕が朧げな知識で伝えた地球のおしゃれ文化を、彼女はそのセンスでここまで形にしてしまったのだ。
ちなみに、そんな彼女の影響で、アウロラ王国の富裕層ではネイルアートがブームになりつつある。やはり流行を作り出すのは彼女のようなギャルなのだ。
「あ、気付いた? うん、今日のために新しく作ったヤツだよ! メムメムに仕入れてもらった宝石も使ってみたんだー。可愛くない?」
「ええ、めちゃくちゃ可愛いです! アツァー族の伝統的な意匠もちょっと入ってますよね? 文化の融合って感じがしてすごく素敵です」
「ほんと!? うふっ、嬉しい! ねね、今日帰ったらタツヒト君の指にもしたげよっか?」
「えっ、それは…… こ、今度タチアナになった時にでもお願いします」
「えー、絶対だよー? あ! あーし、タチアナちゃんと一緒に行きたいお店があって--」
ティルヒルさんとの楽しい空の旅は瞬く間に過ぎ、予定通り一時間ほどで目的地に到着した。
それはアウロラ王国の中心に聳え立つ異形の大樹にして、かつての覆天竜王の居城。大魔巌樹だった。
覆天竜王の魔法で更地のようになっていた屋上部分には、今はいくつもの建物が立ち並び、畑や地中深くまで伸びた井戸などの生活基盤が整えられるつあった。まるで天空都市だ。
「すごい…… 報告には聞いてましたけど、魔獣大陸のアツァー族の村にそっくりじゃないですか!」
「ふふーん、すごいっしょ? 降りるから着地に気をつけてねー」
ティルヒルさんはゆっくりと降下を始め、僕が屋上に足をつけた後で自身もふわりと着地した。
すると、すでにここに住み始めていた魔獣大陸からの移民の人たちが集まってきて、口々に歓迎の言葉をかけてくれる。
彼女達に手を振って応えていると、後続の蒼穹士団のみんなも続々と都市に降下してきた。
「ふー! 楽しかったであります!」
「や、やっと着いたぁ…… あぁ、地面だ……」
着地し、晴れ晴れとした表情で背伸びをするシャムに対し、プルーナさんは地面を愛おしそうに踏みしめている。
士団員達の方はというと、全力飛行した事でかなり息を乱してしまっていた。
「みんなお疲れ様! そして、ようこそへーか! 蒼穹士団の中央基地へ!」
対してティルヒルさんは、息一つ乱さずに笑顔を浮かべている。その差に、僕はこの基地の重要性を再認識した。
彼女が二ヶ月前の宮廷会議で提案したのは、アウロラ王国各地に点在する魔巌樹に手を加え、蒼穹士団の基地として利用しようというものだった。
彼女達には、王国内の魔物の領域の上空を飛んでもらい、竜王の残党を捜索する仕事をしてもらっていた。
しかし、飛び抜けた飛行能力を持つティルヒルさんは別として、他の士団員達は捜索に際して適宜休憩を挟む必要があった。
当然ながら魔物の領域でゆっくりと休める訳もなく、彼女達はいちいち王都などの人里に引き返していた。この、捜索場所と休息場所の遠さが結構なネックで、あまり捜索効率が上がらなかったのだ。
そこでティルヒルさんが目をつけたのが、方舟で独自の進化を遂げた巨大な樹木型の魔窟、魔巌樹だ。
魔巌樹は王国中の魔物の領域の点在していて、樹高は数百mにもなる。
それらの頂上を拠点化できれば、捜索地域に近く、かつ安全な休憩場所が手に入るというわけだ。
「王都近くの普通の魔巌樹はともかく、この大魔巌樹の拠点化にはちょっと苦労したであります!」
「だね。単純に大きいし、時間制限もあったもんね。魔核が破壊されて暫く経ってて、いつ自壊が始まるか分からなかったし…… でも、みんな喜んでくれているみたいで良かった」
シャムとプルーナさんが、しみじみといった感じで基地を見回す。ここにはアツァー族だけでなく、彼女達の家族の只人も多く住んでいて、みんな楽しそうに基地の整備を手伝ってくれている。
魔獣大陸では巨大な岩山の頂上に住んでいた彼女達にとって、地表に住むことはどうにも馴染めなかったらしく、その多くが王都やここの基地に移り住んでいたのだ。
「二人ともほんとにありがとねー。やり方は二人がまとめてくれたから、あとはナァズィ族のみんなに手伝ってもらってから基地を増やしていくよ。えっと、まずは西の方が優先だよね、へーか?」
「うむ、その通りだティルヒル妃。我らの考え過ぎで済めば良いのだがな……」
ティルヒルさんの問いに僕は大きく頷いた。基地が王国の各地に整備される事で、蒼穹士団の制空圏は王国全土に広がるだろう。
そして彼女達は竜王の残党を捜索する際、やむを得ず各地の領主貴族の領地上空も飛行する事になる。もちろん、それには西の宝石公の領地も含まれる。
これによって、もし宝石公達が良からぬことを考えていたとしても、一定の監視と牽制の効果が得られるはずなのだ。
「りょーかい! じゃ、基地を案内するね! 見て貰いたいもの、たくさんあるんだ!」
「おっと…… ふふ、それは楽しみだ」
ティルヒルさんが僕の手を取り、飛び跳ねるような足取りで歩いていく。
竜王残党の本隊は未だ見つからず、追加調査でも宝石公はまだ尻尾を出さない。このまま平和に、全てが杞憂で済めば良いのだけれど……
そう願いながらも、僕は自分の中にある嫌な予感を消せずにいた。
火曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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