第487話 地下都市を造ろう
樹木蟷螂の魔人を倒した翌日。僕とシャム、それからフラーシュさんの三人は、護衛の騎士達を引き連れ、王都にあるとある場所の視察に来ていた。
その場所の水平方向の位置としては、王都を囲む三重の防壁の一番外側、第三防壁の近くという事になる。けれど、高さ方向の位置がちょっと普通と違っていた。
「おぉ…… 順調のようだな」
そこは、全方位を土壁に囲まれた広大な地下空間だった。天井の高さは10mほどもあり、等間隔で立ち並ぶ太い柱には魔法の灯火が煌々と光っている。
端の方では今も空間の拡張が進んでいて、土竜に似た特徴を持つナァズィを中心に、兎人族や妖精族が掘削や補強の作業を続けていた。彼女達は、工兵部隊的側面を持つ警邏士団第二大隊の面々だ。
そして僕らの目の前にはエリネンと、彼女の夜曲時代からの副官のドナさん、そして理知的な雰囲気のナァズィ族が立っていた。
「ではエリネン妃。解説を頼もう」
「おう。 --違うた。あー。はい、陛下。今日は視察にお越し頂きましてほんまにおおきに。警邏士団第二大隊長として、地下街の建設状況について説明させてもらうわ」
僕の言葉に、エリネンは少しよそ行きの言葉遣いで説明を始めてくれた。
地下街。王都の地下に何故そんなものを作るのか。その理由は、都市防衛上の必要性と、一部の国民の強い要望によるものだ。
最初の事件が起こったのは、方舟が墜落して数ヶ月が過ぎた頃だった。
墜落以降、王都周辺の魔物はかなり増えていたけのだけれど、高く重厚な防壁と警備の兵士達がその全てを跳ね除けてくれていた。
そんな感じで王都の防衛能力は高く、かつて神国と呼ばれていたこの国の長い歴史においても、侵入に成功したのは覆天竜王の軍勢だけだったらしい。
しかしある時、王都の足元の石畳を突き破り、突如として土竜型の魔物が現れたのだ。
街は大混乱に陥ったものの、すぐに騎士団や冒険者が駆けつけその魔物は討伐された。
でも、その後も地下性の魔物の侵入は増え続け、王都は恐怖に包まれた。事態を重くみた僕らはすぐに宮廷会議を開いたのだけれど、一つ分からない事があった。
問題の地下性の魔物達は、方舟が空に浮かんでいた時から存在が確認されていた。
けれど、これまで件の魔物は魔物の領域でしか目撃されておらず、そこから離れた人里を襲ったという事例は皆無だったのだ。
なぜ今になってこんな事が起こっているのか。みんなが首を傾げる中、フラーシュさんがおずおずと手をあげた。
「あの、もしかしたらなんだけど…… この王城の真下に、大きめの龍穴が出来ちゃったの、かも……」
妖精族の始祖神、レシュトゥ様の血族である彼女は、魔物同様に魔素を知覚する事ができる。
その彼女によると、方舟が地上に墜落した直後、王都に満ちる魔素が明らかに濃くなったのだそうだ。
フラーシュさんは最初、それは地上の環境によるものと考えていたのだけれど、王都の魔素の濃度は王城を中心に以降も上昇を続けた。
まるで城から魔素が噴き出しているかのような状況に、そろそろ誰かに相談しようかと思っていた所で、事件が起こったと言うわけだ。
この星、エルツェトを流れる魔素の湧出口である龍穴は、突然消えたり別の場所に出来たりもする。そして、魔物は魔素の濃い場所に集まる習性がある。
フラーシュさんの説を否定する材料を、僕らは持っていなかった。
なので彼女の説が正しい事を前提とし、次は防衛策について話す事になったのだけれど、そこで今度はエリネンから提案があった。
「なぁ。この状況、言うたらウチの地元と一緒ちゃうんか? それやったら、王都の下にも地下街を作ったらええ思うわ。
地下街が地下性の魔物の防衛策として有効な事は、ウチの地元の歴史が証明しとーからな。
あ、あと。ウチの手下連中やナァズィ族の連中は、やっぱ地表に住むんが落ち着かんみたいなんや…… 地下街は、そいつらの住む所としてもええと思うで?」
その言葉に、ラビシュ宰相を始めとした重臣達は首を傾げたけれど、彼女の故郷を知る僕らはなるほどと膝を打った。
エリネンの故郷である兎人族の王国、通称魔導国でも、その首都の真下には大きな龍穴があるとされていた。
実際、首都には地上、地下を問わずに多くの魔物が引き寄せられていて、まさしく今のこの国の状況と同じと言えた。
そして魔導国は、地下街を地下性の魔物を迎え撃つ防衛拠点としつつ、地下性の国民の居住場所として利用してきた。
エリネンが示した防衛策には長年の実績があり、しかも彼女はその手法に精通している。
よって宮廷会議は地下街建設案をすぐに可決。エリネン達警邏士団第二大隊による工事が始まり、現在に至ると言うわけだ。
「--てなわけで、今はここの区画の空間造成が殆ど終わったとこやな。こっから水とか空気とかの生活設備も整備せなあかんけどな。
で、そんな地下区画をどんどん増やして繋げていって、王都をぐるりと囲むでかい輪っかみたいな地下都市にするんが目下の目標やな。
まぁ、この辺は地元で作り方も守り方も散々見てきたから、まかしてや」
ちょっと得意げに進捗状況を教えてくれたエリネンに、僕は大きく頷いた。
「うむ。そのあたりは僅かたりとも疑っていない。ここまでよくやってくれた。そして今後も頼りにしている、エリネン妃」
「お、おう……」
僕の素直な賞賛に、エリネンはちょっと顔を赤くして俯いてしまった。
その事を微笑ましく思いつつ、僕は彼女の隣に控える二人にも視線を向けた。
「ドナ副隊長、そしてアロナ副隊長。二人もご苦労だった。良い仕事に感謝する」
「へい、光栄でありやす、陛下。いやぁ、後ろめたい事のう働くんはええもんですなぁ。はっはっはっ」
「陛下、私からも感謝を。地下街建設は非常に助かります。我々は地表ではどうにも落ち着きませんので。
それに、この規模の地下空間を自分たちの手で造れるなんて、とてもワクワクします……!」
屈託なく笑うドナさんに対し、アロナさんはキビキビとした動作で僕に頭を下げた。
彼女はナァズィ族移民のリーダー的な人で、魔獣大陸のとある村の長老の娘さんらしい。強い好奇心に突き動かされるまま、この国への移住を決めてくれたのだとか。
「うむ。魔獣大陸の其方達の住居は、実に機能的で住み良い場所だった。それを目指して邁進してほしい」
「はっ、全力を尽くします!」
「ふふっ、あまり気負い過ぎぬようにな。 --ところでフラーシュ王妃。王城の真下、龍穴からの魔素の湧出状況は、現在は落ち着いているのだったかな?」
僕の問いに、フラーシュさんは王城の方へしばし目を凝らしてから頷いた。
「うん。少し前から魔素の濃度上昇は落ち着いていて、今も安定してるよ。湧出が止まることもなさそうだけど」
「そうか…… 了解した。では、やはりこのまま地下街を発展させていく必要があるだろうな」
「ふむぅ…… みんな。シャムは思うのでありますが…… 王城の真下に龍穴がたまたま生じたと言うのは、ちょっと偶然にしては出来すぐな気がするであります。
むしろ龍穴は方舟離陸前から存在していて、その真上に狙って王城を建造したのではないでありますか? きっと、方舟が地上に戻った事で、停止していた龍穴が再び機能し始めたのであります!」
「あー、確かに。シャム氏の推測、当たってるかも。思い返してみると、王城には龍穴の存在を前提としているっぽい設備もいくつかあるし。例えば--」
シャムの仮説にフラーシュさんが同意し、みんなが彼女達の議論に耳を傾ける。
そんな中、くいくいと服を引っ張られる感覚があった。見るとエリネンで、彼女は少し背伸びしながら僕の耳元へ顔を寄せた。
「なぁ陛下…… ちょっと、そこの柱の所まで来てくれへんか?」
「む……? 了解した」
何か重要かつ内密な話があるのだろう。そう思って二人でこっそり柱の影に移動すると、エリネンが突然抱きついてきた。
「エ、エリネン!? どうしたの……?」
突然の抱擁に驚いていると、彼女は真っ赤な顔で僕を見上げ、とても小声で答えてくれた。
「いや、その…… おまはん忙しいし、二人っきりになる時間なんて殆どあらへんやろ?
ウチ、あんまし人前で引っ付くの苦手やから、今がその機会や思てな…… 暫く、こうしとってええか?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥底から彼女への愛おしさが溢れた。
気づくと僕は、彼女の小さな体を思い切り抱き返していた。
「勿論……! あとごめん。これ、言われるの好きじゃないかもなんだけど、エリネン可愛すぎるよ」
ウサ耳の間近でそう囁くと、彼女の体がびくりと震える。
「あふっ…… 不思議やのぉ。初めて会うた時は、おまはんにそう言われてブチ切れてたのに、今は悪い気せぇへんわ」
「ふふ、そんなこともあったね…… 僕ももっとエリネンと引っ付きたいから、こう言う時間、もっとつくろうよ」
「ん……」
他のみんながあいつら何処いったんだ騒ぎ出すまで、僕らは抱擁を続けた。
すみません、金曜分は落としてしまいましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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