第486話 冬のアウロラ王国
ナノさん達がアウロラ王国に来てくれてから、二週間ほどが経過した。冬も深まり、方舟には何千年振りかも分からない雪が降っていた。
現在、彼女達の多くは王領を離れ、メーム商会の商人に扮して他領や他国の諜報に向かってくれている。
諜報と言っても、もちろんいきなり領主の館に潜入させるなんて事はしない。今回は、都市の雰囲気や魔物の活性化具合、噂話などを調査する比較的簡単なものだ。
キアニィさん曰く、それらだけでもその土地の不穏な気配は感じ取れるらしい。
一方僕は、ちょうど都合のついた『白の狩人』のデフォルトメンバーと一緒に修行に出ていた。
場所は王都から少し離れた魔物の領域、その深層。曇天の下、深い森の中はいつもより更に薄暗く、降り積もった雪のせいか異様な静けさに包まれていた。
「--みんな、お待ちになって」
すると、先頭を進んでいたキアニィさんが足を止めた。
僕らもそれに続いて歩みを止め、周囲を警戒し始める。するとその時、上からぽすりと小さな雪の塊が落ちてきた。
木の枝に積もった雪が落ちたのだろうか。そう思って頭上を振り仰ぎ、僕はギョッとした。
僕らを取り囲む巨大な木々の枝に、何十体もの巨大なカマキリ型の魔物、樹木蟷螂がぶら下がっていたのだ。
「上だ!」
「「……!」」
全員で上を見た僕らに、頭上の魔物達から殺気が降り注ぐ。
「--チッ、仕方ネェ……! ギィーーッ!!」
「「ギギィッーーッ」」
金属を擦り合わせるような異様な声が響き、樹木蟷螂の群れが一斉に枝を蹴った。
高速で落下してくる群れの中で一際強い気配を放つのは、両腕に鋭い鎌を備え、全身鎧のような甲殻を纏った人型の個体。あいつが声の主か……!
「樹木蟷螂の魔人が居ます! 円陣防御! 後衛は真上の敵を優先的に迎撃!」
「「応!!」」
号令と共に、僕も含めた前衛四人が後衛を中心に陣形を組み替え、後衛が頭上に魔法と矢を放つ。
円陣の真上にいた魔物達が悉くを撃ち落とされる中、円陣の外側には次々と魔物が着地し、僕らに殺到してくる。しかし。
「らぁっ!」
気合一線。ヴァイオレット様が振るった斧槍が、強靭な甲殻を持つ筈の樹木蟷螂を数体まとめて両断した。
他の前衛の間合いに入った魔物達も同様の末路を辿り、後衛も援護に加わった結果、敵の数は異様な速度で減っていった。
「ナ、ナンダコイツラ!? マサカ……!?」
群れの後方でそれを見ていた竜王の眷属、通称魔人が、背中を見せて逃亡を図る。
「逃すか……! 『雷よ!』
バパァンッ!
僕は残り少ない魔物達を雷撃で薙ぎ払うと、地を蹴って魔人の背後に肉薄した。そして。
ザカカカカッ!
一呼吸に四連撃。両膝と両肘を槍で貫かれた魔人は、倒れ込むように地面に転がった。
「ウグァッ……!? ク、クソッ!」
魔人に注意を払いつつみんなの方を見ると、ちょうど魔物の群れを掃討し終えた所だった。
僕は彼女達に向かって手を振り、自分の方へ呼び寄せた。
「ふむ。綺麗に仕留めたな。流石タツヒト」
「ありがとうございます。ヴァイオレット様の薙ぎ払いも見事でした。さて…… 念の為訊くけど、君、覆天竜王の眷属だよね?」
見下ろす僕を、樹木蟷螂の魔人が鋭い歯を噛み締めながら見返す。
「ギシッ、ヤッパリ竜王様ヲ殺シタ連中ダッタカ…… 抜カッタゼェ」
「あら、答えになっていませんわよぉ? ご自分の立場が分かっていないようですわねぇ……」
魔人の態度にキアニィさんが冷たい笑みを浮かべる。その手には、いつの間にか凶悪な形状の器具が握られていた。
「質問を続けるよ。他の残党はどこにいるの? まだ、幹部級の魔人や相当数の魔物が生き残ってるはずなんだ。
正直に答えてくれないなら…… 悪いけど、嫌でも答えたくなるような事をさせてもらうよ」
拷問なんてしたくないけど、この情報には王国八百万の命が掛かっている。こっちも必死なのだ。
「ギシシッ…… ソレハ勘弁ダ。良イゼェ、答エテヤル。ダガ、ソンナニ遠クチャ話ズレェヨ……」
魔人が媚びたような笑みを浮かべながら僕を見上げる。その言葉に、僕は半歩ほど奴に近づいた。
「ギシャァッ!」
その瞬間。魔人の背中の甲殻が開き、中から一対の翅が広がった。
そして奴は、全身のバネと翅を使い、鋭い歯を剥きながら僕に飛びかかってきた。
--ザシュシュッ!
しかし、間髪入れずにゼルさんが放った斬撃が、魔人の翅と首を切断した。
奴の胴体と首が地面に転がり、全員がほっと安堵の息を吐く。
びっくりした…… でもカマキリの魔人なんだから、翅の事は想定しておくべきだったな。反省。
「ふぅ…… あにゃっ!? 勢い余って首も飛ばしちまったにゃ。まだ話を聞けそうだったのに、ごめんにゃ……」
しゅんとしてしまうゼルさんに、僕は笑顔で首を振った。
「いえ。ちょっと不意を突かれたので、助かりました。恐らく、この魔人は残党の本隊と繋がっていないはぐれ者でしょう。何も知らなかったんだと思います」
竜王の残党として想定される大規模勢力や幹部級の魔人については、その姿や痕跡すらも見つかっていない。
しかし、今倒したような魔物の小集団を率い魔人は、これまでにも何体か討伐している。けれど今回同様、有益な情報は得られていなかった。
「むぅ…… 合理的に考えるなら、残党は既に方舟から逃げ出している可能性もあると思うであります。
シャム達は、敵勢力の本拠地に少数で攻め込み、敵勢力でおそらく最強の竜王を倒しているであります。そんなシャム達の支配地域に留まる理由が無いであります」
難しい表情で唸るシャムに、プルーナさんも悩ましげに首を捻る。
「うーん。そう思いたいくらい見つからないけど…… でもシャムちゃん。それだったら、周辺国からそれらしい目撃情報が上がってきそうじゃない?」
「むむ、それもそうでありますね」
「実は竜王の残党なんて存在していなかった。ていうのが一番理想的だけど、そんな都合のいい事ないだろうからなぁ……
ともあれ、今日のところは帰ろう。魔人一体の討伐は、一日の成果としては十分だよ」
僕らは魔物と魔人の素材を回収すると、その場を後にした。
***
王都へ戻ると、年末の生誕祭が近づいた事もあり大通りは活気に溢れていた。
少し前までは、急な寒さに風邪を引いてしまう人が続出していたので、街の人達の元気な姿を見るとほっとしてしまう。
方舟の気象操作機能が失われてしまったので、この国の人達は急激な気温や天候の変化に慣れていないのだ。
「あら。タチアナちゃん! 今帰ったのかい?」
声に振り向くと、馴染みの屋台のおばさまだった。
「あぁアナさん。うん、ちょっと森までね。みんな無事だよ」
ちなみに僕は一応国王なので、修行後に街をぶらつく際には一応変装することにしている。で、僕が変装するとしたら、タチアナしか引き出しが無いのだ。
まぁ、隣に騎士団長のヴァイオレット様なんかが居るのでバレバレなんだけど、この街のみんなはこうして気づかない振りをして気さくに話しかけてくれるのだ。
「そうかい、そりゃ良かったよ。そうだ、これ持っていきな。蒸したてだよ!」
アナさんが笑顔で差し出してくれたのは、蒸したじゃがいもに有塩バターを乗せた料理。すなわちじゃがバターだ。
実家の牧場から仕入れているというバターは絶品で、僕らは彼女の屋台の常連なのだ。
そして、肌寒い風の中薫ってくるバターと芋の香りは僕らの胃を強烈に刺激した。後ろからキアニィさんがよだれを啜る音も聞こえてくる。
「ありがと! でも料金はちゃんと払うさね。それが美味い料理への礼儀ってもんだよ」
固辞するアナさんに無理やりお代を渡し、じゃがバターをぱくつきながら大通りを歩く。
すると、屋台や道を行く人達が時折僕らに声をかけてくれたり、家々の窓越しに一家の団欒が見えたりする。
そんな街の雰囲気を楽しんでいると、ヴァイオレット様が微笑ましそうに僕に身を寄せてきた。
「ふふっ。ご機嫌だな、タチアナ」
「ん? そりゃそうさね。アタイらはこのために頑張ってんだから」
普段王城に篭って仕事をしていると、一番身近な王都の住人の皆さんの様子すら分からない。
だから、こうして街の人達の明るい表情が見られると嬉しいのだ。王様業は結構大変だけど、すごくモチベーションが湧いてくるのを感じる。
そんなふうに上機嫌で街を歩く内、段々と辺りが暗くなってきた。そろそろ帰ろうか。そんな雰囲気になったところで、ロスニアさんが思い出したように口を開いた。
「あ…… 皆さん。お城に戻る前に、少し孤児院の様子を見に行きませんか?」
「にゃ? いいにゃけど…… おみゃーも懲りねーにゃあ。ちびっ子達にあんにゃに睨まれたのに……」
ゼルさんがちょっと呆れ気味な視線をロスニアさんに送る。
ロスニアさんが今言った孤児院は、ナノさん達が馬人族の王国から連れてきた子供達の居る施設だ。
で、子供達はナノさん達蛙人族にとても懐いていて、ナノさん達は蛇人族であるロスニアさんに恐怖している。
ここからが大変悲しい話なのだけれど…… 孤児院でロスニアとナノさん達が鉢合わせした結果、それを目にした子供達はロスニアさんを完全に敵認定してしまったのだ。
子供を愛すること極まりないロスニアさんは、この一件から数日間は凹んだままだったのだ。
今会いに行っても、また子供達から罵声を浴びせられてしまいそうだけど……
みんなの痛ましげな視線を受けたロスニアさんは、しかしぶんぶんと首を横に振った。
「ち、違います! ナノさん達が連れてきた子供達が予想より多くて、孤児院の人手が足りて居ないという話があったので……
前に伺った時は、その、そんな余裕もありませんでしたから。遠くから様子を伺うだけでもいいんです。どうでしょう?」
「ああ、そう言う事かい。それなら行こうさ。アタイもそれは気になってたからね」
そんなわけで全員で孤児院に向かい、少し離れた場所からそっと様子を伺うと、通りに面した庭では子供達が元気に走り回っている所だった。
そしてそんな子供達を追いかけているのは、見覚えのある栗毛の馬人族だった。あの方は……!?
「マリー姉ちゃん遅い遅い! こっちこっち!」
「ふふ、言ったな? それ!」
マリーと呼ばれた馬人族は只者でない動きで加速すると、走り回る子供達をあっという間に捕まえてしまった。
「わぁっ! 捕まっちゃったぁ!」
「あはははは!」
マリーの腕の中で子供達が楽しげに笑う。すると建物の中から、こちらも見覚えのある整った顔立ちの只人の男性が現れた。
彼はマリーと子供達に微笑ましそうに眺めた後、手を振って彼女達に声をかけた。
「マリー、みんな。夕食の時間ですよ。そろそろ食堂に来て下さいね」
「ああ。わかったよ、ケイ。さぁ、みんな行こう。きっと今日の夕食も美味しいぞ?」
「「はーい!」」
マリーに手を引かれ、子供達は素直に建物の中へ入っていった。
「マリー、そしてケイか…… お二人とも、穏やかな表情をしていたな」
「だね、ヴァイオレット…… ねぇロスニア。どうやら、すごく頼りになる人達が入ってくれたみたいじゃないか」
「ええ、そうですね。あの方達ならこの孤児院も安心です」
子供達の笑い声を後ろに聞きながら、僕らは晴れやか気持ちで王城への帰途についた。
木曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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