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第484話 仮想内患


 僕らはその後、移民の人々を引き連れて王都へと移動した。

 そして彼女達の受け入れ対応を宰相の部下に引き継ぐと、蛙人族(あじんぞく)の代表であるナノさんを連れて王城の会議室へ向かった。

 会議室には、すでに宰相を始めとした重臣達や、王城に残ったお妃さん達が待ってくれていた。


「待たせたな。プルーナ妃達の尽力により、馬人族(ばじんぞく)の王国からの移民の受け入れは無事に成功した。港も完璧以上に機能しているぞ」


「「おぉ……!」」


 席に座りながらそう報告すると、会議室に居た面子が感嘆の声を上げた。

 港に関しては文字通り突貫工事だったから、みんな少し不安だったようだ。


「そして早速だが紹介しよう。こちらはナノ殿。キアニィ妃の元同僚で、防諜や情報収集活動の専門家だ。

 諸事情でキアニィ妃の古巣が解体されてしまったので、組織ごと我が国へお誘いしたのだ」


「ナノと申します。我が王のご慈悲に報いるため、部下共々全身全霊を持って尽くさせて頂きます」


 僕の紹介に、ナノさんがみんなに向けてキビキビと挨拶する。なんかやる気を漲らせてくれている感じがする。多分、心配事が無くなったからだろう。

 実は城に入る前、ナノさん達が連れてきた孤児達の受け入れ先として、彼女達には教会付属の孤児院を軽く見学してもらったのだ。

 新しく準備した施設は、僕から見ても住み心地が良さそうだった。ナノ達も納得してくれたのか、安堵の表情で何度も頷いていた。

 ただ、子供達の数がちょっと想定より多かったので、もう少し孤児院の人員を増やす必要がありそうだ。さておき。


「ではラビシュ宰相、宮廷会議を始めよう。議題は先だって伝えた通りだ」


「は。承知しました、陛下。ですがその前に…… 我々は、その方を何とお呼びするのが良いでしょうか?」


 宰相がナノさんに視線を送りながらそう言うと、他の重臣達も同意したように頷く。


「ん……? 今はナノ殿で良いのではないか? 正式な役職が付いた後はその限りでは無いが……」


 意図が分からずに首を傾げていると、宰相が言いづらそうに続けた。


「その、なんと申しましょうか。また新しい側妃を設けられたのかと……」


「--へ……?」


 思わず間抜けな声を出してしまった後、ようやく宰相の言葉の意味が理解できた。そういう事……!?

 反射的にナノさんの方を見ると、彼女は少し頬を赤らめつつも決然とした表情をしていた。


「お、お望みとあらば、今夜にでも寝所に伺わせて頂きます……!」


「待て待て! 落ち着くのだナノ殿。そんな事を強要するつもりはない。宰相、戯れが過ぎるぞ」


「そ、そうでございましたか。これは大変失礼いたしました。では、宮廷会議を開始致します」


 恐縮した宰相の声と、お妃さん達のくすくすという笑い声と共に、ようやく会議はスタートした。


 今回の議題は、我が国の防諜、諜報体制に関するものである。早い話が。ナノさん達にその辺をまるっとお任せしたいと事だ。

 この世界では、魔物対策でどの国も戦争をしている余裕なんて無い。が、それも絶対ではない。

 以前僕らも従軍した四八(しよう)戦争

蜘蛛人族(くもじんぞく)の連邦が、馬人族(ばじんぞく)の王国に攻め込んだ争いなんかがその好例だ。


 他国に攻め込まれる隙を与えず、他国の不穏な動きをいち早く察知する。理想的にはそんな体制を作っておきたいのだ。

 ただ、幸いこの国を囲む三国の内、北の魔導国、東の馬人族(ばじんぞく)の王国は友好国だ。

 なので一応、南の帝国が仮想敵国となる訳だけど、これも単に絡みが少ないだけで、今は適切な距離感で付き合っている感じだ。


「なるほど…… では、今は国外より、国内に注力した方が良いと?」


「ええ。と言っても、他の領主貴族とも交流が始まったばかりですの。まずは網羅的に軽く探ってみる感じになりますわねぇ」


 話を聞き終えたナノさんの問いに、キアニィさんがそう答えた。重臣達もお妃さん達も、彼女の言葉に異議は無いみたいだけど……


「いや、キアニィ妃。一つ、優先的に調査して欲しい領地がある」


「あら、それはどこですの?」


「西方公爵領…… 宝石公、バルナ公爵の領地だ」


 僕の言葉に、会議室の中にざわめきが広がる。すると、隣に座っていたフラーシュさんがおずおずと手を上げた。


「あ、あの、陛下。あそこの先先代はあまりいい当主じゃ無かったみたいだし、あたしもバルナ公爵はちょっと苦手だけど…… 何か心当たりでもあるんですか……?」


「いや、王妃よ。すまぬがただの勘で、根拠は無い。だが、どうしても気になるのだ……」


 覆天竜王(ブリトラ)と重なるバルナ公爵の表情。彼女が王都から去って二週間ほども経つのに、僕の脳裏にはそれがいつまでもこびり付いていた。






***






 タツヒト達が宮廷会議を行っている頃、アウロラ王国北西のとある都市にて二人の人物が密会していた。

 場所は高級宿の一室。分厚い壁と囲まれ窓も無いその部屋は、内密な話をするのに打って付けだ。

 向かい合って座る彼女達の顔を、魔法の灯りの薄暗い光が照らす。

 一人は宝石公と呼ばれるバルナ公爵。そしてもう一人は武戦公と呼ばれるハルプト公爵だ。

 バルナ公爵は、いつものような冷たい笑みを浮かべながら口を開いた。


「領地に帰還したばかりだと言うのに、呼び出してしまってすまないな、ハルプト」


「いや、君と私との仲だ。問題ないさ、バルナ」


 無表情でそう応じたハルプト公爵に、バルナ公爵は笑みを深くしただけだった。

 鉱物資源の産地であるバルナ公爵の領と、そこで採れた鉱石から優れた武具を作り出すハルプト公爵の領は、古来から蜜月関係が続いている。

 彼女達も幼い頃から付き合いがあり、打算や家のしがらみもあるものの、友人のような関係だった。


「ふふ、ならば笑みの一つくらい見せてもいいだろうに…… まぁいい。今日来てもらったのは他でも無い。

 ハルプト。率直に、君は我らの新たなる王についてどう思う?」


「うむ。タツヒト王の持つ神器、雷槍天叢雲らいそうあめのむらくもは大変素晴らしいものだ。あの異様な存在感、漆黒の刀身に光る稲光のような紋様の美しさたるや……

 あぁ、ヴァイオレット妃の持つ黄竜角戟(アカンシュラム)も非常に良いものだった。黄金に輝くかの槍は華美な中にも--」


「すまない。私の質問が悪かったようだ」


 興奮したように捲し立てるハルプト公爵を制し、バルナ公爵は友の顔をじっと見つめた。


「訊きたかったのは、タツヒト陛下の王としての資質についてだよ。我らを、この偉大なるネメクエレク神国を統べる王として相応しいのか。君はどう見る……?」


「--ふむ。始祖神レシュトゥ様の遺言、覆天竜王(ブリトラ)を討った武勇、他国の上層部との繋がり……

 それらを保って彼がフラーシュ王女を王妃とし、この国の王位に立つ事は、多くの民が納得しているだろう。

 私もそれが合理的だと思うが…… バルナ。君の意見は違うのだろう?」


「当然だ…… 始祖の血族でも、妖精族(ようせいぞく)でも無い者が王位に就くなど、前代未聞……!

 その上奴は、神に選ばれし方舟の民ですら無く、只人(ただびと)の、しかも男だ!

 そんな下賎で脆弱な存在が、この私を差し置いて王を名乗るだと……? そのような事、断じて認められる訳がない!」


 冷笑の仮面を脱ぎ捨て激情を露わにするバルナ公爵を、ハルプト公爵は冷静に見返す。


「自分の方が相応しい、と?」


「ふふ、そう聞こえたかね? 君は先ほど、タツヒト王の即位を合理的だと言ったが、他にも意見はあるのでは無いか?

 あの男は他国との調和路線を目指すようだが、武器屋としては面白く無いはずだ。私ならば、神国以外の下賎な国家など、我らに支配されるべきと考えるが……

 それに、あの男や馬女の持つ神器に随分ご執心のようだが、君はそれを眺めるだけで満足する女では無いだろう。

 私と君の利害は一致している。違うかね……?」


 共にタツヒト王を排除しよう。私は王位を、君は戦乱による利益と神器を得る。

 バルナ公爵のそんな誘いに、ハルプト公爵は小さく息を呑んだ。


「--確かに、そうかもしれないな。とても魅力的な話だ。だが…… 現実的では無い。我々では、タツヒト王を(いただ)く今の王家に絶対に勝てないからだ」


  ハルプト公爵の言葉に、バルナ公爵が訝しげに眉を寄せる。


「む。まさか君は、あの男が覆天竜王(ブリトラ)を討ったと言う話を信じているのか?

 あれは、私に頬をひと舐めされただけて狼狽えていた惰弱な男だ。始祖神様が覆天竜王(ブリトラ)を弱らせた所に、運よくトドメを刺したくらいが精々だろう」


「舐めた……? まさか、臣従の儀式でか? 何をしているんだ君は…… 魔法型で、あまり鍛錬を好まない君には分からなかったかもしれないが、タツヒト王の力は本物だ。

 臣従の儀式で彼の前に立った時、私は体の震えを必死に堪えていた。そのくらいに隔絶した実力差を感じてしまったのだ」


「何だと……? 緑鋼級(りょくこうきゅう)の実力者である、君がか……!?」


 驚愕するバルナ公爵に、ハルプト公爵が重々しく頷く。


「だからこそだよ。おそらく彼は、紫宝級(しほうきゅう)の中でも更に極まった実力者だ。始祖神様の助力はあっただろうが、覆天竜王(ブリトラ)を討ったのは本当だろう。

 そして私の見立てでは、先のヴァイオレット妃も彼と同等の手練だ。さらに他の側妃達も、その殆どが青鏡級(せいきょうきゅう)から緑鋼級(りょくこうきゅう)の力量を持っているようだった」


「ば、馬鹿な…… そのような者、今の我々の領には……!」


 バルナ公爵が悔しげに唸る。覆天竜王(ブリトラ)の配下達による長年の攻勢で、彼女達の領に残っている実力者は緑鋼級(りょくこうきゅう)が精々だったのだ。


「そう言うことだ…… 私にも野心や欲望はあるが、勝つ見込みの無い戦いはしない。君も冷静になる事だ」


「くそっ、口惜しい…… 力、戦力さえあれば……!」


「ナラバ、我ガ手ヲ貸ソウ」


 突如、二人きりだったはずの密室に第三者の声が生じた。


「「……!?」」


 バルナ公爵が驚き固まる中、ハルプト公爵が瞬時に椅子から腰を浮かし、短剣を抜き放つ。

 そして声がした方、部屋の奥の灯りも届かない暗がりに向かって誰何(すいか)した。


「何者だ!?」


「--我ラハ、貴殿ラト(ココロザシ)ヲ同ジクスル者。同士ヨ、貴殿ラ二良イ話ガアルノダ……」


 暗がりから再び声が響き、闇の中に笑みの形をした二つの目が浮かび上がった。


遅くなりましたm(_ _)m

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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