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第482話 祝賀会(2)


「タツヒト陛下、よろしいでしょうか」


 ハルプト公爵との話がひと段落所でラビシュ宰相が声を上げた。

 僕が頷くと、彼女は自身の隣に立つもう一人の人物を手で示した。


「では、改めて紹介させて頂きます。こちらはシュターユ公爵家の当主でラルム公爵。以前お伝えした通り、私の妹でもあります」


 宰相の紹介に臣下の礼を取ってくれたのは、彼女の面影を持った、しかしかなり雰囲気の違う人物だった。

 眼鏡で長髪な点は似ているけれど、どちらかというと厳しめな印象のラビシュ宰相に対し、ラルム公爵の方は柔和な顔つき。

 体つきも妖精族にしてはふくよかで、全体的にほわほわした雰囲気だ。


「陛下、フラーシュ王妃。この度は本当におめでとうございます。お祝い事が沢山で嬉しいですねぇ」


 ラルム公爵は、見た目通りの穏やかな口調でそういった。何だか近所のおっとりお姉さんという感じだ。

 しかし、南方に位置する彼女の広大で肥沃な領地は、この国の食糧生産のかなりの割合を占めている。

 覆天竜王(ブリトラ)の災厄下で他の領地が徐々に食料生産量を落としていく中、彼女の領地だけは以前の生産水準を保ち、他領へ食糧支援を行っていた程だ。

 その事から南方公爵、あるいは尊敬を込めて豊穣公とも呼ばれる重要人物だ。


「感謝するラルム公爵。今宵は大いに楽しいで欲しい」


「うん。ありがとね、ラルムおばさん。後でゆっくりお話しよ。聞いて欲しい事、いっぱいあるんだ」


 人見知りのフラーシュさんも笑顔で応じる。覆天竜王(ブリトラ)襲来以前は、ラルム公爵はラビシュ宰相に会うためによく王城を訪れていたそうで、フラーシュさんとも付き合いが長いのだとか。

 ちなみに、ラビシュ宰相は長女かつ超絶優秀だったので、シュターユ公爵家の次期当主として期待されていた。

 しかし、王家への溢れる忠誠を抑えられず、宰相職の公募に応募し、凄まじい倍率を勝ち抜いて合格したらしい。


「ええ、ええ。おっと、シャム妃とはお話しするのは初めてですね。ラルムです、よろしくお願いしますね」


「よろしくであります! タツヒト王の側妃兼秘書官のシャムであります!」


 まじまじと見つめてくるラルム公爵に、シャムがにこにこと応じる。

 臣従の儀式の最中も今も、シャムは結構注目の的だ。何せ始祖神レシュトゥ様に激似なのに、耳を見れば只人(ただびと)な事は明らかだからだ。

 もし指摘されても、種族も違うのに不思議ですねぇ? で通すつもりだったけど、何かを感じ取ったのか、ラルム公爵はただ微笑んだだけだった。


「ふふふ…… しかし、変わった料理が沢山ですねぇ。特にこの食欲を誘う香り…… 私はこの国の食についてはちょっと詳しいつもりでしたけど、世界は広いんですねぇ」


 ラルム公爵がちらちらと視線を送るのは、大広間にビュッフェ形式で並べられた美食の数々だ。

 旧メネクエレク神国伝統の料理もあるけど、僕の我儘で押し込んだカレーや竜肉の低温調理ステーキ、チョコレートを使ったデザートなんかも並んでいて、すでに人だかりが出来ている。


「うむ。豊穣公としてこの国を支えてくれた其方にも、是非味わって欲しい。カレーも勧めたいが、我が調理した竜肉の炙り焼きも会心の出来だぞ?」


「へ、陛下御自らがっ……!? そ、それはそれは……」


 僕の方を向いていたラルム公爵の体が、徐々に料理の方に向き始める。豊穣公の名前通り食に強い関心があるようだ。

 ただ、そんな彼女の様子にラビシュ宰相は顔を青くしている。この人、やっぱり苦労性だな。


「ラ、ラルム公爵……! 申し訳ございません、陛下。妹はこと食に関しては抑えが効かず……」


「はっはっはっ、良い良い。主催者として嬉しい限りだ。込み入った話はまたの機会にしようぞ。今は二人で楽しんで来ると良い」


 そう促すと、ラルム公爵とラビシュ宰相は恐縮しながら料理の方へ向かっていった。仲の良い姉妹だ。

 二人が去ると、黙って話を聞いていた武戦公、ハルプト公爵が口を開いた。


「陛下、私も失礼致します。もっと間近で神器を拝見したく……」


「うむ、ではなハルプト公爵」

 ハルプト公爵は僕に頭を下げると、真っ直ぐに雷槍天叢雲らいそうあめのむらくもの方へ向かっていった。

 大物領主貴族二人が去った事で、僕とフラーシュさん、それからシャムは顔を見合わせながらほっと息を吐く。しかし。


「陛下。改めて言祝ぎとご挨拶をさせて頂きたく……」


「陛下! 男の身でかの竜王を討った武勇伝、ぜひお聞かせ下さい!」


 公爵達が離れたことで、様子を伺っていた他の領主貴族や、そのお連れの若い男性達も殺到してきた。

 チラリの他のお妃さん達の様子を伺うと、彼女達も似たような状況だった。

 それから来客は止まるところを知らなかった。僕はシャムに耳打ちしてもらいながら、ほぼ初対面の領主達との挨拶を何とかこなしていった。

 そうする内に時間はあっという間に過ぎ、そろそろダンスのお披露目をする時間になった。


「皆、すまぬがそろそろ舞踊の時間のようだ。まだ話せていない者もいるが、後ほど--」


「陛下、フラーシュ王妃。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」


 僕の声に被せるように慇懃な声が響き、人垣が割れた。現れたのは宝石公、バルナ公爵だった。

 臣従の儀式でほっぺを舐められた記憶が蘇り、思わず表情が引き攣りそうになる。


「バルナ公爵…… 良い。其方の我への忠誠心は分かっている。が、何事にも加減というものがある。そう思わぬか?」


「ええ、全くにございます。先だっては大変失礼致しました。陛下への想いが行き過ぎてしまったのです。どうかお許しを……」


 僕らのちょっと不穏なやり取りに周りがざわつく。

 しかしこのバルナ公爵、口では謝ってるけど全然申し訳なさそうな態度じゃないな…… やはり舐められているようだ。


「うむ、許そう。其方もこの国を支えた忠勇なる臣下だ。今宵の祝宴を是非楽しんで欲しい」


「ええ、楽しませて頂いております。この場の誰もがそうでしょう。只人(ただびと)の、それも男の身で覆天竜王(ブリトラ)殺しという偉業を成し遂げられた、偉大なる陛下のお陰にございます。民共も、さぞ喜んでいる事でしょう」


 交わされているのは、貴族としては普通の会話。しかし、バルナ公爵の視線や表情、言葉の端々に、どうにも嫌なものを感じてしまう。

 そして、臣従の儀式の時から感じていた既視感のようなものが、この瞬間確信に変わった。

 そうだ…… こちらを見下したような視線、嘲笑うかのような冷笑、上品な所作に隠された嗜虐性。

 似ているのだ。奴、覆天竜王(ブリトラ)に。


「バルナ公爵…… 其方との会話は実に楽しいが、すまぬがそろそろ舞踊の時間だ。話の続きはまた時を改めようぞ」


「それは大変失礼致しました。しかし舞踊でございますか…… 後ほど、是非この私めとも踊っていただけませんか?」


 公爵が笑みを浮かべながら言う。すると、シャムがそっと耳打ちしてくれた。


「タツヒト。バルナ公爵は舞踊の達人との情報があるであります。ちょっと相手が悪いかもであります」


 げ、それはご勘弁願いたい。何せこっちは初心者だ。一緒に踊ったりしたら、ダンススキルの差で恥をかいてしまうかもしれない。

 それに、よく知りもしないでこう言うのは良くないけど、やはりどうにも彼女は苦手なのだ。


「嬉しい誘いだ。しかしすまぬ。今宵はもう妃達との予定が埋まっていてな」


「なんと、それは残念。では、是非またの機会に……」


「うむ…… では行こう、フラーシュ王妃。 --大丈夫です。何せたくさん練習しましたから」


「う、うん……! あたし、頑張る……!」


 後半は小声で話しかけると、フラーシュさんはグッと小さく拳を握って見せた。気合い十分らしい。


「二人とも、応援しているであります!」


 シャムに激励されながら、僕らは大広間の中心へと進み出た。


金曜分です。遅くなりました。

また、本作の総合評価が1,000ptを超えました! 更新を続ける上で、何よりの励みです。

いつも読んで下さる皆様、そしてブクマや評価を下さった皆様に、心より感謝申し上げますm(_ _)m

【日月火木金の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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