第481話 祝賀会(1)
波乱の幕開けとなった臣従の儀式だったけれど、その後は滞りなく進んで夕方頃には完了した。
今回改めて臣従を誓ってくれた伯爵以上の高位貴族達。彼女達と儀式で対面した感じ、タツヒト王を好意的に受け入れてくれている人達が半分、もう半分はまだ懐疑的といった印象だった。
このアウロラ王国の前身、旧旧ネメクエレク神国では、始祖神レシュトウ様の血族のみが王位に就いてきた経緯がある。
それを考えると、半分も支持を得られているなら健闘してる方だろう。文字通り舐めてくるような人は、最初のバルナ公爵だけだったし。
--彼女にほっぺを舐められた件、誰も気づいていないっぽいけど、みんなに相談したほうがいいかな…… いや、今はやめておこう。
「タツヒト王! シャムは何だか無性にちゅーがしたいであります!」
「あ、あたしも…… 陛下、失礼をば……!」
儀式が終わって控え室に引っ込んだ途端、僕はシャムとフラーシュさんに挟まれ、左右から熱烈なハグとキスの雨を頂いてしまった。
儀式中に貴族から口付けを受けるたび、二人の僕への視線が強くなっていたのは感じていたけど…… よほど我慢していたのか反動がすごい。
「ふ、二人とも。あれはただの儀式の一環だ。気持ちは嬉しいが落ち着くのだ」
いや、本当に嬉しいけど、控え室にはラビシュ宰相もいるのでちょっと気まずい。
この反応を見ると、やっぱり今はバルナ公爵の件は黙っておいた方が良さそうだ。
「あー、ラビシュ宰相。次は祝賀会だったな?」
「は、その通りにございます。フラーシュ王妃、シャム妃。お戯れもどうかそこまでに……」
苦笑気味の宰相に促され、二人はようやく僕を解放してくれた。
そこから着替えなどを挟み、日も暮れた頃、僕らは一昨日ダンス練習をした大広間へと向かった。
「国王陛下、並びにフラーシュ王妃、シャム妃、ご入来!」
警備の騎士の声と共に大広間に入った僕らは、割れんばかりの拍手によって迎えられた。
体育館二つ分ほどの広大な大広間は、先ほど顔を合わせた高位貴族達やそのお連れの人々、城の高官たちなど、千を超える人々で埋め尽くされている。
その中に、こちらに向かって小さく手を振るヴァイオレット様を見つけた。みんなこの国の正装、白衣と貴族服を掛け合わせたような豪奢な衣装を格好良く着こなしている。
ちなみに僕はというと、王様らしい威厳のある格好から、肩やら胸元やらが大きく露出した中性的なドレスのような服装に着替えていた。
何でも、ダンスを踊るならこちらの方が相応しいそうだ。正直結構恥ずかしいけど、会場にいる他の男性達も同じような格好をしているので、やはりこの格好が標準らしい。
さておき、僕はお妃さん達に小さく微笑み返した後、会場の人々に向き直った。
「皆、今宵の祝宴に良くぞ集まってくれた! 知っての通り、永くこの国を苛んでいた災厄、覆天竜王は我らが討ち倒した! これからこの国は新たな名と共に--」
僕の口上に会場の人々が聞き入る。今回の祝賀会は、覆天竜王討伐、フラーシュ王女の結婚、そしてタツヒト王の即位、この三つをまとめて祝うものなので、結構話す事が多い。
「--では、乾杯!」
「「乾杯!」」
長々とした口上の後、ようやく僕が発した乾杯の音頭にみんなが盃を干し、再び拍手が湧き起こった。
すると、早速三人の妖精族が近づいてきた。一人はラビシュ宰相、そして残りの二人は、今日顔を合わせたばかりの高位貴族だ。
「タツヒト陛下、フラーシュ王妃。ご即位、並びにご結婚、誠におめでとうございます」
最初に平坦な声で挨拶してくれたのは、短髪でがっしりとした体躯の人物だった。
表情に乏しく、その視線はじっとこちらを値踏みするようなものだ。彼女は……
「ハルプト公爵。三公爵の一人で通称北方公爵、武戦公とも呼ばれる大物であります」
背後からそっと耳打ちしてくれたシャムに感謝しつつ、僕は鷹揚に頷いた。
ちなみにフラーシュさんは人見知りを発症し、僕の隣で引き攣った笑みを浮かべている。ここは僕が頑張らねば。
「王妃共々、言祝ぎに感謝する、ハルプト公爵よ。其方の領の武具や騎士達のお陰で、我が国は長年覆天竜王の脅威に耐える事が出来たと聞く。
この祝賀会は其方のような忠勇なる臣下を労う会でもあるのだ。どうか楽しんでほしい」
武戦公、ハルプト公爵が治める北方イシュターヌ公爵領は、武具の生産が非常に盛んだ。その品質の高さから国中から引き合いがあるらしい。
さらに優秀な騎士や冒険者も多く輩出する事で知られていて、本人も緑鋼級の実力を持つ。
計算高い商人、兼武人といった印象の人だ。
「ありがとうございます。しかしその覆天竜王があのような姿に…… 聞きしに勝る陛下の武威に、感服致しました」
ハルプト公爵の視線を辿ると、そこには4tトラックほどの大きさの巨大な頭骸骨が鎮座していた。
竜とも蛇ともつかない凶悪な造形を持つそれは、覆天竜王の頭部を綺麗に白骨化させたものだ。
僕の武力を分かりやすく示す目的で展示していたのだけれど、効果は十分のようだ。
頭蓋骨の前には人だかりができていて、よほど奴に苦しめられたのだろう、感極まったように涙している人もいる。
「うむ…… しかし我だけの力によるものでは無い。フラーシュ王妃を始めとした妃達の力、始祖神レシュトゥ様のご献身、縁を結んだ古き獣の神の助力…… どれか一つでも欠けていれば、結果は違っていただろう」
そう答えると、ハルプト公爵は頭蓋骨から少し離れた場所に視線を移した。そこには、奴にとどめを刺した伝説の武具として、雷槍天叢雲も展示してある。
こちらにも人だかりができていて、アラク様の忠実な信徒とである僕としては結構気分がいい。
「なるほど。ではあの漆黒の神器は、その古き獣の神から賜ったのですね。ただの槍とは思えない存在感に、背筋の凍るような見事な刀身…… 美しい、そして凄まじい……
陛下。もし仮にあれに値をつけるとするならば、いかほどになるのでしょう?」
これまで感情の起伏を見せてこなかったハルプト公爵が、興奮した様子でそんな事を聞いてきた。
遠回しに売ってくれと言っているのだろうか……? 彼女の様子には少し驚いたけれど、答えは決まっている。
「いや、あの槍に値を付ける事などできぬ。金銭で贖う事など到底できぬ価値があるのだ」
「--承知いたしました。無粋な問いをしてしまい、大変失礼致しました」
「うむ、良い」
素直に引き下がってくれたけれたかに見えた彼女は、諦め切れないのか、その後もチラチラと槍の方に視線を送っていた。
なるほど。武戦公の名前に相応しく武具に目が無いらしい。覚えておこう。
遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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