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第480話 臣従の儀式


「--ひゃぁぁぁぁぁ!?」


 翌朝。僕はフラーシュさんの悲鳴で目覚めた。


「何事ですか!?」


 一瞬で意識が覚醒し、ベッドから身を起こそうとすると、涙目のフラーシュさんに押し留められた。


「だ、駄目! 起き上がらないで、タツヒト氏! 死んじゃうよぉ!」


 尋常でない彼女の様子に素直に身を横たえた僕は、恐る恐る自分の体やその周囲を見た。


「ひぇっ……!?」


 あまりの光景に、思わず口から悲鳴が漏れる。

 僕の全身には、無数の小さな円形状の痣と、大小の噛み跡のようなものが刻まれていたのだ。

 噛み跡から出血したのだろう、体は血まみれでシーツも真っ赤っかだ。今更ながら体中が痛い。

 襲撃? 未知の病気? いろんな可能性が頭を巡る中、騒ぎに他のみんなも目を覚ました。


「なっ……!? 待っとれ、今ロスニア呼んで来たる!」


 僕の姿を見たエリネンの判断は早く、まさに脱兎の如く部屋から駆け出した。


「え……!? あ……」


「タツヒトの兄貴!? くそっ、誰だちくしょう! 兄貴の体にこんな……! こん、な……?」


 一方アスルとカリバルは、一瞬驚愕の表情を浮かべた後、なぜか目を伏せて固まってしまった。

 その様子も気になるけれど、今はともかく初期対応を急がないと……!


「さ、三人とも。もしかしたら、これ、何かの病気かもしれない……! フラーシュさん、僕から離れてください。アスル、水魔法でみんなの血を洗い流してあげて……!」


「や、やだよぉ……! いっぱい子供作ろうって約束したのにぃ…… 一人にしないでしょぉ!」


 その言葉に、フラーシュさんはかえって僕の体にしがみつき、いつもは即断即決なアスルの反応も鈍い。


「あ、あの…… タツヒト。それ、病気じゃない、と思う……」


「え……? アスル、何か知ってるの……!?」


「……カリバルが知ってる」


「うぇっ……!? アスルてめぇ!」


 フラーシュさんが咽び泣き、アスルとカリバルは喧嘩を始め、血が飛び散りそうで僕も迂闊に動けない。

 そんな混沌とした状況に、ロスニアさんを抱えたエリネンが颯爽と戻ってきた。


「連れてきたで! あれや、ロスニア!」


「……! エリネンさん、フラーシュさんを!」


「おう!」


 エリネンがフラーシュさんを僕から引き剥がすと、ロスニアさんは険しい顔付きですぐに治療を始めてくれた。

 ロスニアさんは最初、僕の状態に困惑していた様子だった。けれど、すぐに何かに気づいたように息を呑んだ。

 その後は何故か怒ったような表情で淡々と治療を続け、ほんの数分で処置を終えてしまった。


「ふぅ…… 治療完了です。造血の治癒薬も使用したので、失った血液も(おぎなえ)たはずです」


 そう言われて起き上がってみると、痣も傷跡もなくなり、すっかり元通りになっていた。


「治ってる……! ロスニアさん、ありがとうございます!」


「タツヒト氏…… よ、よかったよぉー……!」


「ふー…… 肝を冷やしたで、ほんま。しっかし一体何が…… ロスニア。おまはん、何か分かったか?」


 フラーシュさんが僕に抱きつき、エリネンが安堵の息を吐きながらロスニアさんに尋ねる。


「ええ…… アスルちゃん、カリバルちゃん。ここへいらっしゃい」


 一瞬、その声の主がロスニアさんだと分からなかった。

 そのくらいに、普段の慈愛に満ちた優しい声とはかけ離れた、底冷えするような冷たい声だったのだ。


「「は、はい……!」」


 声をかけられた二人は、青い顔をしてロスニアさんの前に整列した。一体……?






 結論から言うと、僕の体に刻まれた痣と傷跡の原因はアスルとカリバルだった。

 初めての興奮を抑えきれなかった二人は、僕の体に触腕を巻きつけまくったり、鋭い歯で噛みまくってしまったらしい。

 昨晩は暗かったし、気が昂っていたせいで誰も気づかなかった惨状が、今朝になって判明したという訳だ。いや、にしても気づけよ、僕……


 僕は気にしないでと言ったのだけれど、ロスニアさんのキツイお説教受け、二人はひどく落ち込んでしまっていた。

 この事件の責任は僕にもある。だって、年上なのにリードするどころかされるがままだったし……

 なんとか二人を元気付けたい所だったのだけれど、今日はどうしても外せない仕事があった。


「これより、臣従の儀式を執り行う」


 場所は城の謁見の間。王座に座る僕の右隣で、ラビシュ宰相が朗々と儀式の開始を宣言した。

 左隣の席には、今朝の騒ぎで疲労困憊気味のフラーシュさんが腰掛けていて、そのさらに隣にはシャムも同席してくれている。

 小高い場所にある王座から部屋の中を見回すと、各地から集まってくれた100名以上の高位貴族に、城内の重臣達、それから護衛の騎士達が詰めかけていた。

 多くの人々の熱気やざわめき。そして好奇、尊敬、疑いなどの様々な視線に少し圧倒されてしまう。


 今から始まるのは、新しく王様になった僕が、各地の領主貴族達と改めて主従の契約を結ぶ大事な儀式だ。

 僕の統治が直接及ぶ王領は、実はアウロラ王国の国土の四分の一程度しかない。

 残りは臣下の領主貴族達が半分独立したような形で治めていて、僕は間接的にしか影響を及ぼせないのである。

 なので、ここで王様に相応しくないとか思われてしまうと、王国からの離反とか、最悪結託されて謀反なんて事にも発展しかねないのだ。


 ちなみに、そんな大事な儀式の前夜にはっちゃけ過ぎた件については、宰相からきっちり苦言を呈されてしまった。いや、本当にすみません……


「では、名を呼ばれた忠義ある臣下は、陛下の御前にて臣従の誓いを。始めにアムルー公爵領、バルナ公爵殿」


 宰相の声に、僕は意識を目の前の儀式に戻した。よし。舐められないようにしっかりとした振る舞いを心がけよう。


「うむ」


 慇懃な声にともに、貴族達の中から一人の妖精族(ようせいぞく)が進み出た。

 肩にかかるほどの輝くような銀髪に、随所に宝石をあしらった一際華美な服装をしている。

 それだけでもだいぶ目を引くのだけれど、何より彼女の目や表情が気になった。

 隠しきれない野心が滲み出るかのような鋭い目つきに、その美貌を損ないかねない冷たい微笑。僕の直感が、彼女には気をつけろと叫んでいた。


 この印象は、おそらく事前情報のせいもあるだろう。

 バルナ公爵が治める領地は、アウロラ王国に存在する三つの公爵領の一つで、王国西側に広大な領地を持つ。

 西方公爵領とも言われるこの領地では、莫大な財を生み出す特殊な宝石や鉱物資源が採れるため、当主は代々宝石公とも呼ばれている。

 そしてこれが結構気になる情報なのだけれど…… この公爵家、彼女の先先代領主が領民に無体を働いたとかで、始祖神レシュトゥ様に当主交代させられたという曰くつきの家なのだ。

 当代の当主である彼女には関係の無い事なのだけれど、どうしてもその事を意識してしまう。


 バルナ公爵について考えを巡らせている間に、彼女は王座への階段を登り切った。

 そして僕の目の前に跪きながら両手を差し出し、臣従を誓う口上を述べ始めた。


「新たなる王、タツヒト陛下。私、バルナ公爵は、王家より賜りし領地を()って貴方を主君と仰ぎ、忠実な臣下として仕える事を誓います」


 僕は彼女の両手を包み込むように取ると、宰相に教えられた通りに返答した。


「バルナ公爵よ、其方の忠義を受け取ろう。我、タツヒトは、アウロラ王国の王として其方の領地と権利を守る事を約束する。創造神と、始祖神レシュトゥに誓おう」


「は、ありがたき幸せ」


 お決まりのやり取りの後、公爵が立ち上がって僕に身を寄せてくる。

 この臣従の儀式、最後は臣下が主君のほっぺに口付けして契約成立なのだそうだ。

 若干フラーシュさんやシャムの視線が気になるけど、決まりなので仕方ない。

 顔を近づけてくる公爵に少しドギマギしていると、頬にそっと柔らかな感触が触れた。

 ふぅ…… これで一人目完了か。ちょっと不安だったけど、何事もなく--


 ぺろっ……


「ひゃっ……!?」


 予想外の感触に、思わず声が出て体が強張る。い、今の、ほっぺを舐められた……!?

 目を見開いてバルナ公爵を見ると、彼女は嗜虐的な笑みを浮かべながら僕を凝視していた。


「ふふっ…… かの覆天竜王(ブリトラ)を討った陛下が、随分と可愛らしいお声を出すのですね?」


 囁くようにそう呟いた彼女は、呆然とする僕に優雅な所作で背を向け、そのまま颯爽と階段を降りていってしまった。

 他のみんなには僕らのやり取りは分からなかったらしく、謁見の間には拍手の音が満ちる。

 --ど、どうしよう。早速舐められてしまったみたいだぞ……?


火曜分です。遅くなりましたm(_ _)m

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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