第475話 あの人の今(3)
勧誘に成功したナノさん達、元暗殺組織ウリミワチュラの皆さんには、すぐにでも我がアウロラ王国へと移り住んで欲しかった。
けれど、貧民街の住人から移住希望者を募ったり、彼女達が行なっている自警団的な活動の引き継ぎなどもあるのでそうも行かなかった。
そんなわけで移住は数ヶ月後、アウロラ王国とイクスパテット王国との船便が開通したらという形に落ち着いた。
今日の所はナノさん達に追加の資金援助を行い、その場は解散となった。
ただ、アウロラ王国側の港は、まだ港湾造成の専門家の招聘が決まっただけで絵に描いた餅なんだよね……
で、でもまぁ、家には土の専門家であるプルーナさんやナァズィ族の人達に、海の専門家のアスルやカリバル達までいる。なんとかなるでしょ。多分。
ちなみにナノさん達の所をお暇した後、その辺の屋台でお昼を食べたのだけれど、キアニィさんはいつも以上に健啖家ぶりを発揮していた。具体的には肉串を100本ほど食べていた。すごい。
きっと、ナノさん達と会って長年の引っ掛かりが取れたからだと思う。めちゃくちゃ機嫌よさそうだったもの。
その後僕らは、今回の出国の最後の目的を果たすために慌ただしく王都を飛び出した。
そして昼下がり頃、大きな街道から外れて王領の端辺りまで走った所で、立地には不釣り合いな立派な二重防壁の都市に到着した。
都市の外には草原と種まきを待つ麦畑が広がり、綺麗な湖まであってとても景観が良い。今が秋だからかもしれないけど、気温も適温で過ごしやすい。
ここは、王都の偉い人たちが静養地として利用する都市の一つなのだ。
外壁の門をくぐって都市に入り、そのまま内壁の門を通過すると、限られた土地を広々と使用した豪華な邸宅がいくつも建ち並んでいた。僕らは、その中でも一際立派な館を訪ねた。
「『白の狩人』の皆様方。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
使用人の方に案内してもらった先は、色彩豊かな花々が溢れた中庭だった。
その中心に置かれたテーブルには、穏やかな表情で語り合う二人が座っていた。
「ご無沙汰しております、マリアンヌ様、ケヴィン様」
一人は黄金の毛並みを持つ高貴な馬人族。イクスパテット王国の先代女王、マリアンヌ様。
そしてもう一人は、整った顔立ちの只人の男性。マリアンヌ様の側近騎士であるケヴィン様だ。
お二人は僕の声に振り返ると、にっこりと微笑んだ。
「うむ。よく来たな、タツヒト。其方らも歓迎するぞ、ヴァイオレット、キアニィ、そして…… ん、その姿は……?」
「おぉ……! 邪神に掛けられたシャム殿の呪いを、遂に解呪できたのですね!」
驚く二人に、シャムがにっこりと笑う。
「はい! タツヒト達のおかげで、この通り元通りであります!」
「本日、わたくし達はそのご報告に伺わせて頂いたんですの。他にも、色々と近況をお話しさせて頂きたいですわぁ」
キアニィさんの言葉に、マリアンヌ様は微笑みながら席を指した。
「そうであったか…… その報せ、大変嬉しく思う。さぁ掛けてくれ。其方らに最後に会ったのは半年以上前か……
ここにいると日々穏やかに過ごせて良いが、変化も少ないゆえ時間が過ぎ去るのも早い。どんな話が聞けるのか楽しみだ」
勧められるまま席に座った僕らは、マリアンヌ様達と最後に会ってからの出来事を話した。
二人は魔獣大陸の件にも驚いていたけれど、タツヒト王爆誕の件には暫く絶句しておられた。
「--い、いや、驚いた…… 出入りの商人から、虚海に国が落ちて来たと言う与太話は聞いていたが…… まさかそれが真実で、其方が王位に就くとは……」
「わ、私も言葉もありません…… まるで神話です……」
「あはは、自分でも驚いていますよ…… あの、それでですね。是非先達として、マリアンヌ様に王としての心構えなどを伺いたく……」
僕の言葉に、マリアンヌ様は少し困ったように笑った。
「私は失敗した身だ…… だが、そうだな。其方には一つだけ伝えておこう。
優しいだけの王など、愚王と変わらぬ。時には厳粛たる処断を行わねばならぬ事もある。それを、今から覚悟しておくのがよかろう……」
「……! ありがとうございます。お言葉を胸に刻みました」
「うむ…… さて、そろそろ時間も遅いな。玄関まで見送ろう。 --これで、もう心残りもないな……」
席を立ったマリアンヌ様は、今にも消えてしまいそうな笑みを浮かべながら小さく呟いた。
そんなマリアンヌ様を見つめるケヴィン様も、同じ表情をしている。
彼女達の様子に、僕は一ヶ月程前にヴァロンソル侯爵から聞いた話を思い出していた。
そして二人の案内で屋敷の玄関に到着し、別れの言葉を交わした後、僕は立ち止まって二人の方を振り返った。
「マリアンヌ様、ケヴィン様。僕はアウロラ王国を、多くの国民が食うに困らず、笑って暮らしていけるような国にしていきたいと思っています。
それを、どうかお二人にも見守って頂きたいんです。いつまでも……」
「一度は騎士の職務を放棄した私ですが、今後はタツヒトの第一の騎士として、彼を支えていく所存です。お二人も、どうかお健やかに……」
僕とヴァイオレット様の言葉に、お二人は少し返答に困っているような様子だった。
「--うむ。二人とも励むが良い。其方らなら、良い国を造ることができるであろう」
「ヴァイオレット卿ならば成し遂げられます。皆さんも、どうかお元気で……」
そう静かに答える二人に見送られ、僕らはアウロラ王国への帰途に着いた。
***
タツヒト達が去った数日後。マリアンヌとケヴィンの元を、ある人物が訪れた。
「そろそろだと思っていたが…… わざわざ其方が来るとはな、宰相」
場所はタツヒト達を迎えた時と同じく館の中庭。イクスパテット王国の宰相は、マリアンヌに深々と頭を下げた。
「私が申し出たのです。国のために尽力された貴方様の痛みを知ろうともせず、止めることも出来なかった家臣の代表として」
「そうか…… だが、全ては私の業だ。其方らは何も気に病むことは無い。ケヴィン、其方もだ。何度も言うが、其方は余に付き合うことは--」
「いえ、自分はマリアンヌ様と共にあります。たとえ向かう場所が煉獄だとしても、ご一緒致しましょう」
「--この、頑固者め……」
決然と言い放つケヴィンに、マリアンヌは様々な感情が入り混じった苦笑を見せた。
そんな二人を見つめながら、宰相は懐から何かを取り出し、そっとテーブルの上に置いた。
それは、二つの小さな小瓶だった。中に致死性の毒が入っているであろうであろうそれらを、マリアンヌは静かな心持ちで見つめた。
何か理由をつけて静養地へ送り、ほとぼりが冷めたところで服毒させ、病死と発表する……
穏便に政敵を始末する際に、マリアンヌもよく使った手だ。
そして自身の廃位を決めた際、マリアンヌはこの結末をすでに予想していた。
事の始まりは、タツヒトとヴァイオレットの出奔だった。
その事で心のバランスを崩したマリアンヌは、自身を諌めに来たプレヴァン侯爵という領主貴族にその凶刃を向けた。
マリアンヌの凶行はそれに留まらず、王都から逃げ帰ったプレヴァン侯爵や、彼女に近しい貴族達にまで暗殺者を差し向けた。
その中にはヴァイオレットの母であるヴァロンソル侯爵も含まれ、領主は無事だったものの、各領地の重要人物が何人も暗殺された。
結果、貴族達は連合を結成して王都へ攻め上り、マリアンヌは廃位するに至ったのだ。
そして今、マリアンヌは思う。自分は王たる務め放棄し、妄執のまま幾人もの罪なき人々を殺めた。のうのうと生きていて良い訳がない。
加えて、自身に反旗を翻した連合は、王国の東に広がる巨大な魔物の領域、大森林に領地を接する領主達の集まりだ。
在位中は魔物対策に注力してきた自身にとって、本来であれば連合が最大の支持基盤だったのだ。
その連合が自身の『病死』を迫った際、今の王家には抗う術は無く、新たな女王が立った今ではその理由もないだろう。
だからマリアンヌは、この結末に全て納得していた。
しかし、彼女が小瓶に手を伸ばそうとした瞬間、宰相は懐から別の何かを取り出した。
小瓶の隣に置かれたのは、腕輪型の魔導具に見える物だった。
「宰相、それはなんだ……?」
「は。髪や毛並みの色を変える魔導具でございます。これを用いれば、王家の証たるマリアンヌ様の黄金の毛並みも、平凡な栗毛などに変えることができましょう。 --タツヒト殿より、お預かりしたものです」
「何、タツヒトが……!?」
「宰相閣下、どういう事でしょう……!?」
驚くマリアンヌとケヴィンに、宰相が静かに語りかける。
「連合に所属する有力領主達は、マリアンヌ様が為された事を許さないでしょう。しかし彼女達は、貴方様がこの国を建て直した御功績も認めています。
もし先王マリアンヌ三世としての全てを捨て、王国を出るのであれば、それは死も同然。公式には『病死』ししたものとし、その小瓶を開ける必要も無い、と。
この事は、当然ヴィクトワール陛下もご存じです。そして、マリアンヌ様で無くなった貴方様の亡命先と、それに付き従う者の亡命先として、タツヒト殿のアウロラ王国が手を挙げております」
瞬間。マリアンヌの脳裏に、数日前のタツヒトの言葉が蘇った。自分が成す国を、どうか見守っていて欲しいと。
「あの男…… こんな時にまで余の心をかき乱しおって……」
「マリアンヌ様、どうかご選択下さい。小瓶を選べば、貴方様は眠るように全てから解放されます。
腕輪を選べば、貴方様は名も、身分も、姿さえも捨て、異国の土地で暮らす事になります」
「--選択など…… 余は、決して許されぬ事をした。このまま生きながらえることは……」
苦悩の表情で顔を伏せるマリアンヌに、宰相が続ける。
「これは、先日タツヒト殿達も知る所となった事なのですが…… 現在暗殺組織ウリミワチュラの残党は、捨て子を拾い育て、炊き出しをし、貧民街の治安維持に尽力しています。
彼女達もアウロラ王国に移り住むとの事です。マリアンヌ様にも、そのような道があるのではないでしょうか……?」
「……! あの者達が、そのような事を……」
驚くマリアンヌに、今度はケヴィンが語りかける。
「マリアンヌ様。私は、貴方がどちらを選ぼうと付いてまります。しかし同時に、私は貴方と共に見てみたい。タツヒト殿が、どんな国を造っていくのかを……」
「…………」
長い葛藤の末、マリアンヌはそっと腕輪を取った。
それを目にした宰相が安堵の息を吐き、ケヴィンの目から涙が溢れ出す。
「そう、だな…… ケヴィン、其方と共に見守らせてもらおう。タツヒト達がどんな国を作るのか。
そして、陰ながらそれを支えよう。それが、少しでも余の罪滅ぼしとなるのなら……」
「マリアンヌ様…… はい……! このケヴィン、どこまでも御身のお側にあります!」
それから数ヶ月後。先王マリアンヌ三世は静養地にて病没したと発表された。
同時期、アウロラ王国とイクスパテット王国との間に船便が開通した。
イクスパテット王国側からの移民船の第一便には、栗毛の馬人族と、彼女に寄り添うように立つ只人の男性の姿があった。
金曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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