第474話 あの人の今(2)
「お、お前達。あとは任せたぞ!」
黄の72番氏は、炊き出しをしている蛙人族の人達にそう叫ぶと、僕らに付いてこいと顎をしゃくった。
僕らは戸惑いつつも素直に従い、彼女の後に続いて広場に面した趣のある小屋へと入った。
小屋には下へ続く階段があり、外観からは想像できないほどに広く、しっかりとした造りの地下施設が広がっていた。
そしてそのまま会議室のような部屋に通され、彼女と僕らは揃って席についた。
「--それで? 一体何をしに来たんだ。緑の85番。今は昼時の一番忙しい時間なんだぞ……!」
座った途端、黄の72番氏は苛立たしげに僕らを睨んだ。確かにさっきの様子では忙しんだろうけど、あんなの予想できないよ……
「わ、悪かったですわぁ。あとわたくしの名前はキアニィでしてよ。そろそろ覚えて下さいまし。
今日は少し話があって来ましたの。まずはこちら。わたくしの最愛の夫にして、アウロラ王国の国王、タツヒト君ですわぁ」
「どうも初めまして。えっと、僕の愛する妻が以前お世話になったそうで」
キアニィさんが僕に続いてヴァイオレット様とシャムも紹介すると、黄の72番氏は僕とヴァイオレット様に特に強い視線を向けた。
「だと思ったさ。こうして会うのは初めてだな…… 俺は黄の-- いや、俺の名前はナノだ。
裏切り者のキアニィも憎らしいが、元はと言えば貴様とヴァイオレットが我らの凋落の原因だ……! しかし、貴様の資金援助には実際助かった。礼を言う」
「あ、いえいえ。その、僕が言うのも変ですが、お力になれてよかったです」
「ふん……」
黄の72番改めナノ氏は、僕の言葉に不機嫌そうに鼻を鳴らした。聞いていたより僕の印象は良いようだ。
「ナノ…… 私たちの言葉で黄色という意味ですわね。安直ですけど、良い名前ですわぁ」
「黙れ。貴様のキアニィという名前も、緑という意味だろうが」
「ふふっ、そうですわねぇ。ところで、暗殺組織ウリミワチュラの残党であるあなた達が、なぜ貧民街で炊き出しを?」
「…………」
キアニィさんの言葉に、ナノ氏は視線を逸らして黙り込んでしまった。何か言えない事情でもあるんだろうか……?
『びぇぇぇぇっ……!』
すると僕らが入って来た方とは反対側、ナノ氏の背後にあるドアの向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
驚いてみんなでドアを見ると、泣き声は連鎖的に増えていった。それを耳にしたナノ氏がしまったというような感じで眉間に皺を寄せる。
暗殺組織の残党の拠点に沢山の赤ん坊…… あからさまな犯罪臭に、僕らは身構えて椅子から少し腰を浮かせた。すると。
バンッ!
ドアが勢いよく開き、二人の蛙人族が入ってきた。
「あ、ナノさん! 丁度よかった……!」
「すみません、少しご飯の手伝いをお願いしても--」
彼女達は片手で赤ん坊を抱き抱え、もう片方の手に急須のような形をした器具を持っていた。
抱えられた赤ん坊の方は、急須の先を咥えながらんぐんぐと喉を鳴らしている。多分、あれはこの世界における哺乳瓶で、中身は家畜の乳か何かだろう。
開いたドアの先の部屋も目をやると、何人もの蛙人族が忙しそうに赤ん坊の世話をしている様子が見えた。
なるほど、確かに昼時は忙しいわけだ。 --いや、でもなんだこの状況……? 予想外の展開に硬直する僕らを他所に、ナノ氏はすっと椅子から立った。
「分かった、今行く。貴様ら、暫し待て」
彼女は僕らに仏頂面でそう言うと、赤ん坊を抱えた蛙人族達と一緒にドアの向こうへと消えた。
そして数十分後。赤ん坊の泣き声が止み、ドアを開けて三人が戻って来た。
「待たせたな。こいつらも同席させるが構わんだろう? 何しろ貴様の元部下だ」
どっかりと椅子に座り直したナノ氏とは対照的に、先ほど赤ん坊を抱えていた二人はおずおずと席につき、キアニィさんにぺこりと会釈した。
「え、ええ。勿論。二人とも元気そうで良かったですわぁ…… その、貴方達。炊き出しの他に、捨て子のお世話まで?」
「--ああ。この辺りには孤児院なんて気の利いたものは無いからな。くそっ、見られてしまったからには仕方あるまい……」
まるで口封じに殺すかのような台詞の後、ナノさんはやはり不機嫌そうに語り始めた。
色々と割愛するけど、僕とヴァイオレット様の駆け落ちに端を発したイクスパテット王国の内乱の中、暗殺組織ウリミワチュラと王家との蜜月関係は終わりを迎えた。
その際、組織の上層部は残らず姿を消し、ナノ氏達のような現場の暗殺者だけが残された。行く宛のなかった彼女達は貧民街の拠点に潜伏し、窃盗などで食い繋いでいたという。
それを耳にしたキアニィさんと僕は、彼女達ウリミワチュラ残党に資金援助を行い、王国上層部が処遇を決めるまで待機してもらうようお願いした。
ここまでが僕らの知っていた情報だ。
「キアニィ。貴様がここを襲撃した際、俺は腑が煮えくりかえるようだった。裏切り者の暗殺者…… クズにクズを重ねたような存在である貴様が、なぜそんなにも幸せそうなのかと」
「ひ、ひどい言われようですわねぇ…… まぁ、否定できませんけど」
ナノ氏の言葉に、少し傷ついたように笑うキアニィさん。僕は、彼女の手を机の下でこっそり握った。
「タツヒト君……」
するとキアニィさんは嬉しそうに僕へ身を寄せ、ナノ氏がそんな僕らを睨んだ。
「ちっ…… だがまぁ。貴様のそんな姿を見たせいで、俺達も少し考え方が変わった……」
元暗殺者の自分達はずっと日陰を歩くしか無い。そう思っていたナノ氏達は、キアニィさんの姿に希望を見出し、少しまともに生きてみようと考えたのだそうだ。
僕らの資金援助で余裕ができた事もあり、彼女達は窃盗などの犯罪行為を辞め、貧民街を拠点に冒険者や露天などの商売で地道に稼ぎ始めた。
すると心にも余裕が生まれ、自分達の住む貧民街の様子にも気を留めるようになった。
打ち捨てられた赤子、腹を空かせて泣く子供、自分の事で精一杯で犯罪を繰り返す大人達、荒れた治安……
最初は気まぐれに炊き出しを行うくらいだったのが、捨て子を拾って世話したり、自警団のような事までするようになった。
その結果が、僕らが先ほど目にしたここの様子だ。貧民街とは思えないくらいに人々の血色がよく、治安も改善されている。
「いいかキアニィ。腹立たしいので一度しか言わん。貴様のおかげで、俺達は少しだけまともになれた。礼を言う」
そう話を締め括ったナノ氏に、キアニィさんは感じいったように頷いた。
「ええ…… 本当に、何よりも嬉しい言葉ですわぁ。 --ねぇみんな。今の彼女達なら、ロスニアも他のみんなも納得してくれるのではなくってぇ?」
キアニィさんの言葉にヴァイオレット様とキアニィさんが笑顔で頷く。僕も大きく頷くと、怪訝な表情をしているナノさんに向き直った。
「ナノさん。元ウリミワチュラの皆さんの技を生かして、僕の国で働きませんか? あ、もちろん暗殺者として働いてもらうつもりはありません」
「何…… どう言うことだ?」
僕はナノさんに、新生したアウロラ王国には防諜、諜報組織が無く、彼女達のような人材を必要としている事を伝えた。
さらにイクスパテット王国とも交渉済みで、彼女達が了承するならば、王国から退去する事を止めないとの許可きを得ていることも。
ナノさん達は、僕の説明を目を見開きながら聞いていた。しかし説明を終えると、少し沈んだ表情で目を伏せてしまった。
「--俺達にその提案を拒否する選択肢は無い。今は処遇を棚上げしているだろうが、王家は俺達が邪魔で仕方ないはずだろうからな。拒否すれば、間をおかずに俺たちは処分されるだろう」
「それは……」
彼女の指摘を、僕はとっさに否定することが出来なかった。確かに、彼女達は今の王国にとって、先代女王が遺した厄介な勢力という扱いだ。
現在の女王への譲位も終わり、政情も落ち着いた今、王国の上層部が彼女達の抹殺に動く可能性は否定できない。
「いや、すまん。余計な事を言った。最近は上向いてきたものの、この、先の見えない生活には全員参っていた所だったんだ。
--そのお話、ありがたく拝受させて頂きます。我らが新たなる王よ」
ナノさんが頭を垂れ、同席した二人の蛙人族もそれに続く。
「……! ありがとうございます! こちらこそ、よろしくお願いします!」
「よかった…… これで肩の荷が降りましたわぁ」
「ふん。キアニィ、お前に心配される謂れは無いぞ。 --それでタツヒト王。早速で申し訳ございませんが、一つお願いしたい事がございます。
この貧民街の住人ですが、我々が世話している赤子や希望者を、共にアウロラ王国へ移住させて頂けませんでしょうか……?
大人達はまだしも、子供や赤子は我らが去った後にどうなるか分かったものではありません。
ここの住人は、我らも含めて王都の正式な住民ではありません。居なくなってもどこからも文句は出ないはずです。どうか……!」
必死な様子でそう訴えるナノさんに、僕は思わず頬を歪めた。自分達の処遇よりも、子供達の事の方を余程真剣に考えているのだ。
「ええ、もちろんです! むしろこちらから提案するところでした。お話の通り、王家から抗議が入る事もないでしょうし、全員丸ごと歓迎します!」
「……! そうですか…… ありがとうございます。心からの感謝を……!」
ナノさん達は心底ほっとしたという表情を見せた後、今度は机に頭が付くほど深く頭を下げてくれた。
木曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
よければ是非「ブックマーク」をお願い致します。
画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けますと大変励みになります!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。