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第473話 あの人の今(1)


 ヴァイオレット様と日の出を眺めたその日。僕は朝一で臨時の宮廷会議を招集した。勿論新しい国名を決めるためだ。

 そこで僕が起案した国名、古い言葉で黎明を意味するアウロラ王国は、参加者のみんなから予想以上の好評を頂いた。

 単に神国の部分を変えて、ネメクエレク王国とするという案も出たのだけれど、最終的にアウロラ王国に軍配が上がった。

 やはり、覆天竜王(ブリトラ)が支配する悪夢を抜け、心機一転、全く新しい国名で再出発するという謳い文句がみんなの心を掴んだようだった。


 今後は、王領内や各地の有力領主達への事前通達の上、戴冠式で正式に内外へ発表する形となる。

 無事に案を通せたことで、僕とヴァイオレット様はこっそり微笑みあった。

 しかし、会議終了とともに重臣たちが退席していく中、僕の隣に座っていたフラーシュさんが首を傾げた。


「ん……? アウロラ、黎明、紫…… タツヒト氏、これって職権濫用なのでは?」


 そしてチラリとヴァイオレット様の方を伺った後、フラーシュさんはジト目で僕を見た。


「……! えっと、その…… はい、すみません」


 さ、さすがフラーシュさん。こんなに早く気づくとは。僕は素直に罪を認め、深々と頭を下げた。


「あ、いや、みんなも気に入ってるみたいだし、謝る事は無いんだけど…… やっぱり強いなぁ、ヴァイオレット氏。あたしも頑張らないと……」


 フラーシュさんは、そう言って腕組みしながらひとりごちた。

 な、なんだか許してもらえたらしい。一方、ヴァイオレット様の方も僕同様に詰問されていた。


「ねえシャムちゃん。黎明…… 日の出前の空の色って、紫っぽい色だよね……?」


「プルーナも気づいたでありますね? ヴァイオレット。この事態は淑女協定を逸脱している可能性が高いであります! 協定の盟主としての説明を要求するであります!」


「あぅ…… これはその、多幸感に抗えず、ただただ申し訳ないとしか……」


 結局僕とヴァイオレット様は、アウロラ王国の名前の由来を洗いざらい話し、今後隠し事や抜け駆けをしない事をみんなの前で宣誓する形となった。

 みんなも最後は笑って許してくれたけど、二人してちょっと舞い上がってしまっていたようだ。反省。






 そんな一幕の後、国名変更に関する調整やサイン業務などがひと段落した所で、僕はまたしても国を出る事にした。

 戴冠式まであともう二ヶ月。式の準備等で国を空けている場合では無いのだけれど、それでも今のタイミングで訪ねたい場所があったのだ。


 今回の面子は、僕、ヴァイオレット様、シャム、キアニィさんの四人である。

 翼を持つアツァー族の戦士達に空輸してもらって到着したのは、東隣の馬人族(ばじんぞく)の国、イクスパテット王国の港だった。

 埠頭に降り立った僕らを、周りにいた船乗りさん達が驚いた表情で指差す。お騒がせしてすみません。


「ふぅ…… ありがとうございました。では、また三日後にお願いします。気を付けてお帰り下さい」


「うむ、心得た。御使(みつかい)殿達もしっかりな」


 戦士達は力強く翼をはためかせると、アウロラ王国に向かって飛び去っていった。

 僕らがいたアウロラ王国の王都と、今回の目的地であるイクスパテット王国の王都は、狭い海峡を隔てて案外近い距離にある。

 一方、イクスパテット王国側の転移魔法陣は結構内陸にあり、王都からも遠い。なので今回は彼女達に移送をお願いしたのだ。


「うむ、さすが魔獣大陸を生き抜いてきた戦士達だ。我々を運びながら海峡を渡ったというのに、少しも疲れた様子が無い」


 ヴァイオレット様は、青空を背景にどんどん小さくなっていく戦士達を眺めながら感嘆の声を上げた。


「ええ。そんな彼女達が移り住んでくれて本当に良かったです。現在船も港もないアウロラ王国では、彼女達が唯一の他国との移動手段ですから」


 僕の言葉にみんなが誰ともなく周りを見回す。ここは王家の飛地に造られた港らしく、とても立派な造りをしている。

 海からは船が、陸からは馬車や人がひっきりなしに出入りし、大層な賑わいだ。

 やっぱり他国との交流や交易には、こんな風にちゃんとしたインフラが必要なのだ。


「大きい船がたくさんであります…… 確かにこの規模の船を継続的に受け入れようと思うと、海岸に大規模かつ信頼性のある工事が必要でありますね」


「あんなふうに大きな船に関しても、素人のわたくし達だけで造ったり操ったりするのは無理がありますわぁ。アスルの言うとおり、経験豊富な専門家が欲しいところですわねぇ」


 シャムとキアニィさんの言葉に全員が頷く。

 そう。今回の僕らの目的は、イクスパテット王国と交渉して港や船に関する専門家を招く事だ。

 港も船も、着手してから使えるようになるまで相当な時間を要するはずなので、早め早めに動いておきたかったのだ。


 この港で専門家を探す手もあるけれど、ちゃんと任せられる人なのか僕らじゃ判断がつかないし、そういった人材の引き抜きは後で国家間のトラブルに発展する可能性もある。

 仲の良いイクスパテット王国にお願いして、いい人を紹介してもらうのが無難なのだ。まだ交渉が成功するか分からないし、結構な対価が必要だろうけど……


「それじゃ、時間も無いですし王都へ向かいましょう。ちょっと急ぎますよ?」


「「応!」」


 港町を出た僕らは、街道を爆走して王都へ向かった。

 そして一日もかからずに王都に到着すると、その足で王城へ向かい、女王陛下への謁見を申し込んだ。

 謁見の間で対面した現在の女王、ヴィクトワール陛下は、先代女王であるマリアンヌ様の遠い親戚らしく、微かに面影があった。


「ふむ…… 話は分かった。提示された対価も十分。貴国が港を持ち、船による貿易が可能となるのは我が国としても益のある事だ。王家の抱える設計者や技術者を貴国に派遣しよう。宰相、それで良いな?」


「は。細部は今後詰める必要がありましょうが、私も異論はございません」


 玉座から気だるげに許可をくれたヴィクトワール陛下に、彼女の隣に立つ老宰相も首肯する。

 この宰相さんは先代の時から女王に仕えていて、僕らに色々と便宜を図ってくれる。


「ご快諾に感謝致します、ヴィクトワール陛下。宰相閣下。これが、両国が共に発展する礎となりましょう」


 一方僕らは、陛下達の前で傅きながらそう応じた。王同士なのに随分立場の差があるように見えるけど、これは仕方ない。

 戴冠式前である僕は、対外的には女王代行であるフラーシュさんの名代という扱いなので、まだ陛下と対等な立場では無いのだ。そのおかげで逆に動きやすいんだけど。


「うむ。しかし、タツヒト殿が放つこの力強い気配、邪神を屠ったという話にも真実味がある。さらには噂通りの美貌……

 救国の英雄にして傾国の魔性とはこの事。先代が心を乱したのも無理からぬ事か」


「「……!」」


 陛下の発言に、謁見の間が緊迫した気配に包まれた。

 具体的には、僕の後ろに控えたヴァイオレット様達からほんの僅かに怒気が漏れ出し、それを感じ取った護衛の騎士達も身構え始めたのだ。


「へ、陛下……!」


「おっと、失言だったな。だが宰相、このくらいは言わせろ。もちろんタツヒト殿のせいだとは言わないが、先代が廃位したせいで、私は夫達との安楽な生活から引っ張り出されたのだ。だいたい--」


 陛下はよほど王位に就きたくなかったのか、僕らは王様業に付いての愚痴を結構な時間聞かされてしまった。

 その後、見かねた宰相閣下の取りなしでなんとか謁見は無事に終わり、僕らは足早に王城を後にした。

 ヴィクトワール陛下、苦労してるんだなぁ…… 彼女の話には、同業者として共感できてしまう部分が沢山あった。

 案外仲良くなれる気がするので、戴冠式が終わったらまた遊びに来てみても良いかも。


 さておき、次に僕らが向かったのは、王都の防壁の一番外側、いわゆる貧民街と呼ばれる場所だ。

 キアニィさんによると、ここに是非ともリクルートしたい人材がいるそうなのだ。


「えっと、確かこっちのはずですけれど……」


 キアニィさんの案内で貧民街を進んでいく。しかし、道を行く人や建物の様子を見て、僕は思わず首を傾げてしまった。


「あの、キアニィさん。話に聞いていたより治安の良さそうな所ですね……?」


 気軽に死体が転がっているような場所を想像していたのだけれど、人々の顔色も良いし、道も建物もそこまで荒れていない。


「え、ええ。以前来た時はもっと荒れていたのですけれど…… あ、ここを曲がれば目的地はすぐそこですわぁ」


 不思議そうにしている彼女に続いて角を曲がると、ちょっとした広場に出た。すると。


「む、あれは炊き出しか?」


「で、ありますね。良い匂いであります!」


 ヴァイオレット様とシャムのいう通り、広場の中心では大鍋が火に掛けられ、大人から子供まで百人近い人々が器を持って並んでいる。

 列の整理や配膳を行なっているのは全員蛙人族(あじんぞく)、キアニィさんと同じ種族だ。そして。


「カエルのねーちゃん、いつもありがとー!」


「ああ。熱いから気をつけるんだぞ?」


「うん!」


 黄色い体色の蛙人族(あじんぞく)が、大鍋からよそったシチューを子供に手渡し、笑顔で見送っている。

 キアニィさんは、その蛙人族(あじんぞく)を信じられないと言った表情で凝視していた。


「あの、キアニィさん。彼女が例の……?」


「え、ええ。以前話した彼女ですわぁ。ずいぶん印象が変わりましたけれど……」


 驚きながらも僕らが近づくと、その黄色の蛙人族(あじんぞく)がこちらに気づいた。


「む、新入りか? 沢山用意してあるから列に-- き、貴様!? 緑の85番!?」


「ひ、久しぶりですわねぇ、黄の72番。その、元気そうで良かったですわぁ」


 お玉を片手に驚愕の声を上げたのは、やはり話に聞いていたキアニィさんの元上司らしい。

 巨大暗殺組織ウリミワチュラの残党を束ねる、厳格で冷徹な暗殺者。

 そう聞いていたのだけれど、なんだかだいぶ印象と違うような……?


火曜分です。お読み頂きありがとうございました。

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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