第470話 宮廷会議(1)
大規模な宴の後、アゥル村にはナパ全土から続々と人が集まり、移民希望者は結局六千人ほどとなった。
ナーツィリド長老は予想より少なくてすまないと謝っていたけれど、そんな事は全くない。十分過ぎるほどに大人数だ。
加えて、移民の中には白頭鷲っぽいアツァー族や土竜っぽいナァズィ族の戦士も居たけど、当然戦えない只人やお子さん、ご老人などもいた。
したがって僕らは、多くの非戦闘員を護衛しながら、強力な魔物が闊歩する魔獣大陸の荒野の只中を進む必要があった…… 正直かなり骨の折れる仕事だ。
当然移動速度は出ず、アゥル村のみんなに見送られながら出発し、何とか誰も欠ける事なく転移魔法陣の遺跡に辿り着く頃には、僕らが出国してから一ヶ月もの時間が経過していた。
「タツヒト!」「陛下!」
ひとまず僕とティルヒルさんだけで神国に転移すると、ヴァイオレット様とラビシュ宰相が殆ど泣きながら出迎えてくれた。
「すみません……! 二週間の予定が、一ヶ月もかかってしまいました」
「本当に心配したぞ……! 一体何が-- ティルヒル! 久しぶりだな!」
「ヴィーちゃん! 久しぶり、会いたかったー!」
途中で魔獣大陸語に切り替えたヴァイオレット様が、ティルヒルさんと熱い抱擁を交わす。いいなぁ、これ。ずっと見てたい。
幸せな気持ちで彼女達を眺めていると、宰相がすすすと近寄ってきた。
「お楽しみ中失礼します、陛下。何やら聞き覚えのない言葉を話されていますが、あの鳥人族の方はもしや……?」
「う、うむ。宰相にも以前伝えていたと思うが、魔獣大陸のティルヒルだ。側妃として神国に移ってくれることとなった。手練だぞ?」
「それはようございました。心強い限りにございます。所で、一緒に出られたシャム様達は如何されたのですか……?」
「む、そうだ。ロスニアとゼル、それにプルーナ。みんな無事なのだろう?」
宰相の言葉に、ヴァイオレット様も少し心配げな視線を送ってくる。さて、ここから結構言いにくい話になってくるぞ……
「はい、もちろん無事です。今はその、魔獣大陸側で移民希望の方々と待機してもらっています」
「おぉ、移民でございますか。何十人ほどでしょう? 城の客間にはまだ空きがございます」
「あー、それなのだが宰相…… 我としても想定外だったのだが、六千人程集まってな……」
「--は……?」
「とても入り切らないので、今彼女達は転移魔法陣の外、強力な魔物が跋扈する荒野で待ってくれている。
プルーナ妃が簡易な防壁を作り、ゼル妃を中心に戦える者達で非戦闘員を守っている状況なので、可能であれば本日中に全員の受け入れを完了したい、のだが……」
宰相は暫くぽかんとしていた。しかし、段々と僕の言葉が理解できてたのか、盛大に表情を引き攣らせた。
「す、すぐに受け入れ準備を指示してまいります……! 暫しお待ちを!」
「うむ…… その、すまぬな……」
悲鳴のような声を上げて走り去っていく宰相を、僕は心の中で手を合わせて見送った。
ドタバタの帰還からさらに一週間後、城の大会議室には数十人の人間が集まっていた。今日は開催が伸び伸びになっていた重要会議が行われるのだ。
参加者は国王の僕、お妃さんのみんなに、ラビシュ宰相を始めとした重臣達など。早い話が神国の主要な面々の全てである。
ちなみに、まだ若干神国語が怪しいエリネン達や、勉強を始めたばかりのティルヒルさんに合わせて、全員翻訳魔道具を装備している。
進行役のラビシュ宰相が、参加者が全員集まったことを確認して席を立つ。
「ご参集に感謝します。これより、神前会議改め、第一回目の宮廷会議を開催します。タツヒト陛下、フラーシュ王妃よろしいでしょうか?」
「う、うん。お願いね、ラビシュ」
ラビシュ宰相の言葉にフラーシュさんは緊張気味に答え、僕は良きに計らえとばかりに頷いた。
こうして王領における重要人物が集まる会議は、始祖神レシュトゥ様がご存命の頃は神前会議と呼ばれていたそうだ。
しかし、永きにわたり方舟を守り抜いた偉大な神はもう居ない。僕らでこの国を動かしていかないといけないのだ。
「宰相。会議を始める前に、まず皆を労いたい。先日の魔獣大陸の移民受けれの件、誠に大義であった。
特に宰相、財務長官、宮内長官、騎士団長…… そしてその部下達には苦労をかけた事と思う。感謝する」
僕に役職名を挙げれた重臣四人は、恐縮したように頭を下げた。
彼女達の目の下にはうっすらと隈が残っていて、表情からも疲労が抜けきっていないのが分かる。
六千人の移民の即時受け入れという無茶難題を、彼女達は見事に捌き切ってくれた。
人口10万程の神都に全員を収容するのは無理だったので、宰相の指示の元、移民のみんなはひとまず幾つかの無人の街に振り分けられる事になった。
幸か不幸か、覆天竜王達に滅ぼされ、復興途中だった街が周辺に点在していたのである。
振り分けに際しては、財務長官達が移民の戸籍を作り、宮内長官達が城の備蓄から食糧や物資を配布し、騎士団長達が護送を行なってくれた。
おかげで移民のみんなは不自由無く過ごせているようだけど、全て宰相達のおかげだ。本当にありがたい。
「お褒めに預かり光栄にございます、陛下。 --ただ、先代陛下の治世による蓄えや、我らの対応能力にも限界はございますので……」
「う、うむ…… 分かっているぞ、宰相。忠言に感謝する」
あんまし無茶苦茶言うんじゃねぇと丁寧に言われ、僕は努めて鷹揚に頷いた。本当は最敬礼で感謝と謝罪をしたいのだけれど、国王という立場がそれを許さない。
言葉や報酬だけでなく、別の形でも労いたいけど…… カレーパーティーにでも呼ぼうかな。
「みんなごめんねー…… あーしらが沢山で押し掛けちゃったせいで……」
僕らのやり取りを耳にしたティルヒルさんが、長身を縮こまらせるように謝った。
すると、僕が何かを言う前に宰相が慌てて口を開いた。
「ああ、いえ! そんな事はございません……! ティルヒル妃にお連れいただいた民達は、飛行技能や土木技能などを持つ有用な人材にございます。今後は神国の大いに神国の助けとなってくれるでしょう!」
「そっかぁ……! じゃ、親切にしてくれたラビラビ達のためにも、あーしら頑張るね!」
「は。ありがとうございます、ティルヒル妃」
ふんすと笑顔で両手を掲げたティルヒルさんに、重臣達が露骨にほっとした表情になった。
「ふふっ、流石ティルヒルさん。もうここのみんなと仲良くなっちゃんたんですね --さて宰相、中断させてすまなかった。会議を進めよ」
「は。では会議室正面の壁にご注目を。早速最初の議題について--」
宰相がそう促すと、壁面に映像が投射され、本日の議題がずらっと表示された。一方、みんなの手元にあるのは紙とペン。この国では、こんな風に超ハイテク魔導具とローテクが共存しているのだ。
さておき、本日の議題は大きく二つ。この国の概要と、今後の方針についてだ。
一つ目に関しては、この国ではまだまだ新参者である僕らに向けた説明だった。
まず、このネメクエレク神国は妖精族の国である。
政治形態は代々始祖神レシュトゥ様の血族が女王を務めていた君主制であり、神国の歴史上、僕が初めての血族外の王という事になる。
総人口は800万程。ここ神都を中心とした国土の東側四分の一ほどは神領、つまりは王家の領地だ。
西、南、北にはそれぞれ大きめの公爵領があり、他の土地は侯爵以下の領主貴族達が治めている形だ。
他にも色々と説明が続き、宰相の語りがひと段落した所で僕はもっともらしく頷いた。
「ふむ…… やはり男である我が王である事を除き、ここまでは地上の他の国々とそう大きな違いは無いな。ここまでは、だが」
「は。陛下のおっしゃる通りかと存じます。ではここからは、二つ目の議題にも関わるわが国と他国との相違点について説明させて頂きます」
宰相が手元を操作すると、壁面の映像が切り替わった。
木曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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