第469話 緑の大陸(2)
「ティルヒル、久しぶりであります! 分かるでありますか? シャムでありますよ!」
嬉しそうに自分を指すシャムに、ティルヒルさんは僕から手を離してガバリと起き上がった。
「え…… うっそ、シャムシャム!? 大っきくなってる! そっか、みんなが来たってことは、呪いが解けたってことだよね!
よかったぁ…… 本当におめでとー! あ、ゼルニャー、ニアニア、プルプルも久しぶり! みんな元気だった?」
「おー、もちろんだにゃ! おみゃーも相変わらずでよかったにゃ!」
「うふふ。本当にお久しぶりですね、ティルヒルさん」
「わっ…… げ、元気にしてました!」
ティルヒルさんは、ニッコニコの笑顔でみんなを次々にハグして回った。この全身全霊で喜びを表してくれる感じ、懐かしいなぁ。
それから僕らは、ティルヒルさんの先導でアゥル村へ向かった。
巨大な岩山の頂上へ到着した瞬間、村の人達が大歓迎で迎えてくれた。
地竜が気軽に襲撃してくる過酷な環境なのに、欠けた顔も無いようで、僕はほっと胸を撫で下ろした。
--いや、逆に見覚えのない顔が沢山あるぞ……? 人口も以前の倍くらいに増えているような……?
僕らはそんな状況に首を傾げながら、早く早くと手を引くティルヒルさんに連れられ、長老さんのお宅にお邪魔した。
すると居間には、隻眼で威厳たっぷりのナーツィリド長老、ティルヒルさんに次ぐ熟練の戦士であるビジールさんなど、村の重鎮の方々が集まっていた。
彼女達の正面に腰を落ち着けていると、長老さんが唄うように歓迎の言葉を掛けてくれた。
「雷の神鳥の御使、タツヒトよ。そして戦士達よ。遠き外なる世界よりの再訪を歓迎しようぞ」
「ご無沙汰しております、ナーツィリド長老。歓迎に感謝します」
「うむ…… しかしいくらお主達でも、気軽に尋ねるにはここは遠かろう。何か用事があるのじゃろう?」
長老さんは、元の体を取り戻したシャムと、僕の隣に寄り添うティルヒルさんに目を走らせた。
「はい。実は--」
長老さんに促され、僕は魔獣大陸を出てからの出来事などを話した。
自分がいくつもの集落を束ねる王という位についた事。そして、側妃、つまり妻の一人としてティルヒルさんを迎えたいということ……
後半は、いつもながら非常に申し上げにくい話だったのだけれど、これは正直にお話しするしか無いのだ。
「--と、言うわけでして、ティルヒルさんには是非、僕の国へ移り住んで頂きたく……」
「おばーちゃんごめん! 魔物も減らないし、ナパも村も大変なままだけど…… あーし、もうタツヒト君と離れたく無い!
もう、夢の中で逢えたのに、起きた時にタツヒト君が居なくて凹むの嫌だもん…… お願い……!」
隣に座ったティルヒルさんは、僕の腕をぎゅっと抱えながらそう訴えた。
目には涙を溜めていて、そんなに寂しい思いをさせてしまったのかと胸が痛んだ。
今すぐ彼女を連れ去ってしまいたい所だけど、そうもいかない。彼女はこのアゥル村どころか、ナパ全土で最強の勇者なのだ。
いわば国家の最高戦力を引き抜こうとしているのだから、普通に考えて反発は必至だろう。
前回ここを去った時点では、シャムの呪いを解いたら彼女を迎えてにくる事になっていた。けれど、ナパの状況はまだ落ち着いていないようだし、果たして……
僕の話を聞き終えた長老さんは、煙草の煙を長く吐くと、穏やかに微笑んだ。
「--もちろん構わぬとも。以前も言ったが、ティルヒルはもう十分過ぎる程に勇者の務めを果たした。もうお主はお主のために生きるのじゃ」
「村の防備に関してもご心配なく。今は人手が足りている状況ですし、今回の竜の襲撃もおそらく我々だけで凌げました。
勇者ティルヒルよ。長年に渡るお勤め、誠にご苦労様でした」
長老さんとビジールさんに続き、他の重鎮の方々も笑顔で頷いてくれた。
あっさりとした快諾に、僕とティルヒルさんは一瞬惚けたように見つめ合った後、笑顔で抱き合った。
「よかった…… これでまた一緒です、ティルヒルさん!」
「うん! おばーちゃん、ジルジル…… ありがとー!」
「うむうむ…… --ところでタツヒトよ。その、お主の国は豊かなのか? 土地は広いのか?」
長老さんの質問に、僕はティルヒルさんとの抱擁を解いて佇まいを正した。
そりゃあ、孫の嫁ぎ先がしっかりしているか気になるよね。
「ええ。僕はまだ王位に内定したばかりですが、先代の女王が堅実な治世を行なってくれていたので、結構豊かと言っていいと思います。
広さについては、えっと…… シャ、シャム。神国って、多分ナパより大きいよね……?」
「肯定するであります。山脈に囲まれたナパ全土の面積に対して、神国全土の面積は凡そ二倍であります」
「「おぉ……!」」
シャムの返答に、長老を始めとした重鎮の人達が感嘆の声を上げた。なんだろう?
「長老、あの件ですね?」
「うむ、その通りじゃビジール。タツヒトよ、お主を見込んで頼みがある。ナパの民の幾らかを、お主の国に受け入れてはくれぬか……?」
「え…… それは一体……?」
突然の話に驚く僕に、長老さんは神妙な様子で語り始めた。
数ヶ月前、ナパは大陸を覆い尽くすほどの巨大な魔物、大陸茸樹怪から襲撃を受けた。
さらに大陸茸樹怪から追い込まれた魔物の大群や、巨大ゴーレムのような巨岩鬼の群れも加わり、村々は甚大な被害を負った。
より具体的には、多くの死傷者に加え、岩山を壊されたり地中を掘り起こされたりして、村そのものを無くしてしまった人たちが大量に発生したのだ。
無事だった村の人たちは当然放ってほけず、そういった人達を受け入れることにしたのだけれど……
「今はそれぞれの村の規模に対して、人が多すぎる状況なのじゃ。時間をかければ村や畑を再建し、家畜の数も増やせようが、とても間に合わん。
この村はまだマシな方じゃが、冬には餓死者も出かねん状況の村もある。これは、岩山に住む我らアツァー族だけでなく、地中に住むナァズィ族でも同じじゃ」
「そんな事が…… それで移民をご希望なんですね?」
「うむ…… もしお主の国が少しでも民を受け入れてくれれば、この共倒れのような状況も改善されよう。
それに、仮に先のような厄災が再び起き、ナパが滅びたとしても、お主の国に移ったナパの民は生き残るじゃろう。
儂らの都合ばかりで申し訳ないが、考えてみてはくれんか……?」
「そうですね……」
長老さんが語ったナパの状況に、僕はショックを受けてしまって即答出来なかった。
敵を倒してはい解決。と、さっさとナパを去ってしまった自分が恥ずかしい。
「そんな状況が…… いえ、あの大災害の直後です。気付くべきでした……!」
「岩山や地下空間なら僕が…… うーん、畑や家畜はそうもいかないかぁ……」
ロスニアさんとプルーナさんも悔しげな様子で呟いている。なんとかしたい所だけど……
「--ナーツィリド長老。僕の国で受け入れるとして、人数はどの程度になる見込みですか?」
「聞いてみないことには分からぬが…… 何せ雷の神鳥の御使の国じゃ。沢山の者が手を上げよう。おそらく、多くとも一万といった所じゃろう」
うぉ、思ったよりだいぶ多い。大災害直前のナパの全人口は、確か十万くらいだったはずだ。
災害後にかなり減ってしまったはずなので、一万という数は割合としてもかなり大きい。
しかし、宰相から聞いている王家の財政状況からして、そのくらいなら多分受け入れ可能だろう。
何より、隣に座るティルヒルさんが不安そうにしている。僕は顔を上げると、長老さんに大きく頷いてみせた。
「分かりました……! 皆さんさえ良ければ、僕の国への移住を歓迎します。ちょうど、皆さんのような手練の方が不足してた所ですし」
「「おぉ!」」
重鎮の皆さんが歓声を上げ、長老さんが安堵の笑みを浮かべる。
「そうか……! 恩に切るぞ、タツヒトよ!」
「タツヒト君ありがとー! さっすがあーしの奥さん!」
「あはは。まぁ任せて下さいよ、旦那さん」
嬉しそうにハグしてくれるティルヒルさんに、僕はなんでも無い事のように返事した。
が、内心ではヒヤヒヤである。思い違いは無いかとか、いくら推奨中とはいえ、この人数の移民を王家の首脳部に相談無く決めてしまって大丈夫かとか…… やばい、不安になってきた。
ちなみにこの世界では男女の役割が逆転気味なので、男の僕がティルヒルさんの奥さんで、女のティルヒルさんが旦那さんという事になる。ちょっと奇妙だけど。
「にゃータツヒト。そんにゃに沢山、どーやって神国まで連れてくんだにゃ? つっても、転移魔法陣しかにゃーだろーけど……」
「はい、今から輸送船を用意するのは現実的ではありませんから…… なんとか猊下にご許可を頂くしか無いですね……」
ティルヒルさんの反対側から身を寄せて来たゼルさんに、僕は小声で呟き返した。
大聖堂地下の転移魔法陣群は、公には存在しない事になっている。この間神国に転移したエリネン達にも、秘密厳守をお願いしている状況なのだ。
そこに一万人もの人数を投入するのは、機密保持の観点でかなりリスキーだけど、なんとかするしか無い。いやー、結構障害が盛り沢山だな……
「よし、話は纏まった! ビジール、村々へ報せを飛ばすのじゃ。我らは準備を始めよう」
「「は!」」
僕が葛藤していると、長老さんを始めとした村の重鎮の方々は勢いよく立ち上がり、楽しげな様子で外へ出て行こうとする。
「え…… な、何の準備ですか?」
僕の問いに、長老達は振り返ってニヤリと笑った。
「もちろん、宴じゃ」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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