第464話 婚約報告:人類枠
エリネン達との話がひと段落したあたりで、聖都をざっと回ったヴァイオレット様達がメーム商会に合流した。
彼女達はエリネン達との再会に驚きつつも、神国に加わってくれる事をとても喜んでくれていた。エリネン達の方も歓迎ムードに安堵してくれていたようだった。
一方フラーシュさんは、初対面のメームさんとエリネン達に若干人見知りを発動させていたけれど、お互いに悪い印象は無さそうだった。
そんな風に初顔合わせの雰囲気は上々だったので、正直物凄く安心した。もし彼女達の関係が上手くいかない場合、その責任は全て僕にあると言っても過言では無いからだ……
夜はみんなで仲良く夕食を囲み、その翌朝。遠方から来て疲れているであろうエリネン達とメームさんには一旦聖都に残ってもらい、僕らは次の目的地へと向かった。
大聖堂地下の転移魔法陣から、馬人族の王国のヴァロンソル侯爵領へ飛び歩くこと暫し。たどり着いたのはヴァイオレット様のご実家、領都クレンヴィレオである。
そのまま真っ直ぐ領主の館に向かうと、僕らはすぐに応接室に通された。すると。
「ヴァイオレット……! この放蕩娘め、やっと戻ってきたか」
「本当に心配したよ……! こうして顔を合わせるの八ヶ月ぶりくらいかな……? 元気そうでよかった」
ノックもせずに応接室に入ってこられたのは、ヴァイオレット様と母様のローズモンド侯爵と、お父様のユーグ様だった。
お二人はヴァイオレット様の元へ走り寄ると、無事を確かめるように彼女の体に触れた。
「ローズ母上、父上…… ご心配をおかけしてしまい申し訳ございません。
この通り、私も仲間も無事です。レベッカ母上と姉上にもお会いしたかったのですが……」
「残念ながら本日は視察で不在なのだ。だが二人とも元気だ。お前の姉のロクサーヌの方は、もう少し落ち着きが欲しいくらいだがな……」
「ふふっ、姉上らしいですね」
ヴァイオレット様が苦笑の形で微笑む。そうして親子の再会がひと段落した所で、僕は一歩前に出た。
「ローズモンド侯爵閣下、ユーグ様、お久しぶりにございます」
「うむ。君も元気そうで安心したぞ、タツヒト。ん……? その二人は……」
ローズモンド侯爵が、元の体を取り戻したシャムと、初めて顔を合わせるフラーシュさんに目を見開く。
シャムはふふんと胸を張っているけれど、フラーシュさんは初対面にちょっと緊張気味だ。
「はい…… 彼女達の事も含め、色々とご報告させて頂きたい事があるのです。魔獣大陸の件はお手紙でご存知かと思うですが--」
それから僕は、方舟に関する出来事をざっと話し、シャムの件やフラーシュさんの事、そして僕が神国の王様に内定したことも説明した。
そして最後に、ここへ来た最大の目的の目的を果たすべく侯爵達へ深々と頭を下げた。
「--という訳でして、この度ヴァイオレット様と正式に婚約させて頂きました。事後報告となり大変申し訳ございませんが、どうか結婚のお許しを頂きたく……」
緊張で声を震わせる僕に、お二人は暫し目を見開いて無言だった。
「--な、なるほど…… 俄には信じがたいが、他ならぬ君が言うのだ。真実なのだろうな」
侯爵はそう言ってとユーグ様と頷き合うと、揃って僕らに頭を下げてしまわれた。
「タツヒト王、そしてフラーシュ王妃。知らぬとはいえ、大変な失礼を--」
「あっ…… お、おやめ下さい! 私的な場ですし、どうか今までのように接して頂ければ……!」
「あ、あたしからもお願いします……! ヴァイオレット氏のご両親に敬語を使われるなんて…… お、落ち着かないです!」
フラーシュさんと二人でワタワタとお願いすると、お二人はまた顔を見合わせてふっと笑った。
「そうか…… 我が娘との婚約の方を重要そうに語るあたり、君は王位についても変わらないのだな…… 勿論結婚は許可しよう。私としても非常に嬉しい報告だ」
「あ、ありがとうございます……!」
微笑む侯爵達を見て、僕とヴァイオレット様はほっと息を吐いた。
あー、緊張した。昨日のメームさんとエリネンへの連続求婚よりかは気が楽だったけど、これは言わば、奥さんのご両親への挨拶イベントだ。求婚とは別種の緊迫感を感じてしまっても無理は無いだろう。うん。
「ふふっ、しかしヴァイオレット。一時は反逆者として手配された放蕩娘が、他国の王の側妃になるとは…… 中々の孝行娘になったではないか。ん?」
「う…… そ、その節は、大変ご迷惑を……」
「まぁまぁ、ローズ。その事はもういいじゃ無いですか。それより、二人の式はいつ頃の予定なんだい?」
ユーグ様の取りなしで、そこからは暫し穏やかな雑談タイムとなった。
と言っても侯爵もユーグ様も為政者なので、話題は神国とヴァロンソル侯爵領との交易の話などにシフトして行った。
そして午後から予定があったため、そろそろお暇しようかという雰囲気になった際、侯爵が少し言いにくそうに切り出した。
「一つ聞き忘れていた。君たちは、その、マリアンヌ様にも会いに行くのか?」
「え…… はい。この場の全員でとは行かないのですが、近い内に訊ねさせて頂く予定です」
馬人族の王国の前女王、マリアンヌ三世様とは、僕らは結構因縁浅からぬ仲だ。
でも今は和解しているので、王位を退いて静養中の彼女の元にも報告に伺うつもりでいたのだ。
「にゃ、にゃあロスニア…… マリアンヌ様ってずっと静養中にゃけど、ウチがぶん殴ったせいじゃにゃいよにゃ……?」
「いえ、流石にそれは無いと思いますけど…… でも、もしあれ以来頭部の診断も治療も行っていない場合は……」
「にゃ……!?」
考え込む様子のロスニアさんに、ゼルさんは絶望の表情になったけれど、侯爵は首を振って否定した。
「あー、ゼル。おそらくそれは無いだろう。静養の原因は別にあるのだ……
そのことに関して、神国の王となるタツヒトに一つ相談させて欲しい。マリアンヌ様の事だが--」
侯爵が僕らに語った内容は、去り際に聞くにはかなり重い内容だった。
しかし、こちら側からは全てOKを出したので、あとはご本人次第だろう。
気持ちを切り替えた僕らは、侯爵達に慌ただしく別れを告げ、次の目的と向かった。そう、僕とヴァイオレット様の第二の故郷、開拓村ベラーキである。
高い木の壁に囲まれた村の中に入ると、いつものようにエマちゃんが熱烈なハグで僕らを歓迎してくれた。
「おっと…… ただいま、エマちゃん」
「お帰りなさい! タツヒトお兄ちゃん! ヴァイオレット様! みんな! あっ……! シャムちゃんがおっきくなってる!?」
「ふっふっふっ…… エマ、シャムはついに元の体を取り戻したのであります!」
「すごーい! やったね!」
今年で10歳になる彼女は、僕がこの世界で最初に出会った只人の女の子だ。
村のアイドルに相応しい太陽のような笑顔と、コロコロと変わる表情から目が離せない。
「元気そうで良かったよ、エマ。ボドワン村長はご在宅かな?」
「うん! こっちだよヴァイオレット様!」
エマちゃんに手を引かれて村長宅を伺うと、強面のボドワン村長と、奥さんのクレールさんが嬉しそうに出迎えてくれた。
僕らは帰還の挨拶もそこそこにフラーシュさんを紹介し、先ほど侯爵に話したのと同じ内容を村長夫妻に伝えた。
「--は、話は分かった。いや、事がデカすぎて正直受け止めきれねぇが、要はおめぇとヴァイオレット様、それからここにいる別嬪さん達が結婚するって話だろ? めでてぇじゃねぇか。あぁ、めでてぇ話だ!」
「うふふ、本当にね。家族がこんなに一気に増えて嬉しいわ!」
「ボドワン村長、クレール殿……! ありがとう。私も、こうしてあなた方と家族になれて光栄だ」
「ぼ、僕も光栄です! 受け入れて下さり、本当にありがとうございます……!」
笑顔で祝福してくれた村長夫妻に、ヴァイオレット様は安堵の笑みを浮かべ、プルーナさんは恐縮してしまっている。
他国の軍属だったプルーナさんは、この村に攻め込んだ過去がある。そのせいで不安に思っていたのかも知れない。
よく見ると、他のみんなもほっと息を吐いている。僕は村長夫妻の義理の息子という事になっているので、彼女達にとってはこれが夫の両親への挨拶イベントに相当したのかも。そりゃ緊張するか。
次いで僕らは、衝撃に固まっているエマちゃんへと目を向けた。
「タ、タツヒトお兄ちゃんとヴァイオレット様、それにみんなも…… 全員結婚するの!? す、すごーい! おめでとー!」
「あ、ありがとうエマ! 君の祝福が何よりも嬉しい……!」
体全体で喜びを表現してくれたエマちゃんを、ヴァイオレット様も負けじとハグする。
何故か彼女は、エマちゃんに婚約の件を伝えるのを少し躊躇していたのだけれど、やはり杞憂だったようだ。
「ねえねえ! 村のみんなでお祝いしようよ! あたし、おとーさん達に声かけてくる!」
僕らの返事も待たずに外に出ようとしたエマちゃんは、しかしぴたりと足を止めると、おずおずと僕の方へ近寄ってきた。
「ね、ねぇタツヒトお兄ちゃん。お兄ちゃん、沢山のお姉ちゃん達と結婚するでしょ? も、もう、お嫁さんは増やさないの……?」
「あー、えっと、その…… 実は、まだエマちゃんに紹介出来ていない人もいるし、もしかしたらもう少し増えるかもしれないんだ……」
「……! そ、そうなんだ……! じゃあ、もう一人くらい増えても大丈夫だよね!?」
「へ……? それってどういう……」
「うふふ…… 何でも無いよ! それじゃ、みんなに声かけてくるね!」
そう言うと、エマちゃんは風のように去っていった。なんだったんだろうと首を傾げていると、ヴァイオレット様が感慨深げな様子で呟いた。
「ふふっ、エマも日々成長しているのだな…… しかし、只人のあの子に、果たしてこの男が落とせるか……」
「問題はそこですわねぇ…… あ、そうですわぁ。わたくし、前職では時々小道具を使って種族を偽る事もあったんですの。
例えばそうですわねぇ…… エマに、猫の耳のような物を付けてみるのはどうかしら?」
「……! キアニィ…… 君は天才か……!? 可愛いと可愛いの掛け合わせ…… これは革命だ!」
「あ、あのー、何の話ですか……?」
状況が理解できていない僕を他所に、ヴァイオレット様達は興奮した様子で議論を続けた。
日曜分を落としてしまいました…… 大変申し訳ございませんm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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