第461話 ペナルティ
始祖神レシュトゥ様の国葬はしめやかに行われ、トラブルも無く無事に終了した。
ご遺体は数日間大聖堂に安置された後、城にある歴代女王陛下達が眠る墓所へ納められる予定だ。けれど、国中から集まっ た弔問客が途絶える様子は無かった。
一方、神国首脳部には悲しんでいる暇は無かった。三ヶ月後に控えた僕の戴冠式と、フラーシュさんとの結婚式、それから祝賀祭…… この三つの大イベントに向け、急ピッチで準備を進める必要があったのだ。
そう。実は僕、まだ王様に内定しただけで正式通知はまだ先なのだ。
普通はこんなにタイトなスケジュールではやらないらしいけど、国内の安定と国外との正式な国交のため、迅速に正式な式典を行う必要があったのだ。
しかしそんな超多忙な状況下にも関わらず、僕ら『白の狩人』とフラーシュさんは城の転移魔法陣の部屋に集合していた。
もちろんみんなで国外に繰り出すためなのだけれど、首脳部代表として見送りに来てくれたラビシュ宰相は渋い表情をしている。
「タツヒト陛下、フラーシュ王妃、そして側妃の皆様方…… やはり我々としましては、皆様が揃ってこの国をお出になられる事はお止めしたく……」
「すみませんラビシュ宰相。どうしてもお礼を申し上げたい方や、会っておきたい人が沢山いるんです。この時節を逃すと、次はいつこの国を離れられるか分からないですし……」
戴冠式を終えて正式な王様になったら、気軽に国外に出る事は難しくなるはずだ。宰相達には申し訳ないけどここは譲れない。
「王妃…… ふふふ…… ふへっ……」
宰相に王妃と呼ばれたフラーシュさんがニヤニヤと笑っている。もう何度も呼ばれているはずなのに、毎回嬉しそうにしてくれるんだよね。
若干その、国民のみんなにお見せできない感じの顔になってるのだけれど……
ちなみに側妃と呼ばれたのは、もちろん『白の狩人』のみんなだ。今後の人生が大きく変わる選択だった筈なのに、僕の王様業を側で支えると、みんなは事もなげに言ってくれたのだ。聞いた時には少し泣いてしまった……
しかもそんなみんなとの結婚式は、フラーシュさんとの式のだいぶ後になってしまう見込みだ。申し訳なさ過ぎる……
「--承知致しました。出過ぎた事を申しました。ですが陛下。まだ戴冠式前とはいえ、あなた様はもうこの国の王なのです。
家臣である私に敬語は不要でございます。相応の振る舞いをして頂けませんと……」
「あー…… う、うむ。分かっているぞ、宰相」
そうぎこちなく返事した僕を、背後のみんながくすくすと笑う。
不満顔で振り返ると、悪戯っぽく笑ったキアニィさんが恭しく僕に頭を下げた。
「申し訳ございませんわぁ、タツヒト陛下。ですがやはり、もう少し練習が必要なようですわねぇ……?」
「えっと…… そうであるな、キアニィ…… さん。 --あー、やっぱり慣れない……!」
呼び捨てできずに悶える僕を、今度は大きな声でみんなが笑う。くそぅ。僕、人の呼び方を変えるの凄く苦手なんだよね……
普段は鉄面皮なラビシュ宰相までちょっと笑ってるし。
「家臣として、皆様の仲が良いのは非常に安心できる事でありますな……」
「ふふっ。宰相、護衛の面でも安心して欲しい。陛下と王妃は我々が必ずお守りする。
それと我々がいない間、竜王の残党どもの動静には注意を。今はまだ大きな動きは無いようだが……」
「承知致しました、ヴァイオレット様。警戒を厳に致します」
ヴァイオレット様の言葉に、宰相は表情を引き締めて頷いた。
天蓋竜を討伐した際、奴の配下である強力な魔物達はその全てが逃げ散った。
人化して知性を持った魔物の大勢力なんて怖過ぎるので、神国側でも捜索を進めてるのだけれど、誰かが統率して潜伏しているらしく殆ど発見できていない。
そんな事情もあるので、神国の最大戦力かつ最重要人物になってしまった僕らは、全員で長期間に渡って国を空けるわけにはいかないのだ。
今回の出国も、全員で行く必要があって、比較的短時間で向かえる所に目的地を絞っている。
他にも向かいたい場所はあるけれど、こうしてフルメンバーで行くのは多分厳しいだろうなぁ……
「えっと…… では、そろそろ発つ。後を頼むぞ、宰相」
「は。皆様、お気を付け下さいませ……」
宰相に見送られながら、僕は転移魔法陣を起動した。
転移時に消失した五感が回復すると、そこは近未来的な内装をした見覚えのある場所、転移魔法陣の部屋だった。
無事に聖ドライア共和国の中心地、聖ペトリア大聖堂の地下に転移できたようだ。
すでにみんなから聞いていたけど、方舟墜落後も転移に支障は無いらしい。さすが古代の魔法陣だ。
「うぇ、これが転移の感覚…… ちょっと気持ち悪いね……」
初めての転移の感覚に酔ってしまったのか、フラーシュさんがお腹の辺りを押さえている。何だかこの人のえずく姿も見慣れてしまった気がする。
「ふふっ、慣れれば平気になりますよ。それじゃあ、早速ペトリア猊下に会いに行きましょう。心配して下さっているでしょうし……」
ペトリア猊下は聖教会の教皇位にある妖精族で、先日神国から帝国等に届けた書簡にも一筆添えてもらっている。
方舟が墜落して以降、他のみんなは他国に書簡を届ける際に彼女と会っているのだけれど、神国から動けなかった僕とフラーシュさんはまだ会っていないんだよね。
そんな訳でいそいそと部屋を出ようとした所で、ゼルさんがものすごく言いづらそうに話を切り出した。
「--あー…… タツヒト、フラーシュ。ウチらは口止めされてて言えなかったんだにゃ…… だから怒らないで欲しいにゃ……」
「へ……? 口止め、ですか?」
「えっと…… あたしとタツヒト氏以外のみんなが知ってる何かがあるの?」
他のみんなが気まずそうにしている中、フラーシュさんと二人で首を傾げていると、今度はプルーナさんがおずおずと口を開いた。
「その…… 猊下は今、臥せっておられるんです。心配するだろうからお二人には伝えないようにと……」
「臥せっているって…… あのペトリア叔母様が……!?」
フラーシュさんが悲鳴のような声を上げた。僕も信じられない気持ちだ。こと治療魔法において、この地上にペトリア猊下以上の遣い手は存在しない。その彼女でも治せない症状なんて……
「と、とにかく猊下の所へ急ぎましょう!」
そのまま走るような勢いで地下から上がった僕らは、近くにいた聖職者の方に急ぎ取次を頼んだ。
するとすぐに大聖堂に隣接した宮殿に案内され、僕らは猊下の寝室へと通された。
そのあまり広くない部屋の中心には質素なベッドが置いてあり、猊下はそこに身を横たえていた。
「よくぞ戻った…… タツヒト、そしてフラーシュよ……」
顔だけを僕らに向け弱々しく笑う彼女に、僕はレシュトゥ様の今際の際の姿を重ねてしまった。
「猊下……!」
「ペトリア叔母様…… や、やだっ…… 叔母様まで死んじゃうの……!? やだよぉ……!」
フラーシュさんと二人で猊下の元へ駆け寄る。顔色は悪く見えないけど、首から下が殆ど動かせないようだ。一体、どうされてしまったんだ……!?
「案ずるな…… あと二ヶ月もすれば、この症状は回復する。それまでは、周りの者たちに世話を焼いてもらう必要があるのだがな……」
ほんの少し自嘲気味に笑う猊下を目にして、僕の脳裏に、僕らがここを発つ直前の彼女の様子が思い起こされた。
「まさか…… 僕らに、方舟への鍵を渡して下さったからですか……!? そのせいで猊下は--」
創造神からペナルティを課されてしまったのでは…… その言葉を寸前で飲み込んだ僕に、猊下は微か首を振った。
「タツヒトよ、そのような顔をするで無い。我がしたいようにした結果だ……
そしてフラーシュよ。我が古き友…… レシュトゥが逝ってしまい、我もまるで半身を失ったかのような心持ちだ……
だがきっと、レシュトゥは安心して旅立ったのだろう。今の其方の顔付きを見れば、それが分かるのだ……」
「ペトリア叔母様…… うん、あたしはもう大丈夫……! これからは、あたし達が方舟を守っていくよ……!」
泣き笑いの表情で頷くフラーシュさんに、猊下は深い慈愛の笑みを浮かべた。
「うむ…… --さて、こうして皆が訪ねてきてくれたのだ。此度の旅で其方らが何を目にし、何を思ったのか…… 我に聞かせてはくれぬだろうか?」
「も、勿論であります! ペトリアに話したい事が沢山あるであります!」
「私もです……! 猊下、どうかお導き下さい……!」
猊下の言葉に、まずシャムとロスニアさんが前のめり気味に反応した。
そして、聞いて聞いてとおばあちゃんにせがむ孫のように、僕らは方舟での冒険譚を語った。
大変遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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