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第459話 新王即位


 静かに息を引き取ったレシュトゥ様を、僕は白い布で丁寧に包み込んだ。

 この時絡(ときから)めの白布(はくふ)はアラク様から頂いたもので、包んだ対象の時間を止める事ができる神器だ。

 布に包まれたレシュトゥ様を、みんなが鎮痛な表情で囲む。


「慈悲深き創造神よ…… あなたの第一の子が御許(みもと)へ向かいます。どうか諍いを忘れ、永遠(とわ)なる安らぎを与えんことを。真なる愛を(アハ・バーテメット)……」


 ロスニアさんの祈りの言葉に続き、全員が長い黙祷を捧げた。

 その後、僕は呆然と泣き腫らすフラーシュさんの肩にそっと触れた。


「フラーシュさん。レシュトゥ様を連れて帰りましょう、神都へ……」


「--うん……」


 よろよろと立ち上がるフラーシュさんに手を貸す。

 今、この国は大きな混乱の中にあるはずだ。早く彼女達を神都へお返ししないと……


 覆天竜王(ブリトラ)が死んだ事で、大魔巌樹(まがんじゅ)内外の魔物達は逃げ散ってしまったらしい。

 階段からは誰も上がってこないし、外壁に屯していた竜達の姿はもう無かった。

 まず僕らは、プルーナさんの地魔法的エレベーターで外壁を滑り降り、最上階から一気に地上へと戻った。

 それから一日ほど進んだ辺りでまた大きな揺れが始まり、最後に強い衝撃が大地を揺らすと、以降は落下の感覚が無くなった。


「ふぅ…… どうやら、方舟は無事虚海(きょかい)に着水できたみたいですね。空の色も真っ青ですし」


 見上げると、抜けるような青空に白い雲が流れていた。

 ここ最近は昼夜問わず星空ばかりだったので、このありきたりな空がすごく懐かしい。

 僕に釣られたのか、フラーシュさんも空を眺めている。


「これがエルツェトの空…… 綺麗…… あと、すっごく暑いね……」


「今は夏も盛りですからね…… 主機関とやらが破壊され、方舟の気象制御機能も停止したのでしょう。

 先生、お辛いようでしたら私の背に乗られますか?」


「ありがと。でも大丈夫だよ、ヴァイオレット氏。自分で、歩けるから……」


 気丈に振る舞っているけれど、フラーシュさんの表情は暗い。

 彼女の視線がチラリとシャムの背中に向かう。そこにはレシュトゥ様が背負われている。

 みんなそれに気づいているけれど誰も指摘しない。受け入れるには、きっと時間が必要なんだ。


 そうして言葉も少なく歩みを進める事一週間、僕らは無事神都アルベルティへと戻った。

 ここへ戻る途中に寄った村や街もそうだったけど、城下街のみんなはとても不安げな様子だった。

 レシュトゥ様のあの放送と、天変地異のような地揺れ、そして突然変わってしまった空の色と気候……

 覆天竜王(ブリトラ)が死んだ事は伝わったと思うけど、それ以上に混乱しているのだと思う。


 そんな城下街を足早に過ぎて城へ向かうと、僕らとフラーシュさんを見つけた衛兵の人は、すぐに城内へと知らせに走ってくれた。

 呼ばれたのはフラーシュさんの側近、エーミクさんだった。


「あぁ、殿下、よくぞご無事で!」


「エーミク……! うん、ただいま…… もう、起きて大丈夫なの……?」


 まだ若干頬が痩けたままの彼女は、フラーシュさんと僕らの帰還をとても喜んでくれた。

 しかし、シャムが背負っているのがレシュトゥ様と知ると、その表情は深い絶望に染まってしまった。

 彼女は呆然としながらも、僕らを城に付属した礼拝堂へと案内してくれた。そこへ一時レシュトゥ様をお預けした後、今度は城の会議室へと向かう事になった。


 会議室の扉を開けると、中には宰相であるラビシュ氏の他に、この国の重鎮であろう方々が揃っているようだった。

 彼女達は非常に憔悴した様子だったけど、僕らを目にして嬉しそうに立ち上がった。


「フラーシュ殿下……! よくぞお戻り下さいました! このラビシュ、大業の成就を心よりお喜び申し上げます!」


「うん…… でも、あたしはちょっと手伝っただけ。覆天竜王(ブリトラ)を倒したのは、始祖様とみんなだよ……」


「おぉ、始祖神様が……! タツヒト殿達もよくぞ成し遂げてくれた……! この国の(まつりごと)を預かる身として、心から礼を言わせて貰う!」


「はい…… でも、とても大きな犠牲を伴いました……」


 僕のその言葉に、ラビシュ氏達は目を見開いた。


「ま、まさか…… いや、そんなはずは……! 始祖神様…… 始祖神様は何処に!?」


「ラビシュ宰相…… 始祖神様は…… 始祖神様のご尊体(そんたい)は、礼拝堂にお預けしてございます……」


 エーミクさんが静かな言葉に、ラビシュ氏は呆然と椅子に座り込んでしまった。静かに涙を流している人もいる。

 やはり、始祖神レシュトゥ様はこの国にとって非常に大きな存在だったのだ……


「--皆様。心中お察しいたしますが、どうかそのままお聞き下さい…… 今回の覆天竜王(ブリトラ)について、報告させて頂きます」


 それから僕は、項垂(うなだ)れたままの重臣の方達に事のあらましを説明した。

 彼女達が立ち直るまで待って差し上げたかったけど、この状況下ではそうも言っていられない。

 そして流石というか、話が終わる頃には彼女達は次に向けて考えを巡らせ始めていた。


「ありがとうタツヒト殿…… 始祖神様は、その身を顧みず竜王に立ち向かわれたのだな……」


「ええ…… 始祖神様と、それから先代の女王陛下の力が無ければ討伐は不可能だったと思います」


「うむ…… そして、我々はその大きすぎる(しるべ)を失ったしまった……」


 ラビシュ宰相の言葉に、他の重臣の方々が続く。


「そうですね…… この奇妙に青い空の下、勝手のわからないエルツェトで一体どう舵取りして行けば良いのか……」


「やはり国内をまとめるため、まずはフラーシュ殿下に王位に立って頂くのが宜しいのでは……?」


 重臣方の懇願するような視線がフラーシュさんに集中する。しかし、彼女は静かに首を振った。


「それは、止めておいた方がいいかも…… やっぱり、あたしは王様には向いてないと思うから……」


「で、殿下…… しかし、それでは一体誰が……」


「どうかご再考を……! この国は今、不安と混乱の中にあるのです……!」


「--本当に誰も居なかったら、あたしがやるしかないと思うけど……」


 フラーシュさんは、どこか諦めたようにそう呟いた。そんな彼女を目にして、脳裏にレシュトゥ様の遺言が再生される。


『フラーシュを、お願いね』


 気づくと、僕は衝動的に声を上げていた。


「あ、あの……!」


「む…… どうされた、タツヒト殿」


 ラビシュ宰相をはじめ、その場の全員の視線が僕に集中する。 --やべ、どうしよ。何も考えてなかった……

 

「えっと、その…… レシュトゥ様はおっしゃいました。他の国々と仲良くせよ、と。

 だから、どなたが即位されるかも重要ですが、まずこの国が危険な存在ではないと周辺国に伝えるべきだと思うんです。

 皆さんも不安だと思いますが、周りの国々は、突然空から降ってきたこの国をもっと怖がっているでしょうから」


「それは…… うむ、まさにその通りだな」


「そうでした…… これからは、私たちには他国との折衝という仕事もあるのでしたね」


「ですが、どう渡りを付けましょう……? 私たちにエルツェトの国々への伝手など……」


「あ、それでしたら僕らが役に立てると思います。僕ら、結構周辺国の首脳部に伝手があったりするので」


「「おぉ……!」」


 僕の言葉に、重臣方が喜色が浮かべて声をあげる。よほど不安だったらしい。


「タツヒト氏…… ありがとう、ごめんね……」


 ほっとしたような、あるいは申し訳ないような表情を見せるフラーシュさんに、僕は笑顔で頷き返した。


「まずは各国の首脳部への書簡が必要ですね…… それは宰相様方と一緒に作るとして、実際に隣国に書簡を持って行くのは--」


 それから僕らは、まずはこの国に隣接する三国への書簡を大急ぎで作成し、手分けして知らせに走った。


 南のベルンヴァッカ帝国に関しては特にコネが無かったので、紫宝級(しほうきゅう)冒険者という肩書きを持つヴァイオレット様と、神託の御子として有名なロスニアさんに向かってもらった。


 北の魔導国とは魔導大学関連で王室とコネがあったので、大学の卒業生であるシャムとプルーナさんが担当してくれた。


 西の馬人族(ばじんぞく)の王国は僕らとかなり縁の深い国だ。ここにはキアニィさんとゼルさんに行ってもらった。


 もちろん移動は転移魔法陣によるものなので、聖都を経由した際、ペトリア猊下にも事のあらましを伝えてもらう事になっている。

 僕はというと、フラーシュさんが心配だったのと、竜王の残党への押さえのため神都に残る事になった。






 他国との折衝と国内の安定には時間がいくらあっても足りず、あっという間に一ヶ月の期間が過ぎた。

 領主貴族や国民の皆さんの混乱はひとまず落ち着き、幸い他国との衝突もまだ起こっていない。

 僕らの名前が多少なりとも役立ったのか、隣接する三国はこの国を暫定的に友好的な集団と見做してくれたようだ。

 しかしそれも、この国のトップが決まらないと長続きしないだろう。


「「ワァァァァァ……」」


 場所は神都アルベルティにある大聖堂の一室。僕らの元には、大聖堂の外に集まった人々の歓声が聞こえてくる。

 今日はレシュトゥ様の国葬に合わせて、この国の新しいリーダーが発表される日なのだ。


「--フラーシュさん、緊張してます?」


 隣に座っている彼女は、僕の言葉に今にも吐きそうな顔色で頷いた。


「うん…… こういうの、本当に苦手で…… タツヒト氏は、全然緊張してないね……?」


「あはは…… なんででしょうね? まだ現実感が無いからかも……」


 僕がそんなとぼけた事をいうと、後ろに座っていたヴァイオレット様達がくすくすと笑う。

 そんな会話をしていると、宰相のラビシュ氏がすすすと近寄ってきた。


「陛下、皆様。お時間にございます。民達にお言葉を……」


「え、もう……!? ふぅー…… よ、よし……! 行こう、タツヒト氏!」


「ええ、行きますか……!」


 全員で椅子から立ち上がり、部屋に(もう)けられた豪奢なバルコニーへと向かう。

 そして部屋を出た瞬間、僕らはさらに大きな歓声に迎えられた。


 バルコニーから見下ろせる広大な広場には、溢れんばかりの大群衆が詰めかけていた。

 誰も希望に満ちた表情で僕らを仰ぎ、救いを求めるように手を伸ばしている。

 その圧力に思わず足が竦みそうになるけど、後ろには『白の狩人』のみんなが、隣にはフラーシュさんが立ってくれている。

 その事に勇気づけられた僕は、同じく足をプルプルさせているフラーシュさんと頷きあい、集まった人々に向かい合った。


「--皆! 前女王にして偉大なる始祖神、レシュトゥ様の国葬によくぞ集まってくれた!

 我は…… レシュトゥ様とフラーシュ王女よりこの国を託されし新たなる王…… タツヒトである!」


「「「--ワァァァァァァッ!!」」」


 僕の宣言に歓声はさらに高まり、まるで爆音のように周囲を揺るがした。

 そう。数年前はただの男子高校生だった僕、狭間立人(はざま たつひと)は、いつの間にか一国の王様に成り上がっていたのである。

 --あれ…… な、なんでこうなったんだっけ……?






***






 ビーーーッ!


【……コード00800、およびコード00103を検出……】


【……方舟の墜落を確認…… 虚海(きょかい)への軟着陸に成功し、墜落による方舟および周辺国への損害は軽微、原因は主機関の破損と見られる……

 ……第一世代高位妖精族(ようせいぞく)、個体名レシュトゥが死亡したとの情報あり、現在、真偽を調査中……】


【……方舟に侵入していた、第一大龍穴融合個体の神級(しんきゅう)血縁個体、個体名覆天竜王(ブリトラ)が討伐されたとの情報あり……

 ……また、討伐者が観察対象、個体名「ハザマ・タツヒト」達との情報もあり、現在、真偽を調査中……】


【……観察対象が方舟に搭乗している状況に関して、外部機能単位が観察対象へ機密情報を漏洩した可能性を認める……

 ……以上の事項について、最上位機能単位の起動の検討も含め、上位機能単位へ対応を求む……】






 17章 叡智の方舟 完

 18章 黎明の王国 へ続く


17章終了です。ここまでお読み頂きありがとうございました!

次章は少しお時間を頂きまして、9/8(月)から更新開始予定です。

良ければまたお付き合い頂けますと嬉しいですm(_ _)m

【日月火木金の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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