第458話 王の最後(2)
「驚いた…… さすがは神の領域に至った蛇竜の王、凄まじい生命力ね。寿命が縮むかと思ったわ」
ようやく沈黙した覆天竜王の頭部を見やり、レシュトゥ様がそんな事を呟いた。
--あの、今凄まじい重症なあなたそんな事言われたら、僕らはどう反応したら良いのか分からないんですが……
みんながなんとも言えない表情で固まる中、泣きそうな顔をしたフラーシュさんが突っ込んでくれた。
「始祖様…… こんな時に笑えない冗談言わないでよぉ……」
「あら…… うふふ、ごめんなさい。それにしても、やっぱり蜘蛛の神獣様はお優しいお方ね……
縁を紡いだ者には蕩けるように甘い…… この方舟だってあの方の慈悲が無ければ-- こふっ……!」
レシュトゥ様が弱々しく咳き込みながら血を吐いた。その姿に終わりの近さを感じてしまい、胃の辺りがずんと重くなる。
「あ…… お、お身体を起こします……!」
プルーナさんがレシュトゥ様をそっと抱き起こした。血で溺れないようにするためだろう。
そしてロスニアさんが、血で汚れてしまった彼女の口元を拭う。
僕も何か…… そう思ったけど、何も浮かばなかった。今のレシュトゥ様に出来る事は、もうそれくらいしか無かったのだ。
「ね、ねぇロスニア氏…… 何か…… 何かできないの……!? まだ使ってない神聖魔法とか、寿命も伸びるすごい魔法薬とか…… 何か……!」
「フラーシュさん…… ごめんなさい。もう、私にできる事は……」
ズズズ……!
全員が鎮痛な表情で俯く中、また方舟が大きく揺れた。
ふと空を見上げると、黒々としていた星空は少しずつ群青色を帯びて来ていた。やっぱり、方舟の高度が下がって来ているんだ……
すると、少し呼吸が落ち着いたレシュトゥ様が、再びゆっくりと話し始めた。
「ふぅ…… フラーシュ、あまりロスニアを困らせてはいけないわ。こうして側にいてくれるだけで十分なの……
--さて、この方舟を浮遊させていた主機関魔導装置は破壊されてしまったけど、副機関の方は生きてるわ。
少し被害は出てしまうでしょうけど、元の位置…… 馬人族の王国の西にある虚海に軟着陸できるはずよ。
それまでに、私も最後の仕事をしなくちゃね……」
そう言って彼女が何かの魔法を発動させると、その静かな声が方舟全体に響き渡った。
『--聞いて、方舟の子供達。私よ、レシュトゥよ……
この国を長い間覆っていた影、覆天竜王はたった今死んだわ。
かの蛇竜の王を討ち取ってくれたのは、エルツェトの戦士達…… タツヒト君達『白の狩人』と、フラーシュよ。
みんな、彼らに会ったら褒めてあげてね。とっても頑張ってくれたから』
レシュトゥ様が放送を一時中断し、また小さく咳き込む。
僕らは体に触るからと止めようとしたのだけれど、彼女は微笑みながら首を振り、放送を続けた。
『でもごめんなさい。その激しい戦いで失われたものもあったの。
気付いていると思うけど、竜王が暴れたせいで方舟が壊れてしまって、今エルツェトに向かって落下している最中なの。
あぁ大丈夫。結構揺れると思うけど、無事に着陸できるから安心して。
だからみんなは、これからはエルツェトの民として生きて行くことになるわ。
みんなが、エルツェトの他の国々の人々と仲良く暮らしていく…… それが私の最後の願いよ。それじゃあみんな。どうか健やかに……』
「--ふぅ…… これで、よし…… こふっ……」
アナウンスを終えた後のレシュトゥ様は疲労の色が濃く、全ての力を使い切ってしまったかのようだった。
そんな彼女の手を、フラーシュさんが震える手で握った。
「始祖様! お願い、行かないで……! あたし、始祖様が居なくなったら一人になっちゃうよぉ……」
「ふふっ、また子供みたいな事を言って…… あなた、もう300歳になるよの?」
「に、280歳だよ……! まだ…… まだ始祖様が必要だよ……」
「あら、そうだったわね…… でも大丈夫。あなたは自分の意思で戦う事を知ったし、一人でも無いわ…… だから、もう私がいなくても大丈夫よ。
--フラーシュ。あなたは私のようにしがらみに囚われず…… 好きに生きなさい。王様になりたくないなら、それでもいいわ。
タツヒト君、みんな…… フラーシュを、お願いね」
「ええ、もちろんです。お任せ下さい……!」
僕に続き、彼女の言葉にみんなもしっかりと頷いてくれた。誰もが目に涙を湛えている。
レシュトゥ様のもう片方の手を、今度はシャムがそっと握った。
「レシュトゥ様…… 本当に死んじゃうでありますか……!? シャムは、まだレシュトゥ様と話したい事が沢山あるであります……!」
「シャム…… ごめんなさいね。私はあなたに全てを伝える事が出来なかった。でも、賢く優しいあなたならきっと大丈夫よ……
そうだ、ペトリアに言伝をお願いできる? 今までありがとう。あなたの優しさに、私は何度も救われた。どうか元気で」
「うぅ…… わ、わかったであります…… 必ず、伝えるであります……!」
「ええ…… --みんな、顔をよく見せて頂戴。本当に頼もしい…… あなた達ならきっと、この星の未来を自分達で切り拓いて行ける。
ありがとう…… 私が、こんなに安心して、こんなに幸せな気持ちで最後を迎えられるなんて……」
「レシュトゥ様……!」「しっかりして下さい!」「始祖様!」
彼女の目はもう焦点があっておらず、声もか細く、弱々しくなっていった。
もう、僕らが口々に呼ぶ声も聞こえないようだった。そして……
「あぁ、--様。なんて懐かしい。ずっと会いたかった…… ええ、今そちらへ参ります……
--様…… どうか…… --の心に…… --が、在らん、事を……」
永きに渡り方舟を守り、地上を見守ってきた始祖神レシュトゥ。
最後に誰を幻視したのだろう。僕らがそれを知る術は無く、彼女は細く長い息を吐き、静かに目を閉じた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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