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第456話 天を覆う蛇(3)


「始祖様!!」


 フラーシュさんの悲鳴が響き、覆天竜王(ブリトラ)の死の熱風に煽られたレシュトゥ様がゆっくりと倒れていく。


「お前ーー!!」


 目の前が真っ赤に染まるような怒り。気づいたら、僕は奴の巨大な頭部目がけて走り出していた。

 すると奴はレシュトゥ様から僕へ視線を移し、大口を開けて突進してきた。


『ジャァァァァァァァッ!!』


 巨大な(あぎと)が急速に迫る。僕は慌てて槍を突き出し、つっかえ棒のようにして奴の噛みつきをなんとかガードした。

 その事に安堵したのも束の間、体を凄まじい加速度が襲う。


「ぐぅぅぅっ……!?」


 突進は止まらず、僕はそのまま大魔巌樹(まがんじゅ)の最上階から弾き出されてしまった。


「タツ--」


 みんなが僕を呼ぶ声は一瞬で遠ざかり、耳元で激しく鳴る風音にかき消された。

 脱出を……! い、いや、駄目だ…… 今槍から手を離したら、奴の胃の中にダイブする事になる……!


『クハハ、逃さぬぞオス猿め…… 喜べ、貴様とは二人で決着を付けてやる……!』


「何を……!? うぐっ!?」


 内臓が引っ掻き回されるような急速な方向転換。奴の軌道が水平方向から上方へと変化したのだ。

 こいつ、まさか……!? 必死に奴の口から抜け出そうとするも身動きが取れず、僕はそのまま遥か上空へと連れ去られた。






 覆天竜王(ブリトラ)はロケットのような加速度で上昇を続け、僕はその間槍にしがみ付いている事しか出来なかった。

 くそっ、こいつどこまで……! --あれ、なんか呼吸が苦しいような…… もしかして、方舟の環境制御の範囲外に出てしまったのか……!?


『ヴェ…… 風よ(ヴェイントス)!』


 薄くなってきた空気をかき集め、球体状に自身の周囲に固める。

 そうして一息ついたのも束の間、奴は思い切り首を振って僕を振り落とした。


「うわっ!?」


 前後左右も分からない状態で宇宙空間に放り出され、不安と恐怖が心を満たす。

 耳が痛くなるような静寂と暗闇の中、僕は必死に目印になる何かを探した。

 すると小さく見える方舟の背後に、巨大な青い星を見つけた。


「--きれい……」


 あまりの美しさに思わず感嘆の声が溢れる。この瞬間、僕の頭からは今が戦闘中だと言う事は抜け落ちていた。

 青く輝く海、白く渦巻く雲、緑豊かな大地…… こうして眺めてみると、エルツェトと地球は本当によく似ていた。言葉にできない感動と郷愁に胸が詰まる。

 けれど、そんな時間は長く続かなかった。視界の端に突進してくる覆天竜王(ブリトラ)を見つけ、僕は慌てて回避行動を取る事になった。


風よ(ヴェイントス)!』


 生み出した爆発的な気流で自分の体を動かし、奴の突進をなんとか回避する。


『どうだオス猿め! ここにはあの穢らわしい蛇猿も、邪魔な馬猿も、老耄(もうろく)した耳長も居ないぞ!

 貴様一人ならどうとでもなる! ここで無様に死に、永遠に虚空を彷徨うがいい!』


 すれ違いざま、奴の口が嘲笑(ちょうしょう)の形に歪んでいるのが見えた。

 宇宙空間でわざわざ風魔法で煽り文句を言ってくるなんて、つくづく性根の曲がった蛇だ……


 けれど、奴の言うとおりだ。ここには僕を助けてくれる存在は居ない。

 できればやらずに済みたかったけど、ぶっつけ本番の奥の手を使うしかない……!

 覚悟を決めた僕は、意識を集中し始めた。


「ふぅー……」


 呼吸を落ち着けながら、周囲に満ちる存在へ静かに語りかけるように、少しずつ魔素を放出していく。

 焦って一気にやっては駄目だ。魔素の流れを視認できる奴に勘付かれてしまう。


 奴はその後も、まるで僕をなぶるかのように何度も何度も突進を仕掛けてきた。

 それを必死に避けながら、僕は少しずつ魔力の放出を続けた。

 そしてそろそろ呼吸も苦しくなってきた頃、また奴の耳障りな声が耳を打った。


『くはははは! 理解したか! そんなひ弱な魔力しか残っていない貴様など、ただの下等生物に過ぎん!

 さぁそろそろ止めだ! 神に等しきこの私に逆らった罪…… 後悔しながら死ねぇ!』


 覆天竜王(ブリトラ)は一旦大きく距離を取ると、太陽を背に猛然と僕へ向かってきた。

 やはり奴は気づいていない。そしてこのエルツェトを背負う位置どり…… 図らずしもベストポジションだ。

 僕は向かってくる奴に向けて槍を構え、詠唱を始めた。


『--告げる(ディーコ)……』


 覆天竜王ブリトラは、天を覆うような巨大な蛇竜(だりゅう)である。

 そうレシュトゥ様から聞いた時、僕は考えた。もし奴と直接対決する事になったら、邪神に止めを刺した神解フルグル・ペルディティオニスをも超える強力な魔法が必要になると。

 しかし、どうやってそんな出力を出すのかという問題と、それほどの一撃を放った際の方舟への被害を考慮する必要があった。

 そこでヒントとなったのが、電荷を貯めて上空に放つ逆さまの雷、雷樹フルグル・インバーサムの魔法だった。


『--宇宙(そら)(そら)狭間(はざま)に遊びし電雷(でんらい)の子らよ、(ほし)(おお)いし力の御手(みて)よ、我が呼び声を聴け……』


 雷撃の威力は、どれだけ多くの電荷を集められるかに依る。

 そして僕が今いる高度は、地球でいう所の電離層という領域だ。詳しい原理は覚えていないけれど、ここには電子が高密度かつ広域に存在している。

 エルツェトの環境が地球と同じ保証は無かったけれど、僕の呼びかけに答えてくれる確かな感覚がある……!


『我が元へ(つど)いて重なり、幾万(いくまん)(いかずち)と成れ。

 十重二十重(とえはたえ)となりて、幾千(いくせん)疾雷(しつらい)を成せ……!』


 雷槍天叢雲らいそうあめのむらくもが僕の力を増幅し、今や広大な範囲の電子が僕の支配下にあった。そしてそれらは、急速に僕の元へ集約されつつあった。

 さらにエルツェトを背負ったこの位置取りなら、被害を考慮せずに全力で魔法を放つ事ができる。


 高速で突進してくる奴の顔に強い焦りの表情が浮かんでいる。今になって、僕が大規模な魔法を準備していた事に気づいたのだろう。

 しかしそのプライド故か奴は止まらず、大きく開かれた巨大な(あぎと)が間近まで迫る。

 僕は最後の詠唱を叫んだ。


数多(あまた)雷光(らいこう)(たばね)(あお)(ひかり)奔流(ほんりゅう)よ!

 (てん)(ふさ)ぐ欲深き蛇竜(だりゅう)の王を、その大いなる力を持って(くだ)け!

 --金剛蒼雷(ヴァジュラ)!!』


 カッ……!


 音の無い世界で、背後から強烈な閃光が走った。

 エルツェトの電離層から立ち上った電子の奔流が、途方もない規模、凄まじい速度で放射される。

 巨大な蒼き光の槍となったそれは、恐怖に顔を引き攣らせた覆天竜王(ブリトラ)を飲み込みんだ。


『ギャァァァァァッ!?』


 断末魔の悲鳴が上がる。その長大な体を惑星規模の雷撃が貫き、強靭な肉体の尽くを焼け焦がす。

 奇しくも、奴が得意とした死の熱風を受けたが如く、黒く炭化した巨体は微塵に粉砕されていった。

 その様を目に捉えたところで僕の魔力は尽き、同時に意識も途切れた。


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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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