第453話 渇きの竜王(3)
ズンッ……!
「「……!!」」
元から強烈だった覆天竜王の威圧感が急激に膨れ上がる。
初めてにアラク様と対峙した時のような、星を人の形に押し込めたかのような隔絶した存在感。
紫宝級に至った僕とヴァイオレット様でさえ震えが来るその殺気に、背後の魔法型のみんなは膝を突いてしまっている。
こいつ…… まだ本気じゃなかったのか……! それにあれは……!?
僕は今になってやっとそれに気づいた。奴の体から、薄らと紫色の光が放たれているのを。
『ヴァイオレット様……! 奴の放射光が見えますか……!?』
『ああ! 紫宝級の放射光にも見えるが、何か違う……! それに、この強烈な気配が我々と同格とは思えない!』
すると、魔法型のみんなを支えてくれていたシャムが、何かに気づいたように声を上げた。
「あ…… タ、タツヒト、ヴァイオレット! 覆天竜王から、強力な紫外線が発されているであります!」
紫外線だって……!? 共鳴により、僕の動揺がすぐにヴァイオレット様に共有される。
「シャム! 紫外線とはなんだ!?」
「えっと…… 紫色の光よりも強い力を持った、通常の人類には見えない光であります! シャムは機械人形だから見えたであります!
注意するであります! 長時間の暴露は、皮膚や眼球に異常をきたす危険があるであります!」
「なんと…… では奴の位階は……!?」
「紫宝級より上…… ということでしょうね……!」
僕はシャムの言葉に驚きつつ、どこか腑に落ちるものを感じていた。
奴は先ほどまでの戦いの中で、魔法も身体強化を使っていたはずだ。なのに思い返すと、放射光は全く出ていなかった。
しかしそれは間違いだった。ただ、僕らには視認できていなかっただけなんだ……!
慄く僕らに、覆天竜王は満足げに頬を歪めた。
「--ふふふ…… 下等種族にはまともに見ることすら叶うまい。これこそが神の領域に至った証、神級の光だ……! 愚劣な猿共よ…… この威光にひれ伏すがいい!」
これまでの比でない強烈な魔法の気配と共に、奴は僕らに向かって腕を振り抜いた。
ゴォッ!!
襲い来る渇死熱波に、僕は反射的に草薙を発動させた。
しかし、真空断層による防御フィールドの一部が破られ、僕らの体を一陣の風が撫でた。
ジュバッ!
「「ぐぅっ……!?」」
赤熱した鉄板に水滴を落としたかのような蒸発音。それと共に激烈な痛みが走った。
見ると、死の熱風に晒された僕の左手はカラカラに渇き、まるでミイラのような状態になっていた。
ほんの一瞬触れただけなのに……! いや、それよりも……!
『すみません、防ぎ損ねました……! ヴァイオレット様、お怪我は!?』
僕を背に乗せたヴァイオレット様から、共鳴により強い痛みの感覚が伝わってきたのだ。
『私は大事無い! 槍のおかげか軽傷だ……! それよりも君だ! この感覚、左手が……!』
『ええ、痛み以外の感覚がありません……! 無理に動かしたら崩れてしまいそうです……』
僕の返答に、ヴァイオレット様の心の痛みと、強い焦りの感情が伝わってくる。
不味い…… たった一発の魔法で、状況が大きく不利に傾いてしまった……!
「ふはははは! 良いぞ……! このまま無様に乾涸びさせて-- がはっ!」
僕らの様子に哄笑を上げた覆天竜王が、再び吐血する。
しかし今度は大きな隙を見せず、苛立たしげに口元を拭っただけだった。今の最大強化状態は、奴にとってかなり負担が大きいらしい。
「あぁ、忌々しい……! 自由に力を振るえんこの苛立ち、この屈辱……! 吐き気を催すほどに腹立たしい! これも全てあの女のせいだ! 許せん…… 断じて許せん!!」
覆天竜王から怒りの形相で睨まれ、フラーシュさんが小さく悲鳴を上げる。
奴が見せたその激しい憎悪に、僕とヴァイオレット様は一つの疑問の答えを得た。
「お前がこの国をすぐに攻め滅ぼさなかったのは…… やっぱりその腹いせか……! この国の人々を苦しめるために……!」
「腹いせだと……? それは違うなオス猿よ…… これは正当な裁きだ!
この私に小賢しい呪いをかけた罪は重い……! 方舟に巣食う全ての猿共が苦しみ、悶え、後悔しながら死んでいくことでしか贖えない!」
奴の答えに、ヴァイオレット様からも強い憤りが伝わってくる。
「下衆め……! 貴様に王を名乗る資格は無い!」
「ふん。馬猿が吠えよるわ。 --だが、この方舟の猿共を嬲るのにもそろそろ飽きてきた所だ…… 貴様らを仕留め次第、望み通り猿共は根絶やしにしてやろう!」
濃密な殺気を帯びながらこちらに向き直った奴に、僕とヴァイオレット様は痛みに耐えながら武器を構え直した。その時。
『神聖再生!』
後方のロスニアさんが、苦しげな声で高位の神聖魔法を唱えてくれた。
すると清浄な光が降り注ぎ、僕のミイラ化した左手が瑞々しく再生し、ヴァイオレット様の負傷も瞬時に癒えた。助かった……!
「ロスニアさん……! ありがとうございます!」
「穢らわしい蛇猿めぇ……! 邪魔をするな!」
激昂した覆天竜王が、後方のロスニアさんに向けて渇死熱波を放つ。
僕らは瞬時にその射線上に割り込み、再度全力で草薙を発動させた。
ゴバァッ!!
すると真空の防御フィールドを軋ませながら、奴が放った死の熱風が霧散した。よし、全力で発動させれば防げる! 消費魔力は跳ね上がったけど……!
「はぁ、はぁ……! 下等生物相手に回復役を狙うなんて…… 随分必死だな!?」
「減らず口を……! --先ほどは皆殺しと言ったが、貴様らは例外としよう……
決して楽には殺さん…… 全員、百年の責苦に落としてやろう……! ジャァァァァッ!!」
僕の挑発に、覆天竜王は蛇の威嚇音のような咆哮を上げて切り掛かってきた。
怒りに飲まれた奴の剣はからは術理というものが抜け落ち、殆ど攻撃一辺倒の動きになっていた、
しかしその膂力と速度は凄まじく、ヴァイオレット様の防御を無理やりこじ開け、僕らの体を幾度も切り裂いた。
その度にロスニアさんが高位神聖魔法を飛ばしてくれたけれど、その間隔は徐々に長くなっていた。 --彼女も限界が近いらしい。
無論僕も、奴の剣風の僅かな隙に槍を突き込んでいた。しかし、強力すぎる身体強化に阻まれて殆どダメージを与えられずにいた。
『タツヒト……! すまない、防ぎきれなくなってきた!』
『こちらもです……! あれだけめちゃくちゃな動きなのに、攻め入る隙が殆どありません……! くそ、さっきの吐血の時に戸惑わずに攻撃していれば……!』
「くはははは! 貴様ら、先程までの威勢はどうしたのだ! どうだ、見ているか軟弱な化石蜘蛛よ!?
今からこのオス猿の四肢を捥ぎ、貴様のカビ臭い森にばら撒いてやろう! はは、はははははっ!」
哄笑と共に血を吐きがらも、奴の音速を超える剣戟は全く緩む気配が無かった。
どうにか反撃の隙を作らないと、このままでは……! その時、視界の端でフラーシュさんが立ち上がるのが見えた。
彼女はシャムに支えられながら、覆天竜王に向けて手を掲げている。何を……!?
『--い、忌まわしき見えざる烈光よ、永遠なる呪いを齎す死の波動よ……』
「な……!? 貴様、その詠唱は……!?」
小さく聞こえてきたフラーシュさんの声に、奴は僕らへの攻撃の手を止めて大きく後ろに下がった。
動揺を見せる奴をひたりと見据えたまま、彼女は更に詠唱を続けた。
『我が怨敵を冒し、内より内、深きより深きへと至りて、その生命の螺旋を千々に散らせ……! 破壊の呪光!』
「や、やめろーーーっ!!」
魔法名が発された瞬間。覆天竜王はただ自身を守るように腕を上げ、その顔には強い恐れの表情を浮かべていた。
しかし、フラーシュさんは魔法名を叫んだのみで、その手からは何も発していなかった。
そのことに気付いた奴は、彼女を睨みながら激しく激昂した。
「--は……? き、貴様ぁ!?」
戸惑いながら状況を見守っていた僕らとフラーシュさんの目が合う。
彼女は恐怖に顔を引き攣らせながらも、僕らににやりと笑って見せた。今のは魔法の不発じゃない……! ブラフだ!
『タツヒト!』
『はい!』
致命的な隙を見せた覆天竜王に向けて僕らは突貫した。
僕を乗せたヴァイオレット様の疾走は一瞬で間合いを詰め、フラーシュさんに意識を向けていた奴が驚いたようにこちらを見る。
圧縮された時間の中、奴は必死に剣を構えようとしていたけど、僕はすでに必殺の一撃を放ち始めていた。
『都牟刈!』
突き出した槍の穂先には万物を切り裂く風の刃。その切先が奴の胸に触れる。
「がっ……!?」
槍の柄からは、岩に切り込むような強い抵抗が返って来た。
しかし、それでも穂先は着実に沈み込んでいき、遂には覆天竜王の胸を刺し貫いた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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