表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
453/484

第453話 渇きの竜王(3)


 ズンッ……!


「「……!!」」


 元から強烈だった覆天竜王(ブリトラ)の威圧感が急激に膨れ上がる。

 初めてにアラク様と対峙した時のような、星を人の形に押し込めたかのような隔絶した存在感。

 紫宝級(しほうきゅう)に至った僕とヴァイオレット様でさえ震えが来るその殺気に、背後の魔法型のみんなは膝を突いてしまっている。


 こいつ…… まだ本気じゃなかったのか……! それにあれは……!?

 僕は今になってやっとそれに気づいた。奴の体から、(うっす)らと紫色の光が放たれているのを。


『ヴァイオレット様……! 奴の放射光が見えますか……!?』


『ああ! 紫宝級(しほうきゅう)の放射光にも見えるが、何か違う……! それに、この強烈な気配が我々と同格とは思えない!』


 すると、魔法型のみんなを支えてくれていたシャムが、何かに気づいたように声を上げた。


「あ…… タ、タツヒト、ヴァイオレット! 覆天竜王(ブリトラ)から、強力な紫外線が発されているであります!」


 紫外線だって……!? 共鳴(ともなり)により、僕の動揺がすぐにヴァイオレット様に共有される。


「シャム! 紫外線とはなんだ!?」


「えっと…… 紫色の光よりも強い力を持った、通常の人類には見えない光であります! シャムは機械人形(きかいにんぎょう)だから見えたであります!

 注意するであります! 長時間の暴露は、皮膚や眼球に異常をきたす危険があるであります!」


「なんと…… では奴の位階は……!?」


紫宝級(しほうきゅう)より上…… ということでしょうね……!」


 僕はシャムの言葉に驚きつつ、どこか腑に落ちるものを感じていた。

 奴は先ほどまでの戦いの中で、魔法も身体強化を使っていたはずだ。なのに思い返すと、放射光は全く出ていなかった。

 しかしそれは間違いだった。ただ、僕らには視認できていなかっただけなんだ……!

 慄く僕らに、覆天竜王(ブリトラ)は満足げに頬を歪めた。


「--ふふふ…… 下等種族にはまともに見ることすら叶うまい。これこそが神の領域に至った証、神級(しんきゅう)の光だ……! 愚劣な猿共よ…… この威光にひれ伏すがいい!」


 これまでの比でない強烈な魔法の気配と共に、奴は僕らに向かって腕を振り抜いた。


 ゴォッ!!


 襲い来る渇死熱波(トリシュナ・ヴァーユ)に、僕は反射的に草薙(くさなぎ)を発動させた。

 しかし、真空断層による防御フィールドの一部が破られ、僕らの体を一陣(いちじん)の風が撫でた。


 ジュバッ!


「「ぐぅっ……!?」」


 赤熱した鉄板に水滴を落としたかのような蒸発音。それと共に激烈な痛みが走った。

 見ると、死の熱風に晒された僕の左手はカラカラに渇き、まるでミイラのような状態になっていた。

 ほんの一瞬触れただけなのに……! いや、それよりも……!


『すみません、防ぎ損ねました……! ヴァイオレット様、お怪我は!?』


 僕を背に乗せたヴァイオレット様から、共鳴(ともなり)により強い痛みの感覚が伝わってきたのだ。


『私は大事無い! 槍のおかげか軽傷だ……! それよりも君だ! この感覚、左手が……!』


『ええ、痛み以外の感覚がありません……! 無理に動かしたら崩れてしまいそうです……』


 僕の返答に、ヴァイオレット様の心の痛みと、強い焦りの感情が伝わってくる。

 不味い…… たった一発の魔法で、状況が大きく不利に傾いてしまった……!


「ふはははは! 良いぞ……! このまま無様に乾涸びさせて-- がはっ!」


 僕らの様子に哄笑(こうしょう)を上げた覆天竜王(ブリトラ)が、再び吐血する。

 しかし今度は大きな隙を見せず、苛立たしげに口元を拭っただけだった。今の最大強化状態は、奴にとってかなり負担が大きいらしい。


「あぁ、忌々しい……! 自由に力を振るえんこの苛立ち、この屈辱……! 吐き気を催すほどに腹立たしい! これも全てあの女のせいだ! 許せん…… 断じて許せん!!」


 覆天竜王(ブリトラ)から怒りの形相で睨まれ、フラーシュさんが小さく悲鳴を上げる。

 奴が見せたその激しい憎悪に、僕とヴァイオレット様は一つの疑問の答えを得た。


「お前がこの国をすぐに攻め滅ぼさなかったのは…… やっぱりその腹いせか……! この国の人々を苦しめるために……!」


「腹いせだと……? それは違うなオス猿よ…… これは正当な裁きだ!

 この私に小賢しい呪いをかけた罪は重い……! 方舟に巣食う全ての猿共が苦しみ、悶え、後悔しながら死んでいくことでしか贖えない!」


 奴の答えに、ヴァイオレット様からも強い憤りが伝わってくる。


「下衆め……! 貴様に王を名乗る資格は無い!」


「ふん。馬猿が吠えよるわ。 --だが、この方舟の猿共を嬲るのにもそろそろ飽きてきた所だ…… 貴様らを仕留め次第、望み通り猿共は根絶やしにしてやろう!」


 濃密な殺気を帯びながらこちらに向き直った奴に、僕とヴァイオレット様は痛みに耐えながら武器を構え直した。その時。


神聖再生(カドーシュ・リヒート)!』


 後方のロスニアさんが、苦しげな声で高位の神聖魔法を唱えてくれた。

 すると清浄な光が降り注ぎ、僕のミイラ化した左手が瑞々しく再生し、ヴァイオレット様の負傷も瞬時に癒えた。助かった……!


「ロスニアさん……! ありがとうございます!」


「穢らわしい蛇猿めぇ……! 邪魔をするな!」


 激昂した覆天竜王(ブリトラ)が、後方のロスニアさんに向けて渇死熱波(トリシュナ・ヴァーユ)を放つ。

 僕らは瞬時にその射線上に割り込み、再度全力で草薙(くさなぎ)を発動させた。


 ゴバァッ!!


 すると真空の防御フィールドを軋ませながら、奴が放った死の熱風が霧散した。よし、全力で発動させれば防げる! 消費魔力は跳ね上がったけど……!


「はぁ、はぁ……! 下等生物相手に回復役を狙うなんて…… 随分必死だな!?」


「減らず口を……! --先ほどは皆殺しと言ったが、貴様らは例外としよう……

 決して楽には殺さん…… 全員、百年の責苦に落としてやろう……! ジャァァァァッ!!」


 僕の挑発に、覆天竜王(ブリトラ)は蛇の威嚇音のような咆哮を上げて切り掛かってきた。

 怒りに飲まれた奴の剣はからは術理というものが抜け落ち、殆ど攻撃一辺倒の動きになっていた、

 しかしその膂力と速度は凄まじく、ヴァイオレット様の防御を無理やりこじ開け、僕らの体を幾度も切り裂いた。

 その度にロスニアさんが高位神聖魔法を飛ばしてくれたけれど、その間隔は徐々に長くなっていた。 --彼女も限界が近いらしい。

 無論僕も、奴の剣風の僅かな隙に槍を突き込んでいた。しかし、強力すぎる身体強化に阻まれて殆どダメージを与えられずにいた。


『タツヒト……! すまない、防ぎきれなくなってきた!』


『こちらもです……! あれだけめちゃくちゃな動きなのに、攻め入る隙が殆どありません……! くそ、さっきの吐血の時に戸惑わずに攻撃していれば……!』


「くはははは! 貴様ら、先程までの威勢はどうしたのだ! どうだ、見ているか軟弱な化石蜘蛛よ!?

 今からこのオス猿の四肢を()ぎ、貴様のカビ臭い森にばら撒いてやろう! はは、はははははっ!」


 哄笑(こうしょう)と共に血を吐きがらも、奴の音速を超える剣戟は全く緩む気配が無かった。

 どうにか反撃の隙を作らないと、このままでは……! その時、視界の端でフラーシュさんが立ち上がるのが見えた。

 彼女はシャムに支えられながら、覆天竜王(ブリトラ)に向けて手を掲げている。何を……!?


『--い、(いま)まわしき見えざる烈光(れっこう)よ、永遠(とわ)なる呪いを(もたら)す死の波動よ……』


「な……!? 貴様、その詠唱は……!?」


 小さく聞こえてきたフラーシュさんの声に、奴は僕らへの攻撃の手を止めて大きく後ろに下がった。

 動揺を見せる奴をひたりと見据えたまま、彼女は更に詠唱を続けた。


『我が怨敵(おんてき)(おか)し、(うち)より(うち)、深きより深きへと至りて、その生命(せいめい)螺旋(らせん)千々(ちぢ)に散らせ……! 破壊の呪光ディストラクティオ・ルクス!』


「や、やめろーーーっ!!」


 魔法名が発された瞬間。覆天竜王(ブリトラ)はただ自身を守るように腕を上げ、その顔には強い恐れの表情を浮かべていた。

 しかし、フラーシュさんは魔法名を叫んだのみで、その手からは何も発していなかった。

 そのことに気付いた奴は、彼女を睨みながら激しく激昂した。


「--は……? き、貴様ぁ!?」


 戸惑いながら状況を見守っていた僕らとフラーシュさんの目が合う。

 彼女は恐怖に顔を引き攣らせながらも、僕らににやりと笑って見せた。今のは魔法の不発じゃない……! ブラフだ!


『タツヒト!』


『はい!』


 致命的な隙を見せた覆天竜王(ブリトラ)に向けて僕らは突貫した。

 僕を乗せたヴァイオレット様の疾走は一瞬で間合いを詰め、フラーシュさんに意識を向けていた奴が驚いたようにこちらを見る。

 圧縮された時間の中、奴は必死に剣を構えようとしていたけど、僕はすでに必殺の一撃を放ち始めていた。


都牟刈(つむかり)!』


 突き出した槍の穂先には万物を切り裂く風の刃。その切先が奴の胸に触れる。


「がっ……!?」


 槍の()からは、岩に切り込むような強い抵抗が返って来た。

 しかし、それでも穂先は着実に沈み込んでいき、遂には覆天竜王(ブリトラ)の胸を刺し貫いた。


お読み頂きありがとうございました。

少しでも気に入って頂けましたら、「ブックマークに追加」ボタンをタップして頂けますと嬉しいです!

さらに応援して頂ける場合には、画面下の「☆☆☆☆☆」からポイント頂けますと大変励みになりますm(_ _)m

【日月火木金の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ