第452話 渇きの竜王(2)
ピッタリと寄り添うように突貫する僕とヴァイオレット様を、覆天竜王は泰然と迎え撃った。
「ふふっ、私は今機嫌がいい。特別に遊んでやるとしよう」
奴はそう言うと、どこからともなく、刀身が蛇のように蛇行した美麗な剣を取り出した。
「らぁ!」
ガァンッ!
先行したヴァイオレット様による渾身の打ち込み。奴はそれを片手に握った剣で軽々と受けてしまった。
「下等生物にしてはよくやる。しかしアグニディカめ、まさか神器を敵に奪われるとは…… やはり処分して正解だったな」
「下衆め……!」
吐き捨てるように呟いたヴァイオレット様に一瞬遅れ、今度は僕が槍を突き込んだ。
しかし、覆天竜王は空いている方の手を烟るような速度で動かし、槍の穂先を二本の指で止めてしまった。
「なっ……!?」
あまりの絶技、そしてびくとも動かない槍に、思わず体が硬直してしまう。
「そしてこの黒い槍…… なるほど。貴様、あの軟弱な蜘蛛と、呆けた鳥の使徒であるな? 化石どもめ……! 私がこの方舟を手に入れたの事が、余程気に入らぬと見える」
--こいつ、今もしかしてアラク様を馬鹿にしたのか?
僕はすぐにヴァイオレット様に目配せし、彼女が奴から離れた瞬間に魔法を発動させた。
『雷よ!』
バァンッ!
「むっ……」
奴が顔を顰めて槍から手を離した隙に、僕は後ろに下がって距離を取った。
穂先からのゼロ距離放電は流石に痺れたようだけど、ほとんどダメージを受けた様子がない。
今の一瞬だけで思い知らされた。僕らと奴との間には、やはり隔絶した実力差がある……!
「アラク様達は関係ない。僕らは、自分の意思でここに来たんだ……! そういうお前は、何が目的でこの方舟を侵略した!?
エルツェトから隔絶されたこの土地の人達が、お前に何をしたって言うんだ!?」
僕の問いに、奴はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ふん、猿共の都合など知らぬ。だが、ここで死ぬ貴様には教えてやろう。私が…… 最もその座に相応しいこの私が、エルツェトを統べる唯一無二の神となるためだ」
「……? 何を、言ってるんだ……!?」
「--大龍穴と同化した神は、エルツェトの内部に渦巻く莫大な魔素を無尽蔵に使う事ができる。実に業腹だが、今の私が相手どるには手に余るだろう……
だがあの化石共は、たまたま最初にあの地に居着いたに過ぎん……! のうのうと大龍穴の恩恵を啜るだけの愚物共が、この私より大きな力を持っているなど…… 断じて許されることでは無い!」
覆天竜王の表情が怒りに歪み、強烈な殺気が滲み出る。
「そこで私はこの方舟に目をつけたのだ。エルツェトに降り注ぐ前の太陽の魔素を掠め取るなど、小賢しい猿共が考えそうなことよ。だが、実際よく出来ていると言える。
ここを足がかりに、第二第三の方舟を創り、力を蓄え、兵力を蓄え…… 神共を滅し、地上には私のみが君臨するのだ!」
今度は熱に浮かされたように語る奴に、僕らは信じられない思いで顔を見合わせてしまった。
「貴様、正気か……? それを成して、一体何になると言うのだ……? そんな事のために、この方舟の住人を一体何人…… 何万人を殺したと言うのだ!?」
ヴァイオレット様が怒気を露わに叫ぶ。僕も同感だけど、怒りと呆れに言葉も出ない。
「ふん…… 下等生物には、この偉大な事業を理解でぬだろう…… な!」
ゴォッ!
奴が至近距離で放った渇死熱波を、僕は慌てて槍の力で防いだ。
「ほう、二度目も防ぐか…… そこなオス猿、タツヒトとか言ったか? 今すぐ頭を垂れて忠誠を誓うと言うなら、私の配下に加えてやらん事もない…… 先ほど処分した女よりも役に立ちそうだ」
「……! 誰がお前なんかに!」
こいつの目的はいわば世界征服。無力で無邪気な子供が語っているなら微笑ましい話だ。
しかし始末が悪いのは、こいつがそれを実行できるかもしれない力を持っている点だ。その極大の自尊心が求めるまま、ひたすらに力を渇望している。
こんな奴にアラク様達が負けるとは思えないけど、エルツェトのみんなはどうなるか分からない。やっぱり、ここで止めないと……!
ドォンッ!
大きな音と共に謁見の間の扉が揺れ、外から怒号が聞こえてきた。どうやら竜王側の増援が到着してしまったらしい。
チラリとそちらを伺うと、ゼルさんとキアニィさんが扉を押さえ、時折開いてしまう隙間からシャムとフラーシュさんが魔法を放っている。
プルーナさんも扉を塞ごうとしているようだけれど、向こうにも地魔法の使い手が居るらしく苦戦しているように見える。急がないと……!
「ヴァイオレット様! やはり今の状態では勝負になりません!」
「うむ! 乗れ、タツヒト!」
応えてくれたヴァイオレット様の馬体の背に、僕はひらりと騎乗した。すると、それを見た覆天竜王が目を丸くして噴き出した。
「は……? くっ…… はっはっはっはっはぁっ! き、貴様ら、一体何をしているのだ? ふふっ、道化として優秀ではないか! 気が変わったぞ。その馬猿ごと我が配下に--」
『雷化』
身体強化魔法により僕の体が微弱な放電を始め、防御力以外の全ての能力が一段階上昇する。
『不壊たれ! 黄竜角戟!』
僕に続いてヴァイオレット様が叫び、その体が金色のオーラに包まれた。
アグニディカが使っていた、槍の力を引き出して防御力を跳ね上げる呪文。最上階への階段を上る間にそれを試してみたら、なんとヴァイオレット様も使う事ができたのだ。そして……
『行くぞ!』
『はい!』
二人で発動させた共鳴は、身体強化の技の中でも特殊なものだ。僕とヴァイオレット様、二人の心の共鳴により、その身体強化率は跳ね上がる。
これが、今の僕らの最大強化状態……! もしこれが通用しなかったら……
「「--おぉぉぉぉっ!!」」
「ぬぅっ……!?」
激烈に強化された僕らの突進に、覆天竜王は初めて焦りの表情を見せた。
『渇死熱波以外の防御は私に任せてくれ!』
『はい! 僕は、奴の首を取ることに集中します!』
ギギンッ、ギィィィィィンッ!
覆天竜王の攻撃をヴァイオレット様が捌き、僕の攻撃を奴が弾く。
秒間数百合の速度で交わされるその剣戟は、謁見の間に甲高い金属音を響かせた。
時折至近距離で即死級の風魔法が放たれるも、加速された僕の感覚はその全てに反応、防ぎ切った。
僕らの猛攻はさらに回転数を上げ、徐々に奴の処理能力を上回り始める……!
ピッ……!
そしてついに、僕の刺突が奴の防御を掻い潜り、その頬を浅く裂いた。
「……! 道化猿共め…… 調子に乗るなぁっ!」
ガァンッ!
激昂した覆天竜王の強打を受け流しながら、僕らは後ろ跳んだ。
『ヴァイオレット様……! 行けます、確実に僕らが押してます! --でも、それだけに不可解です……』
『ああ。今の我々なら、邪神とも打ち合えるだろう。だが奴は、その邪神をも遥かに上回るという話だった筈だが……?』
『そこですよね…… 覆天竜王は確かに規格外の化け物です。でも、アラク様やペトリア猊下から伝えられた印象ほどとは……』
『同感だ…… しかし、それを考えるのは倒した後でも良いだろう。違うだろうか?』
『ですね……!』
心で会話した後、僕らは一気に勝負を付けるために四肢を撓めた。しかしその時。
「--がはっ……!?」
突然覆天竜王が血を吐き、その場に片膝を突いたのだ。
「くそっ、力が入らぬ……! なぜこの私に、耳長猿如きの呪いが解呪できぬのだ……!? あの忌々しい女王めぇ!!」
怨嗟の声を上げながら血を吐き続ける奴に、僕らは思わず動きを止めてしまった。女王の呪い……? どういう事だ……!?
「あの顔色、吐血、虚弱状態…… そうか、そうだったんだ……!」
その時、覆天竜王の様子に気づいたフラーシュさんが小さく声を上げた。
「フラーシュさん! どう言うこと!?」
「あ、あたしも直接見てなくて又聞きなんだけど…… 母様は覆天竜王にやられる直前、光魔法に見える何かを使ったらしいの……!
後から母様の手記を調べて分かった…… それが、死の光を放つ強力な呪いの魔法だって……!」
「死の光…… じゃあ、覆天竜王のあの様子は……!?」
「うん……! 母様は死んじゃった…… だから効かなかったんだと思ってたけど、違った……!
母様の力が、150年間もブリトラを苦しめ続けていたんだ……! 母様の……! ざ、ざまぁみろ! うぅ……! ざまぁみろぉっ!!」
感極まったフラーシュさんが、泣き笑いの表情で覆天竜王に叫ぶ。
そうか…… これは先代女王が、フラーシュさんのお母さんが命懸けで作ってくれた好機なんだ……! なら……!
『ヴァイオレット様!』
『うむ、畳み掛ける!』
武器を握る手に力を込めて向き直ると、覆天竜王はいつの間にか立ち上がっていた。
奴はその激しい憤怒の形相とは対照的に、僕らへ向けて静かに言い放った。
「--お遊びはこれまでだ…… 下劣な猿共め、神の力に触れるがいい……!」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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