第446話 竜王の居城(1)
RTA的に魔巌樹の主を倒した後、僕らは方舟の中央付近にあるという大魔巌樹へ向けて出発した。
少しでも覆天竜王に存在を気取られないよう、目立たないように旅するつもりだった。が、その方針はすぐに変更されることとなった。
旅の途中で立ち寄った幾つもの村や都市。それらも神都同様に魔物に襲撃されていたため、流石に放って置けず、毎回大立ち回りを演じる事になってしまったからだ。
覆天竜王が手下を差し向けていたのは、神都アルベルティだけではなかったのだ。
しかもその襲撃の仕方は、街を占拠するわけでもなく、人々を皆殺しにするわけでもない…… ただ人々を一定数だけ殺し、街を半壊させるようなやり方だった。 --今の奴の目的は、本当に方舟の人々を恐怖させることなのかも知れない……
そんなわけで旅程はかなり遅れてしまったけれど、結果的に多くの人々を助ける事ができた。
そして神都を出てからおよそ二週間、僕らはようやく目的地に辿り着いた。
「聞いてた通りだけど、本当にでかいな……」
覆天竜王の居城とされる大魔巌樹。僕らが居る小高い丘の上から、遠くに聳え立つその威容が良く見えた。
事前情報通り、それは富士山ほどの高さを誇る黒々とした異形の大樹だった。
捻れた枝葉の上の方には白く雪が積もっていて、白と黒のコントラストが禍々しくも神々しい。
「ああ…… そして、これほど離れているのに感じられる異様な気配…… 確かにあそこが奴の居城なのだろう」
ヴァイオレット様の言う通り、背中から冷や汗が出るような異様な気配が周囲に満ちている。アラク様の娘さん達に比肩しうる、強烈な存在感だ。
150年前の襲撃以来姿を見せていないと言うのに、どうして居場所がわかるんだろうと思っていたのだけれど、これなら納得できる。
覆天竜王は、間違いなくあの大魔巌樹の頂上にいるのだ。
大魔巌樹の周囲は、その影が落ちる数km程の範囲に円形の荒野が広がっていて、その外側は深い森になっていた。
僕らは丘を降りた後、フラーシュさんに光学迷彩かけてもらってから森に入り、荒野の手前まで慎重に進んだ。
木陰からそっと覗くと、近くまで来たことでより巨大に感じる大魔巌樹が聳え立っていた。
直径1km程もある極太の幹の根本には、これまた巨大な洞が空いている。
「あそこが入り口ですね…… キアニィさん、どう見ます?」
囁くように聞いてみると、彼女は小さく息を吐きながら答えてくれた。
「そうですわねぇ…… やはり、地道に内部を登っていって暗殺するのが良さそうですわぁ……
外壁を登る案も使えなそうですし、強力な魔法による狙撃などもやめておいた方が良さそうですわねぇ」
「んにゃ? 外からが無理そうってのはわかるにゃけど、遠くからでかい魔法で仕留めるのはにゃんでダメにゃんだにゃ?」
ゼルさんが大魔巌樹を見上げながら不思議そうに首を傾げる。
僕も釣られて見上げると、その外壁には、ゴツいトカゲのような地竜が何十体も張り付いていた。
さらに枝葉にも、ほっそりとした風竜が同じくらい屯ろしている。
大魔巌樹が巨大すぎるので小さく見えてしまうけれど、どれも十数mはある巨体だ。
勘の鋭い竜種があれだけ居る中で外壁を登って行くのは、光学迷彩を掛けながらでもリスクが高すぎる。加えて……
「ゼル、思い出して下さいまし。タツヒト君が神都防衛戦で大魔法を使おうとした時、かなり上空にいた竜達も気づいてましたわよね?
フラーシュ。仮に、大魔巌樹の頂上にあなたが居たとして、先ほどの丘からタツヒト君が大魔法を撃とうとした場合、あなたは気付けまして?」
「うん。あの規模の魔法なら、かなり離れててもわかると思う。勘付かれないためには、よっぽど離れてないとダメだと思うけど……
そうすると、今度は正確に当てるのが難しいし、威力も減衰しちゃうと思う……」
「城下街近くの小さめの魔巌樹でも、外壁はかなり頑丈でしたからね……」
「うむ。あの大きさならば外壁の厚みも相当だろう。私の延撃では突破できないだろうな……」
フラーシュさんの言葉に、プルーナさんとヴァイオレット様も補足を入れてくれた。
そう、魔巌樹の頑丈さ、魔法的干渉のしづらさについては検証済みなのだ。
小さめのものの外壁ですら、プルーナさんの土魔法の干渉に十数分耐え、ヴァイオレット様の延撃でギリギリ貫通できた程だ。
「ふーん。よくわかんにゃいけど、無理そうにゃのは分かったにゃ! --お、みんにゃ見るにゃ」
ゼルさんが指す大魔巌樹の入り口には、特に門番も何も居ない。
そこへちょうど、結構強そうな魔物がフラフラと入って行く。大魔巌樹が放つ魔素に誘い込まれたんだろう。
「普通に魔物が入っていきましたね…… 覆天竜王の居城という話だったので、てっきり城門や門番的なのが配置されていると思ったんですが……」
「ええ、普通の城ならそうですわよねぇ…… まぁ、本質が魔窟と同じなら、魔物が入るのを妨げると何か不都合があるのかも知れませんわね。
ともかく、わたくし達にとっては好都合ですわぁ。一応夜を待ってから侵入しますわよ」
そして夜。フラフラと入っていく魔物達にまぎれるように、僕らは大魔巌樹の中へ侵入した。
中の構造は以前入った魔巌樹とほぼ同じに見えたけど、そのスケールが違った。
大通りのような道幅の通路が円を描くように分岐していて、まるで城塞都市の内部のようだった。
内部には当然魔物も居たのだけれど、フラーシュさんの光学迷彩のおかげで静かにやり過ごすことができていた。しかし……
「キシャァァァ!」
「え…… なんで!?」
巨大な蛇の魔物の脇をしれっと通り過ぎようとした瞬間、そいつは突然僕らに牙を剥いて襲いかかってきたのだ。
そいつ自体はすぐに返り討ちにできたのだけれど、騒ぎを聞きつけて他の連中も集まってしまい、結局その場で何体もの魔物を相手する事になってしまった。
そうして周囲一帯の魔物を皆殺しにした段階で、ようやく辺りに静寂が戻った。
「な、なんで気づかれたの……!? あたし、なんか失敗した……!?」
混乱して狼狽えるフラーシュさんに、ロスニアさんがハッとした表情で声を上げた。
「あ…… す、すみません、忘れてました!」
「ロスニアさん……? 忘れてたって、何をです?」
「その…… 私達蛇人族は、熱を感じる目を持っているんです。
だから、以前フラーシュさんがレシュトゥ様の私室に忍び込んだ時にも、私にはそこに何かがいるのが見えてました。
この能力は、普通の蛇や、蛇型の魔物も持っているそうです。なので……」
「「あ……」」
僕らは、絶命して横たわる大蛇の魔物へと目を向けた。そうだった……! 蛇って、熱源から出る赤外線を感じる器官を持ってるんだった!
覆天竜王は蛇竜…… つまり、奴も光学迷彩を見破れる可能性が高い……!
「これは…… 参りましたわねぇ。わたくしも気付くべきでしたわぁ」
「いえ、キアニィさん。僕も知識があったのに忘れていました。すみません……」
「むぅ…… あ……! フラーシュ。可視光の他に、赤外光まで歪曲することはできないでありますか? そうすれば蛇型の魔物の感覚器官を騙せるはずであります!」
シャムの言葉に、全員の視線がフラーシュさんに集中する。確かに彼女の光魔法なら、赤外光だって操れるはずだ……!
「えー……? 赤外光って見えないんだよね? 難しいこと言うなぁ…… うーん…… ちょっと練習してみるけど、できなかったらごめん……」
「是非お願いします……! ところで、僕ら結構騒ぎましたけど、覆天竜王が気付いた様子はありません…… 少し不気味ですが、攻略はこのまま進めましょう。
フラーシュさんには、引き続き透明化の魔法をお願いしてもいいですか? その、魔法の改良と並行で、ちょっと負荷が大きいとは思うんですが……」
「ひ、ひぇぇ…… わ、わかったよぉ…… はぁ、責任重大だなぁ……」
こうして、大魔巌樹攻略はその一層目から波乱の幕開けとなった。
頼みますフラーシュさん。できれば、頂上に着くまでに改良してもらえると助かります……!
大変遅くなりましたm(_ _)m
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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