第444話 魔巌樹(1)
「フラーシュ…… あなた、自分が何を言っているのかわかってるの?」
フラーシュさんの覆天竜王討伐への同行宣言に、流石のレシュトゥ様も眉を顰めてしまった。何せ神国の王族は、もうこの場の二人しか残っていないのだ。
「うっ…… わ、わかってる。でも、このままだとこの国はじわじわ死んじゃうよ…… そうなった時に、王様だけ居たって意味無いと思う……!」
「それは…… その通りよ。だけど--」
二人の問答は暫く続いた。しかしフラーシュさんの意思は固く、まるで人が違ったかのような堂々とした訴えに、レシュトゥ様も最後には折れてしまわれた。
「はぁ、わかったわ…… 確かにあなたの言うことには一理あるわ。そして、タツヒト君達が居てくれる今こそが、戦力を投入するべき時なのでしょう……
加えて、度重なる襲撃に次世代の育成もままならない今…… 城から出せる魔導士としてはあなたが一番の手練だものね……」
「始祖様…… ありがと! あたし、頑張る……!」
「ええ…… でも、あなたが覚悟を決めた理由は、本当にこの国の為だけかしらね……?」
レシュトゥ様は、少しからかうような調子でフラーシュさんを見た。え…… 違うの……?
「--な、何の事……? この国の為に決まってるし…… タ、タツヒト氏達も、いいよね……!?」
何故か少し赤い顔でこちらを振り返るフラーシュさん。 --正直、僕も彼女を止めたいと思ってしまっていた。
血筋の事もあるけれど、まだどこか、彼女の事を護衛対象のように感じてしまっていたんだと思う。
けれどそれは間違いだった。彼女は自分たちの国のため、僕らと一緒に戦う覚悟を示してくれたのだから。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします……! 頼りにさせて頂きますよ、フラーシュさん」
「えへへ…… ま、まぁ、任せておいてよ」
こうして覆天竜王討伐の面子が固まり、レシュトゥ様から知る限りの事を教えて頂いたところで、その日は終わりとなった。
そして翌日。出発の前に、僕らはフラーシュさんの側近であるエーミクさんの元を尋ねた。
「もはや自分にはお止めする力さえ無い…… タツヒト殿、殿下を頼む……
--だがもし殿下の身に何かあれば…… 例え覆天竜王を打倒できたとしても、自分はあなた方を許さない……!」
エーミクさんは、ベッドから起き上がれない自分の体に歯噛みしつつ、僕に強い視線を向けてくる。
体調を崩して以来、彼女はまだ治療棟の病室から出られずに居たのだ。治療にあたっている聖職者の方曰く、普段の心労が祟って一気に調子が崩れたのだろうと言う事だった。
「ええ…… 今回もお任せください、エーミクさん。フラーシュさんは、必ず無事にお戻しします」
「エーミク…… いっつも心配ばかりかけてごめん…… あたしが…… あたし達がこの国を何とかするから、ゆっくり休んでてね……?」
「殿下…… ご立派になられた…… どうか、ご武運を……」
フラーシュさんの様子に何かを感じたのか、エーミクさんは静かな表情で僕らを見送ってくれた。
その後城を出た僕らは、とある目的のため城下街近くにある魔物の領域へと向かった。
この森は、以前フラーシュさんとの連携訓練を行った場所でもある。
前回は浅い層で弱めの魔物を狩った訳だけど、今回僕らはその最深部にまで足を運んでいた。
「あれが、魔巌樹ですか……」
魔物の領域の中心。僕らの目の前に聳え立っているのは、奇妙で巨大な樹のようなものだった。
樹と言ってもその幹は異常に太く、直径は数十mはありそうだ。このずんぐりとした形、どこかで…… そうだ、バオバブって木に似ているんだ。
一方でその質感は岩石のようで、根本には洞のような大きな穴がぽっかりと空いている。
「にゃんかでけーしきめー形だにゃ…… にゃあフラーシュ、これ、ほんとーに魔窟なのかにゃ?」
ゼルさんの率直な感想に、フラーシュさんがくすりと笑う。
「うん、結構変わった形だよね。方舟に紛れ込んでた魔窟の胞子が芽吹いて、ここの環境に適応したのがこの姿なんだってさ」
彼女の解説に、みんながへーと言いながら魔巌樹を見上げた。
エルツェトに存在する魔窟は、地脈に向かって地下方向に成長していく。しかし、この方舟は地脈から切り離された巨大な岩塊だ。
なのでここに根付いた魔窟は、最大の魔素供給源である太陽に向かって成長するのだ。
その結果があの歪な樹のような形で、魔窟の本体も太陽に近い頂上付近にあるそうだ。
「因みにここのは比較的小さめの奴で、覆天竜王が居座ってる大魔巌樹は、高さ3イングにもなるんだって。あたしも見たことは無いんだけど……」
3イングっていうと…… 富士山くらいの高さか。とんでもないな。
「3イング…… 覆天竜王が居るという頂上に登るだけでも、相当険しい道のりですね……
でも、あんな痛ましい襲撃が繰り返される事は看過できません……! 止めましょう、私たちの手で……!」
「ロスニア、ちょっと落ち着きなさぁい。この魔巌樹の攻略は、大魔巌樹攻略に備えた練習でしてよ?
生真面目あのはあなたの美徳ですけれど、今から気張っていては本番で疲れてしまいますわよ?」
「キアニィさん…… そうですね。お気遣いありがとうございます」
魔巌樹を前に、至近距離で微笑みあうロスニアさんとキアニィさん。その二人を見ながら、フラーシュさんが僕に耳打ちしてきた。
「--ねぇねぇ、タツヒト氏。あの二人って、結構隙あらばいちゃつくよね……?」
「ですね。ちょっと妬けちゃいますよ」
「フラーシュ、聞こえてましてよ? 大魔巌樹の構造によっては、不意打ちで覆天竜王を討伐できる可能性もありますわぁ。
その時、盗聴や覗き見が得意なあなたの魔法はとても有用ですの。頼りにしてますわよぉ?」
そう言って微笑むキアニィさんに、前科二犯のフラーシュさんは露骨に視線をそらしてしまった。
「うっ…… 否定できないけど、すっごく人聞きが悪いよぉ…… --ほ、ほら、まずは入ってみよ。
あたしも入るのは初めてだけど、聞いた話、エルツェトの魔窟とはだいぶ勝手が違うみたいだよ?」
「ふふっ、了解です。では、隊列は禁書庫の迷宮と同じ、目標はこの魔巌樹の主の討伐です。
初めての魔巌樹攻略…… 慎重かつ大胆に行きましょう!」
「「応!」」
号令と共に、僕らはぽっかりと空いた魔巌樹の洞へと入っていった。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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