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第442話 方舟を覆う影(1)


 最初の風竜ヴェイントス・ドラゴンを仕留めた後も、僕らはひたすら街中を駆け回った。

 時間が経つほどに竜達は雷撃の痺れから回復し、逆にこちら疲労は溜まっていったので、後半はかなり手こずってしまった。

 そして数十体目の竜を片付けた直後、上空で様子を見ていた竜達が街からから撤退を始めた。


「はぁ、はぁ…… 引き上げてくれたか…… よかったぁ……」


「あ、危なかったですね、タツヒトさん…… 僕、もう土塊一つ動かせなそうです……」


 僕とプルーナさんはほぼ魔力切れで、ゼルさんとシャムの消耗も激しい。みんな致命傷はないけど無傷でもない状態だ。

 このタイミングで上空の戦力に攻めて来られたら、かなり不味かったのだ。

 全員で安堵の息を吐きながら空を見上げていると、同じく竜達が引き上げたのを目にした街の人達が喝采を上げ始めた。


「「おぉぉぉぉ!!」」


 更に、近くで僕らの戦いを見ていた住民の方々が駆け寄ってくる。


「君たち『白の狩人』と言ったかい……!? 本当にありがとう! まさかあの忌々しい竜達が逃げ帰るのを見られるなんて!」


「ほんとだぜ! いつもだったら街が殆ど瓦礫になっちまうのになぁ! エルツェトの冒険者ってのは強ぇんだな!」


「ふふん! シャム達にかかれば軽いもんであります! ちょっと疲れたでありますが……」


「ははは、頼もしい只人(ただびと)のお嬢さんだ! --あれ。君の顔…… どこかで見たような……?」


 街の皆さんが僕らを口々に褒め称えてくれる。それは素直に嬉しいけど…… 僕は、今さっき仕留めた竜の方をチラリと見た。

 胸に大穴を空けてぐったりと横たわる竜の下には、ペシャンコになった建物がある。こいつがここに墜落した時に潰れたのだ。

 幸いこの建物は無人だったけれど、墜落に巻き込まれて怪我をしたり、亡くなってしまった方もいる筈だ……

 雷樹フルグル・インバーサムを放ったのは、正しい判断だった筈だ。でも……

 鉛を飲み込んでしまったような気持ちでいると、頭にぽふりとやわかい感触が触れた。

 振り返るとゼルさんだった。彼女は、とても優しい手つきで僕の頭を撫でくれた。


「タツヒト…… 気にすんにゃとはいわにゃーが、きっとおみゃーのおかげで助かった奴の方が多いにゃ。

 だからそんにゃ辛気くせー顔するんじゃにゃいにゃ。おみゃーは、よくやったにゃ……」


「ゼルさん…… ありがとうございます。 --ゼルさんの手、肉球が柔らかくて気持ちいです……」


「にゃはは! なら、もっと撫でてやるにゃ!」


 途端にガシガシと髪をかき乱し始めた彼女から、やめてくださいよーと笑いながら逃げる。うん。戯れあってたらちょっと元気出てきた。


「ふふっ…… さて、襲撃は乗り切りましたけど、まだやることがあります。一旦ヴァイオレット様達と合流してから、街の人達の救助に移りましょう」


「「応!」」






 その後、幸い無事だったヴァイオレット様達と合流した僕らは、すぐに救助活動に移った。

 それも粗方終わった辺りで城から呼び出しを受け、今はレシュトゥ様の私室へと通されて待機している。

 そして一時間ほどが過ぎた頃、扉が開き、疲れた様子のレシュトゥ様が部屋に入ってきた。宰相のラビシュ氏も一緒だ。


「あなた達、待たせてしまったわね……」


「いえ…… あの、勝手な行動をしてしまい、申し訳ありませんでした。街の方々に僕らの存在を知られてしまいました……」


 席を立って頭を下げる僕らに、レシュトゥ様はゆるゆると首を振った。


「謝ることなんてないわ。街の子達の命に比べたら些末な問題よ。ほら、席に座って?

 この国にはもう、あの襲撃に対抗できる手練れは殆ど残っていなかったから、本当に助かったの。ありがとう……」


「そう、ですか……」


 そうなんとか返事しながら席に座り直す。街の戦力が妙に手薄だと思っていたけど、やっぱりそうだったのか……


「あの…… 今回の襲撃の被害状況どの程度だったのでしょう……? 街の皆さんは、いつもより軽く済んだとおっしゃっていましたが……」


 救助中も鎮痛な表情をしていたロスニアさんの問いに、今度はラビシュ氏が答えた。


「まだ集計中ではあるが…… 死者は数百人、怪我人はさらにその数倍。建造物への被害も相当なものだ。

 非常に大きな被害ではある。しかし、通常の襲撃であればこの10倍は覚悟しなければならない程なのだ。

 貴殿らの働きにより、多くの民が救われた形になる。この国の宰相として、感謝を申し上げる。これまでの非礼も詫びよう。許してほしい」


 以前の見下すような態度は鳴りを潜め、ラビシュ氏は深々と(こうべ)を垂れた。その殊勝な様子に戸惑いながらも、僕らは頷き合った。


「謝罪を受け入れます、ラビシュ様。頭をお上げください」


「そうか…… 重ねて感謝する。そしてすまぬが、私はまだ襲撃の後処理の仕事が残っている故、これで失礼する。では、レシュトゥ様……」


「ええ。いつもありがとうね、ラビシュ」


 ラビシュ氏は恭しく礼をすると、足早に部屋を後にした。どうやら彼女は、僕らにお礼と謝罪をするためだけに、忙しい合間を縫ってきてくれたらしい。

 部屋の中に一瞬沈黙が落ちる。数百人が亡くなり、もし僕らがいなかったもっと甚大な被害が出ていた…… この国は今、そんなレベルの脅威にさらされているのだ。

 --もうこの段階まできたら、事情を伺ってもいいだろう。


「レシュトゥ様。フラーシュさんから、この国を覆う影について伺いました。あの竜達は、 そしてそれを率いる竜王とは一体何者なんですか……?」


「ご、ごめん始祖様。喋っちゃった……」


 体を縮こまらせるフラーシュさんに、レシュトゥ様が疲れた表情で微笑む。


「ふふっ、いいのよフラーシュ。外の子達を巻き込みたくなかったけれど、もう隠し通せる状況じゃないもの……

 --今から150年くらい前。エルツェトから竜達の大群を引き連れ、あの邪悪な竜王は突然この国に攻め込んできたの。

 その名は覆天竜王(ヴリトラ)…… 空を覆い尽くすような巨体と、強大な風の力を操る蛇竜…… そして、竜の神獣(ムシュフ・イルフルミ)が身を分けた眷属の一柱よ」


「「……!?」」


 レシュトゥ様の言葉に、僕らは息を呑んだ。竜の神獣(ムシュフ・イルフルミ)の眷属…… それって……!?


「レ、レシュトゥ様…… その覆天竜王(ヴリトラ)とは、もしかして邪神と同等の存在ですの……!?」


 キアニィさんの問いに、レシュトゥ様が深刻な表情で頷いた。


「そう。あなた達が三つの国の総力を上げて討伐した、邪神と呼ばれた蜘蛛の神獣(アラク・イルフルミ)の眷属…… それと同等の存在よ。

 --いえ、きっと竜王の方が力は上ね。年月を経て、神の領域に足を踏み入れているもの……」


 あの邪神よりもさらに格上の相手…… アラク様や猊下があれほど忠告してくれた理由…… それが、今になってようやく分かった気がする。確かに、人の手に負える相手じゃ無いのかもしれない……

 みんなが言葉を失う中、何か考え込んでいた様子のヴァイオレット様が口を開いた。


「--レシュトゥ様。その覆天竜王(ヴリトラ)の目的は何なのでしょう? 何か目的を持ってこの方舟へ攻め込んだのでしょうが、その内容次第では交渉も……」


「交渉、ね…… できたらよかったのだけれど、そもそも向こうの目的が分からないのよ。会話らしい会話もなかったし……

 まぁ、ここは他の神獣の縄張りじゃないし、太陽からの魔素を集める仕組みもあるわ。自分だけの領地として、ここを手に入れる事が目的なのかもしれないわね……」


「なるほど…… それでは、交渉の余地はありませんね……」


「ええ…… --最初に攻め込まれた時、私達も当然迎え撃ったの。でもさっき言ったみたいに、竜王も、その手下の竜達も強大過ぎた……

 その時に、この国の主だった手練れは殆ど死んでしまったし、当時の女王…… フラーシュの母親も、竜王に痛手を与えたけど討たれてしまったの…… 私も、戦いたかったのだけれどね……」


 レシュトゥ様は、そう言ってじっとご自身の両足を見た。もはや動かすことの叶わないであろう両足を。


「む、無茶だよ…… 始祖様、ちょっと強い魔法を使うとすぐに血を吐いちゃうんだもん……

 母様が死んでしまったのは、悔しいし、悲しいけど…… あたしは、今始祖様が生きて、側にいてくれて嬉しいよ……?」


「--ありがとうフラーシュ。あなたが優しい子に育ってくれて嬉しいわ」


「え、えへへ…… そうかな……?」


 レシュトゥ様とフラーシュさんが微笑み合い、少しだけ場の雰囲気が明るくなった。なんだかんだ言って、この二人は強い絆で結ばれているんだ。 --しかし、まだ分からないことがある。


「あの、レシュトゥ様。一つ疑問があるんですが…… 覆天竜王(ヴリトラ)の目的がこの方舟そのものだった場合、なぜ一気にここの人類を攻め滅ぼさないんでしょうか?

 その…… 150年もの間、定期的に襲撃を仕掛けてきている理由が分からなくて……」


「それが私達にも分からないのよ…… ただ、最初の襲撃以降、覆天竜王(ヴリトラ)は姿を現していないの。

 今だに傷を癒しているとも考えにくいから、ただ私達をじわじわと苦しめて、恐怖させて楽しんでいる…… そう考えるのが、一番しっくりくるのよね。業腹だけど……」


「それは……」


 目を伏せる彼女の表情には、長年の間降り積もった深い絶望が現れていた。


お読み頂きありがとうございました!

【日月火木金の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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