第441話 神都防衛戦
階段を上り切ると、そこは城の屋上というか、尖塔の一つの頂上だった。円形の小部屋の壁には、大きな窓が沢山設けてある。
「あ…… ご、ごめんタツヒト氏! ここ、屋上じゃなかったかも……」
「いえ、大丈夫です! 下ろしますよ?」
抱えていたフラーシュさんに降りてもらい、窓から空を見上げる。すると、巨大な風竜の影がいくつも飛んでいた。
視線を下に移してみれば、竜達が風魔法や巨体を使って市街を破壊している最中だった。
一方で、神都側の反撃は芳しく無い。対空放火の魔法の弾幕も薄いし、地表で暴れる竜に兵士の人達は蹴散らされてしまっている。急がないと……!
「タツヒト! いつかの時のような、落雷による広域殲滅を行うつもりか……!? しかしそれでは……」
ヴァイオレット様が少し心配そうな表情で僕に問う。
「ええ、街への被害が大きいでしょう……! なので今回はいつもとやり方を変えます。皆無とはいきませんが、被害は少なくて済むはずです……!
みんなは少しここで待っていて下さい! ちょっとでかいのをかましてきます!」
僕は窓から身を乗り出すと、外壁に指を突き立てながら尖塔の屋根に上がり、雷槍天叢雲を天に掲げた。
「力をお借りします。アラク様、鷲の神獣様……!」
そう祈るように呟いてから槍に意識を集中させると、僕の体から強い放射光が発され始めた。
紫宝級になってから格段に増加した体内の保有魔素。それがさらに神器により増幅され、膨大な量の電子へと変換されていく。
「……! 気付かれたか……!」
「「ギシャァァァァァッ!!」」
すると強烈な魔法の気配を察知したのか、上空を旋回していた数体の竜がこちらに向かって急降下してきた。間に合うか……!?
焦れる心を落ち着けながら変換を続けていく。すると僕の髪がふわりと逆立ち、周囲からジジジジジ…… と言う小さな放電音が聞こえ始めた。
よし、溜まった……! 今、僕を中心としたこの場には、巨大な積乱雲に匹敵する莫大な電荷が満ち満ちている……!
意識を上空に戻すと、数体の竜達が、その表情がわかるほどの距離にまで接近していた。
僕は槍を持つ手に力を込め、励起状態にあった魔法を解放した。
『雷樹!』
バッ…… ガガガガガァァンッ!!
凄まじい轟音と共に僕から立ち昇った極太の雷光は、一瞬で無数の紫電へと枝分かれし、神都の空を侵した竜達を刺し貫いた。
それはまるで雷光の大樹。天から降り来たる落雷ではなく、大地から大空を穿つ逆さまの雷だった。
顕現した大樹はほんの一瞬で消えてしまったけれど、その僅かな間に大量の魔素を消費した僕は、その場にがっくりと膝をついた。
「うっ…… クラクラする。でも、十分な戦果だ……!」
僕に突進をかけていた数体の風竜は、大樹の根元付近で雷光を受けてしまったらしい。
奴らは黒焦げの巨体から煙を上げながら、僕らのいる尖頭の手前に落下していった。さらに上空を旋回していた数十体の竜達も次々に墜落している。
一方で、全体の半数ほどの竜は魔法の範囲外に居たのだけれど、今の魔法を警戒したのか、上空へと退避を始めていた。
その様子に頷いた僕は、尖頭の屋根から最上階へと戻った。ふらつく僕に、すぐにロスニアさんが駆け寄ってくれた。
「タツヒトさん、大丈夫ですか……!? きっと一時的な魔力切れです。ゆっくりしゃがんで呼吸を整えてください」
「はい、ありがとうございます……」
「す、すごい魔力のうねりだった…… 強いとは思ってたけど、タツヒト氏、ちょっと人間辞めてない……?」
素直にしゃがんで呼吸を整え始めた僕を、フラーシュさんが若干引き気味に見下ろす。そんな反応をされると心に来る物がある……
「あはは…… 僕じゃなくて、武器がすごいんですよ。それに撃ち落とした竜の内、半数ほどは仕留めきれなかったみたいです。落下中にちょっと動いてましたから」
「あら、それは止めを刺しに行かないといけませんわねぇ…… よかったですわぁ。てっきり、わたくし達の出番は無いのかと思いましたの」
「ふふっ。たっぷり活躍して頂きますよ、キアニィさん。ふぅ…… よし、大分落ち着きました。
上空に逃げた竜達はひとまず放置でいいでしょう。僕らは、市街に墜落した生き残りを殲滅します!」
「「応!!」」
落下するような勢いで尖塔を駆け下りた僕らは、城の人達の制止を振り切り、二手に分かれて城下町へ向かった。
僕の組は、ゼルさん、シャム、プルーナさんの四人。残りの面子はヴァイオレット様の組だ。
パーティー全体でまとまって動いた方が安全だけど、何せ今回は討伐対象の数が多い。街の被害がこれ以上拡大する前に蹴りをつけないと……!
そうして四人で破壊音の聞こえる方に向かって走っていると、前から冒険者らしき一団が向かってきた。 --タイミングの悪い……!
「んにゃ!? タツヒトどうするにゃ!? ウチら今、フラーシュの魔法がかかってにゃいにゃ!」
「お任せを! なんとかします!」
ゼルさんの懸念通り、彼女達は僕らに気づくとギョッとした様子で足を止め、武器を構えてしまった。
「お、お前達何者だ!? その姿…… 竜王の手先か!?」
リーダーらしき妖精族の戦士が、震えた声で僕らに誰何する。どうやら、竜王というのがあの竜達の親玉らしい。
さておき。やはり彼女達は、初めて見るらしいの別種の亜人、ゼルさんやプルーナさんを味方と認識できないようだ。うーん…… もうしょうがないか。
「違います! 僕らはエルツェトから救援に来た冒険者、『白の狩人』です! 先ほどの雷も僕が放ったものです!」
手をかかげて軽く放電させて見せると、彼女達は目を見開いて武器を下げてくれた。
「エ、エルツェト、だと……!? い、いや…… お前達が何者かは、今はどうでもいい!
味方なら…… あの大魔法を使える手練れなら、この先に落ちた風竜をなんとかしてくれ!
今は兵士連中が抑えてくれてるが、あのままでは全滅だ! 私達は応援を呼びに来たんだが……!」
「分かりました! そっちは任せて下さい! あなた方は怪我人の救助を!」
「りょ、了解だ! 頼んだぞ!」
教えてもらった方向へ走り出すと、彼女達も僕らとすれ違うように走り出した。
「お、教えてしまってよかったでありますか……!? 一般市民には、シャム達の存在は隠蔽する方針だったはずであります!」
「仕方ないよ! この期に及んで、隠れながら助けるなんてできないし! 後でレシュトゥ様あたりになんとかしてもらおう!」
走り去った冒険者達を気にしながら問うシャムに、彼女に背負われたプルーナさんが答えてくれた。
「そういう事です! ……! 居た!」
角を曲がって広場のような場所に出た瞬間、巨大な風竜の姿が目に飛び込んできた。
「ギシャァッ!!」
「「ぐわぁぁぁっ!?」」
そしてその竜の長い尾に薙ぎ払われ、何十人もの兵士が吹き飛ばされていた。
雷撃の痺れがあるようだけど、まだまだ元気いっぱいらしい。僕らは、吹き飛ばされた兵士達と入れ替わるように突貫した。
「シャム、目を! プルーナさん、足場を! 奴の攻撃は僕が受けます! ゼルさんは攻撃を!」
「「応!!」」
風竜はこちらに気づくと、すぐに長大な尾を叩きつけてきた。
僕は後衛二人の前に出ると、その極太の鋼の鞭のような一撃を受けた。
ガァンッ!
盾にした槍越しに、強烈な衝撃が両腕に走る。重い……! でも、十分受けられる!
風竜は、自身の攻撃がちっぽけな人間に止められた事に驚いたのか、ほんのわずかの間硬直した。
「ギャワッ……!?」
その瞬間、シャムの矢が奴の目を貫き、さらにプルーナさんが地面を軟化させたことで巨体が大きく傾ぐ。
結果、奴は無様に転倒し、その長い首を無防備に晒してしまった。
「--にゃっ!!」
ザザンッ!!
そこへゼルさんが一瞬で距離を詰め、烟るような速度で双剣を振るった。
風竜の首は見事に両断され、夥しい血を撒き散らしながら広場に転がった。
「--よし……! お疲れ様でした! 次に行きましょう!」
僕らはぽかんとしている兵士の人達をその場に残し、まだ破壊音のする方向へと走っていった。
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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