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第440話 王女の真実(2)


 昨夜のシャムとプルーナさんの訪問、今朝のフラーシュさんの侵入、そして覆面作家ユシーラフの正体の判明…… とにかく状況は混沌としてた。

 なので一旦落ち着きましょうと言うことになり、今は全員で僕の部屋の応接テーブルを囲んでいる所だ。


「ありがとうございますユシーラフ先生……! 私はこの一冊を、生涯の宝とさせて頂きます!」


 そう言ってヴァイオレット様が高々と掲げたのは、表紙に『淫乱少年侍男(じなん)物語 第十八集 著者 ユシーラフ』と記された一冊の本だ。聖都からこの方舟まで持ち込んでいたらしい。本当に好きなんだな……

 表紙には、やはり僕にちょっと似た半裸の男の子が描かれていて、そこに手書きでユシーラフとサインされている。

 ヴァイオレット様がおずおずとおねだりした所、フラーシュさんが手慣れた様子で記したものだ。練習してたんだろうな、サイン……


「う、うん…… あの、恥ずかしいからもう仕舞ってぇ……」


「あぁ…… ご功績を誇示しない高潔さまで兼ね備えていらっしゃるのですね……! 流石です!」


「あぅぅ……」


 ヴァイオレット様の手離しな称賛に、フラーシュさんが真っ赤なお顔を伏せる。うーん、このままだと話が進まなそう。


「あの、ユシーラフ先生は--」


「待ってタツヒト氏……! お願い、その名前で呼ばないで! こんなの公開処刑だよぉ……」


 僕がフラーシュさんのペンネームを呼んだ途端、彼女は顔を両手で覆ってさめざめと泣き始めてしまった。


「わ、わかりました……! それでえっと、フラーシュさんが例の作者さんだったとして、どうやってエルツェトで本を出版していたんですか?

 しかも読者の手紙も受け取っていたということは、結構頻繁にやり取りを…… あ、もしかしてペトリア猊下が?」


「うん…… ペトリア叔母様に手伝ってもらったの。あ……! 叔母様はこの手の本に全然興味なんだよ? ただ、優しさで手伝ってくれてる感じ……」


「なるほど…… しかし、何故王女であるあなたが、その、成年向けの本を……? それもわざわざエルツェトで……」


 僕の素朴な疑問に、彼女は気まずそうに視線を逸らした。


「そ、それは…… 好きだからとしか…… その、最初はただ、趣味で書いたやつを誰かに読んでもらいたかったの。

 でも、あたしが書いたってバレたくなかったから、絶対辿れないエルツェトで本を出してもらったの。そ、そしたら結構売れてさ…… 嬉しくなって今も続けてる感じ……

 紫の騎士…… ヴァイオレット氏の手紙はいつも楽しみにしてたなぁ…… 本当にあたしの本を好きでいてくれてるのが伝わってきて、続きを書く活力になってたよ。 --ありがとね」


「な、なんと光栄な…… 感無量です! 先生!」


 フラーシュさんの言葉に、ヴァイオレット様は目に涙を溜めながら(こうべ)を垂れた。

 もう結構長い付き合いなのに、彼女のこんな姿は見たことがない。うーん、ちょっと悔しい。


「--あの、おおよそ話は分かったのですが…… 結局フラーシュさんは、なぜタツヒトさんの部屋に忍び込んだんですか……?」


「そうですわぁ。昨晩はシャムとプルーナの大事な夜だったんですのよぉ……? まぁこの子達も、よくわたくし達のを覗いてましたけれどぉ……」


 ほんの少し責めるような様子のロスニアさんとキアニィさんに、フラーシュさんは怯えるように体を縮こまらせた。


「あぅ…… そ、それは…… シャム氏が治ったら、二人がタツヒト氏と、その…… す、するって聞いて…… どうしても、気になっちゃって…… 本当にごめんなさい、タツヒト氏、シャム氏、プルーナ氏」


 すまなそうに上目遣いで謝る彼女に、僕ら三人はちょっと戸惑いながらも許しますと頷いた。

 官能小説家故の取材欲求を抑えられなかったってことかな……? というか、何故彼女がそんな事前情報を…… 僕も知らなかったのに……


「ふーん。フラーシュ、おみゃーも結構にゃんぎにゃ奴にゃんだにゃあ…… あ、忘れてたにゃ。シャムとプルーナは、タツヒトとうまくいったのかにゃ? そっちの方がじゅーよーだにゃ」


 ゼルさんが軽い感じで二人に話を振った。すると、プルーナさんは陶然(とうぜん)と微笑み、シャムは恥ずかしそうに小さく頷いた。

 --こういう時、僕はどう言う顔をしていたらいいのか…… いつも本当に分からない。


「はい…… 長い間降り積もった想いを、やっと遂げることが出来ました。とても素敵で、忘れられない夜でした…」


「シャ、シャムも、その…… 嬉しくて、幸せな時間だったであります……」


「おぉ、そりゃよかったにゃ! よっしゃ! そんじゃ、聖都に帰ったらメームも合わせて八人で--」


 ズズンッ……!


 ゼルさんのヤバめな発言を遮り、破壊音と共に城が大きく揺れた。






「なんだ……!?」


「ひぃっ……!」


 みんなが席を立つ中、フラーシュさんだけが血の気の引いた顔で悲鳴を上げた。

 誰ともなく窓へ走ると、外には目を疑うような光景が広がっていた。

 この神都アルベルティの上空を、百を優に超える風竜(ヴェイントスドラゴン)の群れが覆っていたのだ。


「ば、馬鹿なっ…… 風竜(ヴェイントスドラゴン)の大群だと……!?


「こんなの、聞いたことありませんわぁ……!」


 ヴァイオレット様とキアニィさんも驚愕の声をあげる。

 竜種は、全個体が身体強化と魔法を操る万能型で、長命であり、強靭で強大な肉体と人類以上の知能を持つ。魔物の中でも別格の存在だ。

 そのせいか、(つがい)や子育て中の親子などの例外を除き、奴らは基本的に群れない。最強ゆえに群れを作る必要がないのだ。

 そんな連中がこんな数で集合し、示し合わせたかのように城や城下町を攻撃している。明らかな異常事態だ……!


「なんで…… 次の襲撃はまだ数年は先のはずなのに…… なんで……」


 フラーシュさんが頭を抱えながら震えている。僕は何か知っているらしい彼女の元へ戻ると、その肩に手を置いて尋ねた。


「フラーシュさん! あれが、あの風竜(ヴェイントスドラゴン)達が、この国を襲っている脅威なんですか……!?」


「……! そ、そうだけど、違う…… あいつらは、ただの兵隊…… あいつらを連れてきた、も、もっと恐ろしい奴がいるの…… あたしの母様も、そいつに……!」


 彼女の言葉に、僕らは硬い表情で顔を見合わせた。

 上空から伝わってくる気配からして、風竜(ヴェイントスドラゴン)達の位階は緑鋼級(りょくこうきゅう)から青鏡級(せいきょうきゅう)、そんなのが百体以上だ。

 そして、その凄まじい戦力を操るさらに強大な存在がいる…… 確かにそれは、魔獣大陸をも越える困難なのかもしれない。


 ズズズンッ……!


 再び城が大きく揺れ、窓を覗いていたシャムとプルーナさんがこちらを振り返った。


「タツヒト! 風竜(ヴェイントスドラゴン)達が、本格的に街を襲い始めたようであります!」


「冒険者や兵士の人達が応戦しています! で、でも…… かなり押し込まれてしまっています!」


「わかった! 街の人に見られちゃうけど、緊急事態だ! 僕らも出よう!」


「「応!」」


「……! ま、待って!」


 全員でドアを開けて部屋を出ようとした瞬間、後ろからフラーシュさんに呼び止められた。

 彼女の顔色は相変わらず蒼白で、表情も怯えの色が強い。でも、その目には強い光が宿っていた。


「あ、あたしも行く……! あたしだって、みんなとなら戦える…… お願い!」


「--わかりました! 急ぐので、すみませんが抱えていきます!」


「ひゃっ……!?」


 瞬時に了承した僕は、彼女を抱き抱えて廊下へ飛び出した。後ろからみんなも付いてくる。

 しかしどうしよう。あの数を一体ずつ倒していくのは…… そうだ……!


「フラーシュさん! ここから一番近い屋上へ案内して下さい! 考えがあります!」


「へ……? 屋上……? わ、わかったよ。あっち!」


 フラーシュさんの指し示す方に向かい、僕らは屋上に続く階段を駆け上った。


お読み頂きありがとうございました!

【日月火木金の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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