第437話 復活のシャム
「ロ、ロスニア! はや、早く……! 早く鑑定して欲しいであります!」
「わ、分かりましたから、そんなに引っ張らないで下さい……!」
保管庫の奥の奥から引きずり出した機械人形胴体部品。机に置かれたそれの元へ、シャムがロスニアさんをぐいぐい引っ張ってくる。
全員が固唾を飲んで見守る中で彼女の鑑定魔法が発動すると、カプセルに入った金属骨格標本めいたそれが、数秒ほどぼんやりと発光した。こ、この反応は……!
「使用可能…… 使用可能の反応です! シャムちゃん! おめでとうございます!」
「やっ…… やたー!!」
ロスニアさんの合格判定に、シャムが喜色満面で胴体部品を両手に掲げた。
「よかった…… よかったよぉ、シャムちゃん……!」
プルーナさんが涙声でシャムを抱擁し、喜ぶ二人を他のみんなも感慨深げに見つめている。
正直僕も泣きそうだ。彼女の体が縮んでしまったのは、元はと言えば僕のヘマが原因だった。
世界中を巡り、南極やら魔獣大陸を訪ね、果ては宇宙…… 全ての部品が揃った今、彼女はようやく元の体に戻ることができるんだ……!
「シャム氏…… よかったね……」
フラーシュさんも二人を見て微笑んでくれている。そうだ。あの部品は、彼女が居なければ入手できなかったものだ。
「フラーシュさんがここまで案内してくれたお陰ですよ…… 本当にありがとうございました」
「あ、あたしはそんなに大したことは…… でも、無事に目的のものを回収できたみたいでよかったよ…… えっと、もう上に戻るんだよね?」
「ええ、すぐに戻りましょう。上の方々も心配されている事でしょうし」
それから僕らは、地下20階である現在地から上層へと急いだ。
ちなみに帰り際、地下21階に続く階段も見つけた。正直気になったけど、レシュトゥ様に行くなと言われているし、今はそれどころでは無かったので覗きもしなかった。
警備機械人形達に邪魔されながら、禁書庫のダンジョンを登ること数日。僕らはダンジョンと城の地下とを隔てる隔壁の前に辿り着いた。
そして、やっと戻って来れたとみんなで笑い合いながら隔壁を開けると、軍服の妖精族が一人、僕らの帰りを直立不動で待ってくれたいた。
フラーシュさんの側近、エーミクさんだ。やつれて憔悴した様子の彼女は、僕らの姿を目にしてホッと息を吐いた。
「殿下、シャム様…… よくぞご無事で……! タツヒト殿達も、大事ないようだな……」
「エーミク……!? な、なんか痩せてない……? もしかして、ずっとここに……!?」
その姿に驚愕するフラーシュさんに、エーミクさんはゆるゆると首を振った。
「いえ…… 自分は少し前に来たばかりです。予感がしましたもので…… ともかく、お姿を見て安心いたしました。
早速ですが、始祖神様の元へご案内してもよろしいでしょうか? まずはご無事をお知らせいたしませんと……」
「う、うん…… --あの…… いつもありがとね、エーミク」
「殿下…… 勿体無きお言葉であります…… さぁ、参りましょう」
若干ふらついているエーミクさんに案内され、城の最上階付近の私室へと入ると、レシュトゥ様は
一週間前と同じ笑顔で僕らを迎えてくれた。
「みんなお帰りなさい。よく無事に戻ったわ。フラーシュは役に立ったかしら?」
「ただいま戻りましたレシュトゥ様。勿論です。フラーシュさんのおかげで、目的のものを回収することができました」
「これであります! もうロスニアが使用可能と判定してくれたであります!」
シャムが取り出した機械人形の胴体パーツに、レシュトゥ様は笑みを深くした。
ちなみにエーミクさんは、レシュトゥ様から労いと同時に強制休暇を言い渡され、部屋から出されてしまった。
「そう、よかったわぁ…… フラーシュ。あなたも良い経験になったでしょ?」
「--始祖様。あたし、禁書庫の迷宮について少し言いたいことがあるんだけど……」
「あら、何かしら?」
眼鏡の奥からジト目で睨むフラーシュさんに、レシュトゥ様は最初飄々としていた。
しかし、僕らが禁書庫のダンジョンであったことを話し終える頃には、その表情は少し険しいものに変わっていた。
「魔法型なら即死しかねない危険な罠に、強力な銃火器の配備…… 地下20階には魔物まで……?」
「はい、位階に対して異様に強力な魔物でした。これはシャムの見立てですが、全身を覆う装甲に加え、内部の筋骨格系などにも機械人形と同じ技術で改造が施されていたそうです。
その…… レシュトゥ様からお聞きしていた印象より、かなり危険な場所だったように思えました」
「そーだよ。あたし、始祖様に見放されたのかと思っちゃったもん」
探るような僕とフラーシュさんの視線に、レシュトゥ様は深々と頭を下げてしまわれた。
「みんなごめんなさい。私の確認不足よ。とても危険な目に遭わせてしまったのね……」
「あ…… い、いえ! 僕らは危険を承知で向かったので……!」
「始祖様! い、いいって! あたしもみんなも無事だし!」
「そう…… ありがとう。本当にごめんなさい。私の知っているものより、警備強度がかなり引き上げられていたみたいなの。きっとあの子ね……
--ねえあなたたち。あそこで知った事について、まだまだ言いたい事があると思うわ。でも今は、シャムの体の事について考えましょ?」
レシュトゥ様の言葉に、全員が、特にシャムが強く頷いた。色々気になるけれど、まずは彼女の体が先だ。
「--あの、レシュトゥ様。ペトリア猊下からは、猊下以外にもシャムちゃんの体を元に戻す施術ができる方がいると伺っています。
この国にも高位の聖職者の方はおられるようですが、その方にお願いするのでしょうか……?」
「あらロスニア。それなら、私の目の前にいるわよ?」
おずおずと質問したロスニアさんを、レシュトゥ様がじっと見つめる。あ、そういう事?
「え…… わ、私ですか!? そ、そんな…… 私に猊下ほどの技量は……!」
「でもペトリアからは、あなたならできると聞いているわよ? あの子、治療に関してはお世辞は言わないもの。もっと自信を持ちなさいな。
もちろん私も手伝うわ。この手の施術はちょっと経験があるの」
「猊下が、私を…… --分かりました……! 私が、シャムちゃんを元の体に戻してみせます!」
決然とした表情でそう応えたロスニアさんに、レシュトゥ様は微笑みながら大きく頷いた。
シャムの体を元に戻す施術は、その後すぐに行われる事になった。
場所は城の医療棟の最上階。白を基調とした清潔感のある内装は、地球世界の大きな病院を思わせる造りだ。
僕らは今、廊下に設けられた待合スペースの椅子に座り、固唾を飲んでシャムの施術が終わるのを待ってる。
行ってくるであります! と、彼女が元気に施術室に入ってから、すでに数時間が経過していた。
「--長い、な…… いや、子供の体を大人の体に造り替えようというのだ。容易な施術である訳が無いか……」
施術室の扉を見遣りながら、ヴァイオレット様は自身を落ち着かせるように長く息を吐いた。
「そうですね…… 頭以外の骨格を全部入れ替えて、神経、筋肉、皮膚、それから内臓を大人のものに再構築させる訳ですから…… 今は、三人を信じて待ちましょう」
施術室の中には、ロスニアさんとレシュトゥ様に加え、フラーシュさんも助手として入ってくれている。彼女の光魔法は施術において非常に有用らしい。
その三人が協力し合い、神経をすり減らしながら想像を絶する大手術を行なっている。それも数時間ぶっ続けで…… そんな中で待つしか出来ないのがもどかしい。
この中で一番じっとしているのが苦手であろうゼルさんも、落ち着きなく体を揺らしている。
「にゃー…… 邪神の時を思い出すにゃ。おいキアニィ、にゃんかおもしれー話でもしてくれにゃ。気を紛らわしたいにゃ」
「無茶言わないで下さいまし…… わたくしだって緊張で全くお腹がへらないんですのよ? そんな余裕ありませんわぁ……」
待ち時間が長くなってきて、みんなの表情にも疲れが目立ってきたな…… ん……?
ふと視線を感じて振り向くと、プルーナさんがじっと僕の方を見つめていた。お口が半開きで、心なしか顔が赤い。
「プルーナさん、どうしました……?」
「--へ……? あっ…… な、なんでもないです! あぁ、僕の馬鹿……! こんな時になんて事を……! うぅ〜……!」
バッ、と音がする勢いで顔を逸らした彼女は、今度は頭を抱えて唸り始めてしまった。え…… 本当にどうしたんだろう……?
パシュンッ。
「「……!」」
そんな中突然開いた施術室のスライドドアに、みんなの視線が集中した。
中から現れたのはロスニアさんだった。手術着のような服を着た彼女は、憔悴した顔に笑みを浮かべている。これは……!
「皆さん……! 施術が無事完了しました! こちらへ!」
「「おぉ……!」」
ロスニアさんの後に続き、全員で押し入るように施術室へ入る。
すると中には、疲れた顔に微笑みを浮かべたレシュトゥ様、床に突っ伏しているフラーシュさん。そしてシャムが、一糸纏わぬ姿で手術台に横たわっていた。
「シャム……!」
彼女の元へ走ると、金属の関節から伸びる四肢はすらりと長く、胴体もそれに見合うように大きくなっているのがすぐに分かった。
童女のようだった体が、すっかり大人のものへと成長している…… すごい……! 本当に元通りだ!
「うふふ、流石に疲れたわね…… もうすぐ、目を覚ますはずよ」
レシュトゥ様の声の直後、シャムの瞼が震え、その目がゆっくりと開かれた。
「ん…… あ…… タツヒト…… もう、施術は終わったのでありますか……?」
「うん…… 無事終わったよ。本当によく頑張ったね…… ほら、自分で確かめてごらん。すっかり元通りだよ……!」
僕がそう言うと、シャムはゆっくりと自分の腕を目の前に持っていき、目を見開いた。
「シャムの、腕…… シャムの脚、胴体……! 元に…… 元に戻っているであります!」
彼女は満面の笑みを浮かべて手術台から飛び起きると、僕を力強く抱きしめた。
子供が抱きつくようなものではなく、包み込むような抱擁。その感触の変化に、思わず涙が溢れる。
「あぁ…… 手が、タツヒトの背中の後ろまで届くであります……! みんな…… 本当に、本当にありがとうであります……!
邪神との戦いから、およそ2万1千120時間…… シャムは、ついに元の体を取り戻したであります!!」
彼女の涙に濡れた歓喜の声。それは同時に、数年に及んだ僕らの旅の終わりを告げていた。
復ッ活ッ……!
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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