第435話 石像の悪魔
ロスニアさんが聖職者としての決意を新たにした翌日。僕らはついに、シャムの胴体パーツが保管されているらしい階層、地下20階に到達した。
そして、殺意の高い迷路区画を攻略して辿り着いたのは、この階層では初めてとなる大きな広間だった。
その部屋の中央…… そこには、このダンジョン内においては非常に違和感のある、奇妙なものが鎮座していた。
「あれは…… 石像、ですの……? いかにも怪しいですわねぇ……」
隊列の先頭で、キアニィさんが緊張感を滲ませながらそれを睨む。
彼女の視線の先にあるのは、醜悪な悪魔の石像だった。猛禽の嘴のような口に、筋骨隆々の四肢。背中には蝙蝠の翼が生えた意匠をしている。
両手を床に付いてしゃがんだ状態だというのに、その体高はすでに3m程もある。かなり大きな像だ。
「金属だらけのこの場所だとすごく場違いですね…… どう考えても罠ですけど、向こう側に通路が見えます。これは……」
「ええ。行くしかありませんわねぇ…… みんな、なるべくわたくしが踏ん場所を通って下さいまし。フラーシュ、また光の罠がありましたら教えてくださる?」
「う、うん。わかったよ」
このダンジョンでは、広間のある経路が正解の経路である確率が高い。あからさまに危険でも進むしかないのだ。
僕らは神経を集中させながら広間へ足を踏み入れ、像を大きく迂回するように進んだ。
しかし、像の背後にある通路まで半分の距離を超えても、何も起こらなかった。
あれ、もしかして本当にただのオブジェなのか……? そう油断しかけた時、小さな音が聞こえた。
ピシッ……
「「……!」」
全員が瞬時に像に向き直り臨戦体制に入る。いつの間にか像の表面には、無数の微細なひびが生じていた。そして。
パキキッ…… バキンッ!
石像の表面が弾け飛び、中から流線型の金属装甲に覆われた有翼の悪魔が現れた。
そいつはすぐに僕らへ頭を巡らせると、鋭い咆哮を上げた。
「キュワァァァァッ!!」
目の前の敵から発される威圧感と緑色の放射光。瞬時に、目の前のそいつがそれなりの強敵だと分かった。
「ヴァイオレット様!」
「うむ!」
僕とヴァイオレット様が前に出た瞬間、奴は撓めた四肢を解放し、翔ぶようにこちらへ迫った。
ガガァンッ!
迎え打った僕らの武器が敵を強く打ち据え、その突進を止めた。
けど、なんだ……!? 巨体である事を考慮しても重い一撃…… こいつ、本当に緑鋼級か……!?
「しっ!」
「にゃっ!」
動きの止まった敵の両脇から、キアニィさんの蹴りとゼルさんの双剣が迫る。
ガギィンッ!
しかし、彼女達の攻撃も金属装甲に止められ、あまりダメージが入っていない様子だった。
「ギョワッ!」
すぐに追撃をかけようとした所で、敵はその場から素早く上へ飛び退き、高い天井にへばりついてしまった。
「んにゃぁ……!? にゃんかあいつ、妙に硬くにゃいか!?」
「ああ! 膂力も青鏡級に迫るほどだ!」
「強くて硬くて、そして速い…… 厄介ですわねぇ……!」
前衛のみんなが硬い表情で天井の巨体を睨む。警備機械人形しか出てこなかったダンジョンで、なんでいきなり魔物が……? まずは情報が欲しい。
「シャム! あの魔物、何か分かる!?」
「えっと…… 石像鬼という魔物に近いであります! 石像に擬態する珍しい魔物で、岩のように硬い皮膚と、翼を生かした滑空能力が特徴であります!
で、でもあんな金属装甲を装備しているなんて、冒険者組合が提供する情報には無いであります!」
「石像鬼ね…… ありがと! でも鎧の下まで硬いって、防御固めすぎでしょ……!」
僕の悪態が聞こえたわけじゃ無いだろうけど、天井にぶら下がる石像鬼がニヤリと笑った。
すると、後ろからフラーシュさんの息を呑む声が聞こえてきた。
「あ…… みんな気をつけて! 魔法が来るよ!」
『地よ!』
彼女の声に瞬時に反応したプルーナさんが、僕らの前に金属の防壁を展開し始めた。
それに一瞬遅れて石像鬼の放射光が強まり、その嘴に水球が生成され始めた。水魔法……!?
「伏せて!」
全員がプルーナさんの防壁に身を隠した直後、身の毛もよだつ切断音が響いた。
ジャッ!
防壁が衝撃に震え、弾けた水が上から雨のように降り注ぐ。
恐る恐る顔を出すと、石像鬼が放った切断水流のブレスは、金属の防壁をかなり深くまで穿っていた。
「あっぶな……! プルーナさん、助かりました!」
「はい! フラーシュさんのお陰で間に合いました!」
何とかブレスは防ぐことができたけど、どうしようか……
相手は、異様な膂力と装甲込みの防御力、さらに高い機動力を備え水魔法まで使う。見た目の位階以上の強敵だ。これは一度撤退して作戦を練るというのも……
「キュワァァァァッ!」
しかし、相手はそれを許さなかった。再び石像鬼が叫ぶと、広間につながる通路が二つとも水の壁で塞がれてしまったのだ。
「出入り口が……!? 私達を逃さないつもりですね…… タツヒトさん!」
いつもよりテンションの高いロスニアさんが、決然とした表情で僕を見た。
「ええ! この場で石像鬼を討伐します! 前衛は突貫! 後衛はこの場から援護! 僕は後衛の護衛に付きます! 攻撃、開始!」
「「応!」」
号令の直後、僕や後衛のみんなが放った矢と魔法が石像鬼に殺到する。
しかし、奴は天井を蹴って墜落するようにその場を離れ、僕らの攻撃をやり過ごした。
すぐに奴の落下地点へ前衛の三人が殺到し、三方から攻撃を仕掛ける。
「らぁっ!」
ザガッ!
ヴァイオレット様の斧槍が、石像鬼の鎧を深く穿った。
「ギョワッ……!?」
しかし、鎧の下にあるという硬い皮膚のせいか、致命傷には至っていないようだ。
しかも、奴はヴァイオレット様の力量を感じ取ったのか、すぐに戦い方を変えた。
キアニィさんとゼルさんの攻撃への対応は最小限に、翼を使った三次元的な動きでヴァイオレット様の攻撃を捌き、水流ブレス攻撃する…… そんな動きだ。
高い防御力に加え、立体的かつ変則的で素早い動き…… 奴の前に、前衛も後衛も攻めあぐねる状況となってしまった。
「一手、足りないか……? 僕も前に出たいところだけど……」
僕も前衛に加勢すれば、一気に倒せるかもしれない。けれど、奴があの機動力で後衛を狙った場合、対応が間に合わない可能性がある……
迷いながら前衛組の戦いを見守っていると、前衛のみんながガクンとつんのめった。なんだ……!?
「うにゃっ!?」
「水……!? 迂闊……!」
見れば、広間は奴の撒き散らした水でびしゃびしゃになっていた。
その水が蛇のように前衛三人の足に絡みついたのだ。バランスを崩した三人に、邪悪な笑顔を浮かべた石像鬼の爪が迫る。まずい……!
『風よ!』
ゴォッ!
僕は槍の力で強烈な突風を巻き起こし、前衛の三人を吹き飛ばした。
「ギョワッ……!? --キュワァァァァッ!!」
空振りさせられた石像鬼が、怒りに顔を歪めながらこちらに突進してくる。
その体から発せられる放射光が強まり、嘴にはこれまでよりも大きな水球が生成された。
さっきまでブレスは、本気じゃなかったのか……!? なら、きっと防壁は持たない……!
「え…… タツヒトさん何を!?」
プルーナさんの静止を振り切り、僕は防壁の外へと身を踊らせた。
ジャッ!!
着地と同時に、眼前に鋭利な切れ味を持つ水の奔流が迫る。
僕は半ば無意識に、その水流へ雷槍天叢雲を突き込んだ。
ジュバァァッ!!
「ぐぅっ……!」
異様に頑丈な漆黒の神器が、石像鬼の切断水流をも切り裂いた。
しかし、その威力は吹き散らされても尚強力だった。槍を突き込んだ右腕に、強い衝撃と激痛が走る。
い、痛い……! けど、繋がったぞ……! 水流ブレスを介して、金属装甲に覆われた奴の体内と!
『--雷よ!』
ジジッ……!
僕が生成した大量の電荷が槍の穂先から迸り、水流ブレスを紫電に染める。
--バァァンッ!
体内に落雷を受けたが如く、石像鬼の頭部が爆散した。
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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