第434話 造られた奇跡
10階層の資料庫スペースを出てからも、ダンジョンは侵入者への殺意をどんどん増していった。
警備機械人形に体高さ数mの鉄の巨人のような個体が混じるようになり、即死級の凶悪な罠が増加してきたのだ。
それらを何とか突破していき、二日目の夜となった今、僕らは地下15階の資料庫スペースに到達した。
安全地帯であるそこへ入ると同時に、フラーシュさんがその場にへたり込んだ。
「つ、疲れた…… でも、始祖様が言ってたシャム氏の部品がある階、地下20階までもう少しだ…… ね、タ、タツヒト氏……?」
「で、ですね…… あの、通路に仕掛けられた赤外光の罠、あれにフラーシュさんが気づいてくれて助かりましたよ。
しかも、通路を通っても罠が反応しないよう、何十本もの光の経路を全て曲げるなんて…… 光魔法には詳しくないですけど、相当高度な事なんじゃないですか?」
「え、えへへ…… ま、まぁね。光に関しては任せておいてよ」
フラーシュさんは僕から目をそらしながら笑った。何だか互いにぎこちない感じだけど、どうやら嫌われているわけではないらしい。よかった……
「皆さん体調は大丈夫ですか? あの場でおおよそ解毒できたはずですが、何か体調がおかしかったら言ってくださいね」
ロスニアさんの声に、みんなが大丈夫と返事する。一度毒ガスの罠に引っかかってしまって全滅しそうになったのだ。
キアニィさんが瞬時に毒の種類を看破し、ロスニアさんすぐに神聖魔法で解毒してくれて、僕が槍の力で毒を吹き散らし、何とか突破する事ができた。
「大丈夫ですわぁ。いつも助かりますわぁ、ロスニア」
「うふふ、お役に立てて良かったです」
ごく自然にボディタッチしながら、にこやかに話すロスニアさんとキアニィさん。うん、仲が良くて大変結構。
尊いものを見るような気持ちで二人を眺めていると、隣でフラーシュさんも二人に目を向けていた。
「わぁ…… や、やっぱりあの二人、そうなんだぁ…… どっちなんだろ……? やっぱりキアロス……? んーん、ロスキアっぽいかなぁ?」
なぜか両手を顔の前に持ってきて、指の隙間から二人を覗いている。何か呟いているようだけど、小声すぎて分からない。
「フラーシュさん、二人がどうしたんですか?」
「へ……!? い、いや、何でもないよ!? えっと、ほら、野営の準備しないと!」
「あ、そうですね。じゃあ始めましょうか」
昨日同様、全員で野営の準備をして夕食を摂る。すると少し時間が余ったので、各々装備の整備をすることになった。
「む、もう矢が無いでありますね…… プルーナ、補充をお願いしてもいいでありますか?」
「勿論。あ、ここの床材使うから総金属製になっちゃうけど、いい?」
シャムが自身の複合弓を整備しながら、プルーナさんに矢の補充をお願いしている。
彼女の強弓に耐える矢はあまり市販されていないので、よくプルーナさんが矢を作ってくれているのだ。
普段はその辺の木とか土を超圧縮して生成しているみたいだけど、ここの床材ならめちゃくちゃ強力な矢が出来そうだな。
「ふむ…… あの鉄の巨人、やはりかなり硬い金属が使われていたようだな。紫宝製の刃先が欠けるとは……」
「ウチの双剣もだにゃ。二本もあるからちょっと面倒だにゃ。それに比べてタツヒトはいいよにゃ。手入れの必要がねーんだもんにゃあ」
ヴァイオレット様とゼルさんが、ぼやきながら武器に砥石をかけている。
身体強化の技の一つ、強装でいくら武器を強化しても、硬いものを切れば当然ダメージは蓄積していく。
一方、僕が持つ神器、雷槍天叢雲は、ゼルさんの言うとおり欠けたり曲がったりした事が一度もない。もしかしたら破壊不能オブジェクトなのかも……
「ええ。本当に頼りになりますよ、この槍は…… あ、でもちゃんと手入れはしていますよ。
何せアラク様がその脚の一本から創って下さった槍ですから、アラク様の御御足に触れるようなつもりで、心の中で感謝の言葉を唱えながら、毎回丁寧に丁寧に…… 時間をかけて拭き清めてるんです」
「お、おみゃー…… それはちょっと引くにゃ……」
「え……!? な、何でですか!?」
「ゼル…… あまり人の信仰に踏み込むのは良くないぞ? それが如何に奇異に見えたとしてもだ」
どうやら二人に引かれてしまったようである。なぜ……
ちょっと納得が行かないまま槍の手入れを終えると、他のみんなはまだ作業中だった。
その段階で、ロスニアさんとフラーシュさんが居ない事に気づいた。
ちょっと焦って周囲を見回してみると、二人の姿を資料庫中央のコンソールの所に見つけた。ほっ、よかった。
あれ…… 何か話し込んでるみたいだけど、ロスニアさんは笑顔なのにフラーシュさんは困り顔だ。僕は二人の方へと足を向けた。
「二人とも、どうしたんです?」
「あ、タツヒトさん! 見て下さいこの資料、表紙に聖印が記されています。きっと聖教関連の資料ですよ……!」
ロスニアさんが嬉しそうに指差す画面には、彼女の言うとおり聖教のシンボル、合わせ楔が印字されていた。
やはり古代語で書かれているのでタイトルは読めないけど、これが彼女のテンションの理由らしい。
「へぇ、古代に書かれた聖教の資料ですか…… 何か書いてあるんでしょうね?」
「気になりますよね!? 現在の聖典も、その原典は聖暦より千年以上前に書かれたものなんです。
でもここにあるものは、きっとそれより遥か以前に記されたものの筈です! そんな神代の書物を完璧な状態で読むことができるなんて……! あぁ! 真なる愛を!」
「な、なるほど、確かに聖職者ならば感涙ものの資料ですね。でも、フラーシュさんの表情が優れないようなのですが……」
「え、えっと、そのぉ…… これ、もしかしたらちょっと刺激が強いかもかなー、なんて…… ロスニア氏は、見ない方がいいんじゃないかなぁ……」
非常に言いづらそうにしているフラーシュさんに、僕とロスニアさんは顔を見合わせてしまった。
「翻訳をお願いしているのですが、先ほどからこんな調子なんです…… フラーシュさん、お気遣いは無用です!
何も知らない助祭だった頃ならいざ知らず、今の私はどんな事でも動じません! だから、どうか翻訳をお願いできませんか……?」
「フラーシュさん。ロスニアさんは筋金入りの聖職者です。多少聖教の裏事情を知った所で、その程度で揺らぐ人でないです。僕からも、是非翻訳をお願いしたいのですが……」
僕らの懇願にも、フラーシュさんは暫く迷っていた。しかし、最後は観念するように頷いてくれた。
「わ、わかったよぉ…… じゃあ…… はい、聖国語に変換したよ」
「ありがとうございます!」
喜色満面のロスニアさんと一緒に、僕は画面を覗き込んだ。
「「--え?」」
しかし、僕らは揃って気の抜けた声を上げてしまった。翻訳されたタイトルが、予想とかなり違ったものだったからだ。
『魔導医師の選別と呪文定着を自動化する"洗礼装置"について』
自動化……? 装置……? 僕が戸惑っていると、ロスニアさんが震える指先で資料のページを進め始めた。
そこに書かれていた内容は、専門的な用語や理論が多く、その全てを理解することはできなかった。
しかし、資料にある"洗礼装置"が何なのか、その概要は掴むことができた。
それは高度な集積技術で構築された魔導具であり、その形状は僕らのよく知るものだった。
そう。どんな小さな教会の礼拝堂にも必ず掲げて聖教のシンボル、合わせ楔である。
そしてその機能は大きく二つ。魔導医師とやらに必要な魔導的、精神的適性を判定することが一つ。
そして、基準を満たした対象者の脳内に働きかけ、治癒魔法の魔法陣を定着させることが一つ。
つまり…… 聖教会が行ってる"洗礼"とは…… 僕がそれを理解した瞬間、ロスニアさんがガックリとその場にへたり込んだ。
「ロ、ロスニアさん……!?」
「わっ…… ご、ごめん! やっぱり止めとくべきだったよね……? た、多分これ、本当はもっと深い階層にあるべき資料なんだと思う…… ほんとにごめん……!」
駆け寄り声を掛ける僕とフラーシュさんに気付いた様子もなく、ロスニアさんは目を見開き、その体を小さく振るわせている。
「そ、そんな…… で、でも確かに、教会の礼拝堂に掲げる聖印は、聖都の大聖堂で聖別されたものしか使えない決まりになっていて……
で、では洗礼の奇跡とは…… 聖職者は神のご意志で選ばれるのではなく…… 神の慈悲たる神聖魔法を授かるのも、魔導具の力だったと……!?」
「「……!」」
尋常では無い様子のロスニアさんに、僕とフラーシュさんは言葉もなく見守るしか無かった。
暫くして、僕が他のみんなに助けを求めようかと考え始めた頃、ロスニアさんは突然すっと立ち上がった。
その表情は決然としたものだけど、両手は強く握られ、わずかに震えている。
「--フラーシュさん、ありがとうございました。貴重な学びの機会を与えて頂き、感謝します」
「へ……? う、うん…… その、ロスニア氏…… 大丈夫、なの……?」
「ええ……! 確かに衝撃的な内容でしたけど、私がやる事は変わりません。人を助ける、人を癒す。それだけです。
聖教…… ペトリア猊下が、この事実をひた隠しにしていた理由も理解できます。これは、多くの人が考えるような奇跡ではありませんから……
でも、たとえ魔導具によるものだとしても、その根底に創造神様の慈悲が、聖教の理念あるのは確かです。ですから-- わっ……!?」
気づくと僕は、ロスニアさんを抱擁していた。震えながら毅然と立つ彼女に、居ても立っても居られなくなったのだ。
「すみません。ちょっと、ロスニアさんが格好良すぎたので……」
「--うふふ、ありがとうございます。でも、タツヒトさん達が側に居てくれるから、私も格好付けていられるんですよ……?」
ロスニアさんは、優しい声と共に僕を抱き返してくれた。その手の震えはもう止まっていた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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