第430話 禁書庫のダンジョン(1)
魔物との戦闘訓練には数日を要した。フラーシュさんの勘を取り戻し、彼女の体力を考慮した連携にみんなが慣れるまで、そのくらい掛かってしまったのである。
しかしその甲斐あって、単純に強力な後衛が一人増強された事で、僕らの戦力は一段引き上げられた。これなら、噂の地下ダンジョンに潜っても大丈夫だろう。
そういう訳でレシュトゥ様に許可をもらいに行ったのだけれど、そこで一悶着あった。
「恐れながら始祖神様、どうか御再考を……! そのような危険な場所に、シャム様だけでなくフラーシュ王女殿下までお送りするなど……! それも、この得体の知れない連中と共に……!?
この国の政を預かる宰相として、看過できませぬ……!」
場所はレシュトゥ様の私室。にこやかに車椅子に座るレシュトゥ様に対し、宰相のラビシュ氏は丁寧かつ断固とした態度で訴えかけている。
僕らがレシュトゥ様を訪ねた際、タイミング悪く彼女も来ていたのだ。
連れ立った僕らを見た彼女は、レシュトゥ様に問いただし、これから僕らがフラーシュさんとダンジョン攻略する事を知ってしまったというわけだ。
彼女の立場からしたらそりゃそうなんだろうけど、あんまりな言われように苦笑いしてしまう。
「あらあら、困ったわねぇ。フラーシュ、あなたはどう思う? あなたが行けないなら、元のお仕置きを受けてもらう事になるのだけれど……」
「え……!? ラ、ラビシュ。これ、凄く大事な仕事だから、絶対にやらなきゃいけないの……!
それに、みんな強いし、いい人だから、大丈夫だと思うよ……?」
レシュトゥ様にやんわりと脅され、フラーシュさんが決意に満ちた表情を作ってラビシュ氏に訴える。
元のお仕置きって、確か反省房に一ヶ月とかだったっけ? 相当厳しいお仕置きなんだな……
「くっ…… エーミク近衛武官! 殿下の側近たるお前はそれで良いのか!?」
ラビシュ氏は今度はエーミクさんに矛先を向けた。見送りのため、彼女も僕らに同行してくれていたのだ。
「--自分としても完全に納得した訳ではなく、情けなく感じております。しかし、彼女達の方が自分より護衛として優れている事は事実です。
そして、彼女達と過ごしたこの数日間、殿下は非常に楽しそうにしておいででした。自分は、彼女達は信用に足る人物であると考えます」
「へ……? えー…… そ、そうかなー……? いつも通りだったと思うけど……」
悩ましげな表情でそう語るエーミクさんに、フラーシュさんは僕らを気にしながら顔を赤らめている。この人のこういう所、ちょっと可愛いよね。
「ぬぐっ……! わ、分かりませぬ…… 殿下はこの国に残された最後の希望なのですよ……!? いくらシャム様の為とはいえ、なぜこのような危険を冒して……!?」
「ごめんなさいね、ラビシュ。宰相としてのあなたの懸念はよくわかるわ。でもこれは…… そう、家族の問題なの。
本当は私が禁書庫の奥までシャム達を案内したいのだけれど、こんな体でしょ? フラーシュにお願いするしかないのよ」
「か、家族…… 神々のご事情、という事ですか…… --承知いたしました。出過ぎた事を申しました。処分は、如何様にでも……」
「うふふ。この国を思うあなたを処分なんて、する訳ないでしょ? いつもありがとう、ラビシュ。今日はもう下がっていいわよ」
「は。失礼致します……」
レシュトゥ様に促され、ラビシュ氏は肩を落として部屋から出ていった。その場に暫し沈黙が落ちる。
分かっていたつもりだったけど、一国の王女と一緒に命の危険がある場所に向かうのだから、僕らの責任はとても重い。
しかも、どうやらこの国に残っている王族は、今ここに居るお二方のみらしい。本当に気を引き締めていかないと……
「--さて。あなた達、準備はできたということよね?」
「はい。十分連携を取れる域に達したと思います。よければ、これから禁書庫の奥に向かわせて頂きたいのですが……」
僕の言葉に、レシュトゥ様はじっとフラーシュさんを見つめた。フラーシュさんは、それに小さく、しかしはっきりと頷いた。
「--うふふ、大丈夫みたいね。なら分かったわ。気をつけていってらっしゃい。
あぁそれと、シャムの部品を回収したら直ぐに戻って来なさい。決して、その奥に進んでは駄目よ?」
「え…… は、はい、勿論です。承知しました」
笑顔であっさりと許可を下さったレシュトゥ様の元を後にし、僕らは城の最上階付近から、一気に最下層まで降りた。
人気もなく、薄暗い地下室の壁にあったのは、西洋の城に似つかわしくない金属の大きな隔壁だった。
「フラーシュさん、ここが……?」
「うん、これが禁書庫の扉だよ。なんか物々しいよね…… で、ここを開けるには……」
フラーシュさんはとことこと隔壁の脇に歩み寄ると、壁に据え付けられた何かの読み取り装置のようなものに手のひらを置いた。すると……
--ガシュンッ……! ガァァァァ……
大きな作動音を上げながら、分厚い隔壁が開かれてく。世界中に点在していた銀色の古代遺跡の入り口に似ているけれど、規模感が段違いだ。
「「おぉ……!」」
「ふふん」
感嘆の声を上げた僕らを見て、フラーシュさんもちょっとドヤ顔になる。
「では殿下、シャム様、お気を付けて…… タツヒト殿達も、殿下をしっかりお守りしてくれ」
「うん。多分一週間くらいはかかるから、エーミクもその間ゆっくりしてて」
「行ってくるであります!」
「お任せください。殿下は、必ず無事にお戻しします」
深々と頭を下げるエーミクに見送られ、僕らは禁書庫に足を踏み入れた。
ガコォン……
禁書庫に入った僕らの背後で隔壁が閉じた。
目の前に広がる大きな空間は、名前から想像していたようなものではなく、古代遺跡然とした高度な文明を感じさせる場所だった。
天井にはLED照明のようなものが配備され、壁や床はのっぺりとした金属質だ。
そして、広大な空間の両脇には石碑のようなものがいくつも整然と並び、中央にはコンソールのようなものがおいてある。まるで大規模なサーバールームのような雰囲気だ。
「ここが禁書庫…… 図書館みたいなものを想像してたけど、シャムちゃんの部品があった古代遺跡みたいな場所なんだね」
「そうでありますね。本も見当たらないであります。もっと下にあるでありますか?」
僕と同じような感想を持ったのか、プルーナさんとシャムが辺りをキョロキョロと見回す。
「普通の図書館とは違うよね。でも、ちゃんと本はあるんだよ? ほら、こっち」
部屋の中央へ向かうフラーシュさんに全員で付いて行く。
そして彼女がコンソールを操作すると、画面には数え切れないほどの書影が浮かんだ。
古代文字なので判読できないけれど、料理とか娯楽小説とかの当たり障りの無いものに見える。
「なるほど…… ここは紙の書籍じゃなくて、その情報が保存されている場所なんですね」
「そ、そうだけど…… よく分かったね……? あ、そうか。タツヒト氏って、別の世界から来たんだっけ?」
少し驚いた様子だったフラーシュさんの顔に、理解の色が浮かぶ。そう言えばその辺りも盗み聞きされてたんだった。
「はい。僕らの世界でも、物理的な本は徐々に情報としての本に置き換わっていました」
「むぅ…… あの紙を捲る感覚も、読書においては素晴らしいものだと思うが……」
「ふふっ。ヴァイオレット氏、分かってるね。 --あー、前言ってた感じの本だけど、ここから五階下の階層にあった気がするよ……?
あそこはまだ警備の機械人形も出てこないし、ちょっと試し読みするくらいなら大丈夫、かも……」
「なんと……!? 感謝する、フラーシュ殿! みんな、時間の節約のため、敵が出てこない場所までは一気に降るというのはどうだろうか……!?」
そわそわと次の階層への階段を指差すヴァイオレット様に、僕らは苦笑気味に頷いた。
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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