第428話 神の国の風景(1)
最後だけ少し不穏になってしまった昼食会の翌朝。僕ら『白の狩人』とフラーシュさんは、王城の裏門からこっそりと出ると、連れ立って城下町に向かって歩き始めた。今日はみんなでお出かけの日なのだ。
「それじゃあフラーシュさん。すみませんが、案内をよろしくお願いします」
「う、うん…… あんまし城下町で遊べる所知らないけど、頑張ってみる……」
僕の言葉に、フラーシュさんは帽子を目深に被り直しながら囁くように応えた。
城下町の人々は、当然王女である彼女の顔をご存知なので、今彼女はお忍びコーデを着用している。
大きな三角帽子とローブを着た姿は、普通の魔法使いにしか見えない。シャムの方も大きめの帽子を被り、その顔の大半を隠している状態だ。
なぜこの組み合わせで城下町に遊びに出ているのか。これにはちょっとした経緯がある。
始祖神レシュトゥ様は、僕らの実力なら問題無く地下ダンジョンを攻略できると言ってくれた。しかし、案内役であるフラーシュさんと一緒の状態で、問題なく戦闘をこなせるかは未知数だった。
なので、まずはこの面子で一緒に遊び、魔物とも軽く戦って連携と交流を深めておくようにと、レシュトゥ様からのお達しがあったのだ。
何というか、引っ込み思案な孫の世話を焼くおばあちゃんムーブな気もするけど、一理ある話だ。
フラーシュさんを警護対象として扱い、戦闘に参加させない方法もあるのだけれど、それはレシュトゥ様が許さなかった。
それを告げられた時、フラーシュさんはまた涙目になっていた。
「はぁ、緊張するなぁ…… どこ行けばいいかなぁ……」
城の敷地と城下町とを隔てる巨大な正門。そこへ向かって歩きながら、フラーシュさんが小声で呟く。
人見知りらしい彼女が、昨日会ったばかりの僕らと一緒にお出かけするのは結構苦痛なのかも……
「あの、せめて今日だけでもエーミクさんに同行して貰えるよう、レシュトゥ様にお願いしてみましょうか……?」
「え、いやぁ、それは大丈夫…… エーミクも、今は顔を合わせづらいだろうし……」
「そ、そうですか……」
フラーシュさんの言葉に、僕はちょっと気まずくなって顔を背けてしまった。
エーミクさんはフラーシュさんの側近兼護衛である。フラーシュさんが自身を伴わずに僕らと外出したり戦闘訓練する事に、当然難色を示した。
そこからなぜか僕とエーミクさんとで組み手する流れとなり、位階の差にものを言わせた僕が勝利した。
エーミクさんは渋々引き下がってくれたのだけれど…… 僕が彼女の立場だったら絶対納得できないよなぁ。雇い主であるフラーシュさんにも申し訳が立たないだろうし……
ちょっと気まずい話題に会話が途切れ、黙々と歩く内に僕らは正門を抜けた。すると……
「おぉ…… 城からも見えてましたけど、圧倒されてしまうような街並みですね」
眼下に広がるのは、美しくも巨大な城下町だった。この街は王城付近を頂上とした丘の上に造られているので、ここから都市の全景を見下ろす事ができるのだ。
聖都と似た中世の街並みは、建物や道の舗装に均質な純白の建材が使われていて、通りにはゴミ一つ落ちていない。とても綺麗で清潔な印象だ。
「うむ、王都の数倍はありそうな規模感だ。それに聞いていた通り、亜人は妖精族しか居ないのだな……
これは確かに、フラーシュ殿の魔法が無ければ騒ぎになっていただろう」
ヴァイオレット様が、通りを行き交う妖精族人々と自身とを見比べながら言う。
僕の隣に立つ彼女の今の姿は、見慣れた馬人族の姿では無い。なんと、紫髪の妖精族に大変身しているのだ。
妖精族にしては胸部が豊かすぎるので、先ほどから道を行く人たちが彼女を二度見していくのが面白い。
今、僕とシャム以外は、全員が妖精族の姿になっているのだ。フラーシュさんの光魔法による高度な偽装なのだけど、すっごく新鮮。
わざわざこんな偽装を施しているのには理由がある。
現在このネメクエレク神国に住んでいるのは、始祖神であるレシュトゥ様を慕ってこの地に残った妖精族と、その家族である只人達の末裔らしい。
なので、この地にはヴァイオレット様達以外に他の亜人種が存在しない。
加えて、長い年月により人々は古代の高度な技術を忘れ去り、一般の国民の方々はエルツェトと大差ない文化水準で暮らしている。
さらに、この国とエルツェトとは完全に断交している事になっているそうなので、ここの人達には僕らの存在は刺激が強すぎるという訳なのだ。
なぜこの国がこんな状況になっているのか。レシュトゥ様は詳しく教えてくれなかったのだけれど、創造神様の思し召しというやつらしい。
--樹環国での事といい、創造神様は、人々が古代文明水準の技術力を再び手にいれる事を嫌っているらしい……
「ふ、触れられたらバレちゃうから気をつけてね、ヴァイオレット氏…… ロスニア氏とプルーナ氏も……」
「はい、気をつけますね。しかし不思議な感覚です…… 確かに尻尾の感覚があるのに、目に映るのは只人の人のような二本足…… 頭が混乱してしまいそうな感じが面白いですね」
「僕も、脚の本数が四分の一になって変な感じです…… でもこれ、本当に凄い技術ですよ、フラーシュさん。
僕らの動きに寸分違わず偽装が追従しますし、歩き方だって違うのに見た目に不自然さが無いです……!」
「そ、そうかな……? え、えへへ……」
小柄な妖精族姿のプルーナさんに褒められ、フラーシュさんがもじもじと手を擦り合わせる。
長いお耳が先まで真っ赤だ。超年上の人に失礼かもだけど、ちょっと可愛い。
「むぅ…… シャムも変身してみたかったであります!」
「ご、ごめんねシャム氏。この魔法、結構頭使うから五人が限界なんだ…… ところでみんな、どこか行ってみたい所ある……?
あたし、さっきからずっと考えてるんだけど、どこに案内したらいいのか分からなくて……」
「あら、それなら簡単でしてよ。新しい街に来てまずやること…… 食べ歩きに決まっていますわぁ」
「あ、キアニィさんに賛成です。フラーシュさん、食べ物屋さんが集まってる所って--」
それから僕らは、フラーシュさんの案内で城下町を気ままに散策した。
食べ物屋さんは全て手頃な価格で美味しく、街はどこも綺麗で見応えがあった。
冒険者らしく武具や魔導具のお店を回ったりもしたけど、装備品の品質も軒並み高い。
さらに住民の方々も洗練されていて文句無し。と言いたかったのだけれど…… 街を行き交う人々の表情が、どこか暗く沈んでいるように見えたのだ。
その事についてフラーシュさんに聞いてみると、これはあたし達の問題だからと、口を閉ざしてしまった。
レシュトゥ様も同じような事を仰っていたけれど、どうやら僕ら部外者では立ち入れない話らしい。
一方で、夕方頃まで一緒に過ごした事で、フラーシュさんは少し僕らと打ち解けてくれたようだった。
今はみんなで一緒に広場のベンチに座り、観光名所だという立派な噴水をまったりと眺めている所だ。
「--そう言えばフラーシュさんは、どうして僕らとレシュトゥ様の話を隠れて聞いていたんですか?
あ、責めているのではなくて、なぜそこまでして聞きたかったんだろうと不思議に思いまして」
ふと思い立って聞いてみると、フラーシュさんは微妙な表情で僕の方を振り向いた。
「うっ…… 嫌な事蒸し返すね、タツヒト氏…… えっと、昨日もちょっと話したかもだけど、わたし、禁書庫にある本をよく読みに行くの。
そこでエルツェトに関して知って、たまに来るペトリア叔母様からも話を聞くうちに、凄く興味が湧いたの。いつかあたしも、この国じゃ無い場所、エルツェトに行ってみたいって……!
だから、始祖様とペトリア叔母様の話を偶然聞いて、エルツェトから冒険者の人達が来るって知った時、いても立っても居られなくなって……
みんなの冒険譚、凄く面白かったよ……! --あ、で、でも、その分大変な思いも沢山したんだよね……?」
「なるほど、それで…… 確かに苦労はしましたけど、今では全部いい思いですよ。
シャムの部品回収が済んだら、良ければまたお話しさせていただきますよ。あの場ではとても全ては話せなかったですし」
「ほ、ほんと……!? ちょっとやる気出てきた……!」
ふんす、と小さく拳を握るフラーシュ様。モチベーションを上げてくれたようで良かった。
「古代文明の書籍か…… 禁書庫に向かうのが少し楽しみだな」
「ヴァイオレット。おみゃーがいっつも読んでるエロ本みたいなやつは、流石ににゃいんじゃ--」
「ゼ、ゼル! 止めてくれ! 今日はフラーシュ殿も居るんだぞ!?」
「もがが……!」
神速の手捌きでゼルさんの口を塞いだヴァイオレット様に、フラーシュさんがおずおずと口を開く。
「えっと…… ヴァイオレット氏は、そういう本が好きなの……?」
「うぐっ…… --う、うむ。その、嗜む程度には……」
「そ、そう…… あたしは、その、詳しくないけど…… 禁書庫には、そういう本も収められてるみたいだよ……?」
「なん、だと……!? 素晴らしい…… では私はこれから、古の芸術作品に触れることができるのか……! フラーシュ殿、感謝する! 私も俄然やる気が漲ってきたよ!」
「え、あ、うん。よ、良かったね……?」
急激にテンションをぶち上げたヴァイオレット様に、フラシューさんがちょっと引き気味に笑う。
ま、まぁ、何をモチベーションにするかは人それぞれだよね……
金曜分です。遅くなりましたm(_ _)m
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】