第426話 覗き見王女
「また盗み聞きして…… いけない子ね」
レシュトゥ様が呆れ気味に笑って後ろを振り返る。その視線の先には、ドアに向かって逃げようとしていた、人型の風景の歪みのようなものがあった。
その人影は徐々に透明度を失っていき、ついに一人の妖精族の姿がくっきりと現れた。
彼女はまるで透明な巨人に摘み上げられたかのように宙に浮いていて、手足をばたつかせている。
「ごめんなさい始祖様……! お、おろしてぇ……」
この人もか…… レシュトゥ様ほどでは無いけれど、他の妖精族の人達に比べてシャムの面影が濃い。
髪は輝くような金色の長髪、額にはレシュトゥ様と色違いの白い宝玉のようなものが埋め込まれている。
分厚いメガネ越しに涙目になっているのが見える。成人してるようだけど、ちょっと子供っぽい人なのかも。
「全く。あなたもう300歳になるでしょうに、いつまで経っても落ち着きがないんだから……」
「に、280……! 280歳だよ、始祖様! あたしはまだ200代!」
「ほとんど一緒じゃない…… 今降ろすから、しゃんと立ちなさない」
「あわわっ……! --ふぅ……」
レシュトゥ様が再び手を振ると、280歳らしい眼鏡の彼女はゆっくりと床に着地した。
その立ち姿を見て、彼女が実はほっそりとした長身のモデル体型であることに気づいた。
一方で、強めの猫背とどこか怯えたように落ち着かない視線…… あんまり陽キャって感じでは無さそうだ。
いや、それは良いとして、今彼女達が事もなげに使った今の魔法……
「魔導具も見当たらない…… タ、タツヒトさん…… 今のって多分、無詠唱の光魔法と闇魔法ですよね……!?」
「プルーナさんも気づいた? 魔導大学の教授陣が見たらひっくり返りそうだね……」
目を見開くプルーナさんに僕も頷く。魔法型の人間は誰しも、火、風、水、土のどれかを得意属性として持っている。
自分の属性の魔法は、複雑なものでなければ詠唱や魔導具無しで発動可能だ。僕も火魔法と、その派生である雷魔法は無詠唱で扱える。
それで、具象魔法と呼ばれるこの四つの他に、抽象魔法と呼ばれるものも存在する。先ほどレシュトゥ様が使った重力を操る闇魔法や、眼鏡の彼女が使った光魔法などがそれだ。
ただ、抽象魔法は物質ではなく力そのものを扱うようなものであり、人類には直感的に使う事ができない。
なので、それらを得意属性として持つ人間は存在しないというのが、現在の通説なのだけれど……
「さて、紹介するわ。この子はフラーシュ。私の…… あら、何世代下だったかしら……? まぁ、とにかくすごく遠い孫よ。
ほらフラーシュ、挨拶なさい。あと、他にも言うべきことがあるでしょう?」
「う、うん…… ども、フラーシュだよ。ぬ、盗み聞きしてしまってごめんなさい……」
レシュトゥ様に促され、フラーシュ様はぺこりと僕らに頭を下げた。悪い人では無いらしい。
「は、はい。謝罪を受け入れます。お目に掛かれて光栄です、フラーシュ様。すでにお聞きかと思いますが、私はタツヒトと申します」
僕に続きみんなもフラーシュ様に挨拶していく。で、最後にヴァイオレット様の番になったのだけれど、彼女は何か考え込むような様子で黙り込んでしまっていた。どうしたんだろう……?
「あの、ヴァイオレット様……?」
「ん……? あ、あぁ、申し訳ございませんフラーシュ様。私はヴァイオレットと申します。お見知り置きを」
「う、うん。みんな、よろしく…… でも、様はいらないよ……」
「え……? それは、その……」
やはり僕らと目を合わせずにそんな事を言うフラーシュ様。そうは言っても、王族の、それも超年上の人を呼び捨てにする訳には……
弱ってレシュトゥ様を見ると、彼女も困ったような笑みを浮かべていた。
「ごめんなさいね。この子、立場で言えばこのネメクエレク神国の王女なのに、なんだか偉い人として扱われるのが苦手みたいなの。
この子が頷いてさえくれれば、私も女王の椅子から退くことができるのだけれど……」
「い、嫌だ……! あたし絶対向いてないもん…… 女王には絶対にならない……!」
「またそんな事言って…… はぁ、ペトリアにも説得を手伝ってもらおうかしら」
「ぺ、ペトリア叔母様を味方につけるのはずるい……!」
目の前で繰り広げられるおばあちゃんと孫との攻防戦。さっきまでシリアスな雰囲気だったのに、急にアットホームな感じがしてきたな。
「まぁ、それは今はいいわ。あなたにはまず罰を与えないと。あれほど大切な秘密を盗み聞きしたんだから、温情込みで反省房に一ヶ月といったところかしらね」
「い、一ヶ月……!? や、やだ。許して……! あんな所に一ヶ月も居たら、気が狂っちゃうよぉ……!」
軽い感じで言い放ったレシュトゥ様に、フラーシュ様が涙目で縋り付く。よほど反省房とやらが嫌らしい。ちょっと可哀想だな……
「あの、レシュトゥ様。僕らは気にしませんので……」
「あら、優しいのね。でも甘やかしてはダメよ。 --そうね…… 反省房が嫌なら、ちょっとしたお使い何てどうかしら?」
「そ、それ! お使い! お使いの方がいい! --あれ……? も、もしかしてそのお使いって……」
「うふふ、それじゃあ決まりね。タツヒト君。シャムの部品の保管場所…… この城の地下にある禁書庫の奥へは、この子が案内してくれるわ」
「え、本当ですか……!? よろしくお願いします、フラーシュさん!」
「ありがとうであります! フラーシュ!」
レシュトゥ様の言葉に、僕とシャムを始めとしたみんなが喜色満面の顔をフラーシュさんに向ける。が、ご本人は顔を青ざめさせてしまっていた。
「む、無理無理無理! 絶対無理だよ! 始祖様、あたしを殺す気なの……!?」
「こら、そんなわけ無いでしょう? 安心なさい。あなたも聞いてたでしょうけど、この子達はとっても強いの。タツヒト君とヴァイオレット何て、若いのにもう紫宝級なのよ?
シャムの部品が保管されている所までだったら、問題なく行って帰って来られるはずよ」
「あ…… そ、そっか…… うぅ〜…… わかったよ、案内するよぉ…… はぁ……」
フラーシュさんは、ガックリと肩を落としながらも頷いてくれた。
「な、なんだかすみません…… その禁書庫の奥がどんな場所なのか分かりませんが、フラーシュさんは僕らがしっかり守りますので」
「……! う、うん。よろしく……」
フラーシュさんは、僕の言葉に消え入るような声で呟き返すと、また目を逸らしてしまった。
やはり人見知りなんだろうか? この方と打ち解けるには結構時間がかかるのかも。
「うふふ、話はまとまったわね。さて、もういい時間だからお昼にしましょう。人って、一緒にご飯を食べるとすごく仲良くなれるのよ?」
イタズラっぽく僕らにウィンクするレシュトゥさん。そこだけ見ると、優しげでお茶目なおばあちゃんだ。
しかし、フラーシュさんの侵入からここまでの流れ…… 全てレシュトゥさんの手のひらの上だった気がする。
味方に居てくれるとすごく心強いけれど、これだから長命種の方々は怖いんだよなぁ……
本話は、昨日休んでしまった火曜分となりますm(_ _)m
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】