第425話 妖精族の始祖神(2)
「私達すべての故郷、ですか……?」
話のスケールの大きさに思わず復唱すると、ロスニアさんは無上の喜びを湛えた表情でこちらを振り返った。
「はい! 聖典によれば、今地上にある全ての生きとし生けるものは、この方舟によって救われた生き物達の末裔なんです!
そんな場所に来ることができたなんて…… あぁ、猊下。感謝いたします!」
「な、なるほど…… ロスニアさんのような聖職者の方が感激するのも納得です。あの星…… エルツェトに住む人々全てに取って、ここは聖地なんですね」
「うふふ、そうとも言えるわね。でもタツヒト君。あなたに取っては違うのでしょう?」
レシュトゥ様がさらりとそんな事を言う。どうやら猊下から、僕が異世界転移してきたらしい事もお聞きのようだ。僕は彼女に向き直り佇まいを正した。
「はい、そうなりますね…… レシュトゥ様。質問にお答え頂きありがとうございました。とても衝撃的なお話でしたが、この場所の重要性がよくわかりました。
他にも色々と気になる事はあるのですが…… 僕らに取って一番重要なのは、先程のお話にあった『古代の知識』についてです。
どうかお教え下さい。ここにはシャムの--」
キィ……
「「……!」」
台詞の途中で小さくドアの開く音が聞こえ、僕も含めたみんなが体を硬くする。
この部屋には扉が二箇所ある。一つは僕らの後ろで、もう一つはレシュトゥ様の背後だ。
音はレシュトゥ様の後ろから聞こえた。だというのに扉は動いておらず、部屋の中には新たにもう一つ気配が生まれている……
警戒した様子のキアニィさんが、少し椅子から腰を浮かせて囁く。
「--タツヒト君」
「ええ、分かっています…… レシュトゥ様--」
すぐにレシュトゥ様に伝えようとしたところで、先に彼女の方に動きがあった。
目線だけで背後をチラリと見た後、僕らに微笑みながら口元に人差し指を当てて見せたのだ。
黙っていろってことか……? 彼女の雰囲気からして危険は無いみたいだけど、一体……?
「所でタツヒト君。あなたはこの世界に来てから、ここにいる彼女達と出会い、エルツェト中を旅したと聞いているわ。
私は方舟が離陸して以来ずっとここにいるから、是非ともあなた達の物語を聞かせて欲しいの。できればその最初から。駄目かしら……?」
小首を傾げながら微笑むレシュトゥ様。正直シャムの事や侵入者の事が気がかりだけど、おばあちゃんにそんな風にお願いされてしまったら断れない。
「は、はい。承知しました。最初からと言うと、どこから話しましょうか…… では、僕がこの世界に来た時の話から--」
「--それで、何とか魔獣大陸から聖都に帰ってきたのが一週間ほど前です。ざっとお話しすると、こんな所でしょうか」
なるべく駆け足で話したのだけれど、話し終える頃には数時間が経過していた。何せ濃密な数年間だったもので……
「はい、ありがとう…… ペトリアから大まかな事は聞いていたけれど、やっぱり直接話してもらった方が情景が浮かぶわぁ。
あなた達は、たった数年間とは思えない程の激動の日々を生きてきたのね。よく頑張りました……」
僕らの話に終始楽しげに耳を傾けておられたレシュトゥ様は、最後に慈愛の笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
アラク様の時もそうだったけれど、こう、子供のように褒められてしまうと、嬉しさと同時に気恥ずかしさが襲ってくる。
「えっと、ありがとうございます…… あの、レシュトゥ様とペトリア猊下は、どのようなご関係なのでしょうか? お話を伺うと、お二人はとても親しいように感じられたのですが……」
「うふふ、そう見えるかしら? ペトリアとは、そう、親戚のようなものだけど、とても古くて仲の良いお友達でもあるわね。
あ、一応彼女と私が仲良しなのは、この国の人達には秘密にしておいてね? 私の他には後一人くらいしか知らない、内緒のお友達なの」
「な、なるほど…… 承知しました」
親戚、かぁ…… 何だかはぐらかされている気もするけど、神様であるレシュトゥ様と親戚って、それもうほぼ神様だよねぇ……
この分だと、カサンドラさんや、魔導国のアシャフ学長もほぼ神様という事になるのかな?
だったら、うちのシャムは……? みんなの視線がシャムに集中する。
「レシュトゥ、様。シャムは、タツヒト達の家族で、仲間であります。一番重要な事はそれであります。でも時々、自身が何者なのか考える瞬間があるであります……
シャムが何のために造られたのか、なぜ同じ顔をした人が沢山いるのか、なぜ明らかに戦闘を目的とした設計が成されているのか…… 知っている事あれば、教えて欲しいであります……!」
椅子から腰を浮かせて切実に訴えるシャムに、レシュトゥ様はすまなそうに目を伏せた。
「--ごめんなさい。全部は教えられないの…… けれど、シャムも私の親戚のようなものよ。それも、とても近しい…… だから、今日こうして会えるのが本当に楽しみだったのよ?
そして、あなたは創造神様にとても深く愛されている。決して、ただの兵器として造られた訳ではないわ…… --本当にごめんなさい、私にはこれくらいしか話せないの……」
レシュトゥ様の言葉にみんなが息を呑む。そうなんだろうなとは思っていたけれど、やっぱりシャムも神様的親戚グループの一員だったようだ。
でも、それならば何故シャムは、あの古代遺跡に一人眠っていたんだ……?
「--分かったであります。今は、それで十分であります。ありがとうであります、レシュトゥ様!」
まだまだ聞きたい事はあるだろうに、それでもシャムはすっきりとした表情椅子に座り直した。
すぐにでもシャムの頭を撫で回したかったけど、彼女の隣に座るプルーナさんが思いっきりハグしてくれているので、今はお任せしよう。
シャムとプルーナさんの仲睦まじい様子に、場の空気が少し弛緩する。
「うふふ、本当に良い子に育ったのね…… 母様…… 創造神様も喜んでいると思うわ」
レシュトゥ様のその言葉に、今度はロスニアさんが反応した。彼女は最初の方は上機嫌だったのだけれど、先ほどから目を伏せて何やら考え込んでいる様子だったのだ。
「--あの、レシュトゥ様。私も一つよろしいでしょうか……? 創造神様は、こちらにおいでなのでしょうか……?
これは信徒にあるまじき愚行ですが…… でも私は、どうしてもかの神に伺いたい事があるんです……!」
「ロスニア…… そうよね。樹環国での惨劇に立ち会った聖職者として、神託の御子として、あなたは創造神様に言いたい事が山のようにあるのでしょう……
でもごめんなさい。残念だけど、ここに創造神様は居られないわ」
「……! そう、ですか……」
済まなそうにそう言うレシュトゥ様に、ロスニアさんは少しホッとした様子で項垂れた。
正直僕もほっとした。あの凄まじい力を操る神と、その神に疑念を抱くロスニアさんを引き合わせるのは、どう考えても危険すぎる。
「というか私、創造神様とは喧嘩別れしてしまって、もう長い間話しもしていないのよね……」
「--えぇっ!? そ、そんな事聖典には……!?」
「うふふ、書けるわけ無いでしょ? 私達、ちょっと考え方が違ったのよねぇ……」
「「……!」」
レシュトゥ様の衝撃のカミングアウトに、ロスニアさんだけでなく僕らも絶句してしまった。
こ、この会話怖い……! 世界が根底から覆るような事実が、ポンポン気軽に出てくるんだもの。
「あの、すみませんレシュトゥ様。そろそろ僕らの理解の許容量が振り切れてしまいそうです……
こちらの都合で誠に恐縮なのですが、本題に移ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、ごめんなさい。シャムの胴体の事よね? あるわよ、ここに」
「「……!」」
レシュトゥ様がまたしてもさらっと口にした情報に、僕らは喜色を浮かべながら顔を見合わせた。ついに、部品が揃う……!
「でも、その保管場所はちょっと行くのに大変な所にあるの。部品を手に入れるまでいくつもの障害があるし、道も複雑よ? 案内が無いとちょっと厳しいわね」
「障害なら、今まで何度も乗り越えてきました……! それで、保管場所はどこに……!?」
「うふふ。まぁ、ちょっと落ち着きなさい。 --今から少し独り言を言うのだけれど、さっきまでしていた話って、結構秘密のお話が沢山あったのよね」
「--レシュトゥ様……? 一体何を……」
「だから、もしこの話を盗み聞きした人が居たら、その人にきつーいお仕置きをしなきゃいけないわ」
ガタッ……!
レシュトゥ様がそう言った瞬間、彼女の背後の何も無い場所から物音がした。
あ……! そうだった。途中から完全に忘れてたけれど、この部屋には正体不明の侵入者が居たんだった……!
姿は見えないけれど、ドアに向かって走る足音まで聞こえてくる。
「あら、逃がさないわよ?」
ニコリと笑ったレシュトゥ様が、すっと片手を上げる。
「うひゃぁっ……!?」
すると彼女の背後から小さな悲鳴が上がり、突如としてそこに人影が現れた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】




