第042話 魔窟討伐(3)
隊列は魔物を蹴散らしながらさらに魔窟の奥へと進んだ。
すると一定方向に緩やかに傾斜がついた道が、踊り場のように折り返して下へ続いていた。
「なんというか、すごく親切な設計ですね。道もほとんど一本道ですし」
「さっきの仮説に基づくと、魔窟は魔物に入ってきて欲しいわけだからね。大抵こうして一定距離降ったら踊り場のような構造を作って、魔物が奥に入ってきやすいようにしているのさ。あと、この魔窟は若いから本体までの道順が素直だけど、歳を経た魔窟は道が複雑に枝分かれしていて、階層も多いからまさに迷宮さ。この魔窟だったら、多分3〜4階層ぐらいなんじゃないかな」
僕の言葉にロメール様が答えた。
「なるほど。ありがとうございます、ロメール先生」
「ふふん」
気に入られたのかもしれない、先生呼び。
踊り場を降りたところで、ヴァイオレット様が昼食休憩を宣言した。
彼女の手元を見ると、これも古代文明の遺産らしき未来的なデザインの腕時計を持っていた。
なるほど、あれで時間を測っているのか。魔窟の中は太陽が見えないので時間が分かりずらいけど、確かにお腹も空いている。
各々周囲を警戒できる形で腰を下ろし、領軍提供の黒パンと干し肉、そしてチーズを頂く。質素だけどなかなか悪くないお味だ。
驚いたのは士官待遇というか、貴族のはずのヴァイオレット様やロメール様も同じものを食べている。
彼女達曰く、食の不平等というのは中々に士気に響くので、作戦中はみんなと同じものを食べるようにしているらしかった。
昼休憩を終えて二層の攻略を進めると、出現する魔物が変化した。
推奨討伐等級が赤銅級のオークやホブゴブリンといった、前の層より脅威度の高い魔物も見られるようになったのだ。
「本当に奥に行くほど強い魔物が出てきますね」
ホブゴブリンが率いるゴブリンの群れをみんなで一掃し、僕は独り言のように呟いた。
「あぁ。しかし、魔物の脅威度が上がるのが少し早いように思える。普通はもう少し緩やかに変化していくものだが……」
ヴァイオレット様が硬い表情で答えた。
もうわかっていることだけど、やはり大狂溢が起こることは確定的なんだろうな。
二層目も特に苦戦することなく進み、同じく踊り場を超えて三層目に入ったところで、本日の探索は終了となった。
驚いたことに、光源もないのに不思議と明るかった魔窟の中は暗くなり始めていた。
これも、魔物に住み良い環境を提供しようとする魔窟の粋な計らいというやつだろうか。
「では野営の準備だ。夕食後、交代で睡眠を取る」
ヴァイオレット様の指示に、テキパキと準備する兵士の皆さんをモタモタと手伝う。
野営といっても、今回は火を起こして各自持ってきた毛布を敷くだけだ。
外で野営する場合はもう少し対策が必要だろうけど、魔窟の中は冬にも関わらず過ごしやすい気温だ。
夕食のメニューも質素にスープとパンだ。
ロメール様の部下の方が着火の魔法道具を使って持参した薪を燃やし、皮袋から鍋に水を入れている。
僕はスープの具材を刻みながら部下の方に疑問をぶつけてみた。
「あの、着火の魔法具はあるのに、水を出す魔法具ってないんですか?」
「はい? あぁ、作ることはできるでしょうが、出た水は飲料としては使えないですね。魔法で一から構築した物質は、一定時間経つと解けて魔素に戻ってしまうんです。以前古代遺跡の洞窟でやったように、魔法で元からある石の形を変えたりした場合はそのまま残るんですが」
「え、そうなんですか。 ……それって、結構危ないですね」
「ええ。喉が渇いて魔法で出した水を飲み続けても、体内に取り込んだ水はいずれ消えてしまいます。気づかずに魔法で出した水を飲み続けたら、いつの間にか干からびていたということもあり得ますから」
え、怖い。なるほど、やっぱり魔法を使う人と話すと勉強になるな。
夕食の後、僕らは前番組と後番組に分かれ、交代で睡眠と見張りを行った。
僕は後番組で最初に寝させてもらい、夜半に起きて見張りに立った。ちなみにヴァイオレット様は前番組だ。
魔窟の中では常にそれ自身の呼吸音が聞こえているので、自分が巨大な魔物の体内にいることを否応なく自覚させられた。
幸い夜中に魔物の襲撃は無く、魔窟内が明るくなる頃に前番組の人たちも起き始めた。
「ふぁ。みんな、おはよう」
起き出したヴァイオレット様がみんなに声をかけるが、寝起きでちょっとポヤポヤしている。
いつもの凜とした表情ではなく、少し気の抜けた表情で目をしょぼしょぼさせていてめちゃくちゃ可愛い。
「ん? タ、タツヒト…… そうまじまじと寝起きの顔を見てくれるな」
あ、バレた。
バレたけど恥ずかしそうに顔を逸らす様子が愛おしい。
「すみません、ありがとうございます」
「なぜ礼を言うのだ……」
三層目の攻略は少し困難が伴った。討伐推奨等級が橙銀級の魔物も現れ始めたのだ。
「「ゴアァァァッ!!」」
前方から襲い来た針の生えた熊、スピノルスの群れに、僕を含めた前衛組が槍で牽制する。
その間に準備を終えた後衛組が魔法を放った。
『『地よ!』』
『風刃!』
ロメール様と部下の人が石弾を飛ばし、セリア助祭が風の刃を放つ。
セリアさんの魔法はおそらく多分イネスさんのものと同じで、魔力を込めるだけで魔法が発動する筒陣によるものだろう。
「「ゴギャッ!?」」
魔法を食らったスピノルス達が倒れ、後続の個体が怯む。
「よし! たたみかけ--」
「うわっ!?」
「隊長、後方、トレントです!」
ヴァイオット様の号令を遮り、最後尾の兵士の人から声が上がった。
その声に振り返ると、3mほどの枯れ木の化け物のようなものが兵士の人を薙ぎ倒していた。
「……! タツヒト、頼む!」
「了解です!」
ヴァイオレット様の声に答え、前列から後ろへ走る。
そして兵士の人の前に割り込み、追撃しようとするトレントの枝を槍で受けた。
ガァンッ!
重い……! けど、押し返せないほどじゃない!
僕は枝を一息に押し返し、体勢が崩れたトレントに肉薄した。
「おぉぉぉっ!!」
どこが急所か全くわからなかったので、幹の正中線を上から順に穂先で滅多刺しにした。
するとどれかが当たりだったのか、トレントはぐらりと揺れた後、後方へ倒れた。
数秒様子を見て動かないことを確認し、スピノルス達がいる前方をみるとすでに決着がついていた。
やはり兵士の人たちでは荷が重かったのか、ヴァイオレット様がほとんど仕留めたようだった。
「大丈夫ですか? --セリア助祭! 彼女に治療をお願いできますか?」
トレントに薙ぎ払われた兵士の人を助けおこすと、ぐったりとした様子だったのでセリア助祭を呼んだ。
「はい、ただいま!」
すぐにセリア助祭が走ってきて、兵士の人を診察し始めた。
「タツヒト、よくやってくれた。君に来てもらって正解だったな」
ヴァイオレット様が労ってくれるので応える。
「お役に立てて良かったです。でも、若い魔窟でこれなら年月を経たものはもっと手強いんでしょうね」
「いや、通常はもっと御し易い魔物しかいないが、今は異常事態だ。若い魔窟であっても油断ならないということだろう」
スピノルスとトレントに挟撃された後も、何度か魔物の襲撃を受けた。
しかし、挟撃されることもなく、前衛と後衛の連携も良かったため、なんとか全て跳ね除けることができた。
そして今日起きてから体感で半日ほど進んだ頃、洞窟の終わりに広間のように広い空間が見えた。
「ヴァイオレット様、これはもしかして」
「あぁ。主の部屋に到達したらしい」
魔窟討伐も、いよいよ大詰めのようだ。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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