第417話 俺達以外の女と……!
「魔獣大陸をも超える困難、かぁ…… まぁ、結局やる事には変わらないんですけど」
猊下の覚悟を問う言葉に、僕らはノータイムでイエスと返答し、今は大聖堂を出て夕暮れの聖都をゆっくりと歩いていた。
家路を急ぐ人、これから飲みにでも行くのか連れ立って楽しそうに歩く人達、家々から聞こえてくる団欒の声。
魔獣大陸とは違った穏やかな街並みが、染み入るように懐かしく感じられる。
「うむ、そうだな。 --だが実際、我々を含めナパの人々が生き残ったのは本当に奇跡だった。あれを超えるものとなると、本当に心してかからねば。
プルーナが呪炎竜の鱗を持っていなかったら、全てがあそこで終わってしまっていただろうしな……」
「あはは…… どこかに放置していたら、後でどうなるか分かりませんでしたから…… 肌身離さずに持っていて本当によかったです」
神妙に頷くヴァイオレット様に、プルーナさんが自身の腰に下げたサイドパックを撫でる。きっと今も、あの中には紫色の大きな鱗が仕舞ってあるんだろう。
--というか、呪炎竜が訪ねて来たのが、僕らが魔獣大陸にいる時で本当に良かった。
もしも今のように聖都にいる時に来られたら、えらい事になっていたはずだ。
「--シャムちゃん。少し手を繋いでくれませんか?」
会話が少し途切れたところで、前を歩くロスニアさんがシャムに手を差し出した。
「あ…… も、もう、ロスニアは仕方ないでありますね!」
「うふふ、ありがとうございます」
シャムが嬉しそうにロスニアさんの手を取る。そういえば彼女、教会を出てから静かだったな……
僕らの旅の目的は、シャムの体を元に戻すのに必要な部品を集める事だ。
そして、その最後の一つの入手に大きな危険が伴うと聞かされ、彼女はいつものように考え込んでしまったのだ。
これに関しては、僕らが好きでやってる事だから気にするなと、幾度も言葉を尽くしてきた。だから最近、みんなはこうして行動で示すのである。
「シャム、僕も僕も」
ロスニアさんの反対側に立ってシャムに手を伸ばすと、彼女は僕の手も満面の笑みで握り返してくれた。
「もちろんであります! --あ、着いたであります!」
もう体が道順を覚えているらしく、いつの間にか次の目的地に着いていたようだ。
僕らは大通りに面した立派な建物、メーム商会の本店へと入っていった。
メーム商会に入った瞬間、顔見知りの受付の方に引きずられる勢いで応接室に通された。そしてその僅か数分後、この商会の主が、蹴破る勢いで扉を開けて部屋に走り込んできた。
「タツヒト! みんな!」
涙を流しながら僕を抱擁してくれたのは、ブチハイエナっぽい種族である鬣犬人族の大商人、メームさんだ。
灰色のアシンメトリーなショートカットに、中性的な美貌。見た目は格好いい大人のお姉さんという感じなのだけれど、その内面はとても情熱的だ。
「すみませんメームさん。長いことお待たせしてしまって…… 少し、痩せられましたか?」
柔らかな毛並みを抱き返すと、彼女がいつも以上にスレンダーになっている事に気づいた。どうやら本当に心配させてしまったらしい。
「ああ、ほんの少しだけな…… この半年は、俺の今までの人生で最も長い半年だった……! 本当に、もう会えないものかと……!」
「うふふ。わたくし達は、そう簡単にくたばりしませんわぁ…… あら……? まぁ、あなた!」
キアニィさんが、メームさんが入ってきた扉を見ながら素っ頓狂な声を出した。
全員がつられて目を向けると、そこには思わぬ人物が立っていた。
「皆さん! お久しぶりですね!」
「え……!? カ、カサンドラであります!」
驚くシャムと全く同じ顔で微笑むのは、冒険者組合の旅する受付嬢、妖精族のカサンドラさんだった。
シャムとの見た目の違いは、長い耳と銀色の短髪のみだけど、紫宝級に至った今なら分る。
自然体で佇む彼女の奥底から、圧倒的な強者の雰囲気がほんの僅かに漂ってくる。こうして会うのは半年以上振りだ。
メームさんは名残惜しそうに僕から離れると、カサンドラさんの側に立った。
「すまない、紹介を忘れていた。知っているようだが、最近仕事の関係で知り合ったカサンドラ殿だ。
シャムや猊下と全く同じ顔な事にも驚いたが、お前達とも知り合いだというからさらに驚いたぞ。全く、世の中は案外狭いのかも知れないな」
「うふふ、本当にそうですね。ところで皆さん、その佇まい…… また相当な修羅場を潜ったんですね。
タツヒトさんなんて、もう紫宝級の位階に達しているじゃないですか……! 素晴らしい成長速度です!
功績点は十分なので、組合に来ていただければ、冒険者等級の昇級試験を受けられますよ」
「よ、よく分かりましたね…… 流石ですカサンドラさん。早速明日にでも伺わせて頂きます」
「ふむ…… みんな、積もる話もあるだろう。これから夕食に行かないか? 良ければカサンドラ殿も一緒に」
メームさんの提案に満場一致した僕らは、彼女行きつけの高級宿に向かった。
宿一階のレストランで久しぶりの聖都料理を楽しみながら、僕らは魔獣大陸での出来事を二人に語って聞かせた。
メームさんは非常に驚いていたけれど、カサンドラさんは終始にこにこと話を聞いていた。この人、もしかして全部知ってるんじゃ……? 相変わらず底知れないお人だ。
そんな楽しい時間は瞬く間に過ぎ、お開きの時間となった。僕を除く大人組の面々はいい感じにお酒が入って上機嫌だ。
そんな中、ゼルさんが若干ふらつきながらメームさんの肩を抱き、ニンマリと笑った。 --なんか、めちゃめちゃ嫌な予感がする。
「にゃふふ…… おいメーム。ウチが、おみゃーが一番喜ぶ事を教えてやろうかにゃ?」
「ん? なんだ、向こうで何か良い商材でも見つけてくれたのか?」
「にゃふっ! 耳を貸すにゃ…… タツヒトの奴-- ティルヒル-- 全員で--」
断片的に聞こえて来た単語に、僕はゼルさんが何を教えたのかを悟った。
--ティルヒルさんとの事は、メームさんにはいつかは話さないといけない事だった。
だけど、あの場に居なかった彼女に対する気まずさと後ろめたさもあり、あとカサンドラさんも居たので、今日は話さなかったのに……!
「な……!? タツヒトが…… お、俺の知らない、俺たち以外の女と……!?」
メームさんは、痛みに耐えるように頭を胸を抑え、驚愕の表情で僕を見つめた。
「あ、あの、その…… --はい。一線を超えてしまいました……」
「そんな…… く、くそっ! 何という事だ……! 頭が、おかしくなりそうだ……!」
観念して素直に謝罪した僕に、メームさんの息が荒くなり顔が紅潮していく。それは、悲しみと怒りに激昂しているのとはまた違った、何か複雑な情欲が感じられる様子だった。
台詞と顔色とかが合っていないけれど、彼女をこの難儀な性癖に目覚めさせてしまったのもまた僕なのだ。本当に申し訳なさしか無い……
「にゃふふ…… やっぱりすげー喜んだにゃ! よっし、メームもやる気十分だにゃ! このまま部屋に行くにゃ!」
一方この状況を作り出したゼルさんは、空いてる方の腕で僕の肩も抱くと、ぐいぐいと二階の方へと引っ張っていく。心得たもので、他のみんなもそれに続く。
「あらあら……! 私もご一緒したいところですが、流石に遠慮しましょう。ではタツヒトさん、また明日」
「あ…… は、はい……! お気をつけてー!」
笑顔で見送ってくれるカサンドラさんに、僕は何とかそう応えた。
遅くなりましたm(_ _)m
お読み頂きありがとうございました!
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】