第415話 灰より芽吹く
大陸規模の怪物や神様が入り乱れる連戦がひと段落し、早くも二週間程が経過した今、僕らはアゥル村の発着場でじっと空を見つめていた。
「そろそろの筈だけど…… シャム、ティルヒルさん、何か見えましたか?」
「うーん…… あ、見えたであります! 西側に複数の翼影であります!」
「こっちも見えたよ! 東側から三人!」
東西の空に目を凝らしていた二人がそう口にすると、周囲から期待に満ちたどよめきが聞こえてくる。
この場には僕らの他に、ナーツィリド長老を始めとしたナパのリーダー格の長老さん達と、アゥル村の皆さんが集まっていている。
幸いその中に欠けている顔はない。長老をはじめとしたアゥル村の人達は、奇跡的に全員無事だったのだ。
大陸茸樹怪の侵攻が鈍ったことで、追い立てられていた魔物達の攻勢も緩み、ティルヒルさんの救援がギリギリ間に合った形だ。
その場の全員が固唾を飲んで空を見上げて待つ中、とうとう数人のアツァー族の戦士が村に着陸した。
東西から現れた彼女達は、ナーツィリド長老を見つけると小走りに彼女の前に走り寄った。
「ご苦労じゃった……! では、報告を聞かせてくれぬか……?」
「はっ! 報告します! 東の果ての巨大湖にて、東側の大陸茸樹怪の最後の一片が燃え尽きたことを確認したとの事です!」
「同じく報告します! 西の果ての海辺にて、西側の大陸茸樹怪も燃え尽きたとの事です!」
「「おぉ…… おぉぉぉぉ……!」」
待ち望んだ一報に、その場の全員が歓喜の声を上げた。僕も思わず周りのみんなと抱き合ってしまった。
呪炎竜が東西の大陸茸樹怪に放った紫炎は、大陸を覆い尽くすほどの巨体全てに燃え広がっていった。
それによる膨大な熱は大規模な大気の対流を産み、分厚い雲と大雨を呼んだ。
激しい豪雨に炎が消えやしないか不安になった僕らは、ナパの村々の復興を行いながらも、神経質なほどに大陸茸樹怪への監視を続けた。
しかし、そんな中でも奴の呪いの炎は決して消えず、途方もない質量を凄まじい速度で燃やしていった。
そして今、ついに奴らの全てを灰に変えてしまったのだ…… 本当に恐ろしい、身震いするほどに強力な魔法だ。
さておき、数ヶ月に及ぶ長く厳しい生存競争に決着がついたのだ。ナーツィリド長老は、吉報を伝えてくれた戦士達に深く頷き返した。
「でかした! 漸く…… 漸くじゃ……! 皆! 今ナパは、歴史上最も過酷な試練を乗り越えた!
此度の災厄により、散っていった者たちも多い…… じゃが、じゃからこそ、生き残った我々は命を紡いで行かねばならん! さぁ、共に生の喜びを分かち合おうぞ!」
「「おぉぉぉぉっ!」」
ナーツィリド長老の音頭で始まった大宴会は、まさに酒池肉林といった感じで、素朴なナパの人々にしては中々に混沌とした様相だった。
季節は長い冬から暖かな春に変わり、膨大な犠牲者を出した大災害を乗り切った安心感に、さらに祭りの開放感が加わった。
結果、ナパの人々は生き物の本能に従い、大いに子孫繁栄に励む形となった。
具体的な描写は避けるけれど、宴の間は僕らも、その、かなり爛れた生活を送っていた。
何せナパ全体がそんな雰囲気だったし、急速に練度を上げていくティルヒルさんに他のみんなも引っ張られ、毎晩大変激しい事になっていた。うん…… とにかくすごかった。
三日三晩続いたそんな祭りの日々も、昨日終わりを告げた。
シャムの部品回収に成功し、ナパがその危機を乗り切った今、僕らは長く滞在したこの村を去る事となった。
発着場には、アゥル村の人々が見送りに集まってくれている。
宴の雰囲気から一転。ナーツィリド長老は、神妙な面持ちで唄うように語り始めた。
「外の世界より来たりし戦士達よ。其方らは、我らナパに住む者達全てを絶望の淵より救った。
降りかかる強大な脅威を振り払った力、困難に臆せず立ち向かう勇気、生きる事を諦めぬ精神……
我らはその全てを克明に記憶し、後世に語り継いて行くと誓おう。其方らが、ナパの新たな伝説となるのじゃ。
--次代の神話の英雄達に、改めて心よりの感謝を。ありがとう……」
深々と頭を下げてくれる長老さんに、村のみなさんも続く。
--正直かなり気恥ずかしい褒められ方だけど、その場の厳かな雰囲気から謙遜するのも憚られた。なので、僕らもただ最敬礼の角度で頭を下げた。
「こちらこそ、皆さんの生き方に色々な事を学ばせて頂きました。
長々と本当にお世話になりましたが、ナーツィリド長老も皆さんも、どうかお元気で……
ところで、この羽は本当に僕が頂いても……? みなさんにとって、これって御神体のようなものじゃあ……?」
リュックから取り出したのは燐光を発する大きな羽。鷲の神獣が顕現した際に、いつの間にか僕の手の中にあったものだ。
少し調べてみると、雷魔法に対する強力な増幅効果を持っている事が分かった。正に僕に打ってつけの強化装備だけど、余所者の僕が頂いて良いものか判断がつかなかったのだ。
「ふふっ、何を言うのじゃ。雷の神鳥の御使が、雷の神鳥から下賜された神意の証を持つ。その事に誰が異議を唱えようか。それはお主のものじゃよ」
「そ、そうですか…… では、遠慮なく」
長老さんのお墨付きを頂き、僕はいそいそと羽をリュックに仕舞った。正直嬉しい。こういうのってロマンがあるよね。
「んふふっ。ヴィーちゃん、タツヒト君てば、変なこと気にするよねー?」
「ふふっ。ティルヒル、あの繊細さと遠慮深さは彼の美徳だよ。冒険者となり幾多の死線を潜っても、その本質は少しも変わららない……」
「あー、それわかるかも!」
長老さんと同じく見送り側に立つティルヒルさんと、ヴァイオレット様が穏やかに談笑している。
そう、ティルヒルさんとはここで一時お別れとなる。正直泣くほど寂しいけれど、この三日三晩でみんなとよく話し合った結論だ。
話が決まった際には号泣していたティルヒルさんだけど、今はそんな様子は微塵もない。さすがギャル、切り替えが早い。
長老さんも思う所があったのか、気遣わしげな様子でティルヒルさんに語りかけた。
「ティルヒルよ…… お主は此度の戦いだけでなく、長年この村を、いや、ナパを守り続けてきた。
ここまで尽くしてくれたお主を、もはや誰もこの地に縛りつける事を望んでおらん。本当に、タツヒト達に付いて行かなくて良いのか……?」
「うん! まだ魔物も多いし、人もだいぶ減っちゃったもん。今あーしが抜けると大変だと思うからさ。
タツヒト君達もシャムシャムの呪いを解かなきゃだし、お互い落ち着いたら合流しようって事になってるし……
だからだいじょーぶ! もうちょっと、おばーちゃん達と一緒にいるよ!」
「そうか…… ありがとう…… では、もうしばらく頼むぞ、我らが勇者よ」
「うん!」
長老さんに続き、僕らは集まってくれた他の人々とも別れを交わした。
ロスニアさんは、村の癒し手であるトゥリージさんと最後まで聖教の教えについて語り合っていた。
シャムとプルーナさんは、ハロナ長老をはじめとしたナアズィ族の長老さん達に囲まれ、西の大防壁を後世まで保全し続けると熱く語られていた。
キアニィさんとゼルさんは、行っちゃやだと泣く子供達をあやすのに忙しい。
そして僕は、ティルヒルさんと硬く包容を交わしていた。
「じゃあね、タツヒト君…… あんまし、無理しちゃダメだよ?」
「ええ…… ティルヒルさんもお元気で。出来る限り早く、迎えに来ます……!」
「暫しの別れだなティルヒル。彼の事は、私がしっかり見ていよう」
「うん……! お願いね、ヴィーちゃん!」
最後にヴァイオレット様とも包容を交わし、ティルヒルさんが僕らから離れる。
もう言葉は十分に尽くした。僕らと彼女は互いに笑みを浮かべながら頷き合った。
「では、皆さん。お世話になりました。下へ参ります……」
プルーナさんの言葉と共に、僕らを乗せた地面の一部が地表へと降っていく。
村の人達は僕らが見えなくなるまで手を振り、声をあげて別れを惜しんでくれていた。
そして地表に降り立ち、少しの間村を見上げた後、僕らは西に向かって歩き始めた。
踏みしめるナパの大地は、未だ大陸茸樹怪が遺した灰に覆われていて、遠くには倒壊してしまったアツァー族の村も見える。
--ティルヒルさんの言う通り、ナパにはまだ手助けが必要だ。僕らにはやる事があるけれど、本当に今ここを去ってしまっていいのだろうか……?
いや、これは単なる言い訳で、ティルヒルさんと離れたく無いだけなのかも……
考え込んで足を止めてしまった僕を、みんなは言葉もなく見守ってくれている。
暫し俯いたまま動けずにいると、ふと何かが目についた。灰に覆われた足元に、鮮やかな緑の色彩があった。
それは、厳しい冬を耐え、厚く降り積もった灰を押し除けて地面から顔を出した若葉だった。
その生命力に溢れた姿を見て僕は思い出した。自分が勝手に心配している人たちが、如何に力強くこのナパの地で生き抜いてきたのかを。
--そういえば、ナパの外に締め出されていた野盗部族、マーイー族も幾らか生き残っているらしい。魔窟に引きこもって難を逃れたのだろう。やっぱり、ここの人達はみんな強かなのだ。
「あの、タツヒトさん…… 今なら引き返せます。もう少し出発を遅らせても……」
心配そうに僕の顔を覗き込むロスニアさんに、僕は笑い返した。
「ありがとうございます。でも…… もう大丈夫です。帰りましょう、聖都へ……!」
「--だにゃ! しっかし、今回は長かったにゃ〜。結局半年くらいかかっちまったにゃ」
「ええ。しかも西の遺跡が潰れたりしていたら、南の大陸のコメルケルのところまで自力で向かう必要がありますわぁ……」
「うへぇ…… それ、どんくらいかかるんだにゃ……?」
「ふふっ、まぁ、きっとなんとかなりますよ。僕らなら」
ゼルさんとキアニィさんの掛け合いに、みんなが笑みを溢す。すると。
『タツヒトくーん! みんなー! 言い忘れてたー! いってらっしゃーい!』
突然背後からティルヒルさんの声が響いた。振り返ると、村の上空を旋回する黒い翼影があった。
遠声の呪術によるものだろう。間近に聞こえた彼女の元気な声に、自然と笑みが溢れる。
「はい……! 行ってきまーす!」
天に舞うように飛ぶ彼女に大きく手をふり返し、僕らは転移魔法陣のある西の果に向かって歩き始めた。
***
ピーーーッ。
【……臨時観測結果報告…… ……魔獣大陸の東西に発生した茸型樹怪の異常成長個体は、他大陸から飛来した紫宝級の火竜により焼失、観測対象と同火竜が接触した可能性あり……
……また、魔獣大陸における人類人口の10%の減少と、魔物個体数の32%の減少を確認、勢力差の縮小により、同大陸内の人類絶滅の可能性は4%低下……
……加えて、第五大龍穴の融合個体の微小な動きを検出、こちらも観測対象と接触した可能性あり、外部機能単位からの報告を待つ……】
【……観察対象、個体名「シャム」の部品回収の成否については不明、上記同様、外部機能単位の報告を待つ……】
【……定期観察結果報告…… ……方舟における余剰魔素量は依然として減少傾向と推定、住民の生存環境の悪化が予想される…… ……上記機能単位へ、対応を請う……】
16章 天に舞う黒翼 完
17章 叡智の方舟 へ続く
2025/06/26 微修正
16章終了です。ここまでお読み頂きありがとうございました!
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次回は少しお時間を頂きまして、6/30(月)に更新予定です。
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