第410話 炎の大河
遅くなりましたm(_ _)m
高速飛翔するティルヒルさんの足に掴まること暫し。ナパを守る北の山脈を超えさらに北進して、目的地である岩塩の取れる山の上空に到着した。
「はぁっ、はぁっ…… 着いた! 場所どこだっけ!?」
「ありがとうございます! 岩塩が採れる岩壁の反対側です! このまま高度を下げながら、ゆっくり回り込んでください!」
僕の言葉に頷いたティルヒルさんが、高度と速度を落としながら眼下に見える岩塩層の岩壁を回り込む。
すると、裏手の山裾に巨大な貯水池のようなものが掘られていた。
貯水池には今は何も入っておらず、その底には栓をするように巨大な岩塊が置かれている。
「ティルヒルさん! 今から下の岩塊を火魔法で破壊します! 僕が魔法を撃ったら、念の為高度を上げて下さい!」
「りょーかい! どんと来い!」
『爆炎弾!』
片手でティルヒルさんの足にぶら下りながら、もう片方の手に持った天叢雲槍を目標に向けて火球を放つ。
すると狙い通り、火球は唸りを上げて貯水池の底に置かれた岩塊へ飛翔した。しかしそこで、ティルヒルさんが驚愕の声を上げた。
「タ、タツヒト君…… 今の光の色……!?」
僕自身も驚いている。火球を放った際に僕から発された放射光は、青みががかった紫色だった。
一年間世界中を巡り、大岩鬼との連戦を経て、僕の位階は遂に青鏡級から紫宝級へと上昇したのだ。
ゆっくりとその達成感に浸りたい所だけど、残念ながら今はそのタイミングじゃ無い。
「ええ……! でも、今は上昇を!」
「わっ……! そ、そうだった!」
焦った様子でティルヒルさんが高度を上げ始めた瞬間、火球が岩塊に直撃した。
ドッ…… ドバァァァァッ!
直後。爆炎を上げて粉々になった岩塊の下から、真っ黒な液体が巨大な噴水のように噴き出した。
「すっごい勢い!」
「ですね! これなら……!」
打ち上げられた黒い液体は重力に従って落下し、見る見る内に巨大な貯水池を満たしていく。
そして貯水池が満杯になる頃、そこから南へと伸びる大きな水路に液体が流れ始めた。
水路は途中で100本程の細い水路に分岐していて、液体はそれらにほぼ均等に、かなりの速度で流れ込んでいる。
「よし…… 今の所は設計通り……! 着火します!」
「いつでもどーぞ!」
僕は槍を大きな水路に向けると、今度は灯火をそっと発射した。
固唾を飲んで見守る僕らの眼下で、それが水路を流れる黒い液体に触れる。
すると、接触点にぽっと小さな火が灯り、それは徐々に大きく燃え広がり、あっという間に水路全体が燃え上がった。
100本にも及ぶ細い水路は今や幅100m程の巨大な火の帯となり、黒い液体の流れと共に徐々に南へと延びていく。
その光景は、まさに炎の大河とも言えるものだった。
「よし…… よし! うまくいってますよ! ティルヒルさん!」
「すっご……! ほんとに炎が河みたいに……! さっすがタツヒト君!」
大陸茸樹怪への備えとしての大防壁の次善策、それがこの、ナパを南北に縦断する炎の大河だ。
これの発案のきっかけは、ティルヒルさんに連れられて向かった岩塩採掘のお仕事だった。
あの時僕は、日本で嗅いだ事のある灯油のような匂いに誘われ、岩塩の採れる岩壁の裏手に回り込んだ。すると、山の麓のあたりからわずかに湧き出す黒い液体、原油を見つけたのだ。
ナパの人々にとっては、ただただ臭いだけでなく、岩塩に混じると困ったことになってしまう厄介な液体。しかしその有用性を知る僕からしたら、金脈を見つけたようなものだった。
それから僕は、見つけた原油の特性を調べ、大陸茸樹怪の火に対する反応を観察した。
そして、シャムやプルーナさんにも知恵を借りて設計を固め、ナアズィ族の皆さんの体を張った工事のおかげで実現したのが眼下に広がる光景だ。
大量の黒煙を上げて燃え盛る炎の帯は、滞ることなく南へと流れ続けている。この様子であれば、計算通り北端の山脈まで到達するだろう。
奴が大防壁を越え始めた今、これがナパの最終防衛ラインになる。
「それじゃあビアド村に戻りましょう。あ、煙に注意して下さいね。吸い込むと危険ですから」
「うん! もしもの時は風の呪術で防ぐからだいじょーぶだよ! 心配してくれてありがと!」
僕とティルヒルさんは笑い合うと、今度は炎の先端を追いながらゆっくりとビアド村へと戻った。
流れる炎の先端を追いかけながら飛び、僕らは数時間程かけてビアド村に戻った。既に日が傾きかけている。
すると、炎の大河から立ち上る黒煙のカーテンの向こう側に、大陸茸樹怪の途方もない巨体がもうかなり近くまで迫っているのが見えた。
それを横目に発着場へ降りると、村の人達は歓声を持って迎えてくれ。しかし、こんなにタッチの差みたいな感じになるとは思ってなかったので、僕は内心バクバクだった。
「タツヒト、ティルヒル! よくやってくれた! しかし、少々焦ってしまったよ……」
出迎えてくれた『白の狩人』のみんなは、ヴァイオレット様を始めとして全員が緊張の面持ちをしている。みんなも焦っていたのだろう。
「は、はい。すみません、計算ではもっと余裕があるはずだったんですが……」
「ね、ねぇヴィーちゃん。あいつ、絶対速くなってるよね……?」
「ああ…… 奴が大防壁を超える所から観察していたが、明らかに加速している。
以前観測した際には徒歩より遅い程度だったというのに、今は小走り程度の速度だ……!」
「--お食事を目前にして、気が逸っているんでしょうねぇ…… 気持ちは少し分りますわぁ……」
キアニィさんの発言に、緊迫した雰囲気だったみんながずっこけそうになる。こ、この人もブレないなぁ……
「おみゃー、今のは流石にちょっとどうかと思うにゃ…… お食事ってウチらのことにゃ?」
「キアニィさん、今回ばかりは私もゼルに同意です…… --あ、でもそういえば…… 私達起きてからまだ何も食べていませんでしたね。
今出来ることはやりきった事ですし、村の人にお願いして何か分けて貰いませんか?」
ロスニアさんの言葉に、キアニィさんを除く全員が軽く目を見開いた。確かに、言われてみればめちゃくちゃお腹が減っていた。
その後、村の人達から簡単な食事を振る舞って貰った僕らは、体を休めながら大陸茸樹怪の様子を監視し続けた。
するとおよそ一時間後。日差しの色がオレンジ色に変わり始めた辺りで、遂に奴が炎の大河の眼前に迫った。
村にいる全員が固唾を飲んで見守る中、奴は戸惑うように進行を停止し、炎の大河の切れ目を探すかのように茸の触手であたりを探り出した。
しかし、僕らが苦心して作ったものにそんな隙は無い。暫くすると奴は、炎の大河の形をなぞるように、その不定形の巨体を滞留させ始めたのだ。
その進行を初めて完全に停止させた奴に、村の人達が割れんばかりの歓声を上げる。
「--タツヒトさん、やりましたね! 予測通り大陸茸樹怪が停止しました!」
「計算通りであります! これなら、原油が枯渇するまでは凌げるはずであります!」
炎の大河の設計に携わってくれたプルーナさんとシャムも大喜びだ。もちろん僕も嬉しいので、会心の笑みを浮かべながら二人と順々にハイタッチした。
「うん、二人のおかげだよ! いやー、うまくいって本当に良かった……!
よし、次は…… 長老さん。お手数ですが、またナパの村々へ使いを飛ばして頂けますか? 炎の大河により、対象の進行が停止した事を確認した、と。
--それからアゥル村に集まっている長老集会の上層部の方々へ。対象の移動速度が小走り程度まで増加。原油が枯渇する前に、是非避難を決断されたし、と」
「うむ……! 心得た!」
僕の言葉に力強く頷いてくれた長老さんが、村の戦士の人達に指示を飛ばす。
シャムの言った通り、この炎の大河は原油が枯渇してしまえば消えてしまう。原油の湧出がいつまで続くか分からないので、上の人たちが早めにナパ全体の避難を決断してくれるといいのだけれど……
「え…… タ、タツヒト君……! あれ!」
思考に没頭しかけた意識が、ティルヒルさんの悲鳴のような声に引き戻される。
「こ、今度はどうしました!?」
急いで大陸茸樹怪の方に目を向けると、奴は今まで見たことの無い動きをしていた。
炎の大河から少し離れた位置。そこへいつの間に、巨大な瘤のようなものを生成していたのだ。直径は数百mはあるだろうか。このビアド村を支える岩山に匹敵するほどの大きさだ。
そして何と、奴は幾本もの極太の触手を使い、その瘤をちぎり取ってしまった。一体、何を……!?
困惑する僕を他所に、奴は球体状の瘤を捧げ持つ触手群を、ゆっくりとしならせながら後方へ倒し始めた。
それはまるで、ピッチャーがボールを投げる前の溜めの動作にも見えて--
脳裏に果てしなく嫌な予想が浮かび、背筋に強烈な悪寒が走った。
「まさか……!? 止め--」
ブゥンッ……!
無情にも予想は的中してしまった。奴は触手群を一気に前の方へ動かし、球体状の瘤を僕らの方へとぶん投げたのだ。
投射された巨大な肉片は、黒煙のカーテンをぶち抜き、炎の大河を軽々と越え、こちら側へと飛来した。
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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】