第405話 巌の巨獣(2)
「巨岩鬼…… それに、滅竜者ツァヤード……!?」
前者はともかく、後者は冒険者組合の創設者の名前だ。僕らはシャムの部品を集めるために色んな場所に行ったけど、この人の伝説は世界各地で耳にした。
大昔に樹環国で呪炎竜を退けていたり、竜退治の逸話も豊富な凄い人物だけど、魔獣大陸にまで来てたのか……?
長老さん達の言葉を繰り返した僕を、ナーツィリド長老が疲れた表情で見返す。
「--大昔の、とても古き伝説じゃ…… かつてこのナパは、強力な地の邪竜により滅亡の危機に瀕したことがある。
猛威を振るう邪竜に、村々の勇者が、戦士達が悉く散る中、その戦士はふらりと現れたそうじゃ。
お主達のように外の世界から来たと言うその女は、儂らの先祖達の話を聞くとすぐに邪竜に挑み、三日三晩の戦いの末に打ち滅ぼしたのじゃ。
その者の名はツァヤード。滅竜者、大戦士、真の勇者…… 呼び名は様々あるが、ナパに伝わる英雄の中でも最も偉大な者と言えよう」
「あ…… そーいえば、すっごくちっちゃい頃に聞いたかも……?」
ティルヒルさんや、他の戦士の人達もあまりピンと来ていない様子だ。
「うむ…… あまりに古き伝説故、逸話の全容を知るのは村々の長老くらいじゃろう」
ナーツィリド長老は、絶望の表情を浮かべ、へたり込んでいる人もいる長老さん達を一瞥した。嫌な予感がするぞ……
「ツァヤードの逸話は邪竜討伐に留まらず、幾つも伝えられている。その中の一つがあの巌の巨獣、巨岩鬼に関するものじゃ。
邪竜によって破壊され尽くしたナパが復旧し始めた頃、奴らは今のように突然ナパの中に現れた。それも、ナパの幾つもの場所で同時にじゃ。
復興中だったナパの民の多くが、凶暴な食欲を持つ奴らに食い殺されたそうじゃ」
「え…… それって、まさか今回も……!?」
「うむ。あの群れだけでない可能性は高いじゃろう…… 魔物の激増、大陸茸樹怪の来襲に、まさか巨岩鬼の出現まで重なるとは……」
なるほど…… 長老さん達の様子の理由がわかった。再び外に視線を向けると、巨岩鬼の群れは、ゆっくりと、しかしまっすぐ確実にこの村へ近づいていた。
かなり離れているのに、奴らがあゆみを進めるたびに振動が伝わっていくる。
目の前にいるあの十数体のだけでも相当な脅威なのに、あんな群れがナパ中にいくつも出現している可能性があるのだ。
不味すぎる。ただでさえ、今ナパの中には他の魔物も溢れてる状況なのに……!
その場の全員が言葉も無く慄く中、ヴァイオレット様が落ち着いた様子で口を開いた。
「ナーツィリド長老。それで、ツァヤードはどうやってあの巨獣の群れを討伐してのけたのだろうか?
我々がこの危機を脱するための鍵が、その逸話にあると良いのだが……」
「うむ、それなのじゃが…… ナパ全土に出現した数百にも及ぶ巨岩鬼を、一体ずつ『大いなる一撃』で両断して回ったという話なのじゃ。
伝承ゆえの誇張があるやも知れぬが、ツァヤードは一日でそれをやってのけたとも……」
「な、なんと…… それは、流石に真似できないな……」
長老さんの返答に、盛大に顔を引き攣らせるヴァイオレット様。残りのみんなも同じような表情をしている。
長老さんの言う『大いなる一撃』とは、僕らが延撃と呼ぶ身体強化の奥義だ。
攻撃の範囲や射程を瞬間的に数倍から数千倍にまで拡張する、戦士型の切り札と言える。
しかしその強力な延撃は、習得に少なくとも数年の鍛錬が必要で、『白の狩人』の中ではまだヴァイオレット様しか使えない。
そして魔力を大量に消費するため、彼女のような達人でも一日に数発撃てればいい方なのだ。なので今の話は全く参考にならない……
世界各地に残るツァヤード氏の伝説って、こう、知恵と勇気で困難に打ち勝ったってものが異様に少なくて、ほとんどが圧倒的な武力で捩じ伏せたって話ばかりなんだよね。
しかし、巨岩鬼は前回も同じように突然現れたのか…… ん? もしかして……
「ビジールさん。もしかしてあの群れは、あの辺りから現れましたか?」
僕がある方角を刺すと、彼女は戸惑いながら首を縦に振った。
「あ、ああ。よくわかったな、御使殿。確かにあの辺りからだ。奴らは気づいたらそこに現れていて、こちらに向かって歩いていんだ」
「なるほど…… 恐らくなんですが、以前岩帯獣の大群を討伐した岩場…… あそこにあった岩山が、奴らだったんじゃないですか?
今思い出したんですが、あそこ岩山は異様に頑丈でした。岩帯獣の突進を受けてひび一つ入りませんでしし。
永い休眠を経て、目覚めた際に大量の食料を喰らう…… そんな生態なんじゃないかと……」
僕の言葉にみんなが息を呑む中、ナーツィリド長老を含む数人の長老さん達が納得の表情を見せた。思い当たる節があったようだ。
「何百年も巨大な岩山に擬態していたと……? じゃが、確かにこの地にはそうした魔物が多く棲息しておる……!」
「なるほど。それならば、巨体の奴らが、山脈に囲まれたナパの内側に突然現れた事の理屈が通る…… 最初から潜んでいたわけじゃからな!」
「しくじりましたわぁ…… 直近で見ていたはずですのに……!」
長老さん達と、『白の狩人』の斥候であるキアニィさんまでもが悔しそうにしている。だけど仕方ないと思う。
あの時は、気配も全く感じられない、本当にただの岩山だったのだから。
「む……!? みんな! 巨岩鬼の移動速度が急激に上昇したであります! あっ!?」
シャムの焦った声に、全員が巨岩鬼の群れに目を向けた。
すると、ゆっくりとした周期で歩いていた奴らが、腕の振りを大きくし、一歩の歩幅を広げ始めたのだ。
巨体ゆえにまだ緩慢な動きに見えるけど、奴らの足元からは巨大な土煙が上がり、小さかった地響はまるで地震のように村を揺さぶり始めた。
そしてさらに、群れは少しずつ進路をばらけさせ、三手に分かれた。
十体程の大きな群れの進路はこのアゥル村のまま、数体ずつの小さな群れが左右に方向転換したのだ。
その瞬間、背中を冷や汗が伝った。後者の二つの群れが向かう先には、別のアツァー族の村がある。
あの二つの村の勇者は、ティルヒルさんのような突出した手練じゃない……!
しかもあの速度、今から助けに走っても間に合わないぞ……!? どうする……!?
「--タツヒト君。ここを…… みんなをお願いしてもいい?」
絶望感に染まった思考を中断し、声に振り返ると、ティルヒルさんが真っ直ぐ僕を見返していた。
その表情のどこにも不安はなく、目には揺るぎない意志の光が宿っていた。
ティルヒルさんの言葉に驚いていたビジールさん達や長老さん達が、彼女の表情を見てハッと息を呑む。
--任せてくれるのか。自分が一番守りたいはずのこの村を、僕らに……!
確信を持って僕らに村の運命を委ねてくれた彼女の想いに、強い信頼に、胸が湧き立つように熱くなる。
「ええ……! ここは、この村のみんなは僕らが守ります!」
「--うん! ジルジル! あーしと戦士達の半分は左、ジルジルと戦士のもう半分は右をお願い!」
「待つにゃ! ビジールの方にはウチとキアニィも付いて行くにゃ! 多分そーしたほーがいーにゃ!」
「ですわね。ゼルならわたくしの分まで軽躯を使えますから、文字通り重荷にはなりませんわぁ!」
飛び立とうとするティルヒルさん達に、ゼルさんとキアニィさんが待ったを掛けた。
確かに、申し訳ないけどビジールさん達では巨岩鬼に対応仕切れないだろう。
僕が二人に頷くと、ビジールさんも僅かに逡巡してから頷いた。
「すまない…… 頼む! 二人は私が運ぼう!」
「二人ともありがと! それじゃあ、みんな行くよ!」
「「応!」」
ティルヒルさんの号令に、アツァー族の戦士達が一斉に飛び立つ。
宣言通り、ティルヒルさん達は向かって左、キアニィさんとゼルさんをぶら下げたビジールさん達は、右へと進路を取った。
凄まじい速度で村へと急行する彼女達を見送りながら、ヴァイオレット様が斧槍を肩に微笑む。
「ではタツヒト、我々も行こうか。相手は、これまでに無い程の大物だぞ?」
「ええ、腕が鳴りますね……! シャム、ロスニアさん、プルーナさん。僕とヴァイオレット様は下に降りて正面の集団を止めます。みんなはここから援護を!」
「「応!」」
「頼んだぞ…… アゥル村の戦士達よ……!」
ナーツィリド長老の言葉を背に受け、僕とヴァイオレット様は地表に向かってその身を踊らせた。
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