第040話 魔窟討伐(1)
翌朝。僕と村長が屯所に行くと、出立の準備はほとんど整っているようだった。
ざっと見た感じ20名くらいの一団で、全員強そうな雰囲気だったので今回は少数精鋭で攻める方針みたいだ。
緊急事態なので、ヴァイオレット様が領主の娘特権を振るったのかもしれない。
「おはようございます、ヴァイオレット様」
準備の指揮をとっているヴァイオレット様に二人して挨拶する。
「おはよう二人とも。少し待っていてくれ。そうだ村長、少し話せるだろうか」
「へい、伺いやしょう」
ヴァイオレット様と村長が話している間、出立の準備を眺める。
そうしていると少し懐かしい人達を見つけた。
「ロメール様、それに皆さんも。お久しぶりです」
「ん? そういえば今日行くのは君のところだったね。おはよう、タツヒト君。 --あれ、君ってこっちの言葉喋れたっけ?」
山羊人族の魔導士、ロメール様が無表情に挨拶を返してくれた。その部下の人たちも手を振ってくれている。
彼女達と会うのは魔法陣の洞窟の調査以来だ。
あの頃僕はこの世界に来て確か四日目くらいで、翻訳機を使わないとみんなと話せなかったのだ。
「おはようございます。例の装具を使ってなんとか習得しました。ロメール様が参加してくれるなら心強いです」
「へー、やるじゃないか。まぁ、魔窟の方は任せてくれたまえよ」
彼女の無表情な得意顔という珍しいものを眺めていると、出立の準備が整ったようだ。
「よし。村長、タツヒト。あなた方はこちらの馬車に乗られよ」
ヴァイオレット様が指す方には幌馬車があった。当然、牽いているのは馬人族ではなく馬っぽい動物だ。
「いいんですか。すみません、ありがとうございます」
またここから村まで走るのはしんどいので、かなりありがたい提案だ。
村長と二人して馬車に乗り込むと、そこには只人の女性の兵士の人達と、一人毛色の違う人が居た。
「おはようございやす。ベラーキ村のボドワンとタツヒトといいやす。今日はよろしくお願いしやす」
「ええ、よろしく。あ、そこに座ってくださいね」
「こんなむさ苦しいところへよーこそ」
僕と村長が挨拶すると、兵士の人達は気さくに迎え入れてくれた。
全くむさ苦しくは無いのだけれど、この世界の感覚では男の方が守られる側だからなぁ。
勧められた場所に座ると、僕はその毛色の違う人の隣に座ることになった。
ロメール様と同じくメガネをかけていて、栗色の髪を三つ編みに束ねて真面目そうな顔つきをしているので、委員長って感じだ。
鎧は兵士の方と似た感じで部分鎧だけど、中の服装が他の人と違って黒っぽいし、杖らしきものを持っている。
あれ、鎧にどっかで見たような模様が描かれている。
「あの、何か?」
あ、まずい。気になってチラチラ見ていたら、彼女の方から声をかけてきた。
「えっと、すみません。他の兵士の方と格好が違ったものですから。あなたも領軍の方なのですか?」
「えぇ。申し遅れました。私はこの中隊所属の従軍聖職者で、助祭のセリアと申します」
あぁ、そっか。村の教会で見た聖教会のシンボルだ。
言われてみれば村のソフィア司祭と服装の感じが似ている気がする。
この世界では、聖職者の人が治癒魔法なんんていうガチの奇跡を使える。
彼女は地球世界でいうところの衛生兵も兼ねる立ち位置なのかな。
「はじめまして、ただの村人のタツヒトといいます。あの、今日はご足労頂きありがとうございます」
「気になさらないでください。私もベラーキの村には何度が訪れたことがありますので、やれることはやっておきたいのです」
決意を秘めた表情をする彼女から村長に視線を移すと、彼は頷いて答えた。
「あぁ。ソフィア司祭もそうだが、セリア助祭にはうちの連中がえらい世話になったんだ。村ができてすぐくらいの時には特にな」
「いえ…… 救えなかった命も沢山ありました。我が身の不徳を恥じるばかりです」
「そんなことはありやせんぜ。セリア助祭がいなけりゃ死んでたやつがうちには何人もいやす。せめてそのことは誇ってくだせぇ」
何かを思い出して鎮痛な表情をするセリア助祭と、それを励ます村長。
村ができた頃というと、まだ防壁が完成してなくて何人も魔物にやられたっていう時期だよな……
「よし準備完了だな。出立する!」
馬車の中の雰囲気が暗くなったところで、外からヴァイオレット様の声がかかった。
馬車はゆっくりと動き出し、会話もないまま村へと向かった。
僕らは夕方にはベラーキ村に着くことができた。
広場で馬車からおりてみると、村のみんなが不安そうな様子で集まってきた。
ボドワン村長が前に出てみんなに声をかける。
「みんな、順を追って話すから聞いてくれ! まず村の近くにできた魔窟だが--」
村長が領軍が魔窟を討伐してくれることを話すと、村の人たちの表情は一気に明るくなった。
しかし、その後彼は大狂溢が近いこと、それにあたって近い内に全員で領都に避難しなければならないことも話した。
話を聞いたみんなは混乱する様子はなかったけど、嫌な予感があたってしまったという、先ほどよりも暗い表情をしている。
すると、大人たちの陰で説明を聞いていたエマちゃんが走ってきた。
「ヴァイオレット様、タツヒトお兄ちゃん!」
彼女はヴァイオレット様に縋り付くと、目に涙を湛えて見上げた。
「この村、捨てなくちゃいけないの……? 壁も、お家も、畑も、みんなで頑張って作ったのに、捨てなきゃいけないの?」
エマちゃんの涙ながらの訴えを聞いた村の人達が、何人も同じように涙ぐんでいるのが見えた。
たった数ヶ月しかいない僕でも、この村にすごく愛着がある。
一から村を作り上げてきたみんなにとっては、本当に身を割かれるように辛いことなのだろう。
「すまない、エマ。だが、我々にもどうしようもないのだ……」
あれほど強いヴァイオレット様が、自分の無力感に歯噛みするように鎮痛な表情を見せている。
だけど、今日彼女から聞いたことを考えると、ここに残って防衛するというのはあまりにも無謀だ。
逃げるしか、ないんだ。
「うぅ、うゔぅーー……」
エマちゃんの押し殺した涙声が、村の広場に響いた。
翌朝。僕以外の、村の住人は防衛と避難準備のため村に残った。
僕はというと、ヴァイオレット様たちを魔窟の入り口に案内して、そのまま魔窟討伐にも同行させてもらうことになった。
最初はヴァイオレット様に難色を示されていたけど、戦力が多い方が討伐の早いはずと頼み込み、なんとか了承を得た。
そしてみんなに見送られながら村を出て進むことしばし、魔物に全く会わずに魔窟の入り口まで辿り着くことができた。
「うむ。周囲に全く魔物がいない事からも、ここは確かに魔窟のようだな。入り口の大きさからしてあまり古いものではなさそうだが」
魔窟の入り口を見ながらヴァイオレット様がひとりごちる。
「村長が気流の向きが変わる時間、呼吸の周期を測ったときは60拍でした。まだ若いやつだと」
「ふむ、そうであろうな。よし、では手早く片付けてしまおう」
そう軽く言いのけて進む彼女に続き、僕らは魔窟の中に入っていった。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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