第004話 ポーション
ゴブリンとの戦いがひと段落して、段々と興奮も収まってきた。
それと同時に、胃のあたりずんと重くなり、吐き気がした。
魚を絞めて捌くことくらいは経験があったけど、人型の生き物を殺したのはもちろん初めてだった。
でも、呑気に吐いている場合じゃない。
僕は深呼吸を繰り返して、吐き気が収まるのを待った。
襲ってきた3体のゴブリンの内、1体はまだ息がある。
その瀕死のゴブリンを視界に収めつつ、自分の状態を確認する。
頭を守る際に負傷した左腕がジクジクと痛む。
袖をめくってみると、前腕の中ほどに深い傷ができていた。
骨は折れていないみたいだけど出血している。
血の色が紫色っぽく見えて一瞬びっくりしたけど、多分洞窟の光源が青色なせいだよね。
一方、棍棒で殴られた太ももは大したこと無さそうだ。
ズボンを脱いでみないとわからないけど、触ってもそこまでいたくないので、多分打撲くらいだ。
そして大事な短槍は、穂先が少し欠け、刃が若干つぶれているように見える。
折れなかったのは良かったけど、その辺の石で研げないかな?
左腕の傷は、出血量は大したことないけど今すぐ洗って消毒したい。
前に何かのテレビで破傷風の特集を見たから、めちゃくちゃ怖い。
錆だらけの刃物による傷とか、代表的な症例だもの。
何か無いかと、先ほど打ち捨てたカバンをあけたら、魔法陣の部屋で採取した緑色の液体が目に入った。
ペットボトルに移し替えても、変わらずほのかに光っている。
他に傷口を洗えそうなものは無かった。
採取した場所にあった図解を見た感じ、傷ついた人に振りかけるのが使い方みたいだった。
あの時は消毒液か何かかと思ったけど、ここは多分異世界だ。
治癒ポーションという可能性も高そうだ。
「うーん…… でも、実は麻薬とか安楽死の薬でしたというオチもあるかも……」
図解の解釈次第では、その可能性もありそうな気がする。
傷ついた人に使うけど、傷が治るとは言ってない、みたいな。
どうしようかと悩んでいると、視界に収めていた瀕死のゴブリンが咳き込んだ。
--わからないなら、試してみればいいか。
弱々しく威嚇するゴブリンに近づくと、風呂に入る文化が無いのか、きつい体臭が鼻をつく。
そしてペットボトルを開けて、傷口に中の液体をたらしてみた。
すると、ゴブリンが手で押さえているあたりから、聞いたことのない音がし始めた。
なんというか、生肉をこねる音と泡がはじける音を足して2で割ったような音だ。
面食らって音の発生源を眺めていると、30秒ほどでその音はしなくなった。
すると、ゴブリンも手をどけて、僕と同じように自分の傷を覗き込んだ。
先ほどまで出血が続いていた傷口はぴったりと閉じて、かさぶたが張っている。
ゴブリンがそのかさぶたをいじると、かさぶたすらもぽろぽろとくずれ、うっすらと傷跡が残るのみだった。
……すごすぎる。
見た感じ、普通に傷が治るプロセスをめちゃくちゃ加速させる薬みたいだ。
こんなものを見せられたら、ここが異世界だということにもう疑いは持てないな……
ポーションの効果に感動していた僕は、ゴブリンが僕を見ていることに気づいた。
元気になったとたん襲ってくるかもと思い、あわてて距離をとった。
ゴブリンは、飛びのいた僕を茫洋とした表情で眺めていたけれど、ゆっくりと体を起こした。
言葉もなく、ゴブリンと見つめ合う。
よく見ると、左の頬には刀傷のような跡がある。
ゴブリンの表情はわかりずらいけど、襲ってきたときのような凶暴な印象は成りをひそめていた。
「先に襲ってきたのはそっちだから、謝らないよ。できれば、もう襲ってこないでくれると嬉しんだけど」
通じることは期待せずに、なるべく穏かな調子で声をかけてみた。
すると彼は、数秒僕の目を見つめたあと、背中を向けてゆっくりと歩き始めた。
僕は彼が洞窟の奥に消えるまで、その背中を見送った。
ゴブリンをなんとも言えない気持ちで見送った僕は、傷の手当をすることにした。
左腕の傷にポーションを振りかける。
すると、傷が熱くなり先ほど聞いたあの形容しがたい音がし始めた。
そして。
「うひゃぁっ!?」
傷口を無数の小さい羽箒でくすぐられるような感覚に、思わず声がでてしまった。
不思議と痛みはないけど、あのゴブリンよく声出さなかったな。
しばらくして、くすぐったさも収まったころ、傷口にはかさぶたが張っていた。
かさぶたを触ってみると、やはり先ほどと同じようにぽろぽろとくずれ、うっすらと傷跡が残っていた。
うーん。やっぱりすごい。どんな仕組みなんだろう。
毛細血管とかもちゃんと繋がってるんだろうか。
傷跡を軽く押してみても、全く痛くない。
表面だけでなく、ちゃんと仲間で治っているみたいだ。
傷の手当を終え、次は短槍の整備をすることにした。
といっても、都合よく砥石とかを持っているわけがない。
ためしに、その辺にあった平らな石にポーションを少したらし、研いでみた。
しばらくしゃこしゃこしてみると、刃先の欠けやつぶれは目立たなくなった。
おぉ、意外となんとかなった。
もともと燭台だったとは思えないほど活躍してくれたな、この短槍。大事に使おう。
体と装備のメンテナンスを終えた後、僕はゴブリンたちの死体を調べることにした。
2体のゴブリンの致命傷は、人間でいうと頸動脈と心臓の位置の傷だ。
急所は人間と変わらないみたいだ。
一応、股間はぼろきれで隠されている。
ふむ。
チラッ。
好奇心に負けて、一体の布切れの下を覗いてみた。
おぉ、結構立派なものをお持ちで……ちょっと敗北感。
ということは、金的も効果的な攻撃になるな。
もう一体の方もオスだった。
うーん。オスしかいない種族なのか、たまたま両方オスだったのか……
彼らの装備は、粗末な武器とぼろきれだけで、他には何も持ってないみたいだった。
いちおう、小さい棍棒は置いておいて、錆びた鉈とナイフは拾っておいた。
こんなものでも、なにかの役に立つかもしれない。
なんとなくゴブリンたちに手を合わせてから、広間の方にもどってみた。
広間には、先ほどと変わらず、野犬らしきものの死骸があった。
内臓がゴブリン達に荒らされ、黒い毛並みが血で濡れそぼっている。
ただの野犬かとおもったけど、なんと目が4つあった。
顔つきも、犬というより狼っぽかった。
よし、四ツ目狼と呼ぼう。
多分、僕が魔法陣の部屋で聞いた遠吠えの主はこいつだったんだろうな。
ゴブリン3体は負けたみたいだけど、逆にこいつが複数出てきたらやばそうだな……
一遍にいろいろなことが起こったので、座り込んで考えに集中したかった。
けれど、いまだに出口は見つかっていないし、血の臭いで別の魔物がよってくるかもしれない。
僕は四ツ目狼の広間の奥に進むことにした。
あ、さっきポーションで治療したゴブリンついていけば、出口にたどり着いたのでは?
--まぁ、同じ方向に進んでるし、大丈夫でしょ。
歩きながら考えを巡らす。
ポーション、そしてゴブリンや四ツ目狼みたいな魔物の存在から、ここはほぼほぼ異世界だ。
その異世界に、誰かが意図的に僕を呼んだんだろうか。
いやーでもその場合、魔法陣の部屋にだれか居ないとおかしいよね。
そうすると、誰かから召喚されたのではなく、偶然転移してしまったパターンかな。
こっちの場合、もとの世界に帰ることができる可能性が低くなりそうだ……。
ふと、先ほど拾った錆びた鉈とナイフの存在を思い出した。
カバンからナイフ取り出してみると、錆びついているけど、きちんとした造りの刃物だった。
さっきのゴブリン達にこれが造れるとは思えないから、彼らより賢い生き物が存在する可能性が高そうだ。
人類的な生き物の存在を予感して、すこし気が軽くなった気がした。
頑張って洞窟を脱出しても、ゴブリンと四ツ目狼しか居ない世界だったら絶望的だもの。
希望は見えたけど、何にしてもこの洞窟を脱出しないと始まらない。
ナイフをポケットに入れ、僕はさらに歩く速度を上げて探索を続けることにした。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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