第399話 地の民の村(1)
水曜分ですm(_ _)m
ティルヒルさんとのデート、もとい大陸茸樹怪への実験を終えた僕は、その日の夜の内に計画書をでっち上げた。
そして翌日の朝一でナーツィリド長老の元を訪ね、大防壁の次善策、大陸茸樹怪が防壁を超えてきた場合の対応案についてプレゼンした。
ちなみにティルヒルさんも付き添いに来てくれている。思えば、最近はずっと彼女と一緒にいる気がする。
「なんと、あれにそんな使い道が……! 確かにそれが成れば、次善策としては申し分ない…… タツヒトよ、よくぞ申し出てくれた!」
「ふふん。タツヒト君、すごいっしょ?」
プレゼンを聞いたナーツィリド長老が感心したように頷き、なぜかティルヒルさんがドヤ顔で胸を張る。なんかちょっと可愛いし、ちょっと嬉しい。
この場には、避難派だけでなく防衛派の長老さん達も居合わせていたけれど、幸いその全員が僕の提案に好意的なようだ。
防衛派のリーダー的存在であるでかい声の元気なおばあちゃん、アツァー族のタイエン長老までもが、不承不承といった感じで頷いてくれている。
「ふん、確かに良い策だな…… 御使殿も、漸く腰を据えてこのナパを守って下さる気になったか。
しかし、この策を準備するための膨大な人手はどこから持ってくるのだ? 地の呪術師は、ほとんど全て巨大峡谷の大防壁建造に回されておる。そうであろう? 地の若いの」
タイエン長老が水を向けたのは、ナアズィ族のハロナ長老だ。一見理知的に見えるこの若い長老さんは、長老集会でタイエン長老と殴り合いの喧嘩を演じて会場を大いに盛り上げていた。
ハロナ長老はギロリとタイエン長老を睨み返し、ため息混じりに返答した。
「--タイエン長老、私の名前はハロナです。何度言えば覚えてくれるのでしょうね……?
さておき、確かに手の空いている呪術師は殆どいませんし、肝心の大防壁建造を疎かにするわけにも行きません。
しかし、御使殿が今おっしゃった策の準備には、おそらく戦士達でも対応可能なのでは?」
「はい、その通りです。ナアズィ族の戦士の方々でしたら施工可能かと。ただ、魔物が増え続けている現状、戦士の方々を次善策の準備に回せるかという問題はありますが……」
僕の言葉に、長老さん達が悩ましい表情で話し合いを始めた。
この次善策の準備には、地魔法は必須では無いけれどとにかく人手がいる。
大量の土砂を取り扱う大防壁の建造、それに掛かり切りになっている地の呪術師の人達を動かす必要は無い。
けれど、現在魔物対策に動いていてくれている戦士の人達に協力してもらう必要がある。
この世界における戦士型の割合は魔法型人口の十倍なので、呪術師の人達を動かすよりかは調整が効くはずだけど、判断がかなり難しい所だろう。
議論の様子を大人しく状況を見守っていると、暫くして漸く結論が出た。
「よし…… では、タツヒトの次善策を採用するものとする。そして、準備はハロナ長老を中心に進めていく。良いな?」
ナーツィリド長老の言葉に、その場の他の長老さん達も頷いた。
よかった。僕らは避難派を表明しているので、タイエン長老を始めとした防衛派の長老さん達から難色を示されるかもと思っていたのだけれど、
ほっとしてティルヒルさんと笑い合っていると、ハロナ長老が口を開いた。
「ところで、私はこの件の調整のために一度村に帰ろうと思うのですが、御使殿達にもご同行頂けませんか? 村の者たちに話をするのに、あなた方も居て下さった方が助かります。
御使殿達には、往復で三日ほどここを空けてもらう必要がありますが……」
「ふむ…… 三日ほどなら持たせられるじゃろう。儂としては構わぬが、タツヒト、ティルヒルよ。お主らはどうじゃ?」
ナーツィリド長老に水を向けられ、僕とティルヒルさんは揃って頷いた。
どうやら噂の地の民のお宅にお邪魔できるらしい。
ハロナ長老のフットワークは軽かった。行けるのであればもう出ようという彼女に、今回は僕とティルヒルさん、それからシャム、ロスニアさん、プルーナさんの合計五人で同行する事にした。
本当は全員で行きたかったのだけれど、最近の魔物の多さはそれが許される状況ではなく、ヴァイオレット様達には村の周辺を守ってもらう事になった。
あと、岩塩採集の時に後衛組の三人は同行できなかったので、バランスをとった形になる。
そんな訳で早速村を出た僕らは、ハロナ長老達に先導されながら彼女達の村に向かって走った。
ハロナ長老は健脚で、彼女の両脇を固める護衛の戦士二人と一緒に息も乱さずかなりの速度で大地を駆けている。
一方僕らはと言うと、ロスニアさんは僕が抱え、シャムは自分の足で跳ねるように走っている。そして。
「プルプルだいじょーぶ? 怖くない?」
低空飛行で僕らに並走するティルヒルさん、その彼女に肩のあたりを掴まれ、プルーナさんは宙ぶらりんになっていた。
昨日の僕と同じような状況だけど、今ティルヒルさんはかなりの低空で飛行している。なので……
「は、はい……! 大丈夫で-- ひぃぃ……! ち、近いです! 地面が近いです! ティルヒルさん、足が削れちゃいますぅ!」
「わ……! ごめんごめん!」
案の定。ティルヒルさんの高度がちょっと下がった瞬間、プルーナさんが蜘蛛人族故の八本足を涙目でバタつかせた。
魔法型の彼女が高速移動するには仕方のない事なのだけれど、ちょっと、だいぶ可哀想な状態だ。
「--あぁ、神よ。タツヒトさんの方でよかったと思ってしまった罪深き私をお許し下さい……」
それを見ていた蛇人族ロスニアさんが、長い尻尾を僕にしっかりと絡ませながら自戒する。
「ま、まぁ、ロスニアさんだと尻尾が無くなっちゃいそうですもんね……」
「むむ! あーしそんなへましないもん!」
「ひぃぃっ……! ち、近いですぅ!」
「ティルヒル! また高度が下がっているであります! プルーナを泣かせたら許さないであります!」
「あ、ごめん!」
シャムの抗議に、ティルヒルさんがまた慌てて高度を取る。暫くはらはらと見守っていたけれど、慣れてきたのか、以降はティルヒルさんの高度も安定し、プルーナさんの精神も安定したようだった。
ほっと息を吐いて視線を前に戻すと、前を走るハロナ長老が慈愛の笑みを浮かべてこちらを振り返っていた。
「ふふっ。御使殿達は随分気安い関係のようですね」
「あははは…… すみません、騒がしくしてしまって」
「いえいえ。この危機的な状況において、若者の元気が無い方がよっぽどまずいのです。私達は、それをたまに諌めるくらいで丁度良い。
--そう。私達年寄りの意地に、若い命を道連れにしてしまう事などあってはならないのです……!」
彼女は、後半は感情を抑えきれない様子で語気を荒げた。
「ハロナ長老…… 村に着いたら、避難計画についてもお話ししましょう。やることがいっぱいですけど、あっちも少しずつ進めまいといけません」
「ええ、元よりそのつもりです。大防壁や御使殿の次善策が奴に突破されてからでは、準備はとても間に合いませんから」
ハロナ長老は、僕の言葉に神妙に頷いてから前方に向き直った。
彼女を始めとした避難派の長老さん達と作成した避難計画はかなり大規模で、現時点ではまだ絵に描いた餅に過ぎない。
計画では、まず全住民10万人がナパから一千km以上南西の海岸まで避難する。
これにはうまくいっても一ヶ月ほどかかるし、事前に食料などやそれらを運ぶ荷車なども用意しておく必要がある。
海岸にたどり着いたら、そこでプルーナ主導の元、ナアズィ族の呪術師さん達に多孔質構造で水に浮く石の船を大量に作ってもらう。ここでまた一ヶ月ほどかかる見込みだ。
完成した船に全住民が乗り込んだら、アツァー族の呪術師さん達の風で船を動かして南の大陸に向かう。
高精度な測位が可能なシャムに現在位置の把握はお願いすれば、海上でも迷わずに済むだろう。
トラブルがなければ、二週間ほどでコメルケル会長のいる樹環国の港湾都市ベレンに到着するはずだ。
この計画はまだ細部が詰められていない上に、やってみないと分からない部分がかなりある。行き当たりばったりと言い換えてもいい。
加えて防衛派にバレないように進める必要があるため、人手も限られる。でも、やるしかない。
今回提案した大防壁の次善策はかなり上手く行くと思う。それでも、あの大陸茸樹怪を防ぎ切れるという確信が持てないのだ……
その後僕らは、お昼休憩を挟みながらひたすら走り続けた。そしてそろそろ夕方になる頃、前を行くハロナ長老達はやっと足を止めた。
「ふぅ…… さぁ、着きましたよ」
ハロナ長老に言われてあたりを見回してみるも、村らしいものは全く見当たらない。見渡す限り、周囲は薄く雪に覆われた荒野で、他には大小の岩が転がっているくらいだ。
地の民の村は地下にあるという話だったので、地表に村っぽいものが無いのはわかるけれど、入り口すら見当たらないぞ……?
「あ、あの、それらしいものが見えないのですが……?」
「まぁまぁ、少し見ていて下さい」
「んふふ。みんなちょっと驚くかもねー」
ハロナ長老と、一度この村に来たことがあるらしいティルヒルさんが楽しそうに笑っている。
そんな二人に、残りのみんなと一緒に首を傾げていると、長老の指示を受けた護衛の人が近くにあった岩にロープを引っ掛けた。
何を……? そう思って見ていると、彼女達がロープを引くのに合わせて岩がずりずりと動き始めた。
いや、岩だけじゃない。岩の周囲の雪に覆われた半円形の地面までもが、一緒に回転している……!?
地面はその後もずりずりと回り続け、半回転した段階で停止した。
「「おぉ……!」」
感嘆の声を上げる僕らの目の前に、マンホールよりも二回りほど大きな穴が現れた。
穴の周囲の半円形の領域には雪が積もっておらず、地面が露出している。
なるほど……! 半円形の石板で地下への入り口を覆っていたのか。ロープを引っ掛けた岩は、石板を回転させるための取手だったのだ。
雪が積もっているせいもあるのだろうけど、これは知らないと気づけないな。
「ふふふ、驚きましたか? ようこそ我らのセイン村へ。歓迎しましょう」
現れた地下への入り口を手で示しながら、ハロナ長老は少し得意そうな様子でそう言った。
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