第398話 美味しい岩塩を採りに行こう(2)
大変遅くなりました。火曜分ですm(_ _)m
岩塩の採集場所で遭遇した山羊型の魔物達は、青鏡級以上のみで構成された僕らにとっては、幸い強敵というほどでは無かった。
開幕と同時に僕とティルヒルさんが強烈な範囲攻撃を叩き込み、向こうの勢いが挫かれたところへ残りの純前衛型の三人が突っ込む。
それだけで群れは大混乱に陥り、さほど苦労する事なく百体はいた魔物の群れを殲滅することができた。
ただ、終わる頃には流石に日が暮れていた。なので、村に持ち帰る岩塩の切り出しと死骸の処理などは明日に回し、野営の準備を始めてしまおうという事になった。
ジュゥゥゥ……
そして今。僕らが手頃な石に腰掛けながら車座になる中、辺りには食欲をそそる音が静かに響いていた。
僕らの中心には火魔法で熱せられた石板のような物が配置されていて、その上には厚めの肉片が何枚も配置されている。
最初赤色だった肉片は、空きっ腹を刺激する良い匂いを発しながら色を変えて行き、こんがり食べごろになった瞬間に引き上げられた。
「お…… 美味しいですわぁ……! そして、なんて心踊る調理法なんですの……!? わたくし、感動いたしましたわぁ!」
「うむ、非常に美味だ! 両面をただ焼いただけだと言うのに、まろやかな塩味とほのかな甘みまで感じる……!」
岩壁から切り出した特大の岩塩プレート。その上で焼かれた山羊肉を頬張り、キアニィさんとヴァイオレット様が恍惚の表情で叫ぶ。
突発的に始まった岩塩焼肉パーティーはとても好評のようだ。これだけ喜んでもらえると、提案した方としても嬉しい。
全部はとても食べきれないけれど、向こうの方に山と積まれた山羊型魔物達もこれで少しは浮かばれるだろう。
「ふっふっふっ…… そうでしょうそうでしょう! 僕の故郷でも、一部の人にはとても人気だった焼き方なんです。さぁ、どんどん焼くのでじゃんじゃん食べて下さい!」
岩塩プレートの空いたスペースにどんどん肉を配置しつつ、よく焼けた山羊肉を自分の口に運ぶ。
うん。めちゃくちゃ美味い……! プレートから溶け出した塩分などのミネラルが、肉の旨みを何倍にも引き上げてる感じだ。
持ってきた香草をたっぷり使ったのも良かったのか、臭みも殆ど感じない。
僕も含め、みんなは魔物がぺろぺろした岩塩にかなりネガティブな印象を持っていた。
しかし、この岩塩焼きの圧倒的なビジュアルと暴力的な肉の焼ける匂いに、もうそんな事はどうでも良くなってしまったらしい。
チラリと様子を伺うと、ティルヒルさんとゼルさんも取り憑かれた様に肉を食べてくれている。よしよし。
「あーしこんな食べ方って初めて! 塩って村によっては結構貴重だからさー、ちょっとだけ罪悪感あるかも……! おばーちゃんにバレたら怒られちゃうね!」
「にゃは! んにゃこと言いにゃがら、おみゃーもばくばく食ってんじゃにゃーか!」
「んふふ! だっておいしーんだもん! ねね、タツヒト君。この板そのまま持って帰ろーよ!
あーし、ニアニア達にもこれ食べてもらいたい!」
「ええ、そうしましょう! 僕らだけで楽しむには、ちょっと勿体無いですもんね」
その後も楽しいパーティーは続き、巨体の羊型魔物を一体を丸ごと平らげたあたりでお開きになった。
もちろん大半はヴァイオレット様とキアニィさんの胃に収まった。あの引き締まったお腹にどうやって詰め込んだのだろう……?
戦士型の体内で生じているらしい抽象魔法によるものなのだろうか? 抽象魔法の内、闇魔法は重力に働きかけているっぽいから本当にそうかも……
そして翌朝。交代で見張をしながら一夜を明かした僕らは、軽く朝食を食べた後で手分けして作業に当たった。
僕以外のみんなには、岩壁から必要量の岩塩を切り出す作業を担当してもらっている。
これは本来勇者の仕事らしく、普段はティルヒルさん一人でやっているというから大変だ。
一方僕はというと、岩塩が取れる場所から少し離れたところに陣取り、火魔法でひたすら魔物の死骸を燃やしていた。
燃え盛る炎に体全体が炙られ、冬場だというのに汗ばむほどに熱い。
ここに他の魔物が寄って来たり、腐敗した死骸から疫病が流行ったりする事を防ぐため、消し炭になるまで念入りに燃やす必要があるのだ。
「--ふぅ、暑かったぁ。あっちも…… うん。終わったみたいだ」
大量の死骸を全て燃やし尽くし、汗を拭って岸壁の方に視線を向けると、みんなの作業も完了していた。
よし、あとは切り出した岩塩を村に持って帰るだけだな。
「しっかし、すごい臭いだなぁ…… --ん?」
焦げ臭い匂いを放つ灰の山から離れ、みんなの元へ向かおうとしたその時、何か懐かしい臭いがした。
魔物を燃やした臭いじゃない。決して快い臭いじゃないのだけれど、地球世界で何度か嗅いだことがあり、こっちに来てからは全く感じた事がない。そんな臭いだった。
好奇心を刺激された僕は、臭いの元を辿るようにふらふらと岸壁の影へと歩いて行った。
「これなんの匂いだっけ……? --あ…… あ、あれって……!?」
岩陰で見つけたそれに目を見開いた僕は、すぐにみんなの元へ知らせに走った。
慌ただしく村へ岩塩を届けに帰った日の更に翌日。僕はティルヒルさんと一緒に空の上にいた。
眼下に広がるのは、砂時計型の巨大な岩山が点在する雄大なナパの大地。
起伏に富んだ広大な渓谷が白く色付く様は幻想的でもあり、思わず息を呑んでしまうほどの絶景だ。
「タツヒト君、そろそろ慣れたー!?」
遥か上空から望む景色に目を奪われていると、直ぐ真上からティルヒルさんの声が降ってきた。
僕は今、肩の辺りを彼女の両脚で掴まれ、高度何千mかの高さで宙吊りにされている状態だ。彼女の羽ばたく音に合わせて僅かに体が上下に揺れる。
一応安全帯のようなものも付けているけど、村を飛び立ってから暫くは怖すぎてまともに喋ることもできなかった。
「はい! だいぶ慣れました! もう大丈夫そうで--!?」
そう返事しながら上を見上げると、ホットパンツのような大胆な短パンと、そこから伸びる彼女のスラリとした大腿部が至近距離にあった。
思わず視線が吸い寄せられそうになるところをなんとか堪え、慌てて視線を前に戻す。危ない危ない。
幸いその邪な視線には気付かれなかったようで、彼女は機嫌よさそうに笑った。
「りょーかいっ! それじゃ、ちょっと飛ばすよー!」
彼女が一際大きく羽ばたいた直後。ぐんっと肩が前に引っ張られ、だらんとぶら下がっていた僕の体がどんどん水平に近づいていく。
自然と視線も真下を向き、先ほどまでゆったりと流れていた眼下の絶景が高速で後ろに過ぎ去っていく。ちょっと笑ってしまいそうな程に速い。
彼女はもう羽ばたいておらず、まるで戦闘機のように翼をピンと真横に伸ばした状態で固定していた。
軽躯で軽量化して翼で飛ぶ方法から、風魔法による高速飛翔に切り替えたのだろう。周囲の空気も彼女の支配下にあるためか、本来生じるはずの強烈な向かい風も全く感じない。いつもながら驚異的な技術だ。
「どーお!? タツヒト君でも、こんな風に空を飛ぶのって初めてじゃない!?」
「ええ……! なんというか、すごいです! 言葉にできません!」
「んふふ! よっし、あーし本気出しちゃおっかな! 大陸茸樹怪のとこまでひとっ飛びだー!!」
「……!」
さらなる加速に、僕の体は地面に対して水平になった。流石にちょっと怖いけど、ティルヒルさんが楽しそうなので何も言わないでおいた。
なぜ今大陸茸樹怪の所に向かっているかというと、ちょっとした実験のためだ。
僕が岩塩採掘場で見つけたあるものは、大陸茸樹怪対策においてかなり有用そうなものだった。
それを用いた作戦が上手くいきそうか急ぎ確認するため、高速飛行が可能なティルヒルさんにお願いして、こうして二人で空を飛んでいるのだ。
--そういえば村の発着場から飛び立つ際、ティルヒルさんは残るみんなに何事かを耳打ちしてされていた。
された方の彼女は赤い顔で暫く挙動不審だったのだけれど、一体何を言われてしまったんだ……? ちょっと訊くのが怖い。
建造中の大防壁を通り過ぎ、西へ西へとひたすらに飛ぶ。
その間、僕とティルヒルさんはひたすらに喋り続けた。一昨日の岩塩焼きの話や、それに参加できずむくれてしまったシャムの話、長老さんの意外とお茶目な話など、話題は尽きることが無かった。
おかげで楽しいフライトはあっという間に過ぎ、半日ほどで目的とする奴の元まで無事に辿り着く事ができた。しかし……
「--ティルヒルさん。ここって、予定よりまぁまぁ手前の位置ですよね……?」
「う、うん。もしかしてあいつ、ちょっとずつ早くなってるのかなぁ……?」
眼下に広がるのは、地平線の端から端までを埋めつくつす巨大な茸の群れ。ナパどころか魔獣大陸全てを飲み込みかねない規格外の怪物、大陸茸樹怪だ。
シャムの計算ではもう少し西の方にいるはずだったのに、想定よりもナパに近い位置で接敵してしまったのだ。
やはり、僕らに残された時間は少ないらしい。
「ともかく、手早く実験を済ませてしまいましょう。えっと…… あの高台がちょうどいいですね。あそこに着陸して頂けますか?」
「りょーかい。ゆっくり降りるから、地面に足がついたら教えてね」
奴から数km離れた場所にちょうど良い高台を見つけた僕らは、そこへ降りて早速実験を始めた。
『爆炎弾!』
ドッ! --ドーン……
僕が射出した火球が放物線を描きながら飛翔し、大陸茸樹怪の手間に着弾する。
そして込められた強力な魔力と術式に従い、地面に巨大な炎が燃え広がる。数十秒後、その燃焼範囲に触れた奴の体の一部がびくりと震え、炎を避けるように変形しながら進行を続ける。
よし……! 流石にあの規模の炎は避けて通るみたいだ。それなら……
その後も僕は火球を射出し続け、展開する炎の範囲や高さ、打ち込む場所などを調整しながら奴の反応を観察した。
そして魔力切れギリギリ、百発以上の火球を打ち込んだあたりで、結果を書き留めていたメモ帳を閉じた。
実験で見えてきた奴の傾向に思わずぐっと拳を握る。これらなら、あれを上手く使えば……!
「ティルヒルさん! 長老さん達から言われていた大防壁の次善策ですが、行けるかもしれません!」
「え、ほんと!? やったじゃん!」
隣で感心するように実験を眺めていたティルヒルさんが、僕の言葉に破顔する。
「ええ! 早速村に帰って報告しましょう!」
「あ…… う、うん」
しかし、そそくさと帰り支度をし始めた僕に対し、ティルヒルさんの端切れは悪かった。なんというか、まだ帰りたくなさそうにしている。
「あ、あれ…… どうしました?」
「えっと、その…… ほら、お昼! ここ結構景色もいーし、せっかく用意してきたんだから食べてから帰らない?
あ、あーしお腹すいちゃった! あー、このまま食べずに飛んだら途中で墜落しちゃうかもなー……?」
「な、なるほど。いい景色、ですか……」
空々しくそんな事を言うティルヒルさんに、僕は思わず眼下の光景を見下ろしてしまった。そこに広がるのは途方もなく広大な茸の森。正直、地獄のような景色だった。
「あ、あはは。いい景色は、ちょっと違ったかも…… えへへ……」
僕に釣られて奴に視線を向けた彼女は、あちゃー、といった感じで気まずげに笑った。
そんな様子がおかしくて僕が思わず吹き出してしまうと、彼女も連れて大きな声で笑い始めた。
「はははっ。ふー…… そうですね。墜落しちゃったら大変ですし、ここでお昼を食べていきましょうか」
「うん! じゃ、座って座って!」
二人して並んで高台の淵に腰掛け、持ってきたお弁当のサンドイッチを頬張る。
なんだかいつもより距離が近い気がしてドギマギしてしまい、会話にも食事にもちょっと集中できない……
「それにしてもタツヒト君。雷だけじゃなくて火の呪術もすっごく上手だね! 外の世界でも、君に火の扱いで勝てる人って中々いないんじゃない?」
「へ……? いやー、そんな事ないですよ。魔術師協会…… えっと、世界規模の呪術師集団の長の人とか、以前話した財宝好きの呪炎竜とか、僕より練達した火魔法の使い手は結構いましたよ」
「へぇ〜…… 世界って広いんだねぇー。ねね、あーしより風の呪術が上手な人って--」
話題はすぐに実験の内容から脱線していき、昼食を終えてもたわいも無い話が続く。
時間を忘れたように話す内に足元に巨大な茸の津波が迫った頃、僕らは後ろ髪を引かれるようにして漸くその場を後にした。
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