第395話 長老集会(2)
『ふむ…… ではまず手前側のお主から。村と自身の名を述べてから話すのじゃぞ。誰ぞ、そ奴に遠声の術を』
ナーツィリド長老が一人の質問者さんを指してそう言うと、広場の隅に控えていた村の呪術師さんが頷いた。
--なんか、さっきまでは厳かな大集会って感じだったのに、途端に講演会みたいな雰囲気になってきたな……
以前テレビで見た何かの講演ではマイク係の人が大変そうだったけど、この村の呪術師さんは飛べるので、質問者さんの元への移動をほんの数秒で終えてしまった。
その呪術師さんに促され、少し神経質そうな若いアツァー族の質問者さんが話し始めた。
『あー、ターア村の勇者、ハセヤだ。知らせを貰ってから、俺も自分の目で大陸茸樹怪を確かめに行ったんだが…… 確かにあれは人の手に負える魔物じゃねぇ。逃げるのが正解だろう。
だが腑に落ちねぇ事がある。タツヒトさんよ。何故俺達の誰かでなく、外から来たあんたが雷の神鳥の御使なんだ? 俺はあんたの力をこの目で見てねぇし、はいそうですかとは信じられねぇぜ。
それに、俺たち全員の面倒を見てくれるって? あんたにそんなことができるかも疑問だし、そもそも何で外の人間であるあんたがそこまでするんだ?』
おぉ、めちゃくちゃ疑われている。しかし至極真っ当な指摘だ。
高い櫓の上から集会場を見渡しているので、何十人もの人達がハセヤさんの言葉に頷いているのが見える。
うーん…… これは見せた方が早いか。僕は同じく櫓の上にいるナーツィリド長老とティルヒルさんに頷きかけてから、一歩前に出た。
『タツヒトです。ではまず、みなさんお立ちになって、後ろを振り返ってください。そして、正面、遠くに小さい岩山が見えると思うんですが、そこにご注目下さい』
発着場から広場までは一直線の大きめの道が通っている。なので、村の中央広場であるここからも外の景色が見えるのだ。
広場に集まった人々が訝しがりながらも後ろを向いてくれた後、僕は天叢雲槍を空に掲げた。
今日は比較的天気がいいせいか多少苦労しつつ、いつものように雲を育てていく。
--ゴロゴロゴロッ……
急に陽が翳り、遠く雷鳴が轟き始めたことで広場がざわつきだした。
僕から強力な魔法の気配を感じ取ったのか、岩山ではなくこちらに注目している人達もいる。
『皆さん、僕ではなく岩山を見ていて下さい。 --いいですか? では…… 『天雷!』』
カッ。
僕らの視線の先、村から数km離れた辺りに雷光が瞬き、天から落ちた極太の雷が岩山を穿った。
すると、小さめのビル程の大きさがあった岩山が真っ二つに割れ、ゆっくりと左右に別れながら倒れていく。
「「……!?」」
その光景に、広場にいた数百名が一瞬にして静まり返った。
二つに分かれた巨岩が土煙をあげながら地面に転がり、光から十数秒ほど遅れて雷鳴と岩山が砕けた音が届く。
すると広場は再びざわめきに包まれ、何十人かが慄くように僕に向き直って跪いた。や、やべ。ちょっとやりすぎたかも……
魔力を大量に消費したことでふらつきながらも、僕は努めて平静を装い言葉を続けた。
『僕の力については今ご覧頂いた通りです。ですがこの力を持ってしても、大陸茸樹怪を倒すことはできないでしょう。
勇者ハセヤがおっしゃった通り、あれは人の手に負えるものではないのです……』
僕らがこれまで倒してきた敵の中で最も強力だったのは、やはり邪神、死を紡ぐ蜘蛛だろう。
その邪神には、人類の最高戦力である紫宝級の手練れ六名、総勢六万の軍勢で挑み、多くの犠牲を出しながらやっと勝つことができたのだ。
そして、大陸茸樹怪は邪神よりも確実に強い。何せ途方もなく大きいし、青鏡級であるティルヒルさんの身体強化を貫く攻撃力まで持っている。
知能はあまり感じられ無かったけど、あそこまで大きいとそんなことはもう関係ない。天災のような存在だ。
その邪神より強い奴を相手取るのには、圧倒的に戦力が足りない。ナパの全人口は十万人ほどなので、戦いに動員できるのはどう頑張っても三万がいいところだろう。
紫宝級の手練れも、ヴァイオレット様と、おまけして僕の二名しかいない。絶対に勝てないのだ。
『次に、僕にナパの人達を支える事ができるかについてですが…… 僕は外の世界で、この力と仲間達のおかげで多くの財産を築きました。皆さんが南の大陸に避難した後、生活基盤が整うまでの間くらいは大丈夫です。現地に別の仲間もいますし。
最後に、僕が何故ここまでするかについてですが……』
僕はそこで一旦言葉を止めた。 --言われて見ればなんでだろ?
まぁ、短い付き合いだけどアゥル村の人達にはとても良くしてもらったし、みんないい人達だ。
関わったからには、そんな人達が困っているところを放って置けない。言葉にするとその程度の事なのかもしれない。
なんとなくティルヒルさんに視線を向けると、彼女も僕の方を見ていたようでちょうど目が合った。うん、そうだな。結局はここの人達が……
『--好きだから、でしょうね』
僕がそう締めくくると、会場は大きなどよめきに包まれた。櫓の上にいるティルヒルさんは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせ、ナーツィリド長老は満面の笑みを浮かべている。
あ、あれ……? まずい…… なんか言葉が足らなかったかも……!?
しかし訂正の言葉を発する前に、ハセヤさんが何やら感極まった様子で口を開いた。
『--よく分かった。失礼した御使殿。俺は、貴方を信じよう……! 俺達の村は避難案を支持する!』
彼女は僕に向かって最敬礼すると、こちらが返答する間も無く座ってしまった。
会場の方々が僕に向ける視線にも、好意的なものが多くなったように感じられる。
--ま、まぁよし。これで撤退案に票が入りやすくなっただろう。自分から御使と名乗ったわけじゃないので嘘は言ってないし…… うん、セーフセーフ。
『ふふっ。若さとは良きものじゃな…… さて、避難を支持する意見が出たわけじゃが…… よし、次はお主じゃ』
会場は一気に撤退案に傾いたかに思えた。しかし、ナーツィリド長老が次に指名したその人は違った。
矍鑠としたアツァー族のご老人は、怒りを隠そうともせずに声を荒げた。
『コース村の長老、タイエンだ…… 先ほどから聞いておれば……! 強大な力を持つ御使と言えど、所詮は軟弱な余所者!
ここに雁首を揃えている貴様らは、遥か祖先の代から守り続けてきたこの土地を何と心得るか!?
臆病者共は勝手に逃げれば良いわ! 残った者達だけが誇りあるナパの民達よ! そうであろう!? 儂は断固としてこの土地を守るぞ!!』
「「--おぉ…… おぉぉぉぉ!!」」
タイエン長老の言葉を受けて、会場の結構な割合の人達が一斉に湧く。
まずい…… この人言ってることは無茶な精神論だけど、意外に人望があるっぽいぞ……!
『ふむ。真っ向から対立する意見が出たようじゃな。では次、お主じゃ』
次に指名されたのは、結構若く見えるナァズィ族の人だった。
『セイン村の長老、ハロナです。私達の村は避難案を支持します。 --ナパ全土のために我が村の恥を晒しまが、今日ここに来るはずだった我らが勇者は、すでこの世に居ません。
血気に流行ってかの大陸茸樹怪に近づきすぎ、呆気なく食い殺されてしまったのです……』
『なっ…… お主の村の勇者とは、あの鉄砂の勇者ベーシュか……!? なんということじゃ……!』
「嘘…… ベーちゃんが……!?」
ハロナ長老の言葉に、冷静に会を進めていたナーツィリド長老が激しく狼狽し、ティルヒルさんも目を見開く。
どうやらかなり重要な人物が亡くなってしまったらしい。
『そうです。勇者ベーシュは、黒翼の勇者ティルヒルに次ぐ言われるほどの実力者でした……
あの悪夢のような茸に、ナパ最強格の勇者二人が揃って敗れた形になります。そんなものを相手に、どうやっても勝てるわけがない……! つまらぬ意地は捨てて、今すぐにでも避難するべきなのです!』
「つまらぬ意地だと……!? それは儂に言ったのか!? この穴倉住まいの若造がぁ!」
タイエン長老が馬鹿でかい声で叫び、ハロナ長老に猛然と蹴り掛かった。
喧嘩はその二人だけに留まらず、周囲の人々を巻き込んだ乱闘に発展し、話し合いの再開まで小一時間ほどを要した。
そんなアクシデントを挟みつつも、防衛するか避難するかの話し合いは続けられ、いつの間にか日は沈んでいた。
篝火が灯されてからも喧々諤々の意見交換は止まず、ご高齢の方々が疲れ果てた頃にようやく投票が始まった。
防衛側と避難側。投票用の二つの壺に、各村のリーダーたちが木札それぞれ入れていく。
その後集計が行われ、数を確認したナーツィリド長老が厳かに口を開いた。
『同胞達よ、結果を知らせようぞ。 --避難は148票、防衛が165票であった。僅差ではあるが、これがナパの選択じゃ……
我々は、永きに渡りこの地を守り続けて来た……! そして今、強大な大陸茸樹怪がこの地を侵そうとしておる!
決して容易な道では無い! じゃが、我らは今決断したのじゃ! 奮い立て同胞達よ! 我らの土地は、我らで守り抜くのじゃ!』
ナーツィリド長老が高らかに採決を叫ぶと、広場は興奮と大歓声に包まれ、呟くような絶望の嘆きはかき消された。
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