第393話 歓喜と落胆
ズズズッ……
僕らを乗せた岩棚が、地表からエレベーターのように岩山を登っていく。
プルーナさんの土魔法による操作はやはり完璧で、岩棚はほんの数十秒程で殆ど揺れる事なく頂上に到達した。
そこにはすでに、ナーツィリド長老を始めとしたアゥル村の人々が僕らを待ってくれていた。
出発した時と同じ人数で帰ってきた僕らを目にして、長老さん達はほっと胸を撫で下ろしたようだった。
「魔境よりよくぞ帰った……! ティルヒルよ、そしてタツヒト達よ。皆、無事のようじゃな」
「うん……! ただいまおばーちゃん! 一週間ぶりだね!」
そんな長老さんを、ティルヒルさんが飛びつくように抱擁する。
そういえば彼女、こんなに村を長く空けたの久しぶり、おばーちゃん達大丈夫かなって、後半ソワソワしてたもんな。
長老さんも穏やかな表情でティルヒルさんの抱擁を受け入れているし、村の人たちもそれを穏やかに見守っている。
「皆さん、ただいま戻りました。ティルヒルさんを無事にお返しできてよかったです。あ、これお土産です。どこに置きましょう?」
僕は、ゾォール山から持ち帰ったものの一つ、空の石と呼ばれる宝石の原石を差し出した。一抱えはある茶色い石の所々から、水色の綺麗な色彩がのぞいている。
長老さんや村の人達がそれを見て感嘆の声を上げた。よかった、喜んで貰えたみたいだ。
「ほぉ……! これはありがたい。聖地ゾォール山が魔境となってからは、空の石は殆ど手に入らなくなっていたのじゃ。
ひとまず儂の家に運んでもらえるじゃろうか? そこで食事でもしながら、此度の冒険譚を聞かせてくれ」
場所を長老さんの家の居間に移し、僕らは今回のゾォール山での出来事を語って聞かせた。
聞き手は、ナーツィリド長老やビジールさんを始めとした村の重鎮の人達だ。
千を超える擬態鬼の大群を退けた僕らは、散発的な襲撃を受けながらも着実に山頂へと歩みを進めた。
ただ、一回だけ鳥堕としに流れ弾が当たってしまい、周り中から弾丸の雨を浴びせられるアクシデントがあった。
その際運悪く、ゼルさんが硬質な種の弾丸をお尻に食らってしまった。かなり近い距離だったせいもあるのだろうけど、種は青鏡級である彼女の強力な身体強化を貫通し、半ばほどまで肉に食い込んでいた。
必死に笑いを堪えながら治療するロスニアさんに、ゼルさんはにゃんでウチばっかし……! と涙目で悪態をついていた。
あの日は彼女のお尻の厄日だったらしい。
さておき、結局僕らは丸一日ほどをかけて山肌の森を抜けることに成功した。
かなり急いだせいか後衛組に高山病っぽい症状が出てしまったけれど、大怪我を負った人は居なかった。
その後は休息を挟み、シャムのナビゲーションにしたがって銀色の古代遺跡を探した。
周囲にそれらしいものが見えなかったので、とりあえず範囲を絞って山肌に穴を開けまくっていたら、なんとあっさりと当たりを引くことができた。
山頂付近の山肌の下に造られていた空間。その中に銀色の古代遺跡は佇んでいた。
驚くティルヒルさんを引き連れて遺跡に入り、僕らはいつものようにシャムに使用可能な部品を探した。
ここ以外の大陸は全て調べ尽くしてしまったので、この魔獣大陸の遺跡が最後の希望だった。
探索とロスニアさんの判別の結果、僕らは一つ使用可能な部品を手に入れることが出来た。
そう、一つだ。
邪神との戦闘による負傷で体が縮んでしまったシャム。彼女の完全復活には、今まで集めてきた部品に加えて胴体と左脚の二つの部品が必要だった。しかし今回入手できたのは左脚の一つのみ。
一年振りに当たりを引けたという歓喜は、完全復活の可能性が絶たれたことによる深い落胆を上回ることは無かった。
シャムは入手できた左脚を抱えながら呆然とし、僕らも暫くその場から動けなかった。
その後なんとか立ち直った僕らは、若干集中力を欠きながらも下山し、出発から一週間後の今日、村へ帰ってきたというわけだ。
--今回の旅ではシャムの完全復活は叶えられなかったけれど、それでも最後の一歩まで近づくことが出来た。
今の所、最後の胴体部品の入手の当ては無いけれど、何か別の方法があるかもしれないし、それを考えるのは聖都に戻ってからでいい。
何せまだ僕らにはまだ、大陸茸樹怪対策に関する相談役という重要な仕事が残っているのだ。
もっと大変な状況にあるティルヒルさん達が居るのに、僕らが落ち込んでいる暇は無い。
そんな感じで一部をぼかしながらゾォール山での一部始終を語り終えたけど、村の重鎮の皆さんは時折静かに感嘆の声を上げていた。
やっぱり、戦う人達は幾つになっても冒険譚が好きらしい。
「千を超える擬態鬼か…… 流石は我らが勇者、流石は雷の神鳥の御使とその戦士達だ。よくぞ過酷な戦いを生き残った。
--そしてその子、シャムに掛かった呪いを解くためのものは、完全では無いにしろ手に入った。そういう訳じゃな?」
長老さんの言葉に、今はもうすっかり立ち直ったシャムが元気よく答える。
「そうであります! 一歩前進であります!」
「ふふっ、だね。 --これもティルヒルさんや村の皆さんのおかげです。改めて、ご協力頂きありがとうございました」
僕に続いてみんなが揃って頭を下げると、ティルヒルさんは慌てたように手を振った。
「い、いーってそんな! あーしは恩を返しただけだし! 気にしないで!」
彼女のそんな様子に場の空気が和らぐ。こうした彼女の明るい性格には、ゾォール山攻略時に何度も助けられた。ゼルさんとの相乗効果がすごかった。
「--だが、なぜ我らの聖地にそれほど大量の擬態鬼などが……? しかも棍棒栗鼠共が全滅していたとは…… 勇者よ、貴方もさぞ無念だったろう……」
一人首を捻っていたビジールさんが、慮るような視線をティルヒルさんに向けた。
無念……? あ…… そうだった……! この村は過去に棍棒栗鼠の大群の襲撃を受けていて、ティルヒルさんはその時にご両親を亡くしている。
その棍棒栗鼠達が全滅したとなると、彼女は敵を討つ機会を失ってしまったような形になるのか……
しかしティルヒルさん本人の表情を伺うと、特に悔しがっている様子は無かった。あれ……?
「うーん…… 無念ってほどでも無いかなー。ちょっとは思うところあるけど、おかーさん達のことって覚えてないから、正直実感なくて……
--あ、ごめん! ジルジル達にとっては違う、よね……?」
慌てて謝るティルヒルさんに、ビジールさんや他の重鎮の人達は最初愕然としていた。
しかし、彼女達の中で何かが変化したのだろう。その表情は疲れたような笑みに変化していった。
「いや、勇者よ。貴方が謝ることなど何一つ無いのだ。 --そうだな。我々もそろそろ、区切りを付けなければ……」
「ですね…… 何も若い世代にまで恨みを伝えていく必要はありません」
「うむ……」
ビジールさんの言葉に他の重鎮の皆さんが頷く。
十数年前にあったという棍棒栗鼠の大群による襲撃は、当時戦士だった彼女達に大きな傷跡を残していたらしい。
暫くして長老さんが口を開くまで、居間の中はしんみりとした空気に包まれた。
「おっと、あまり年寄りの話に若人を付き合わせるものではないな…… タツヒトよ。お主達はここでの目的を果たしたわけじゃが、まだ暫しの間ここに滞在してもらいたい」
「ええ。大陸茸樹怪の件ですね。心得ています」
「うむ…… あと数日の内にナパ全土から各村の代表がここへ集い、この地の行末について話し合う事になっている。
お主達にはまずこれに参加してもらいたい。かの天災の如き魔物を最もよく知る者として、是非知恵を貸して欲しいのじゃ」
「なるほど…… 分かりました。しっかり勤めさせて頂きます」
長老さんの言葉に、僕は神妙に頷いた。
ナパ全土の代表が集まる会議…… 長老集会ってところかな。できれば、防衛ではなく撤退を選択してもらいたい所だけど……
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