第391話 聖地ゾォール山(2)
大変遅くなりました。木曜分ですm(_ _)m
一蹴できる魔物は足を止めずに蹴散らし、手強い魔物との戦闘はなるべく避けて走ること暫し。
目的地まで半分ほどの距離にきた僕らは岩場の陰で昼休憩をしていた。
昼食はお弁当に作ってきたサンドイッチで、コーンブレッドの甘味と燻製肉の旨み、根菜類のシャキシャキ食感が非常にマッチしていて、みんなに大好評だった。
「ふぅ…… このカッファってやつ、ほんとにおいしーね! あーしはシャムシャムと一緒でお砂糖入れないと飲めないけど」
「ふふっ、ご自身が一番美味しいと感じる飲み方でいいんですよ」
ティルヒルさんが食後の珈琲を飲みながらにこにこと感想を伝えてくれる。
鳥人族である彼女の手は三本指で、本数が少ない分小さく見える。
そのせいだろう。そのちっちゃなおててでを使い、両手でしっかりとカップを持っている姿がなんだか可愛らしい。
「シャムからしたら、カッファに砂糖は必須であります! 休憩時の糖質補給の観点からもこの飲み方の方が優れているであります!
ふぅー、ふぅー…… あちちっ、まら熱かったでありまふぅ……」
「あらあら。ほらシャムちゃん、お水を飲んで。火傷になってないですか?」
「うー…… らいじょうぶでありまふ」
ちょっと涙目でベロを出すシャムに、ロスニアさんが甲斐甲斐しく水を差し出してくれる。
「あはは、淹れたてって結構熱いよねー。ほら、あーしが冷ましたげる」
ヒュゥゥゥゥ……
ティルヒルさんがシャムが持つカップに翼を差し向けると、小さく風音が鳴り始めた。
風音は十数秒ほどで止み、恐る恐るカップに口をつけたシャムは満面の笑みを見せた。
「わぁ…… ティルヒル、ありがとうであります! 物凄く適温であります!」
「んふふ、どういたしまして、であります!」
笑い合う二人に、僕はちょっと目を見開いてしまった。どうやら今ティルヒルさんは、贅沢にも風魔法でシャムの珈琲を冷ましてくれたらしい。
手元から結構離れた場所に、熱々の珈琲がすぐに冷めるほどの風を巻き起こしつつ、カップの中身が溢れないよう風速や風向きを調整、維持する。これ、かなりの高等技術なのでは……?
僕と同じことを思ったのか、プルーナさんも感嘆の声をあげた。
「すごい…… ティルヒルさんの風魔法、じゃなくて風の呪術ですか。強力なだけじゃなくてかなり精密ですよね…… あ、あの…… その風の呪術ってもしかして独学ですか?」
「ん? んー…… あーしの場合は半々かなー。投げ棍棒を使った戦い方は結構自分で考えたけど、呪術の基本は村の大人の人達に教えてもらったから--」
ティルヒルさんによると、どうやら呼び名が違うだけで呪術と魔法は同じ存在のようだ。
ただ、理論の部分はごっそり抜け落ちていて、かなり直感や感覚に頼った素朴なものらしい。アツァー族の人達は文字を持たないので、呪術の技術も口頭や実演によって伝承してきたのだとか。
魔法陣の製造技術も失われていて、ティルヒルさんは僕らが持っている筒陣を仕込んだ杖や手甲などを見て驚いていた。
彼女曰く、別の村の呪術師が似たような呪術具を持っているそうだけど、ナパ全体を見回しても数点かるかどうかという事だった。
これ、過去にはこの大陸にも魔導士協会的な組織があったってことなのかな……?
加えて、話の流れでティルヒルさんの生い立ちについても知る事ができた。
残念ながら、彼女のご両親は彼女が物心着く前に亡くなってしまったのだそうだ。
過去、人間大の栗鼠型の魔物が大挙して村に登ってきた事があり、その時に出た夥しい犠牲者の中に、彼女の両親や当時の長老などの村のリーダー格も居た。
当時はまだベテラン戦士だったナーツィリド長老も、防衛戦の際に片目を失ってしまった。
長老は現役を退くのと同時に長老に就任。ティルヒルさんを引き取って育てながら、自身の戦闘技能の全てをティルヒルさんに叩き込んだ。
ちなみに、ティルヒルさんのご両親の毛色は普通だったそうだ。黒真珠のような肌と毛色を持って生まれた彼女は、そのせいで幼少期に色々とあったらしい。
しかし、努力の末に戦いの才能を開花させてからはその色々も鳴りを潜め、勇者になった今では村の内外から黒翼の勇者と呼ばれているのだとか。
「黒翼の勇者ですかぁ…… 格好いい二つ名ですね!」
「そ、そかな…… んふふ…… でも、タツヒト君達だったら二つ名の一つや二つあるんじゃない? ねぇねぇ、外の世界ではなんて呼ばれてたの?」
ティルヒルさんの無邪気な質問に、僕は瞬時に表情を固くした。
「僕は、その…… 『雷公』って呼ばれてましたけど……」
「えー! 格好いいじゃん! --あれ。でも雷はわかるけど、公ってどーゆー意味?」
「え、えーっと……」
王族ののように多くの女を侍らせているから、などとは決して説明できない。
どうしようかと思って目を泳がせていると、ゼルさんと目が合った。
助けて! その思い込めて視線を送ると、彼女はニンマリと嗤い返してきた。あ、ヤバそう……
「にゃふふ。タツヒト、ウチは『傾国』の方がいいと思うにゃ。そっちの方がおみゃーをよく表して--」
「わー! み、みんな、もう十分休めたんじゃないですか!? そろそろ出発しましょう! ほら、早く!」
いきなり荷造りをし始めた僕に、ティルヒルさんがきょとんとした表情を向ける。
他のみんなが笑いを堪えながら僕に続いてくれる中、ゼルさんだけが一人爆笑していた。
くそぅ…… もう腰とんとんしてあげないんだから!
その日の夕方。僕らは目的地である聖地ゾォール山の麓まで数kmのところまで来ていた。
高い標高を誇るゾォール山は白一色に染まっている。この辺でもすでに足が軽く埋まるくらいに雪が積もっているので、登頂するのはかなり大変そうだ。
今はすっかり雪に覆われているけれど、麓から中腹にかけてはナパの中では珍しいくらい樹木が沢山生えている。春や夏に来たらかなり緑豊かな山なんだろうな。
ただ、その自然豊かな山は現在魔境になってしまっている。なので今日は少し離れたここにシェルターを作って野営し、明日の朝から仕掛ける予定だ。
「予定通り到着できましたね。でも、ここから見てると静かなものですし、全然魔境って感じがしないですけど……?」
「あーね…… 外から見たらね。でも…… あ、ほらあれ。多分人面鳥かな? 丁度麓の森の上を通るみたいだから、よーく見てて?」
ティルヒルさんが翼で指す方を見ると、森の上空に入ろうとしている翼影が小さく見えた。あれか。
言われた通りに注視していると、その翼影が突然僅かに上空方向に跳ね、急激に失速した。
「「……!?」」
全員が驚いて見守る中、翼影は錐揉み回転しながら森の中に墜落してしまった。
何が起こったんだ……!? 遠すぎてその正体は分からなかったけれど、森から高速で飛来した何かに、人面鳥が撃ち落とされたようにも見えたけど……?
「これは…… なるほど。君ほどの手練が近づくのを躊躇するわけだ。翼を持つアツァー族にとって、確かにあそこは死地だろう。
今のは、例の特殊な樹怪がやったのだろうか?」
「うん、ヴィーちゃん正解。あーしらは鳥堕としって呼んでるけど、すんごく厄介なんだよねー……
あいつら蔦みたいな見た目なんだけど、背の高い木に、えっと、寄生? するらしんだよね。
で、さっきみたいな感じに、寄生した木の上を通る奴にああして種を打ち込んで落としちゃうの。
なんで、あの山に飛んで近づくのはあーしでも危ないんだよね。あいつら、多分ここから見える木全部に寄生してるんだよ? ヤバくない?」
「それは…… 非常にヤバいな…… 加えて、森には大量の栗鼠型の魔物まで住み着いていると……」
ヴァイオレット様が真剣な表情で頷いているけれど、ティルヒルさんの口調がちょっと移ってしまっているので、若干シリアスさが損なわれている。
ティルヒルさんの説明で、静かに佇むゾォール山が難攻不落の要塞に見えてきた。
これは確かに厄介だ。でも、この面子なら……
「うん。あーしらって、あんまし地面でバチバチやるのに向いてないからさ。空からも地面からも、あの山には今まで近づけなかったの。ま、でも、みんなと一緒ならいけるっしょ!」
笑顔と共に全幅の信頼を向けてくれるティルヒルさんに、僕らは大きく頷いた。
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