第390話 聖地ゾォール山(1)
めちゃくちゃ遅くなりました。水曜分ですm(_ _)m
2025/5/18 聖地に住み着いている魔物を猿型から栗鼠型に変更
御使騒動の翌朝。僕は少し重い体を引きずるようにベッドから起き出した。どうやらまだ魔力が完全に回復しきっていないらしい。
以前はもっと回復も早かった気がするけど、これは多分位階が上昇したせいで、保有可能な最大魔素量が増えたせいだろう。 --歳のせいとかじゃ無いよね……? 僕まだ十七歳だし。
さておき、今日も今日とてティルヒルさんの勇者業のお手伝いだ。彼女は、だるそうな僕を見て今日は休んでなよーと心配気だったけれど、居候の身でそうもいかない。余程の強敵が相手じゃなければ問題は無いし。
しかし、なんだろう。ティルヒルさんは若干挙動不審で目を合わせてくれないし、他のみんなが僕らを見る目も何か生暖かいような……?
みんなに尋ねてもなんだ上手くはぐらかされてしまい、僕は首を傾げながらティルヒルさんの仕事、狩りや魔物の駆除などをこなした。
ちなみに同行したアツァー族の戦士や呪術師の人達は、御使騒動以降、僕に対して露骨に畏まった態度になっていた。
なんだか落ち着かなかったけれど、ティルヒルさんだけは態度を変えずに接してくれたので、非常にありがたかった。さすがギャル。
仕事をこなす間、アゥル村からはひっきりなしに人が飛び立ち、他の村からも沢山人が訪ねてきていた。
そのお客さん達は全員ナーツィリド長老の家に入っていき、例外なく険しい表情で帰っていった。
おそらくナーツィリド長老主導の元、各村の長の間で大陸茸樹怪の対応が協議されているんだろう。
--ティルヒルさんも言っていたけど、あのアメリカサイズすぎる茸に人類が勝てるとは思えない。勝つ見込みが無い以上、今すぐにでも撤退の準備を始めるべきた。
でも、何世代もかけてこの村を作り上げ、生まれた時からここに住んでいる人々達にとっては、撤退は心情的に難しい選択だろう。
果たしてナパ全体の意見はまとまるのか、撤退か防衛か…… いずれにせよ、僕らはできる範囲で彼女達の手伝いをするしかないのだけれど。
そうして日々を過ごすこと数日。僕の体調は完全に回復し、ティルヒルさんの勇者業の方もひと段落した。
そなわけで今日、僕らは本来の目的であるシャムの部品回収のため、南東の山岳地帯へと出発する。
「--かつて空の石を我らに齎した聖地ゾォール山は、今や我らにとっての死地…… 近づく者の悉くを地に堕とす魔境へと成り果てた。
だが、ナパで最も強き勇者、そして雷の神鳥の御使とその戦士達であれば、無事に目的を果たして来れるじゃろう。
ティルヒルよ。お主の命の恩を返すため、タツヒト達をしっかりと案内してくるのじゃぞ」
場所は村の端の発着場。長老さんをはじめとした村の人々が、僕らを見送りに来てくれていた。
先だって聞いた話では、これから向かうゾォール山は、ナパの中にあって水源や緑も豊富な非常に良い場所らしい。
そこで採掘できる空の石というのは、水色に薄く茶色や黒の模様が入った綺麗な宝石で、この村の人達がつけている宝飾品にはほぼ必ず使用されている。
村長さんが現役だった頃は、魔物が多いもののまだ普通に立ち入ることができたのだとか。
しかし、特殊な樹怪が異常繁殖し、栗鼠型の魔物が大量に住み着いてから立ち入ることが困難になってしまったそうだ。
ちなみに、古代遺跡らしきものがあるという話は聞けなかった。多分、また分かりずらい形で偽装されているんだと思う。今回はシャムの地図通りの場所にあるといいのだけれど……
「うん、任せておばーちゃん! 多分、一週間くらいで戻って来れると思うよ!」
長老さんの言葉に元気よく頷くティルヒルさん。御使云々はともかく、このみんなから愛されている勇者様は絶対に無事にお帰ししなければ。
「長老さん、みなさん。お見送りありがとうございました。行って参ります」
「それでは動かしますね。下へ参りまーす」
ズズッ……
村長さん達が見守る中、プルーナさんの土魔法により、僕らが乗った岩棚は滑らかに地表へと降下し始めた。
地表へ降りた後は、いつものように魔法型を戦士型が背負う高速移動モードで目的地を目指した。
僕らと歩調を合わせるためと言って、ティルヒルさんは飛行せずに僕の隣を走ってくれている。
翼を少し広げて地表を飛ぶように走る姿には、地球世界のスポーツカーのような洗練された美しさがあった。
「な、なになにタツヒト君。あーしなんか変?」
僕の視線に気づいたティルヒルさんが、自分の体を見回し始めた。
「あ、いえいえ。飛んでいる時も優雅でしたけど、走る姿も格好いいなぁと……」
「……! も、もう! タツヒト君てば褒めすぎー! んふふ……」
にまにましながら今度はスキップするように走るティルヒルさん。
そんな彼女の様子に癒されていると、隊列の先頭を走っていたキアニィさんが鋭い声を上げた。
「あら…… 正面に犬型魔物の小集団! こちらに向かってきますわぁ!」
慌てて正面に視線を戻すと、狼のような姿の魔物数十頭、猛然とこちらに向かってきていた。
まだかなり距離があるけど、向こうの足は結構速い。戦闘を避けようとすると時間を食ってしまいそうだな……
「了解です! 進路そのまま、接敵前に遠距離攻撃で蹴散らします! 各自、攻撃開始!」
「まっかせて! ていっ!」
僕の声に真っ先に答えたティルヒルさんが、たん、と地面を蹴った。
中空で高速水平回転する様は、まるでフィギュアスケートのジャンプスピンのように流麗だ。
しかし回転運動に乗せて投擲された小型のブーメランは、音を置き去りにする凶悪な速度で飛翔。
よだれを垂らして僕らに襲い掛かろうとしていた犬型の魔物の体を、数体まとめてぶち抜いた。
「「ギャンッ!?」」
小型ブーメランは勢いを多少緩めつつも、鋭角な軌道でティルヒルさんの手元に戻ってきた。
風魔法による精妙な軌道調整の賜物だろう。やはり凄まじい技量だ。
「むっ、シャムも負けないであります!」
続いてシャムもぴょんと跳び上がり、烟るような速度で一息に矢を三本放った。
走りながら攻撃すると投射物の軌道はどうしても上下にぶれてしまう。なのでこうして滞空時に攻撃するのだ。
完璧に弾道計算された矢は、三本ともそれぞれ別の魔物の眉間を貫通した。元々正確無比だった彼女の射撃技術は、この一年を経てさらなる高みに達していた。
「「キャィンッ……!」」
一気に群れの三分の一程が減った事で実力差を理解したのだろう。
犬型魔物の群れは転進し、僕らから全速力で逃げていった。この間およそ数秒、僕が魔法を放つ間も無かった。
「おぉ、出る幕が無かった…… 二人とも、ご苦労様です!」
「えっへん、であります! ティルヒル、流石の初動でありました!」
「シャムシャムもやるぅ! --あ、でもここ、まだ村の近くかぁ…… こんなとこに魔物の群れが居るなんて、やっぱり魔物増えてる感じだね……」
走りながらシャムとハイタッチしていたティルヒルさんが、心配そうな表情で村の方を振り返る。
そうなのだ。ここはまだアゥル村の庭先。村の戦士達がこまめに駆除しているので、普段であればあの規模の群れは居ないらしいのだ。
「ええ…… ゾォール山へ急ぎましょう。大陸茸樹怪が近づくほど、追い立てられた魔物がナパに集まってくるはずです」
遠く西の果てに奴の存在を感じ、僕らは速る気持ちのまま地を蹴った。
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




