第389話 勇者、外堀を埋める
めちゃくちゃ遅くなりました。火曜分ですm(_ _)m
ナーツィリド長老から密命を受けたティルヒルは、タツヒト達が待つ自宅へのろのろと帰っていた。
彼女の信条は即断即決であり、戦闘でも普段の生活でもあまり悩む事がない。
しかしこの時ばかりはそうもいかず、その足取りには迷いがあった。
「確かにヴィーちゃん達怒らしたらまずいよねー…… そもそもあーし、男子落とすのなんてやった事ないし、どーすればいーんだろ……?
おばーちゃんは詳しくは教えてくれないし、ジルジルは真面目だから聞いたら反対しそうだし…… うー……」
長老は、直ぐにタツヒトの元へ走ろうとするティルヒルに待ったをかけ、重要な補足説明を行った。
曰く、「もちろん御使やその女達の怒りに触れてはならん。何、儂の勘ではほとんど上手くいくはずじゃ。お主の真心を持って当たるのが良かろう」とのことだった。
タツヒトとその仲間達はいずれも手練。普段、ナパ最強の勇者などと言われている自身の力を持ってしても、戦って勝てると断言できる者の方が少ない。
そんな者達の怒りに触れる事は村の防衛上も避ける必要があるし、何より恩人かつ友人である彼女達を悲しませたくは無い。
だが、自分の男に手を出そうとする女に、怒りを覚えない女がいるだろうか?
幼い頃から勇者として活動していた自分は、ただでさえ男子を惹きつける手管など知らないのだ。穏便にタツヒトと関係を持つことなど、不可能なのでは無いだろうか?
そんな風に悩むうちに自宅の前に辿り着いてしまったティルヒルは、そこで暫く足を止めた。
が、すぐに決断した。分からないなら、もう正直に相談してしまおうと。
「た、ただいま〜……」
自宅なのにおずおずと扉を開けたティルヒルを、居間に居た『白の狩人』の女達が出迎えた。
タツヒト以外の全員が囲炉裏を囲んで腰を下ろし、香草茶を飲んで寛いでいる。
「おかえりティルヒル。扉の前で立ち止まっていたようだが、何かあったのだろうか?」
「えっと、何でもないよ。ちょっと考え事しててさー……」
不思議そうにしているヴァイオレットに曖昧に答えながら、ティルヒルも彼女達の輪に加わるように腰をおろした。
念の為もう一度居間の中を見回すが、やはりタツヒトの姿は見えない。
例の件について探りを入れる絶好のチャンスである。ティルヒルはごくりと唾を飲み込んだ。
「--ねぇねぇ、タツヒト君は……?」
「ひどい魔力切れの症状でしたから、先に上で休ませてもらっています。タツヒトさんにはいつも、もう少し自分を労わって欲しいと伝えているのですが……」
「あの状況では仕方ないですよ…… 天叢雲槍で天候を操作して、さらに広域雷撃魔法まで放ちましたから、完全に回復するには数日はかかると思います」
上階を見上げながら心配そうにするロスニアとプルーナの言葉に、ティルヒルははっとした。
タツヒトは万に及ぶ魔物を屠った後、一人では立てないほどに疲弊していた。
雷の神鳥の御使と言っても、彼は神そのものではない。同じ人間なのだ。
「そっか…… 御使でも、そりゃ疲れる時は疲れるよね……」
「何を言ってますの、当然ですわよ。ところでティルヒル。あなた長老さんに、タツヒト君が雷の神鳥の御使だと話して来たのでしょう?
まぁ、この件に関しては彼もわたくし達も否定しているのですけれど…… 長老さんはなって仰っていましたの?」
「あ…… そ、それは、そのぉ……」
ティルヒルはキアニィの問いに答えられず、タツヒトが休んでいるであろう上階に一瞬目をやってから赤面した。
タツヒトが居ない今の状況は彼女にとって好機ではあるが、いざ彼女達に相談しようとしても中々切り出せなかった。
彼女のそんな様子に他の全員が怪訝な表情をする中、元貴族令嬢のヴァイオレットは瞬時に状況を把握した。
「ふむ…… キアニィ。おそらくこれは、協定の加入者が増える流れだな」
「え……? --あぁ、なるほどですわぁ。確かにナパに危機が迫る中、為政者であれば普通そう判断しますわねぇ……」
「え、え、なんの話?」
二人の会話が理解できずきょとんとした表情を見せるティルヒルに、ヴァイオレットが畳み掛ける。
「ティルヒル。おそらく君は、長老殿にタツヒトを籠絡せよとでも指示されたのだろう?」
「……!? な、何でわかったの!? --あ……」
「ふふっ、君は謀略には向いていないな。いや、これは褒め言葉でもあるのだが。
さておき、その様子では君も乗り気のようだ。しかし我々への負い目もあり、対応を考えあぐねていた…… そんなところだろう?」
「ヴィ、ヴィーちゃん…… もしかして、あーしの心読めるの……!?」
「違うさ。経験に基づくただの推測だよ。私はこれでも…… そうだな、大きな村の長の娘だったからな。そういった機微には敏感なのだよ。
それで、そんな君に提案がある。タツヒトに関する淑女協定に加入しないか? 彼を独占せず、淑女的にみんなで付き合う枠組みだ。ここにいる全員が加入済みだぞ?」
「淑女協定…… そ、それに入ればあーしもタツヒト君と…… で、でも、タツヒト君にはもう君達がいるし、あーし、迷惑にならないかなぁ……?」
「問題ないであります! 淑女協定には、この場にいる以外にもあと二名参画しているであります!
加えて、将来的に参画が見込まれる人員も数名いるでありますし、あと一人増えてもそろそろ誤差の範囲内だと思うでありますよ?
それに、シャムは家族が増えると嬉しいであります!」
もじもじと長身を縮こまらせていたティルヒルが、シャムの言葉に表情を和らげた。
「シャムシャム…… そっか、家族かぁ…… --え、てかタツヒト君て、あーしが思ってた以上に肉食系男子なんだね…… へ、へぇー……」
「まぁ、いーんじゃにゃいか? タツヒトの奴もおみゃーの事気に入ってるみたいだし、おみゃーもまんざらでもなさそうだにゃ。さっさとヤっちまえばいいにゃ」
行儀悪く寝転がりながらそんな事を言うゼルに、ティルヒルは目を見開いて驚愕した。
「ゼ、ゼルにゃー……!? 外の世界ってそんな感じなの!? 待って待って! あーし、まだ心の準備が……!」
「い、いや、彼女の意見はやや極端なものだ。まぁ私も概ね彼女の意見に賛成だが、段階は踏むべきだろう」
「う、うん! そーだよねヴィーちゃん! じゃ、じゃあ、その、加入、します……!」
「うむ! --だがティルヒル。心苦しいがこれは伝えておかなければならないだろう。
我々は自分達の目的を達成し、大陸茸樹怪対策を終えた後、ここから遥か東の大陸に戻らねばならない。そして、我々がいつまたここを訪問できるかも見通しがつかない……
タツヒトはいくら君の事を気に入ったとしても、それを投げ出してここに腰を据える男では無いし、君もおそらくここを離れるわけには行かないのだろう?
つまり高い確率で、君の加入は一時的なものになってしまうのだ。それでも、君はタツヒトとの仲を進展させたいか……?」
親密になればより辛い別れが待っている、その覚悟はあるか。
そんな意味が込められたヴァイオレットの言葉に、ティルヒルははっと息を飲んだ。そして、暫しの沈黙の後口を開いた。
「--うん、だいじょぶ。永遠に続くものなんて無いし、このまま何もしないなんて、あーしらしく無いしさ!」
「そうか…… 了解した、君を歓迎しよう! では、色々と詳細を詰めていくとするか。いくつか機密事項もあるので、その辺りも説明しながら--」
ヴァイオレットの流れるような説明に、ティルヒルは真剣な表情で耳を傾ける。
疲れ切って眠るタツヒト本人を他所に、淑女達の会談は深夜まで続けられた。
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