第388話 神鳥の御使(2)
すみません、めちゃくちゃ遅くなりました。月曜分ですm(_ _)m
ティルヒルさん達への説明は困難を極めた。
僕の事を雷の神鳥の御使と呼ぶ彼女達は、跪いたまま中々動いてくれなかった。
説得の末漸く立ち上がってくれたティルヒルさんに事情を尋ねると、まず雷の神鳥とは彼女達が信仰する神聖な存在の一柱らしい。
彼女達が身につけている宝飾品には様々な意匠が施されているけれど、一番多いのがその雷の神鳥のモチーフなのだそうだ。
ただの鳥の意匠だと思ってたら、結構重要な存在だったらしい。
それは巨大な鷲のような姿をしており、彼女達アツァー族より遥かに高い上空を高速で飛翔する。
雷と共に現れ、嵐を呼び、風を操るとされるこの存在は、ナパの歴史上で幾度も目撃例がある。
特に有名な逸話は人々を飢餓から救ったというものだ。
遠い過去、干魃と魔物の少ない時期が重なり、ナパの中で大規模な飢饉が生じた。
その際、突然激しい雷雨が生じて、途方も無く巨大な魚が天から降ってき。
見上げるとそこには巨大な翼影があり、それは嵐と共に去って行った。
ナパの人々はその魚で飢えを凌ぎ、恵の雨は作物を実らせたという。
なるほど。確かに僕は天候を操り、普通では考えられない規模で雷魔法を行使した。その雷の神鳥を連想してしまうのも無理はないけれど……
そんな信仰の対象のようなものになるのはしんどいし、人の身で神様に求められるような期待値を満足できるとも思えない。
何よりここまで畏まられるのは居心地が悪い。なので、『白の狩人』のみんなと一緒に根気よく説明したのだ。
僕は只の人間で、その雷の神鳥の御使などでは無いと。
しかし彼女達曰く、ナパの中で雷の魔法を使用できる人間はおらず、それを使えるのが御使であることの何よりの証明なのだそうだ。
雷魔法は確かに珍しいけれど、外の世界では僕だけが使えるわけじゃない。そう説明してみても、外の世界を知らない彼女達にはピンと来なかったようだ。
さらに、天候を操り、万に届く魔物の大群を一瞬で滅して見せたその力についても指摘された。
いやいや、確かに普通では考えられない規模の魔法を使いましたが、それはこの槍が凄いんであって、僕は修行を積んだだけのただの人間なんです。
え、その槍の由来……? --えっと、これは…… ここから遥か東の大陸に住む神様から下賜されたものですけど……
ならやっぱり御使じゃないか!
といった感じで、どうにも信じてもらえなかった…… 一部は合ってなくも無いんだよね、確かに……
それでその場での説得は一旦諦め、村に引き上げ、ティルヒルさんのお宅の客間に戻ってきたのが今だ。
正直、魔力切れと気疲れでもう眠りたかったけれど、僕にはやらなければならない事があった。
「アラク様。違うんです、アラク様……!」
そう呟きながら、普段から行なっている天叢雲槍のお手入れを、いつもよりさらに丁寧に行う。
おそらく雷の神鳥とは、アラク様がおっしゃっていたこの地を支配する神獣御本人か、その眷属だろう。
アラク様に非常にお世話になっている僕としては、彼女ではない見ず知らず神様の御使と扱われるのは非常に座りが悪い……
僕は、結局いつもの三倍程の時間をかけて槍を手入れし、念入りに感謝と弁解の祈りを捧げてからやっと床に就いた。
***
タツヒトが天叢雲槍を磨いている頃、ティルヒルは自身が目の当たりにしたことナーツィリド長老に報告していた。
場所は長老の自宅の居間。人払いが行われ、部屋の中には二人しか居ない。
興奮気味でやや要領を得ないティルヒルの話に、長老は時折質問を交えながら根気強く耳を傾けた。
「--だからさ! タツヒト君は違うって言ってるけど、あの子絶対雷の神鳥の御使だよ! ねぇおばーちゃん、すごくない!?」
「ふぅむ…… なるほど、話は分かった。 --少し待つのじゃ」
長老は愛用の長いパイプに火を点けると、目を閉じてゆっくりと煙を吸った。熟考する際の彼女の癖である。
それを心得ているティルヒルは、長老の言葉をそわそわと待った。そして数分後、長老は漸く目を開けた。
「--西の果てからこの地を飲み込む大陸茸樹怪が迫り、ナパの中にまで夥しい数の魔物が入り込んでくる今、我らが古くから住まうこの地にはかつて無い危機が迫っておる……
その時に、外なる世界から戦士達が現れて、我らが勇者ティルヒルを救った。
さらにその戦士達の首魁は、大いなる雷を持って万に届く魔物をも屠ってみせた。
これは、我らを救わんとする神々の慈悲なのやもしれぬ。お主の言う通り、タツヒトは雷の神鳥の御使なのじゃろう」
「だよねだよね! あっ…… でもあーし、タツヒト君に結構しつれーな口をきいちゃってたから、ちょっとまずいかも……
タツヒト君は前みたいに接してほしーって言ってたけど…… ねぇおばーちゃん。あーし、今からでもちゃんと喋れるように練習したほーがいーかなぁ……?」
「お主、それは今更に過ぎるじゃろうに…… 本人が気にするなと言うのじゃ。今まで通りに接するのが良かろう。
お主とて、勇者になった後の周りの者達の変化を寂しがっておったろうに……」
「あっ…… う、うん。そーだね。じゃあ、今までどーりって事で!」
「いや、それでは駄目じゃ」
「え…… な、なんでぇ!?」
予想外の返答に目を見開くティルヒルを、長老は落ち着かせるように手で制した。
「その疑問に答えるには、ティルヒルよ。まずは長老ではなく育ての親として、お主の気持ちを聞きたい。
勇者ティルヒルではなく、ただのティルヒルとしての気持ちじゃ」
「あ、あーしの気持ち……?」
「うむ…… お主、タツヒトの事をどう思う?」
「どうって…… すごいなーって思うよ。あんすごい呪術、ナパの誰にだってできないし」
「違う。一人の女として、一人の男であるタツヒトをどう思うかという話じゃ」
「え、そういうやつ……!? それは、そのー…… すっごくいい人だと思うよ? 戦うとめっちゃ強くて格好いいのに、普段は可愛いし、あーしと一緒に踊ってくれるし、優しいし、料理上手だし……」
赤い顔でもじもじと指先を合わせているティルヒルに、長老は優しげに頬を歪めた。
「ふむ…… つまり、憎からず思っとるわけじゃな?」
「う、うん…… で、でも、タツヒト君にはもう、ヴィーちゃんとかゼルにゃーとかお相手が沢山いるし、まだ出会ってちょっとしか経ってないし、あーしは、勇者だし……」
あーしは勇者だし。その言葉を耳にした瞬間、長老の表情は酷く申し訳なさそうなものに変化した。
アツァー族の村には、勇者と呼ばれる人物が必ず一人据えられている。勇者とは、戦士や呪術師達の先頭に立って戦う、村の英雄的役職なのだ。
勇者の座に就くという事は、同年代に並ぶものが居ない強者と認められたという事であり、この上ない名誉だ。
そして、土地面積が限られた村の中で長老と同等の広い家に住み、食料や衣料品の供給も優先的に受けられる特権を得る。
しかし同時に、勇者を縛る掟もいくつか存在する。その際たるものが、任期中の妊娠の禁止である。
村の最高戦力である勇者が、一年近く動けなくなってしまう事を防ぐためのこの決まりは、すなわち任期中における男性への接近禁止を意味していた。
「--その才故に幼いお主を勇者に選び、五年の定めの期間を超えてその座に据え続けている事…… 申し訳なく思っている」
「ううん…… 気にしないで。だってしょーがないよ。今あーしが動けなくなっちゃったら、ちょっと厳しそーだもん」
「本当に、すまぬな…… --ところで、勇者を縛る掟は非常に重いものであるが、それは外の世界の者達には関係のない話。そうじゃな?」
「う、うん。それはそーだね。実際、あーし普通にタツヒト君と話してるし、みんなも何も言ってこないもん。
ふふっ、男の子と話すのって楽しーね、おばーちゃん!」
「うむうむ。そうじゃろうとも…… しかし、流石にお主がタツヒトの子を孕ったりすることは許されん。それは、永きに渡る歴代勇者達の献身を汚すことになるからのぉ……
じゃが、例えばそれが、雷の神鳥の御使の子ともなれば話は別じゃ。祝福するものはおっても、文句を言うものはおらんじゃろ」
「え…… そ、それって……!?」
「ここまでお主の育ての親としての言葉。そしてここからが、アゥル村の長老としての言葉じゃ。
雷の神鳥の御使を我らが同胞として迎えることが出来れば、この村、いや、ナパ全体が繁栄することじゃろう。
勇者ティルヒルよ。雷の神鳥の御使であるタツヒトを、その美貌を持って籠絡するのじゃ!」
「……!! そっか…… じゃあ、好きになっていいんだ……! --おばーちゃん! あーし、やってみる!!」
厳かに言い放った長老に、ティルヒルは決意に満ちた表情でそう応えた。
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