第387話 神鳥の御使(1)
久しぶりの19時更新!
2025/5/10 全体を微修正
「見てたよー! 強いんだろーなーって思ってたけど、君達ほんとにちょー強いね! あーしびっくりしちゃった!」
僕らの側に降り立ったティルヒルさんが、両翼を振り回しなが熱弁してくれる。嬉しいけれどそれはこちらのセリフでもある。
「僕も見てましたよ! 岩帯獣達が全く相手になっていませんでしたね。 それにあの舞うような戦い方…… すごく綺麗で格好良かったです!」
「綺麗…… そ、そーかな? んふふ……」
ほんのり顔を赤らめ、僕から視線を外すティルヒルさん。
スーパーモデルみたいな見た目で中身ギャルなのに、こんなに可愛い反応をしてくれるからずるいよね。
「うむ! 殲滅力と継戦能力の双方を高い水準で担保した、実に理にかなった戦い方だった」
「も、もう……! 君達褒めすぎー!」
ティルヒルさんが、照れているのを誤魔化すようにヴァイオレット様に抱きつく。
なんて目の保養になる光景だろう。壁になっていつまでも眺めていたい気持ちと、あそこに混ざりたいという気持ちせめぎあう。
そこへ、ビジールさん達と後衛組のみんなも集まってきた。
「勇者よ、勇壮な戦いぶりでした。そして『白の狩人』。流石は勇者が認めし者達…… その力、しかとこの目に焼き付けました」
「うん! ジルジルもおつかれー! あ…… ターちゃんだいじょぶ!?」
焦った様子のティルヒルさんの視線を追うと、若い戦士の方が片足を引き摺っていた。
どうやら先ほどの戦闘で負傷したらしい。足先が痛々しくひしゃげ出血している。
「はい。お恥ずかしながら、横合いから一当てされてしまいまして……」
ターちゃんさんは痛みよりも恥の気持ちの方が強いらしく、バツの悪そうな様子で答えた。
それを目にしたロスニアさんがすぐに彼女の元へ滑り寄る。
「ターちゃんさん、動かないでください! すぐに治療します! シャムちゃん、手を貸して下さい!」
「了解であります! ターちゃん、そこへゆっくり座るであります! 骨折した患部はシャムが整えるであります!」
「あ、ありがとうございます、ロスニア殿、シャム殿。しかしその、私の名前はタズバーでして--」
その後、負傷者の治療と並行して岩帯獣の死骸の処理を行った。
これだけの量の死骸を放置すると、血の匂いに別の魔物の群れが引き寄せられてしまうのだ。
普段は必要な分の肉や素材を剥ぎ取った後、ナアズィ族に知らせて地中深くに埋めてもらうそうだ。
ただ今回はプルーナさんがいるので、僕らは彼女が開けてくれた深い穴に次々と死骸を放り込んでいった。
そうして死骸を運んでいると、少し気になる事があった。
「あれ……? 随分頑丈だな……」
戦闘序盤に僕が槍で仕留めた岩帯獣が、ある岩山の側で絶命していた。
そいつは相当な勢いで岩山に激突していたはずなのだけれど、岩山にはひび一つ入っていなかったのだ。
岩帯獣の突進はかなり強力で、その辺の岩だったら粉砕してしまう程なのに……
不思議に思って岩山に近づいた所で、後ろから悲鳴のような声が聞こえた。
「お、おいあれ!」
アツァー族の戦士の一人が、焦った表情で東の空を指差す。指先を視線で追うと、灰色の空の中に黒い靄のようなものが浮かんでいた。
なんだ……? 雲にしては黒すぎるし…… じっと目を凝らすと、だんだんとこちらに近づいていた靄の正体がわかった。
それは、靄と錯覚してしまう程の魔物の大群だった。
「うわ……!?」
その不吉な姿に、僕は思わず声を上げて後ずさった。
靄を構成しているのは黒っぽい鳥型の魔物のようだ。人間の様な造形の醜悪な顔を持ち、鋭い爪を備えた足は四本。翼を広げた大きさもかなりありそうだ。
「あれは…… 人面鳥です! この辺りには居ないはずなのですが……!?」
「--あの数、あーしらだけだとちょっと厳しーねー…… ジルジル、一旦村に帰ろー?
多分あの子達、あーしらが引いたらそこの岩帯獣に食いつくと思う。その間に他の村にも声かけて、みんなで倒す感じにしない? あれ、ほっとくとナパ全体がヤバいと思うし……」
異様な大群を目の当たりにし、真剣な表情で撤退案を出すティルヒルさん。
確かにあの夥しい数は、先ほど僕らが片付けた岩帯獣の群れの比じゃない。
数に対して数で当たるのは定石。でも、こちら側にも相当な犠牲者が出てしまいそうだな……
--まだ距離がある。そしてこの曇り空、魔力も十分残っている、か。
「そうですね…… 勇者に賛同します。よし、死骸の処理を中断して直ぐにここを--」
「待って下さい。ティルヒルさん、ビジールさん。ここは僕にやらせて貰えませんか?」
ビジールさんの発言を遮った僕に全員の視線が集中する。
「え…… でもタツヒト君、あれ、そーとーな数だよ? 千や二千じゃ効かないし、君の火の呪術はすごいけどあれを全部なんて……」
「ええ、普通の火魔法だとちょっと厳しいですね。でも、僕の奥の手を使うのにちょうどいい状況なんです。あと、今日はあんまり貢献できていませんから」
「そ、そんなの気にしなくていーし! 危ないって……!」
「まぁまぁティルヒル、見ておくにゃ。タツヒトの奥の手はちょっとすごいにゃよ〜?」
「ふふっ、それじゃあゼルさんのご期待に沿って、なるべく派手に行きますね。あ…… すみません。帰り道、誰か背負ってくれませんか? 多分魔力切れになっちゃうので」
「ではわたくしの背に乗って下さいまし? ここへ来る時、わたくしは誰も運んでおりませんからぁ」
「ええ。お願いします、キアニィさん」
落ち着いた様子で言葉を交わす僕らを見て、ティルヒルさん達が驚いた表情で顔を見合わせる。
「き、君達、めちゃ余裕って感じだね……? でも、それだけタツヒト君の奥の手がヤバいってことか……
--じゃあわかった。タツヒト君。そのすっごいのをかましちゃって! もしダメだったら、直ぐに撤退するよ?」
ティルヒルさんの言葉にアツァー族の皆さんがざわつくけど、反対する人はいない。相変わらず彼女の人望がすごい。
「ええ! 任せて下さい!」
僕は彼女に大きく頷き返すと、東の空に向き直った。人面鳥の群れは、やはり徐々にこちらに向かって近づいてきている。ちょっと急がないと。
僕は一度深呼吸してから、天を突くように天叢雲槍を捧げ持った。
そして、意識を集中させながら漆黒の神器を呼び覚ます起句を唱える。
『掛まくも畏き蜘蛛の神獣に、恐み恐みも申す……』
槍を通して放射された膨大な魔素が、はるか上の曇天に浸透していく。すると、薄く空を覆っていた雲が渦を巻き、魔物の群れの上空に向かって凝集してゆく。
「なっ…… 空が……!?」
「うっそ…… これ、タツヒト君がやってるの……!?」
アツァー族の皆さんがざわつき始める。今や人面鳥の群れの上空は、黒々とした分厚い雲に覆われていた。
その雲をさらに上空へ積み上げていく事で、莫大な電荷を溜め込んだ巨大な積乱雲を形成していく。
異常に気づいた人面鳥達の飛行が乱れ始めたけどもう遅い。すでに準備は整った。
『--天雷!』
切り裂くように槍を振り下ろす。すると直ぐに、東の空に雷光が瞬いた。
最初に下った稲妻は一条のみ。しかし、その数はすぐに数え切れない程となり、豪雨のように人面鳥の群れへと降り注ぎ始めた。
--ゴロゴロゴロッ……
一条の雷に打たれた人面鳥から、さらに別の人面鳥へと紫電が伸び、何十もの翼影が次々に墜落する。
それがいく度も繰り返され、黒い靄の様に見えていた夥しい数の群れが見る間に薄くなっていく。
距離があるため雷鳴は遠く、稲光も控えめに見える。しかしあの黒雲の下は、今やあらゆるものを討ち滅ぼすキルゾーンに変貌していた。
やがて僕の魔力が尽きる頃、東の空に見えていた不吉な黒い靄は、まるで幻だったかのように消え去っていた。
「あ……」
やり切った。そう思った瞬間に力が抜けて倒れそうになる。しかし直ぐにキアニィさんが駆け寄り、僕を支えてくれた。
「っと。お疲れ様ですわぁ、タツヒト君。相変わらず容赦がありませんのね。素敵ですわぁ……」
「ふふっ。ありがとうございます、キアニィさん。 --ティルヒルさんどうでしたか? すっごいのをかまして--」
若干ドヤ顔をしながらティルヒルさん達の方を見ると、なぜか彼女以外のアツァー族の人達が跪いていた。
それだけじゃない。僕に向かって両翼を合わせ、まるで祈りを捧げるかのように顔を伏せている。
ティルヒルさんもまでもが、見たことのないような顔で呆然と僕を見つめている。
「あ、あれ…… みなさんどうしたんですか……?」
「あれほどの魔物を一瞬で…… 人では無いのか……?」「天を操った。雷まで……」「まるで雷の神鳥の御業……」「そうだ、雷の神鳥だ…… 御使を使わされたのだ……!」
僕の声に応えず、何事かを囁き合うアツァー族の人達。雷の神鳥……? なんのことだ?
「あの…… これは一体……?」
状況が理解できずにティルヒルさんの方を見る。すると彼女はハッと目を見開き、残像を残す勢いで跪いてしまった。
「す、すみません! あーし、雷の神鳥の御使になんてしつれーな……!」
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