第384話 空の民の村(3)
遅くなりましたm(_ _)m
長老さん達の後に付いて家を出ると、すぐそばの広場に案内された。
サッカーコート程の大きな広場は浮ついた雰囲気に満ちていて、数百人が詰めかけていた。多分これ、この村の人全員来てるんじゃないだろうか……?
僕らが話し込んでいる内に準備してくれていたらしく、広場中央の大きな櫓を中心に、篝火が煌々と焚かれていた。
さらに絨毯のようなものがそこらじゅうに敷かれ、料理が所狭しと並べられている。
空間全体から美味しそうな匂いがして、途端にお腹が減ってきた。
「こっちこっちー! タツヒト君達、今日の主役なんだから!」
元気な声を上げたティルヒルさんが、こちらに手を振りながら広場の中央に向かって走っていく。
ナーツィリド長老は、そんな彼女の様子を見て優しげに目を細めた。
「ふふっ、嬉しそうにしおって。 --タツヒト。外の世界の者であるお主らには、我らと違い様々な絡みがない。ここにいる間だけでも、あの子と普通に仲良くしてくれると嬉しい」
「え…… は、はい。それは勿論。ティルヒルさん、楽しい方ですし」
僕の答えに、彼女は笑みを深くしたて頷いた。
「うむ、感謝する……! では行くとするか。もう待ちきれんようじゃしな」
「みんなー、早くー!」
いつの間にか櫓の上に登っていたティルヒルさんに急かされ、長老さんと一緒に僕らもそこへ登った。
そして長老さんが櫓の際に立つと、ざわついていた人達は静かにこちらを注目した。
「皆よ! 今日我々は、稀なる客人を迎えることが出来た! 外なる世界の戦士達、『白の狩人』じゃ!」
長老さんに紹介された僕らは、取り敢えず広場に向かって笑顔で手を振ってみた。
会場の所々から歓声が上がる。 --ちょっと気分いいかも。
「彼女達は、死の危機に瀕した我らが勇者ティルヒルを助けた恩人! 今宵は我々の感謝と歓迎を込め、恩人達を精一杯もてなそうぞ! さぁ、宴の始まりじゃ!」
「「オォー!!」」
開幕宣言に、広場はさらに大きな歓声に包まれた。
宴の喧騒の中、僕らは中央にある櫓の近くの席に案内され、そこへ腰を下ろした。
すると只人の人達がすすすと近寄ってきて、料理や飲み物を次々に運んできてくれた。
「ありがと! ほらみんなも、これちょーおいしーから! 食べて食べてー!」
僕らと同じ席に座ったティルヒルさんが、ぱっと見タコスのように見える料理を勧めてくれる。
ちなみに長老さんは、年寄りがいると話しずらかろうと別の席に行ってしまった。
「ありがとうございます! お腹減ってたんですよ!」
早速受け取って齧り付くと、香ばしい薄生地の中には香草の効いたほろほろのの肉、歯ごたえのいい根菜類やチーズなどが具沢山に入っていた。
それらが口の中で渾然一体となり、思わず目を見開いてしまう程に美味しい。
これは、いい仕事をされている……!
「めっっちゃくちゃ美味しいですね! これ!」
「でしょー!? タツヒト君の料理もおいしーけど、あーしらの村だって負けないんだから!
あ、そーだ! あーし外の世界の話聞きたい! みんなどうやってここに来たの?」
「あっと…… そう、大陸の西から船で来たんですよ。無事に辿り着けたのは神のお導きですね」
「そ、そうであります! シャム達はこれまで世界の全ての大陸を訪ねてきたであります!
極寒の雪山、熱砂の砂漠、邪神の潜む大森林…… 話題は極めて豊富でありますよ!」
「すべての大陸……!? すごーい! 聞かせて聞かせて!」
ティルヒルさんの問いに、ロスニアさんとシャムがうまく答えてくれた。ちなみにヴァイオレット様とキアニィさんは無心でタコスを頬張っている。
転移魔法陣のことを話せないので、ちょっと不自然だけど西から海路で来た事にしているのだ。
僕らが外の世界の話をし始めると、ティルヒルさんは目をキラキラさせながらそれに聴き入っていた。
他の人も聞きにくるかなと思ったのだけれど、どうやらティルヒルさんに遠慮しているようで、チラチラと視線は感じるのに話しかけてくる人は居ない。
そういえば勇者って呼ばれていたけど、彼女は若くして相当重い立場にあるようだ。
そうしてみんなで食事もお酒もたっぷり頂き、話もひと段落したところで、ティルヒルさんが少し赤い顔で立ち上がった。
「んふふふふ…… なんか楽しくなってきちゃった! あーし、ちょっと踊ってくる!」
「あ…… ちょっと!」
酔ってるし危ないかもと思ったけど、彼女は危なげなくするすると櫓に上に登ってしまった。
櫓の上では、太鼓や笛が奏でる素朴なリズムに合わせて鳥人族の人達が踊っていた。
旋律に合わせてステップを踏みながら翼をはためかせる、頑張れば僕らも混ざれそうなとっつきやすい踊りに見える。
しかしそこへティルヒルさんが乱入すると、みんなスッと頭を下げながらその場から捌けてしまった。
「えー、一緒にやろーよぉー! ……まぁ、いっか。踊りまーす!」
太鼓と笛の音は一緒。だというのに、彼女が櫓の上にただ立っただけで雰囲気が一変する。
賑々しい広場もすっと静まり返り、その場の全員が注目する中、彼女は一人踊り始めた。
「「……!」」
その瞬間、周りからみんなの息をのむ音が聞こえた。ティルヒルさんの踊る姿に目を奪われたのだ。
背筋は糸で釣られたかのように真っ直ぐに伸び、軽やかにステップを踏むたびにその肢体が美しいラインを描く。
片足を軸に体を水平回転すれば、篝火の明かりを受けた黒翼が艶やかに煌めく。まるでバレェのように優美な動きだ。
しかし、合間合間に繰り出される蹴りや突きのような動きは、彼女に屠られる魔物が幻視できるほど真に迫るものだ。
バレェと武術の型、あるいは時代劇の殺陣を高度に融合させたかのような、優雅で剣呑な舞。
さっきまで他の人が踊っていたものとはまるで別物。舞踊、いや武踊とも言えそうな程に洗練されている。
あまりにも見事なそれに言葉もなく見惚れていると、ティルヒルさんは観衆に向かって手を振り始めた。
「ねーねー! 誰か一緒におどろー!」
しかし、村の人達は彼女の武踊に魅入るばかりで動こうとしない。
そりゃそうだろう。あのレベルの人の隣で踊るのは、かなり勇気のいる行為だ。
すると、ティルヒルさんの舞踊を酒の肴にしていたゼルさんが、くるりと僕の方に顔を向けた。あれ、なんか嫌な予感……
「タツヒト、おみゃー確か踊れたよにゃ? ウチ、あの火の踊りをもっかい見たいにゃ!」
「あ、僕も見たいです! えっと…… はい、どうぞ! 確か、棒の長さはタツヒトさんの胸の高さくらいでしたよね?」
同調したプルーナさんが、その辺の地面からスッと生成した棒を手渡してくれる。
ま、まじか…… 宴の雰囲気とお酒のせいか、みんなのテンションがいつもより高い。期待を込めた眼差しを僕に向けてくる。
うーん、みんなに頼まれると弱い……! ティルヒルさんもどことなく寂しそうだし…… ええい、ままよ!
「わ、わかりました……! でも、失敗しても笑わないで下さいね……?」
「にゃはは! そん時はたっぷり慰めてやるにゃ! ウチの胸で泣くといいにゃ!」
バシバシ背中を叩いてくれるゼルさんに送り出され、僕は棒を手に櫓へと駆け上がった。
緊張気味に登ってきた僕に、ティルヒルさんは飛び跳ねながら笑顔を向けてくれた。
「わ! タツヒト君、来てくれたんだ! うれしー! 一緒に踊ろ踊ろー!」
「ええ、ちょっと派手に来ますよ……! 火よ!」
僕は棒の両端に火を灯し、高速で回転させながらながら踊り始めた。それを目にした広場の人達が大きくどよめく。
そう、これは所謂ファイアーダンスだ。部品探索の旅でとある島国を訪れた際、そこの部族の戦士の方に教えてもらった。
ダンス経験なんて皆無だったけれど、火魔法が使えて普段から槍を振りまわしている僕にはとっつきやすかった。
ティルヒルさんの踊りと違って優美さは全くないだろうけど、力強さとエンタメ性なら負けていないはず……!
残像により炎の円環と化した棒を手に、ティルヒルさんの見様見真似で型稽古の動きを取り入れてみる。
すると隣で踊っていたティルヒルさんが、今まで見た事が無いほどに嬉しそうな笑顔で叫ぶ。
「す…… すごーい! 何それ何それー!! あはははは! たっのしー!!」
喜色満面なティルヒルさんが武踊の回転速度を上げ、僕も負けじと激しく踊る。
高速で舞う二人の距離は徐々に縮まり、いつしか二つの動きは連動する歯車のように噛み合った。
途中から何だか楽しくなってきて自然と口角が上がり、目が合うたびにティルヒルさんも笑みを深くする。
困惑したような会場のどよめきは、いつの間にか割れんばかりの歓声に変わっていた。
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